ソードアート・オンライン~黒の剣士と紅き死神~
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
フェアリー・ダンス編
世界樹攻略編
Period1―安らかな休息
前書き
お詫び。
裏設定この回だったorz
すいません……。
Side和人
目の前の男――須郷は異常だった。激しく乱れた髪に左右が不釣り合いの目。ペインアブソーバの痛覚カットを切った状態で、その目に斬撃を受けたためだろう。
病院へ駆け付けると、待ち伏せていた須郷に大ぶりのサバイバルナイフで切り付けられた。
「――須郷、お前はもう終わりだ。あんな大きすぎる仕掛けを誤魔化しきれるものか。大人しく法の裁きを受けろ」
「終わり?何が?何も終わったりしないさ。僕はアメリカに行くよ。僕を欲しいって言う企業は山ほどあるんだ。研究データを持ち込めば、僕は本物の王に――神に――この現実世界の神になる。……と、その前に君を殺すよ、キリト君」
須郷がすたすたと歩み寄ってきて、右手のナイフを俺の腹目掛けて突き出してくる。
俺はそれを避けようと、右足でアスファルトを蹴った。しかし、靴底にこびり付いた雪でバランスを崩し、駐車場に倒れ込んだ。
須郷は焦点を失った瞳孔で俺を見下ろした。
「おい、立てよ」
須郷は高そうな靴の先端で俺に蹴りを入れる。
その衝撃は先程切られた右腕にも伝わり、強烈な痛みを生み出す。その時、俺はHPバーで表現されない、明確な、リアルな《死》のイメージを見た。
「解ってんのか?お前みたいなゲームしか能の無い小僧は、本当の力は何も持っちゃいないんだよ。全てにおいて劣ったクズなんだよ。なのに僕の足を引っ張りやがって……。あの餓鬼もだ。お前を殺したらあいつも殺してやる」
須郷が瞬きひとつせず、そのナイフを振り下ろす。だが、狙いが狂ったのか、俺の頬を掠め、地面に突き刺さる。
「あれ……右目がボケるんで狙いが狂っちゃったよ」
二度目。だが、それが振り下ろされることは無かった。
いつの間にか俺達の脇に立っていた人影が須郷の腹を蹴り飛ばし、俺の上から退ける。
「ボケてんのはお前の頭だ」
蹴り上げた足を元に戻し、倒れている俺に手を差し出す。
「大丈夫か、キリト」
多少は違うが聞き慣れたその声は間違いなく、レイのものだった。
「ああ。大丈夫だ……」
「そうは見えないがな」
にやっと笑うと、何処からか取り出したハンカチで俺の頬を押さえる。
「仙道さん、こいつの手当てをお願いします」
レイの後方にはさらに2人の人物が居た。その内の初老の男性に声を掛けると、「待ってな」と言って須郷に向き直る。
「お前……水城……螢」
「ご名答。賞品は拘置所直通チケットです」
無造作に歩み寄ると、起き上がろうとしていた須郷の顔を蹴り上げる。
「ぐぁ……」
「お前は《害悪》。則ち、排除の対象だ」
仰向けに倒れた須郷の体を踏みつけ、低く、冷徹な声を浴びせる。
「300人もの人間の命を自分の欲望のために利用し、あまつさえそれらを弄んだ。それだけで赦しがたい」
レイは足を退けるとしゃがみ込んで須郷の襟を掴み上げる。
「ましてやお前は俺の友に手をあげ、終いには傷つけた」
今、レイの顔はどうなっているのか。想像するのも恐ろしい。
「ひ……あ……」
背中からも伝わる凄まじい怒気。それを至近距離で浴びせられた須郷は目を開いたまま失神した。
______________________________________
「おーおー。恐いのー。格下相手に本気出しすぎ~」
「黙らっしゃい」
成り行きを(楽しそうに)見守っていた若い男が螢をからかう。
頬と右腕の応急手当を初老の男性から受けた俺はお礼を言って立ち上がった。螢の方を見て、口を開きかけたその時、後ろから見知らぬ男が螢に襲いかかった。
「………!!螢――」
危ない!!、と言う前に螢は反転すると左手をかざしてそれを防ごうとする。
が、男の手に握られているのは須郷が持っていたような大ぶりのナイフ。
それが螢の左手に吸い込まれ、腕まで切り付けながら皮膚を切り裂き、鮮血が飛び散る―――ことはなかった。
ガキィン、と代わりに金属音が響く。だが、別に螢は何も持っていない。ただ左手でナイフを受け止めているだけだ。
ナイフは皮膚を確かに切り裂いている。しかし、血は流れていない。
代わりに切り裂かれた上着と皮膚の隙間から見えるのは金属の光沢。
「螢様は左肩より下を失っております」
俺の驚きを察したのか、脇に居た初老の男性が声を発した。
「ジュラルミンにクロム鍍金を施した義肢。皮膚は人工皮革で、比較的本物の同様にに作られていますが……」
「やっぱ元の腕とは違うみたいだな……」
若い方の男が言葉を引き継いで説明が終わった頃には螢は暴漢を取り押さえていた。
呻き声をあげるが動けないところを見ると、意識が混濁しているのか……。
「……精神操作をされているようだな。まぁ、研究が未完成なお陰で治療すれば治りそうだ」
螢が切り裂かれた皮膚をビリビリ破きながらこっちにやって来た。その光景に俺が顔をしかめると、螢はハッ、として腕を隠す。
「さ……行けよ、キリト。お姫様が待ってるぞ」
「………ああ」
螢は少し、寂しそうに俺を急かす。
何故か彼とここで別れてはいけない気がした。
数歩進んだそこで立ち止まり、螢の冷えた左腕を掴むと、引っ張って入り口へ歩いていく。
「……お、おい!キリト、何のつもり……」
「キリトじゃない。俺は桐ヶ谷和人だ」
「……悪い。和人、何の……」
「ここでお前と別れたら、またどこか行くだろ」
「………………」
「アスナも絶対、お前に会いたがってる。お前の言えないことも、俺は受け入れるし、アスナも受け入れてくれる」
「………………」
「俺達、仲間だろ」
「そう、か」
雪はしんしんと降っていたが、手を引かれる少年の手はどこか暖かだった。
___________________________________________
Side螢
俺は病室のすぐ外の壁に背を預けていた。
今、中ではキリト――和人と明日奈が再会を喜びあっていることだろう。今は2人だけの時間だ。邪魔者は引っ込んでよう。
どれぐらい経っただろうか、不意に、「螢」と呼ぶ和人の声が聞こえた。
しばらく迷った末に、俺はそっと扉を開ける。
中には当然、2つの人影。
ベットに座った美しい少女とその脇で穏やかに笑う、黒髪の少年。
「レイ、君……」
「お帰り、アスナ」
こうして、長きに渡った《SAO事件》は終了し、穏やかな日常が始まった。
______________________________________
翌日、
無駄に豪華絢爛な廊下の真ん中を堂々と歩きながら待ち人達がふんぞり返ってるだろう部屋の前にやってくる。
「……お兄様、相変わらずそうで何よりです」
「ありがと、沙良」
「嫌みですけど……って、このやり取りもうやりましたよ」
「生憎、覚えてない」
例のごとく礼儀の一切無い様子で扉を開け、中に入ると自分の上司、そして菊岡が居た。
「……何やってんだ。メガネ」
「ひ、酷い言いようだね……メガネって呼ばれたのは学生時代以来だよ……」
いきなりしょげる菊岡を無視し、上司に向かって報告を告げる。
「先んじて差し上げた報告書通り、元SAOプレイヤー約300人の奪還及び、首謀者を確保。当局に引き渡しました」
形だけの口頭報告を形だけの態度で終了する。
「ご苦労だった水城隊長。この件の事後報告は随時しよう。さて……掛けたまえ。菊岡君から話がある」
菊岡がいる時点で身構えてはいたが、どうやら嫌な予感は当たるものだ。
「コホン、まずは報告ね。SAOに出向く前に君が出した条件――医療用フルダイブ機、《メディキュボイド》の設計図は君の家に送っておいたよ。……いったい何に使うんだい?」
「……あんたには関係ない」
冷たく言い放ったが、俺の内心は小躍りしていた。
「いいけどね、別に……。で、本題なんだけど……」
菊岡が書類ケースから取り出したのは何かの承諾書やら申込用紙。説明が書いてあるのだろう、少し分厚めのパンフレットを手に取ったとき、俺は菊岡の意図を察した。
「これ、俺に渡したのか?それともサンプル?」
「サンプルなのは間違いないけど、君に渡したんだよ。当然」
「……何時からだ?」
苦笑しつつも嬉しそうに言う俺に菊岡が驚きの声をあげる。
「おお!?意外に乗り気だね。新年度、4月からだよ」
パンフレットには《10代SAO被害者のための学校案内》とあった……。
____________________________________
3ヶ月後、
最近は随分と暖かくなり、学校のブレザーも少し暑くなってきたころだ。
もともと寒さについては多少の耐性がある俺は学校指定のセーターを着て過ごしている。
「やれやれ……」
適当に聞き流していた現国の授業も終わり、ようやく待望の昼食だ。
手早く辺りの私物を片付けて立ち上がる。
腐れ縁なのか同じクラスの和人共に食堂に行こうと、そちらに足を向けて、やめる。
そう言えば今日はリズ――篠崎里香の機嫌が悪くなる日だ。
楽しい筈の昼食が鬱になるのは週3日、とはいえ足が重くなるのも無理は無いだろう。
(……早く行かんと余計機嫌悪いしな)
そして主にそのストレスの捌け口となるのは俺やシリカ――綾野珪子なのだ。
だが、バリバリと頭を掻きながら食堂に向かうその姿はどこか楽しげだった。
_______________________________________
「あーあー、独り身って寂しいわね……」
「年寄りくさいぞ、里香……」
パックジュースをズズズ、と吸い上げながらサラダを意味もなくフォークでグサグサと刺す。
珪子が顔をしかめて注意するが、里香はどこ吹く風だ。
「よお、いいか?ここ」
そう言って俺のに話し掛けて来たのは金髪のイケメン、レオンだ。
「里香、こいつも独り身だ。どうだ?」
「………保留」
「オイコラ。人をネタにしたあげくにすげなくあしらうな」
ぶつぶつ言いながら座ったレオンはカレーうどんをずるずるやりはじめるが、居心地が悪そうだ。
「相変わらず、こっちだと人気者だな……」
「うるせえ……」
重ねて言うが、コイツはまごうことなきイケメンだ。
学校の女子――実は意外に居た10代SAO被害者女子――に絶大な人気を得ている。
「あれ、知らないんですか?螢さんも結構人気ですよ?」
「……は?」
予想外な珪子の言葉に思わず持ち上げていた麺を再びスープの中に沈没させてしまう。ちなみに、醤油ラーメンだ。
「先月の校内新聞(非公式版)、見なかったんですか?男子人気投票で5位ですよ?レオンさんは2位でした」
「何故だ!?」
これは俺の言。レオンは「へ~」と、興味津々だ。
「あーあ。良い男、降ってこないかなー」
ホラーだよ!!と、全員が内心でツッコンだのは言うまでもない。
_______________________________________
放課後、
今日はSAOのオフ会もとい、《アインクラッド攻略記念パーティー》なるものがあるらしい。
「俺も参加なのか?」と聞くと、里香が「来なかったら極刑」と言ってたので、命の惜しい俺はすごすごとスーパーに買い出しに来ていた。
これはエギルに頼まれたもので、主に内容はジュースや酒のつまみなどだ。ていうか客をパシんなよ。
右手にゴミ袋と見間違うほど買い込んだ袋(主につまみ)、左肩に箱買いしたジュースの段ボール×2(重量は60㎏程)を担ぎ―――って流石に無理だろ!!
エギルに連絡して台車でも持ってきてもらおうと携帯を取り出した時、後ろから聞き覚えのある声が聞こえた。
「スグはエギルと会ったことあったけ?」
「うん、向こうで二回くらい一緒に狩りしたよ。おっきい人だよね~」
「言っとくけど、本物もあのマンマだからな。心の準備しとけよ」
「わたしも、初めて来たときはびっくりしたよー……あ」
やって来たのは和人、直葉、明日奈の3人だ。
「何やってんだ、螢」
「パシられてんだよ……」
顎で山のような荷物をしゃくる。ちなみに、ここはスーパーと店の中間辺り、1人でここまで運ぶのは弱冠死ねた。
「そ、そうか。じゃ、俺達は急ぐから!」
冷や汗を垂らしながら逃亡を図る和人を捕獲し、段ボールを一個(推定30㎏)持たせる。
「ぐぉぉぉ……」
100mも行かぬ内に唸り始める和人。
「お兄ちゃん、だらしないよ」
頼まれずとも段ボールを持ってくれた直葉は顔に余裕がある。
明日奈はその様子にクスクスと笑っている。
赤く染まる裏通りを4人で歩きながら他愛のない話をする。
あの雪の夜。
キリトは電脳化した茅場晶彦に『世界の種子』――シュリンク版カーディナルを使った簡易VRゲーム製作パッケージを授かった。
キリトは迷ったあげくそれを世界中のサーバーにアップロードし、誰でも使えるようにした。
それにより、消える寸前だったフルダイブゲームというジャンルは生き永らえ、現在は幾つかのサーバーでそれらは運営されている。
茅場の意図は分からない。彼がVRワールドに何を望んでその世界の存続を願うのか。
Dicey cafeの戸を開けると割れんばかりの歓声と拍手が鳴り響き、思考は中断された。
「――おいおい、俺達遅刻はしてないぞ」
「……人をパシっといて先にお楽しみとは……」
和人が呆気に取られたような顔をして言う。
螢は少し不機嫌そうな顔をしてカウンターに荷物を置きに行く。ご苦労さん、と労ったエギルが続けて言う。
「そう言うなって。主役は後から登場するもんだからな。お前に買い出しを頼んだのはそれだ」
勝手に主役にされてるのは不本意だが、今さらあれこれ言ってもしょうがないので諦めるとする。
遅まきながら開催された《アインクラッド攻略記念パーティー》は大いに盛り上がり、皆はよく笑っていた。
「ま……何はともあれ……」
ようやく一息つけそうだ……。
俺はエギルが出してきたアルコール0.5%のジュースをチビチビやりながらそれを眺めていた。
____________________________________
新成ALO、イグドラシルシティ中央部
後10分もすれば夜11時だ。
(……しかし、まあ……)
その時に起こる現象を想像し、苦笑する。
俺はALOを新しく運営する《ユーミル》にカーディナル制御権を《The Traitor》を消去した後、完全に委託した。
もう一つの分身である『レイ』も消去――は流石に憚れたので、パラメーターを封印することで手を打った。
和人がキリトのデータを初期化したと聞いたときには負けた感が凄まじかったが。
「……お兄様」
振り返ると、沙良……いや、セラが闇夜に佇んでいた。
「ありがとうな、セラ。キリトをあそこまで連れてきてくれて」
「いえ、私も、楽しかったですし……」
微妙に表情を動かし、微笑む彼女は美しかった。
「お兄様、この刀ですが……」
「そいつはお前のもんだ。大事に使ってくれ」
今やセラのメインアームとなっているムラサメは暗闇の中でも強く、その存在を主張していた。
沙良はあの日以来、暇さえあれば道場に足を運び、『二天一流』に磨きを掛けている。免許皆伝も近いのではないだろうか。
「沙良」
「はい」
「お前が気にすることではない。これからその時間を刻めばいいんだ」
「………!!」
沙良は気にしていた。俺がキリト達と共有していた時間を知らないことを。今日のオフ会も隅の方で静かに傍観していただけだった……。
「しかし、あの世界は、もう…「違う」…え?」
セラの手を引き、空へ飛び出す。高く、高く、暗黒の中へ浮かぶ月
――いや、城へと――
「……あれは!!」
ゴーン、ゴーンと重々しく響く鐘の音。その音源には、巨大な城が浮かんでいた。
「浮遊城アインクラッド。水城家次期当主候補二位である俺すら落とせなかった、難攻不落の城だ」
セラがはっ、と顔を上げる。
「……お兄様、では……?」
「ま、片手間にな。ジジイのお遊びにも少し付き合ってやる。だからな、セラ」
巨大な城をバックにレイはセラに不敵に笑い掛け、言った。
「目指すは最上層の100層。お前の力が必要だ。手伝ってくれ」
その紅い目に抱くのは強い意志を持った輝き。彼女の尊敬する兄のそれだった。
「……はい!!」
2人はさらに加速し、城を目掛けて上昇していく。
途端に下から迫ってくる大集団。キリトやアスナ、リズ、シリカ、クライン、エギルそしてオラトリオの面々。
アスナと手を繋ぐリーファ。その後ろにはセイン、ハンニャ、アルセ、レックスに騎乗するヴィレッタ。各種族の領主達もいる。
リーファがセラに近寄り、手を繋いで空へ舞い上がる。
「おい、レイ。ボス部屋までのポップ枯渇させてこいよ。今日中に一層終わらそうぜ」
「やだよ。お前がやれ」
キリトとくだらないやり取りをしていると、アスナがあの時のことを思い出したのか、クスッと笑って言う。
「頑張ってね。2人とも」
「「ええー……」」
――こうして、戦士達の長い長い戦いは一時の安らぎを得た。
―THE END FAILYDANCE―
―GO FOR THE NEXT!!―
後書き
前書きにも書きましたが、最後の裏設定はこの回の話でした。
もともと1つだった話を分けたのをすっかり失念しておりまして……。
何はともあれ、ALO編終了です。お付き合い頂き、ありがとうございました。
ページ上へ戻る