ソードアート・オンライン~黒の剣士と紅き死神~
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フェアリー・ダンス編
世界樹攻略編
鍍金の勇者、泥棒の王、反逆の死神
前書き
あと少し……頑張れ俺!
Sideセイン
世界樹の上へ登り詰めるにつれてガーディアンの湧出量は際限無く増えて行く。
なるほど、これならばサラマンダーの大部隊が退けられたのは納得行く。
シルフ、ケットシーの精鋭部隊とALO内で屈指の強さを誇る自分達(なお、ハンニャは外で待機)に加え、レイのSAO時代の戦友達を以てしても2人を上に押し上げるだけで精一杯なのだから。
レイと出会ってから約1ヶ月、パーティーを組んで一緒に冒険をしたのはたった1週間程だ。
他の3人も程度の差はあれど、似たようなものだ。
その程度なのに何故、僕達は彼に協力しようだなんて思ったのだろう?
僕は最初、痛みを取り除いてくれた彼の恩に対して純粋に助けになりたいと思っただけだ。だが、それはいつしか変わっていったのかもしれない。彼は仮想世界で『遊んで』いるのではなく、『生きて』いる。そんな姿勢に引き付けられていた。
心の奥底に滞留していた仮想世界に対する僅かな恐れ。それを取り払われた自分の技の冴えも身を持って感じている。
奇声をあげながら斬りかかってくるガーディアンの群れを2本の剣で次々と切り払っていく。
間の隙はアルセとの連携で完全に消し去る。背中合わせに滞空し、音と光だけでお互いの状況を読み取る。
時折鳴り響く、上空からの轟音はレックスのブレスとヴィレッタの魔法だ。レックスの口から吐かれるブレスは一撃で数百の敵を飲み込み、逃れた敵をヴィレッタが範囲魔法で止めを刺す。
流れる時間がゆっくりとしているかのように敵の動きが緩慢に見える。
敵の剣は当たらず、自分の攻撃は正確に急所を刺す。
やがて、サクヤの撤退の号令で全員が引いていくまで彼らのHPは1ドットたりとも減ることは無かった。
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Sideレイ
鳥籠へ続く道を疾走し、その下部に達した。もう、道はない。
キリトはようやくここまで来た。だが、余り時間はない。
先程感じた悪寒が確かならば少々、まずいことになる。
俺の切り札であるアレは手元にはあるが、まだ解凍が完了していない。
―現在、解凍率55%
段差を登り、キリトと共に中を見た。
様々な豪華絢爛の調度品、それに囲まれるようにして天蓋付のベット。傍らに、純白の丸テーブルと、背の高い椅子。それに腰掛け、何かを祈るように頭を垂れる、少女。
その怜悧な美しさに思わず固まっていると、少女――アスナが、さっと顔を上げた。
驚き、そして喜びに湧く表情。
まず、先頭に立つユイの姿を認め、次にキリト、そして俺に視線を移す。
その瞬間、その涙を浮かべた目に浮かんだのは僅かな恐れ。
―――無理もない。恐らくは須郷により病院での件は話されているだろうし、アクセスカードを持っていたということは、笠原にも会ったのだろう。
口の閉まりの悪い奴のことだ。余計なことを口を滑らしたに違いない。
俺は苦笑いを返すと、キリトを早くしろ、と急かした。
――解凍率61%
「――アスナ」
「ママ……ママ!!」
2人が鳥籠の中へ入って行くのを確認すると、俺は反転してその場に仁王立ちする。
100mほど先にある樹のうろから滲み出る狂気に対して一切手加減無しの殺気を放つ。
とはいっても仮想世界に殺気があるのかはSAO時代にも結局、保留事項になったのだが。
――解凍率74%
(……ぎり間に合わねぇな……)
うろに視線を固定したまま、少し、冷や汗が垂れる。
残念、詰みだ。
うろから待ち人の足が出た瞬間、俺は後方に吹き飛ばされ、奥の格子に叩きつけられる。
「「レイ(君)!?」」「にぃ!?」
反射的に起き上がろうとするが、今度は鳥籠がドプン、と粘液のような液体に水没した。
同時に、世界が暗転する。
体を動かそうとしても動かない。粘液が絡み付き、自由に動くことが出来ない。
(……野郎、手口までネットリかよ)
恐らく、前世は蝸牛かナメクジだ。ナマコも可。
アスナの腕の中でユイが悲鳴をあげる。
「きゃあっ!パパ……ママ……気をつけて!何か……よくないモノが……!」
「ちっ……」
――解凍率82%。プログラム、限定起動――制限0.5秒
解凍スピードは弱冠落ちるが、ユイを退避させるために、空間を構成するコードを一瞬、歪ませる。ユイはその隙間から無事にこの空間を脱した。
2人はユイが急に消えて動揺しているが、説明している暇はない。
重力は更に増し、俺は地面(水面?)に伏せたままかろうじて頭だけを上げられるという状況だ。
「やあ、どうかな、この魔法は?次のアップデートで導入される予定なんだけどね、ちょっと効果が強すぎるかねえ?」
会うのも、声を聞くのも初めてだが、直感で察した。
「……ようやく、会えたな。須郷」
「ん?誰だい、君は……ああ!そうか、君が螢君だね?」
憎悪と嗜虐性を併せ持った顔をこちらに向けて笑う。だが、表情に反して目は怒りの業火に光っていた。
俺はそれにニッコリと応じる。
須郷はヒクッ、と頬を動かしたが、大人しくしている俺より、もがいているキリトを虐めた方が楽しそうと踏んだようですぐさま背を向けた。
――解凍率90% 最終フェーズに移行。端末、オーバーフロー防止のため解凍速度20%ダウン。
外部ツールによる自動音声が決して喜べはしない情報を流して来る。
――やはり、とっとと捕らえるべきだったか……。
私情を優先させたせいで、その当人達がこんな目に合うのなら……。
「元SAOプレイヤーの皆さんの献身的な協力によって、思考・記憶操作技術の基礎研究は既に八割がた終了している!いやあ、楽しいだろうね!!君達の記憶を覗き、感情を書き換えるのは!!」
――ま、言質は取れたが……。
須郷はこれ以上無いというような愉悦の中にいる。
やるなら今だが、限定起動では勝算がない。
――解凍率、99%
準備は整った。だが、このプログラムの卑しい所は『きっかけ』が必要なことだ。
須郷が合図を送ると、何もない上空から鎖が降ってきた。それをアスナの右手首に嵌めるともう片方の鎖を引く。
「きゃあっ!」
アスナが右手から吊り上げられ、苦しそうな表情になると、須郷の顔が満足気に歪む。
――ドクンッ
体の芯に重い何かが集まってくる。それは喉まで到達し、怨嗟のの唸りとなって洩れる。
「ははは。余裕を見せていても自分が何も出来ないと悟ると逆上するのか。実に滑稽だね!」
ちらりと須郷はこちらを見ると、笑いながら見下ろしてくる。
「……安心しろ。すぐにお前も同じ目に合わせてやる」
そう言い返すも、須郷はそれを一蹴し、お楽しみに戻る。
キリトは今だにもがき続けているが、その度に須郷にあしらわれる。
――やがて、キリトの目から光が消える。アスナはそれを見て泣きそうな顔で項垂れる。須郷のテンションは最早、有頂天だ。
『心』が冷える。その場の現象に対する自分の立場が『主観』から『客観』に切り替わる。
目の前にあるのは下衆な男とそれが虐げる少女、そして地にひれ伏す少年。
少女が、すっと俺を見やる。
その目が訴えかける意味は『客観』の立場たる今の俺には計り知れない。
――だが、それが『きっかけ』だ。だろう?ヒースクリフ……
『待たせたね。レイ君。―――存分にやりたまえ』
――遅えよ。
「「システムログイン」」
声が重なったのは果たして偶然か………十中八九あの石頭の策略だろうが。
「ID《ヒースクリフ》パスワードincarnation world/2022」
「ID《The Traitor》パスワードdescendit. proditor/2022」
――プログラム、完全解凍。《The Traitor》起動。
体が宙に浮き、カーソルは緑から黄色、モンスターのそれに変化し、紺の防具が一瞬、輝いたと思うとそれはいかにも悪の魔王らいしいゴツイ鎧になった。
2本の大太刀が自動的に召喚され、それぞれの数が4倍に増えた。それらが並びを変えて、足元に円を描いて並ぶ。
8本の刀が作るそれはまるで『蓮華』の葉。
則ち、『八葉』。
《無限の音階》の亜種のようなそれは『両刀』、『八葉蓮華』の真の姿だった。
須郷は目を剥き、キリトとアスナは驚きはしているものの、納得の表情をしている。
「さて、神様?今度はこっちのターンだ」
――スーパーバイザー権限変更。ID《オベイロン》レベル1。
「馬鹿な……僕より高位のIDだと……?有り得ない……僕は支配者……この世界の神だ!」
自分の立場を今だに理解していないらしいこの男は、往生際悪く足掻き始めた。
「システムコマンド!!オブジェクトID《エクスキャリバー》をジェネレート!!」
だが、システムはもう須郷の声には答えなかった。
「1つ、教えてやろう」
俺は右手を横にかざすと、《エクスキャリバー》を何も言わずに召喚した。
「お前はもともとこの世界の支配者でもなければ、神でもない。ただの人間だ。気づかなかったのか?この世界の調節者たる《カーディナル》は何故、SAOが停止後、動いているのか」
「僕が動かしているんだ!!あのシステムを操作してこの世界を動かしているのは僕だ!!」
レイは目をギラギラさせながらわめく男を愉快そうに見下ろす。
「違うな。現在のカーディナルの稼働率はたったの30%……一部の機能しか働いていない。残りの70%を動かせるのは今や俺だけだ。最高位の権限を持っているのは《カーディナル》それ自身。次に茅場と俺だからな」
須郷の顔が一際大きく歪む。その時にはもう、俺の興味は無くなっていた。
「キリト、待たせたな。もう終わらせていいぞ」
「ああ……」
ひょいっ、と須郷にエクスキャリバーを投げ渡し、俺は黙って戦いの行く末を見守る。
「決着を付ける時だ。泥棒の王と鍍金の勇者の……。システムコマンド、ペインアブソーバをレベルゼロに」
「な……なに……?」
妖精の王に動揺が走り、後退る。その背後の床に大太刀が飛来する。
「ひ……」
「逃げんなよ♪」
ようやく、状況が呑み込めたらしい須郷は茅場がどうのこうのとか言っていたが、その後はろくに足掻けもせずに全身を切り刻まれ、消え去った。
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キリトがアスナの鎖を斬り飛ばしている間に、俺が闇に覆われた空間を破壊したので、鳥籠は元の状態に戻った。
思いの外、時間が経っていたようで辺りは暗い。現実世界ももう夜だろう。
《The Traitor》のアカウントを閉じて、元の姿に戻ると2人が俺を見た。
「……そういやゆっくり話してなかったな。助かったよ、レイ」
「どういたしまして。ま、俺の用事のついでだ。気にするな」
手をひらひら振っておどけてみせるが、2人の表情はどこか浮かない。俺は苦笑しながら頭を掻くと、少し考えてから言う。
「……いろいろ聞きたいのは解る。だけど、今はその時じゃない。いつか必ず話すよ」
やがて、2人が頷くと俺は手を振って、妖精郷から出ていった。
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目を醒ますと、ナーヴギアに繋いでおいたPCの上に何かが置いてあった。
「お目覚めですか」
気配も感じなかった廊下の向こうからやや低めの声が聞こえる。
「……この『保冷枕』……貴方ですか?仙道さん」
「はい。蓮様より乗っけておけ、とのご指示が」
「……………」
まぁ、無いよりはましだったか……。
ギアを外し、廊下に出ると沙良直属の付き人兼護衛である仙道さんが控えていた。
「沙良は?」
「お嬢様は道場にいらっしゃいます。……螢様、お出掛けになるなら私がお供致しますよ?」
沙良がお供してやってくれ、と頼んだのだろう。
「……仙道さん、沙良は俺に出来すぎな妹だと思うんだが、どうかな?」
「確かに、お嬢様は先読みのお得意な方ですからね。さて、どちらへ?」
「そうだな……殴り足りないし……所沢の―――病院で」
「承知しました」
丁寧にお辞儀する仙道を尻目に再び部屋に引っ込むと、外着に着替えPCの電源を落とし、ナーヴギアをひと撫でしてから外へ向かう。
家の門の前にはすでに仙道が車を回して待機していた。
相変わらずの手際の良さに苦笑しながらそれに乗り込んだ。
「……で、何で蓮兄が居るんだ……」
「楽しそうじゃねぇか、俺も混ぜろよ」
「……まぁいいけど」
雪が降り始めた閑散とした道路を一台の車が発進した。
後書き
The Traitorが再び登場。特に意味はなし!
予告通り、後1話でALO編は終了です。
ショートストーリー集は『after days』、『過去編』などを予定しています。
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