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魔法少女リリカルなのは ViVid ―The White wing―

作者:鳩麦
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第一章
  七話 始まりへ

 
前書き
始まりと終わりで七話です 

 
さて、翌日の事である。朝は過ぎ、昼も過ぎて夜。クラナとヴィヴィオそしてなのははすぐ近所の市民公園の中。公共魔法練習場と言う名の、夜間照明付きグラウンドに来ていた。この練習場の照明は夜十時まで点灯しているため、夜でもきっちり練習を行う事が出来る。
ちなみに、このミッドチルダは時空管理局の影響力が強い為か税率は少々高めだ。まぁ実際の所、しっかりと公共への投資とやらは出来ているようだが、それでも一部、貧富の差は有ったりするのが現状ではある。
とは言え、人が人として生きている限り格差云々を無くすことなど不可能なのだから、あまり深く考えても仕方の無い問題では有るのだが。

さて、そんな暗い話題はともかくとして、現在クラナとヴィヴィオがどうしてこんな場所に居るかと言うと……言うまでも無い。彼等にとって初めての協同練習の為だ。まぁとはいっても、実態は唯妹(ヴィヴィオ)の練習に上級者の(クラナ)が付き合うと言うだけなのだが。それがこの家族にとってはどれほどの事かは、此処まで読んで下さった読者諸君ならば分かっていただける物と思う。

正面に立つクラナに対して、ヴィヴィオは緊張した面持ちで向き合う。ちなみに昨日の練習は、ヴィヴィオの一連の練習をクラナが“ただ見ている”だけで終わった。今日、クラナは夕食を食べ終えて突然、「公園の練習場行くぞ」と言いだしたのだ。なお、その際にクラナ自身がなのはに監督を頼んだ。おそらくは教導官としてのアドバイスをもらおうと言った所だろう。ちなみになのはは、驚きつつも少し嬉しそうにそれを了承していた。クラナに久々に自分から頼みごとをされた事が嬉しかったのだ。

「……やるのは試合だっけ」
突然クラナの方から話しかけられ、ヴィヴィオは焦った。慌てて答えたためか、声が上ずる。

「え、あ、う、うん。じゃなくて、はいっ!」
別に敬語で有る必要は無いのだが、なまじ今までが今までで有った為にヴィヴィオは自然と敬語に言い変えてしまう。そんな娘の様子を、なのはは少しだけ悲しそうな表情で見た。ずっと昔の彼等二人の姿が、今の姿と対比するように彼女の胸の内では映し出されていた。
と、クラナが懐から何かを取り出す。と言ってもなんてことは無い。それは一本のペンライトだった。

[どうもです!]
「あれ?アル……?えっと……セットアップ?」
[はい!今回から練習は、本番と同じく試合形式で行います!基本的には相棒の方からは打ち込みませんので、ヴィヴィオさんは思いっきり相棒に打ち込んで行って下さい!相棒に一撃でもクリーンヒットさせる事が出来れば一本と言うルールで、何本やるかは残り時間やその他によって決定いたします!ちなみに、ヴィヴィオさんの体力が辛くなるか、時間目一杯になれば終了です!OKですか?]
「うん」
聞かれて、ヴィヴィオははっきりと頷く。隣に浮いているクリスもまた、ピッ!と片手を上げた。相変わらずのハスキーボイスで、アルが答える。

[では、お願いします!]
「お願いしますっ!」
一礼しつつ言うと同時に、ヴィヴィオはクリスを右手で持つと、空中に高く掲げる。

「セイクリッド・ハート、セット・アップ!!」
言うと同時に、ヴィヴィオの体が虹色の魔力光によって包まれる。それが収まった時には、セットアップが終わり、16歳程度の体となったヴィヴィオが、拳を構えていた。

「…………」
クラナは一度俯くように地面をみて、少しだけ目を閉じる。
心配そうに、あるが念話で話しかけてきた。

『……相棒?』
『……何でも無いよ』
そう返すと、クラナはアルを指先でシュルリと一回転させて、真上に放り投げる。

「……アクセルキャリバー」
[Set up]
クラナの姿が一瞬だけ、陽炎を通したようにぐにゃりと歪む。それが収まると……クラナもまた、バリアジャケットに身を包んだ姿で現れた。

[では、始めましょう!]
「……来い」
「…………!」
クラナが構える。と、ヴィヴィオは真剣な面持ちで踏み込む隙を探そうとするが、当然隙らしい隙をそうたやすく見せてくれる筈も無く、やがて……

「……ふっ!」
「……」
彼女らしい素早い踏み込みと同時、一気にラッシュを開始した。

────

「…………」
なのはは無言で、クラナとヴィヴィオの練習試合を見つめていた。大人モードなったヴィヴィオは、素早く、相手を崩すように彼女なりにしっかりと考えて打ち込んでいるのだろうラッシュを次々にクラナに向かって叩き込んでいく。時折距離を取ってインターバルを取るものの、基本的にはテンポが速い。しかし……

「(……流石、なのかな)」
クラナはその全てを、表情一つ変えずに全て捌いて居た、あらゆる角度から自分に向かって来る拳や蹴りの嵐を、殆ど無駄の無い動作で逸らし、かわし、弾いて行く。後退することすら殆ど無くだ。
なのはの専門は近接格闘とは真逆の分野だが、教導官としてあらゆる戦闘法の動きや、その分析などを行ってきたなのはが専門的な観点から見ても、クラナの動きや体さばきは、元六課組の現在のレベルと遜色ないレベルにまで達していた。
クラナ自身ノーヴェ等を相手に実戦的なスパーリングもしていると聞くし、悲しいかな、実戦経験もある。恐らく今すぐに彼を実戦に送り込んでも、フロントアタッカーとして十分すぎる成果を叩きだすだろう。

「(でも……)」
しかし感心する半面、なのはの中に、不安が渦を巻いて停滞する。
クラナとヴィヴィオが、格闘を用いて打ち合う。その光景がどうしようもなく、なのはの中で一つの光景を思い起こさせる。

『────!』
『────!』
『────!』
『────!』
あの日の叩き付けるような怒号と、クラナの憎しみに満ちた言葉が、なのはのあたまの中ではっきりと反響する。
クラナとヴィヴィオが拳をぶつけ合う。その動作その物が、彼女の記憶を刺激する。

なのはが今、最も危惧している事。それはクラナが、いずれヴィヴィオを傷付けるのではないかと言う不安だった。
実際、四年前のあの日から、クラナはかなりヴィヴィオを嫌い続ける態度を見せている。
なのはにはそれが、彼の中にあの日のヴィヴィオへの憎しみが未だに根強く残っている事の証明のように思えてならなかった。
もし、そうだとしたら……今もクラナは、ヴィヴィオへの憎しみをぶつける機会を窺って居るのではないか。そう思えて仕方なかった。

「(違う……)」
今までにも、そう何度も自分に言い聞かせてきた……そんな事は有り得ない。クラナはそんな事はしないと。しかし……なら今の彼のヴィヴィオへの接し方は何だと言うのか。
胸の奥にくすぶる不安は一向に消えることなく。なのはの中に変わらずあり続ける。
ならばもし、そうなった時、自分はどうするのか……ヴィヴィオを守る……?なら、クラナは?倒す……?今まで立ちふさがった敵達のように……?

「(違うよ……)」
息子と娘、どちらかを切り捨てる……?どちらを……?

「(そんな事……しない……っ!)」
ヴィヴィオを選ぶ……?何故……?クラナが悪いから……本当に……?

「(違う……!)」
そう。違う……何もクラナが悪い訳じゃない。あの時の犯人は別の人物……クラナはあくまでも被害者なのだ。クラナは悪くない……なら何故クラナを選べない……?

「(…………!)」
クラナが危険だから……?

「(違う……!!)」
クラナが手に負えないから……?

「(違う……っ!)」
なら……


――クラナが、可愛くない……キニクワナイカラ……?――

「(っ……!違うっ、違う違う違うっ……!!!)」
何度否定しても、頭の中で恐ろしい結論を導き出している自分が居る。

息子を信じたい。けれど信じられず、心の奥底で、クラナを邪魔な存在として見ている自分……これまでに何度も湧き上がり、何度も否定してきた。自分がそんな事を思うはずがないと否定してきた、どす黒く、醜い自分……

[……Master?]
「っ……」
と、愛機(レイジング・ハート)に呼び止められて、なのはは正気に戻った。頭の中にあった思考の負のループが止まり、霧散する。詰まっていた息が再開され、彼女は一度大きく空気を吸い込んだ。

[Are you OK?]
「う、うん。大丈夫」
にゃははは……と笑うと、なのはは眼前で格闘戦を繰り広げる二人に視線を戻す。

「…………」
試合形式の練習とは言っても、クラナは相変わらず全く口を開かない。見てくれだけを観察していると、それはセットアップをしているだけのミット打ちと変わらない……意味の薄い練習に見える。しかし……

「…………!」
日頃から人に教える事を仕事として行っているなのはには分かった。ヴィヴィオの打ち込みが、先程までのただ真っ直ぐな物より、幾分か巧みに……実践的になっている。より当てやすく。より避けにくく。より誘導的に……勿論まだ練習を初めて四十分程度(それでもなのはは、自分が思考の海へ潜っている間にそれだけの時間が経っている事に驚いた)なので、成果としてはほんの少しではある。しかし確かに、練習の結果としてヴィヴィオの動きは試合を行う上で良い方へと向かっていた。
それは間違い無く、クラナによる練習によって身につき始めた物であると思える。そう思うには、無論根拠がある。

指導碁と言う物をご存知だろうか?文字通り、ミッドチルダには存在しない娯楽の一つ。囲碁に置ける、上級者からそれ以下の実力の者に対する対局(試合の事)形式の指導の事である。
さて、この指導碁、実を言うと基本的に対局中は言葉を交わさない。無論交わす場合も多々有るが、基本的には所謂先生側が、生徒側が答に気付くのを待つように打つ。言わば先生側は言葉ではなく、自らの打つ一手一手によって語り、それによって生徒を正しく打てるように導くのである。

クラナの指導方法は、丁度これに近い物であると言えた。
クラナはヴィヴィオに打ち込まれ、それを捌いた際に、それが以前同じような打ち込みをされた物であったりすると、殆ど、或いは全く同じ動作でそれを捌く。
同時にその際、ヴィヴィオが続けて打ち込めるような隙や間を、わざと作るのだ。こうすると、ヴィヴィオは半ば自動的にそれに誘導され、其処に向かって打ち込んでいく。と、当然其処はクラナも防げるようになって居るので、クラナはそれも防ぐ、やはり其処にも隙を作っておく。少し隠すように、意識して出来たと分からないように偽装気味に作られたそれに、矢張りヴィヴィオは打ち込んでいく。また防ぐ。

それを繰り返す事で、徐々にヴィヴィオの身体に一連の動きを覚えさせていく。
やがて、ヴィヴィオが少し立て続けにやるにはキツいかギリギリの所まで来ると、一連の動作の終わりにわざと一撃を喰らい、その一本を終了させる。ちなみにヴィヴィオが無茶な動きをしようとすると、アルが怒ったような声で制止する。
来週までと言う期限が生み出す、焦りによる失敗も、それによって上手く押さえていた。

「クラナ……」
正直な所、不器用ながらもとても上手い指導だった。
クラナ自身が素早く思考し、自身の力量、ヴィヴィオのレベルを正確に把握したうえでヴィヴィオに無理な動きをさせる事無く実戦的な動作へと導く動きを決定出来なければあの動きは出来ないし、何より、「ヴィヴィオならばこのレベルで有れば気づける」と言う、文系ファイターたるヴィヴィオの思考速度と正確さをはっきりと分かって無ければあの練習は成立しない。

こうしてみると、クラナは自分の思っている以上にヴィヴィオの事を良く分かっているようにも思える。……否。あるいは、自分が勝手にクラナがヴィヴィオや自分の事を知らないと思い込んでいるだけなのかもしれない。自分が、今のクラナの事をちっとも分かっていないから……せめて互いへの理解度は対等でありたいと、自分がそう望んでいるだけの、唯の願望なのでは有るまいか。

「(……何考えてるんだろう……)」
これではまるで、クラナが自分達の事を知っている事が悪い事であるかのようではないか。それはとても喜ぶべきことであるはずなのに……
ドンドンと思考が泥沼の方へと向かってしまう。それを分かっていながらも、しかし思考の悪化が止まらなくなる。
しかし……

[……はい!お疲れ様ですヴィヴィオさん!今日はこれまでにしましょう!]
「へっ!?も、もうですか!?」
[そうおっしゃいますけど……もう始めてから一時間半以上経ちますよ?]
「へっ!?あ、ほ、ほんとだ……」
そんなアルとヴィヴィオの会話が聞こえて、なのはは再び思考の海から復帰した。今日は考え事ばかりしてしまう日だ。

「クリス、モードリリース」
ヴィヴィオがそう言うと同時に、再び彼女は魔力光に包まれ、元の十歳の姿に戻る。傍らにはクリスが浮かんでいた

「……アル」
[Roger]
クラナもまた、一瞬陽炎に包まれたようにその姿を歪ませると、普段着の彼と、アルはペンライトに戻る。
その姿をみて、なのはは少しだけ目を伏せる……顔を上げた時にはもう、何時もの明るい彼女が戻って来ていた。

「二人とも、おつかれさま」
そう言いながら、なのははあらかじめ用意しておいた飲み物を持って二人に歩み寄って行く。
その胸の中の不安は、未だ消えては居なかった……

────

その後も毎日、練習は続いた。クラナは毎日毎日何も言わずに、しかしちゃんとヴィヴィオの練習に付き合い、初めは自分で頼んでおきながらまさか受けてもらえるとは思っていなかったヴィヴィオも、久々に兄との距離が近くなっているような……考え方によっては、まるで仲の良い兄妹のようなその練習に心が躍った。

ヴィヴィオは毎日笑顔で家に帰ってくるようになった。が……

「……そのニヤけた顔やめろ。笑いながら練習する気ならやめるぞ」
練習の時にまでそれが出てしまった四日目。静かに、しかし低い声でそう言われた時から、その笑顔はなるべく兄には隠すようになった。その時の言葉から本気を感じ取り、必死に謝って練習を始めてもらったせいもあるかもしれない。
とは言え、学校に行く時や放課後にノーヴェと練習するときのそれは隠せなかったらしく、何度か指摘されてしまった。

ちなみに、ノーヴェにこの事を話すと、彼女は一度とても驚いたような顔をした後、しかしとても優しく微笑んで、「そうか。よかったな」と言ってくれた。

その四日目からの練習は、クラナの方からも攻撃してくるようになった。
その攻撃に関してもやはりこれまでのように指導的であり攻撃の後などに、わざとカウンターに入れる隙などをあらかじめ作ってある。また攻撃などの動作やフェイントのかけ方等からヴィヴィオがそれらを学び取ることも分かっているので、それらもまた、ヴィヴィオのバトルスタイルや、彼女の技量を考えて繰り出されていた。
横で見ているなのはは始めクラナが攻撃の動作に入る度に体を硬直させていたのだが、やがてそれがクラナに対する大きな侮辱である事に気付き、また少しだけ自己嫌悪に陥りつつも、それが思い過ごしであった事に喜びを感じていたりもした。

そんなこんなで過ぎ去っていく六日目の夜……

「ふっ!せえぇっ!!」
「っ……!」
打ち込んだヴィヴィオの拳がクラナのガードを抜けて行き、胸元に迫る。
妨害を受けずにクラナの元へと届いたそれは、彼をしっかりととらえ、そのまま彼は後退した。

「…………」
[はい!今日はここまでです!]
「っ、ありがとうございました!!」
「……ありがとうございました」
互いに礼をして、武装解除(モード・リリース)。そうして振り替えったヴィヴィオの脇には、いつの間にかなのはが立っていた。

「お疲れ様!はい」
「わ、いつもありがとう!ママ!」
何時ものように水筒に入ったスペシャルドリンク(教導官特製)を渡してきた母に、ヴィヴィオは礼を言いながら受け取る。

「……それじゃ、先に帰ります……」
「あ、待ってクラナ」
「っ……」
と、何時ものように何も受け取らず、一人で帰ろうとしたクラナをなのはが彼女がクラナに向き合う時には珍しく、はっきりとした声色で呼びとめた。

クラナとヴィヴィオが練習を始めてから、既に六日が過ぎようとしている。
その間毎日、なのははクラナとヴィヴィオの事を横で見てきた。二人の戦う姿を見ながら、自分とクラナの在り方を考えていたなのはは、しかし一つの事を自分が余りにも軽んじている事にいつしか気付いた。

クラナが、ヴィヴィオの練習に付き合っている。それ自体が、悲しいかな。この二人にとっては殆ど奇跡とも思えるほどに重大な事なのだ。
自分の事を考えるばかりで目晦ましされていたその事に気付いてからは、早かった。
もし、クラナがヴィヴィオとの関係の改善を図っているとしたら……自分の不安は全て、きゆうに終わってくれているのだとしたら……最後には自分の事へと行きついてしまう事は、本当に情けないと思うしかし、そうだとするなら……

ならば自分とクラナの関係は、自分の方から歩み寄って行くべき問題の筈だ。

こんなことを根拠として提示する権利が、自分にあるのかは、なのは自身分からない。きっと、クラナは認めてくれはしないだろうし、彼を無条件で信じられないような自分は……きっとそれを堂々と名乗れはしない。否、名乗ってはならない。しかしそれでも……

「(私は……この子のお母さんなんだから……!)」
なのははクラナに小走りで駆け寄ると、振り返らない彼の右手を取る。

「っ……」
クラナが息を詰めるような音を出したのを聞きながらもしかし、動作をやめない。もう一つ持って来ていた水筒を、しっかりと、クラナの手に握らせた。

「あ……」
「指導、ご苦労さまでした。ちゃんとヴィヴィオの練習に付き合ってくれて……ありがとう」
驚いたような声と共に、クラナの動きが硬直した。一度その取った右手を自分の右手で包むと、彼女はクラナから離れる。右手に握った水筒を、しばらくクラナは見つめているようだった。ヴィヴィオもなのはも、その姿を背中から見ている。当然、表情は見えなかった。やがて……

「……ありがとう、ございます」
「…………!」
そう言ってクラナは歩きだした。言われたなのはは、一瞬茫然としたようにその場に立ち尽くす。しかしやがて……

「……うんっ」
花が咲くように微笑んで、そう返した。
そのまま練習場から出て行くクラナの背中を、ヴィヴィオとなのはは見えなくなるまで見つめ……やがてその姿が見えなくなると、微笑みながら二人で向き合う。そうして……

「「いえーい♪」」
二人でそろってハイタッチ。
何が「いえーい」なのか、本人達にすらさっぱり分からなかったが、それが喜びを表している事は、誰が見ても分かった。

胸の奥の不安は未だに消えたわけでは無かったが、それでもなのはは、ようやくクラナを信じる為の一歩を踏み出すことができたのだった。

────

『いやー、いいですねぇ。なんかホント、急激に接近してませんか?相棒』
『なんだよそれ……別にそんな事無いよ……まだあの人達の笑顔直視できないし……』
テンション高めのアルの言葉に、クラナは自嘲気味に返す。と、クラナは右手の水筒に目を落とした。

『飲まないんですか?』
『飲むよ……』
そう言うと、クラナは片手でその水筒を開け、ゴクリと一口……

「旨っ!?」
[!?]
おどろいて少々大声になったクラナにアルが驚いた。
クラナが声を上げたのは言わずもがな。ドリンクの余りの美味さ故だ。
爽やかで刺激の有る甘酸っぱさと、ほんの少し顔を出すしょっぱさ。それはクラナがこれまでの人生に置いて飲んだ全てのスポーツドリンクスペシャルドリンクの類の中で、最も美味い物だった。
敢えて言おう。彼の母親はリアル料理スキルがカンストしていると。

「んぐっ、んぐっ……」
気が付いた時には、もうすでに一気にそれを流し込んでいた。

「ぷはぁ……むぅ……母さん、やっぱ凄いな……」
それなりの量を飲み干し、一息付きながらもクラナは足を止めない。テクテクと歩きながら、クラナは考え事をしていた。

[相棒、思案顔ですね]
「んぐっ……」
と、見事にアルに指摘されクラナは詰まったような声を出しながらもう一口を飲み始めていた水筒を口から離す。

「いや、別に……」
[当てましょうか?何を考えてたのか]
「え……」
否定しかけてしかし、アルに見事に言葉の出がかりを潰される。

[ヴィヴィオさんの成長速度について]
「ぐ……」
しかもまあ、ピンポイントで当ててきた。こうも見事に当てられるともう黙り込むしかない。

[凄い吸収スピードでしたよね〜]
「あぁ……正直予定してたより練習進んで驚かされたよ……全く」
[若い子って良いですよね〜]
「なに言ってんだよ年寄り臭い」
苦笑しながらクラナが返した。ちなみにアルは事実上まだ四歳である。四歳児である。

とは言え、若さがエネルギー源となっても居るのだろう(“若い”と言うより“幼い”のレベルだが)練習中のヴィヴィオの集中力と覚えの良さには、さしものクラナもかなり驚いた。
それなりに練習にはプランを立てて、少しずつヴィヴィオに必要と思える技術や技を誘導していったのだが、打てば響くとはこの事か。誘導を初めると直ぐに片っ端から覚えようとするのである。
元々察しが良いのも有るだろう。クラナがしようとしている事に直ぐに気付いたヴィヴィオは、クラナが作る隙や間、クラナが繰り出したフェイントや一連の動きなどを即座に発見、学習し、クラナの望む動きを再現して来るようになった。

正直な所、クラナが想像している以上にヴィヴィオは早いテンポで幾つもの事を覚えていった。おかげで教えているこっちがだんだん楽しくなってしまった程だ。
しかし……

「けど、所詮は付け焼き刃だからね……」
[仕方有りませんよ。一週間しか無かったんですし……」
「うーん……」
一応、自分に出来る可能な限りの指導はクラナはしたつもりだった。しかしそれはあくまでも今回急ピッチで引き上げたスキルに過ぎない。定着しているか分からないので必要な時にその動きが出来るかは不明だし、そもそも膨大な基礎練習に裏打ちされた強さを持つアインハルトにはその程度では追いつけ追い越せなど出来はしないだろう。
クラナのした指導はあくまでも、ヴィヴィオが少しでもアインハルトに食らいついて行けるようにするための物である。それはヴィヴィオも承知の上であった。
ただ、それでもヴィヴィオは先日のわだかまりを消すためにも、彼女に挑まなければならないのだ。“今在る最高の自分”を持って。

[まぁ、後はヴィヴィオさん次第ですね♪]
「……だな」
一つ頷いて、クラナはそのまま家路を歩いた。

――――

翌日

アラル港湾埠頭 廃棄倉庫区画 13:20

アラル港湾埠頭は、湾岸区の端にある(まあ当然だが)海運物流の拠点としてかなり前に作られた埠頭である。
数年前まではまだ機能していたのだが、航空運送の発展や、数キロ離れた別の場所に新たな海運拠点が築かれた事等を理由に機能停止。
現在は救助隊の訓練や、許可を取れば民間にも場所を貸している場所であったりする。まあ、こんな寂しい埠頭にわざわざ場所取りをする民間人など、全力の格闘試合をする10代女子でもない限り誰も居ないが。

と、そんな場所で現在、二人の少女が向き合っていた。勿論、ヴィヴィオとアインハルトだ。
ヴィヴィオが深々と礼をして、アインハルトがそれを困ったように見ている。

クラナはそんな二人を少し離れた鉄くず置き場の前で見ていた。と、不意にクラナの頭に、ノーヴェの念話が届く。

『よお。クラナ』
『うわっ……ども……』
少しだけ驚き、クラナは念話の中で声を上げる。とっさに念話で話すのも、今は慣れたものだ。

『いきなりだけどよ。お前、ヴィヴィオの練習みてやったそうじゃねえか』
『ぐ……』
やっぱりその話かと、クラナは詰まる。が、余り答えに詰まっていると余計に笑われるのは見え見えなので、案外直ぐに返した。

『そうですけど……マズかったですか……?』
これは半分反抗。半分は真面目な心配による問いだ。もしかするとアインハルトとの試合までにノーヴェなりの指導プランが有り、自分のせいでそれがおじゃんになった。などという事も有ったかもしれない。
何も言われなかったため続けはしたものの、クラナにとってそれは正直かなり心配の種だった。が……

『何がマズいんだよ。で、どうだった?』
『どうだったって……』
ヴィヴィオを指導した感想を聞いているのかと思い、クラナは素直に答える。吸収が早いこと。頭が良いこと等だ。とは言えこんな事はノーヴェなら……

『それくらい知ってるよ』
『……じゃ、なんですか…………』
『だから、お前自身の方はどうだったって聞いてんだよ。ヴィヴィオの指導する気になったって事は、前進する気になったって事だろ……?』
『それは……』
聞かれてしかし、クラナは再び言葉に詰まった。確かにそう言えばそうなのだが……

『まだ、よく分かりません……前進出来てるのか出来てないのかもよく……』
『……そうか!ま、ちっとずつ進んでけば良いさ。それよか今は……』
何故か明るい声で返して来たノーヴェは不意に意識をクラナから外したようだった。既にヴィヴィオとアインハルトはバトルモードだ。ヴィヴィオはクリスをセットアップし、16歳の少女の容姿に。アインハルトもまたクラナと戦った時と同じく変身して、ヴィヴィオより少し年上程度に見える。

『……こいつらだからな』
『ですね……』
クラナもまた、二人に視線を戻す。

ルールは以前と同じ。
・身体強化を除く魔法は無し。
・戦闘法は格闘オンリー。
・制限時間は五分。一本勝負。

ノーヴェが右手を上げた……

「それじゃあ試合――――開始ッ!」

────

アインハルトと向き合いながら、ヴィヴィオは自分の体に凄まじい威圧感が掛かるのを感じていた。

『一体どれくらい、どんなふうに鍛えて来たんだろう……』
ヴィヴィオは想像しつつ思う。おそらくは、自分とは格闘技と向き合ってきた年月も、その練習の密度も、時間も、何もかもが違うレベルに、この人は居る。情けない話だが、冷静に考えてそもそも勝てる気がしなかった。
しかし……だからこそ、この人に瞬殺されるような事が有ってはならない。

『“今在る最高の自分”で……伝えるんだ』
「このあいだはごめんなさい」そう、ヴィヴィオはアインハルトに言いたかった。きっと、先日の試合に、彼女は自分とは圧倒的に違う真剣さを持って望んでいた。だが、自分は同じ競技をするものでありながら、それに気付く事が出来なかったのだ。
彼女の真剣さに対して、自分がどれほどそれに欠けていた事か。ヴィヴィオは先日の試合で痛感している。

だからこそ、もう間違えたりしない。

全力全開、今在る自分の全てを、この試合にぶつける……!

「ふっ!」
構えから一歩踏み込む。一気に距離を詰めて……

「っ!?」
しかし次の瞬間、アインハルトがその踏み込みを潰すように突如前に出てきた。踏み込みが此方と比べて遥かに速い!
そのまま構えた拳でヴィヴィオの顔面を狙っている。もう距離を取ることなど到底無理な勢いだ。ならば選択肢は二つ。回避か、防御。
咄嗟に、防御をしようと腕を動かしかけて、彼女は気付いた。

『あれ……』
この状況、どこかで見たことが有る。これは練習四日目、練習に付き合ってくれたクラナが、自分が前に出ようとする度にしてきた動作に近いような……
意識するより先に、姿勢を低く。もう一つ踏み込む。重心を移動させ、体をほんの少し右に傾けて首も傾ける……顔の脇を拳が通過する。そこから確か……

『自分の勢いと相手の勢いの乗る拳を……』
撃つ!!
どふっ!!と音がして、アインハルトが吹っ飛んだ。といってもヴィヴィオが吹っ飛ばしたと言うよりも、彼女が直撃の寸前にバックステップで衝撃を逃がした部分が大きいが……いずれにせよ先制はヴィヴィオだ。まぁ、重心の移動が大きすぎたせいで踏み込みがおかしくなり、威力はあまり乗って居なかったのだが
しかし当然、生まれた隙を逃す訳にはいかない。ヴィヴィオはアインハルトを追うように踏み込むと……

「!」
「はっ!」
ダッシュの勢いと共にアインハルトの顔を狙って左の一発。が、そこは上手くアインハルトに防がれる。そこから殆ど自動的に体が右のフックを出そうとするが、添えよりも先にアインハルトの拳がコンパクトな動作でヴィヴィオの顔面を狙って来るため断念。防御に回ってアインハルトのラッシュを捌く事に集中する。とは言え、重い上に正確な拳が次々に襲い来る為数発が顔面にヒットする。

『焦らない……!』
しかしこれだけならばまず間違いなく自分が倒れる要因にならない事は分かっている。それよりもこの後に必ず来るはずの物……アインハルトが大きく右の拳を引いた。

「~~~ッッ!!(来たっ!)」
キメに来る。顔面狙いで動作大きめの威力の大きい一撃。定石であり、クラナとの練習で焦ればこれを喰らうと何度も思い知らされた事。
それを、再び低めに踏み込む事で避けつつ逆にアインハルトの顔面に一撃!

「「「「「やった!?」」」」」
「(まだっ!)」
周りの言葉に、内心で突っ込んだ。手ごたえが浅い。おそらくほんの少しだけ首を引かれて衝撃を分散されている。
案の定無事な様子のアインハルトの眼が、左腕の向こうから覗く。

「はあぁぁぁっ!!」
とは言え一撃は入れた。一気に踏み込みラッシュ!
が……流石に経験が違う。それは全て捌かれ……アインハルトの打ち降ろしが右腕のガードの上からまともにヒット。防具が砕け……

「~~~ッ!」
衝撃を逃がすためにやむ追えず足を曲げる。
とはいえ、手が付いてしまったら腰だめに顔面に一撃食らってKOもありうる。姿勢を下げるならともかく“下げられたら”格闘戦ではアウトだ。
なのであえて左手をつく。その手を軸に相手の顔面に蹴りを……

「(……違う!)」
否。顔面では大ぶり過ぎて間違いなく避けられる。姿勢を下してしまった時は……

「(足払い!)」
これもまた、練習の中で学んだ……否。教えられたことだ。
アインハルトはそれを避けるために当然一度バックステップで距離を取る。その間に体勢を立て直し、踏み込む。


ヴィヴィオとのラッシュを行いながらも、アインハルトは対戦相手である彼女に問いかける。

──貴女はどうしてそんなにも一生懸命なのか──
──師匠が組んだ試合だから?──
──あるいは、友達が見ているから?──
──恩情?見栄?あるいは、怒り?──

──否──

ヴィヴィオもまた、その問いに、自分の中で答えを出している。

──彼女には、守りたい人がいる──
──それは、今よりも遥かに小さかった自分に、強さと、勇気を教えてくれた人──
──世界中のだれよりも大きな、幸せを与えてくれた人──
──どんなものよりも大好きで……大切な人──

──その人に、約束した──
──“強くなる”と……──

そして……同時に……

──自分の強さを……認めてほしい人が居る……──
──私のせいで、苦しんだ人が居る……──
──あの人(お兄ちゃん)に、認めてほしい……!──
──私の心を、思いを、認めてほしい……!──

きっとこの道なら、それが、できるから……!!

「(──だから……強くなるんだ……)あああああぁぁぁ!!!」

ヴィヴィオが、大きく踏み込み、そのまま……

「(どこまでだって……!!!!)」
アインハルトの胸めがけて、強烈な一撃を叩き込んだ。

しかし……

両手の手鋼を砕け散らせながらも、それをアインハルトは受け止めた。
そのまま……技の反動か身動きの取れないヴィヴィオに向かって大きく一歩踏み込む。

「覇王──」
そこで練り上げられた力を、拳足から……打ち出す!!!

「──断空拳!!!」
その拳が、ヴィヴィオの腹部にクリーンヒットし……彼女は大きく吹っ飛んだ。

──勝負あり、であろう。

後ろで見ていたクラナもまた、そう思った。否。思っていられる筈だった。と言うべきか……

ヴィヴィオの吹っ飛んだ方向に、自分が居なければ。

「っ!?」
咄嗟によけようとして、気付く。自分の後ろは鉄屑置き場だ。尖った鉄くずやらなんやらが散乱している。つまり……いくらバリアジャケットが有るとは言っても、此処に突っ込むのは不味い!!

『アルッ!』
[Emergency. Set up]
直後、クラナの姿が歪み……ヴィヴィオがそこに突っ込んだ。

鉄の崩れる音と、土煙が上がり……二人の姿が見えなくなった。

「「陛下っ!」」「「「「「ヴィヴィオ!!」」」」」「「「クラナっ!」」」「……!」
それぞれが其々を呼び……土煙へと駆け寄る。その煙がはれた所に……

目を回して十歳児に戻っているヴィヴィオと、それを上半身で受け止めるような形で、両手でしっかりと彼女の体を包み込んだバリアジャケット姿のクラナの姿が現れた。

「……無事、です」
ヴィヴィオも自分も。と言う意味を込めて、クラナは言った。途端に、全員から安堵の息がこぼれるのを見て、クラナは内心苦笑する。
なんとか、抱きとめた直後に被害の少なさそうな所に体を逸らし、かつ幾つか落ちてきた鉄は、拳で防ぐ事が出来たのだ。

と、自分に対して安堵からか全員から一瞬意識が逸れた事を、クラナは敏感に感じ取る。と同時に、妹の意識が完全に飛んでいる事を確認して、クラナは小さな声で。それこそ、アルにすら聞こえないような、本当に小さな声で、言った。

「……良く頑張ったな。ヴィヴィオ」

────


新暦79年。春。

とある、二人の少女が、こうして出会った。
そして時を同じくして……ある少年は、自らの本当の心の欠片と、この時出会う。

彼等の物語の、これが、始まり。

とある二人の少女と、とある一人の少年の……否。あるいは、その周囲に居る、全ての人々との……恐らくはある程度以上には、鮮烈(ヴィヴィット)な物語の……これが、始まりの、始まり。



──第一章 《長い、長い、始まり》 完──
 
 

 
後書き
はい。いかがだったでしょうw

前半なのはが滅茶苦茶鬱ってますが、四年間クラナとの関係を抱えすぎた結果として、母親としての立ち位置や責任感もありクラナに関しては少々ノイローゼ気味な彼女です。

後半はアインハルトさんとの戦闘でしたが、正直格闘描写に未熟さを感じるこの頃……

では、予告(?)です。

ア「アルです!さてさて、今回は中々どうして結構急接近だったと思いませんか!?」

鳩「誤解を招きそうな言い方ですね」

ア「あ、作者さん」

鳩「どうも。さて、今回の予告は私が」

ア「え?あれ?どうしたんですか?いきなり」

鳩「いえいえ。ちょっとした野暮用でして、ままま。奥へ奥へ」

ア「は、はい……」

さて、というわけで予告と言いながら戻って参りました鳩麦です。

さて、今回実は、これを読んでくださっている読者のみなさんに少しだけお願いが有ります。
というのも、ひとつお聞きしたいところが有るのです。

ズバリ、この小説。原作ViVidの、どのあたりまで進めればよいか。というところでして。
実はこの小説、告知も何もなくまことに恐縮なのですが……本来の予定ではここで終わりでございます。

実験作という名目上本職のSAOの方に負担をかけない程度でやっていく予定で元からありましたし、何より原作の方がどこまでいくのかちょっと予想つかない状況のマンガですので……

しかし読者の皆さまから何件か「続きが気になる」という意見を頂くうち、少しばかり迷いが生じてまいりました。

というわけで……まことに恐縮なのですが此処で少しだけお時間をいただきたく存じます。

次の選択肢のうちから、どこまで進めるか、とりあえずの目標地点を選んでいただきたいのです。

1、此処で終わる
2、合宿編まで
3、IM予選まで
4、IMエリートクラスまで
5、原作に追いつくまで
6、原作に追いついたとしても、思いつく限りずっと。

以上です。
どうか、よろしくお願いいたします。

ではっ! 
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