Fate/WizarDragonknight
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見滝原保育園
前書き
遅れて申し訳ない……
八章は今までで一番難航している気がする
「何でついてくるのよ」
口を尖らせる香子。
ゆりねの家を出て、一行は共に見滝原の住宅街を横切っていた。
すっかり夕刻時になり、祐太の姪、ひなを保育園へ迎えに行く。彼と付き合っている香子も当たり前のように彼に付いていくが、彼女は冷たい目線ですぐ後ろのハルトとコウスケを睨んでいた。
「俺も下宿先こっちなんだよね」
「オレも、そこにちょいと寄って行こうかなって」
ハルトとコウスケは、ともに苦笑する。
美人が台無しになりそうなほどムスッとした顔の香子は、ふん、と鼻を鳴らした。
「……祐太、あなたの友達は随分と粘着質なのね」
「そう言わないでくれよ。前にひなを助けてくれたことがあるからさ。折角だし、ひなからお礼を言わせたいんだ」
「……」
彼女には随分と嫌われたようだ。
覚えのない敵意に、ハルトは苦笑を浮かべてコウスケに耳打ちした。
「コウスケ。祐太って人は、フロストノヴァのマスター候補でもあったんだよね」
「即無くなったがな。最近様子が変わってたんだが、彼女が出来て浮かれてただけだ。令呪もねえ」
「そっか。香子さんの方には……無いね」
ハルトは、香子の手に注目した。だが、彼女の白く傷もない両手に、令呪などという醜い刻印はない。
「なあ、そもそも大学内にフロストノヴァのマスターがいるって方針から見直さねえか? そもそも理由なくいきなり大学に現れたからマスターも大学にいる可能性があるってのが無理あるだろ」
「それを言い出したら、今度は手がかりそのものがなくなるよ。実際に、マスターに鳴り得るゆりねさんだっていたんだ。フロストノヴァのことは考えないとしても、大学でマスターがいる可能性は捨てきれないと思う」
「ああ……結局そこに行きつくか」
コウスケが項垂れる。
そうしている間に、香子がハルトへ振り向いた。
「あなた、下宿先って言っていたけど……学生じゃないのよね?」
「フリーターだよ。今はラビットハウスって喫茶店で住み込みで働いているよ」
「喫茶店!?」
その瞬間、香子の目の色が変わった。ハルトへ初めて、疑心以外の目が向けられる。
「どうしたの?」
「な、何でもないわ。……」
途端に、香子は口を閉じる。
だが、今の彼女は先ほどまでの警戒心からのだんまりではなく、自ら意識をして口に鍵をかけているようにも見えた。
「どうしたの?」
「だから、何でもないわ」
「そ、そう」
その場は、それで流れる。だが、十歩も歩かないうちに、香子が口を開いた。
「ねえ、その……ラビットハウスって、どんなお店なの?」
「どんなって言われると……アンティークな雰囲気のお店、かな」
「あとウサギだな」
コウスケの言葉に、ハルトは確かにと頷いた。
「ティッピーって看板ウサギがいるね。非売品」
「ウサギがいるのか? 店内で?」
祐太が耳を疑う様子を見せる。
「基本は店員のもとにいるから、客に触らせてないけどね。言ってしまえば放し飼いかな」
「それ、衛生的にどうなの?」
香子は眉を吊り上げた。
「詳しいことは俺も聞いていないなあ。……なんでティッピーってうちにいるんだろ
コウスケに言われて、ハルトは改めて思い返す。
時折高齢男性のような声を上げるあのウサギは、果たしてただの飼い兎なのだろうか。
「着いた着いた」
そう疑問を抱いているハルトたちを、祐太の声が呼びかけた。見れば、すでに彼の目的地である見滝原保育園に到着していた。
敷地の中心には白く清潔感がある建物が見えるが、その周囲はコンクリートの塀に囲まれている。建物に比べて壁が新しく見えるのは、昨今の安全への懸念なのだろう。大きくパステルカラーで彩られた『見滝原第一保育園』の文字は、夕焼けを反射して輝いていた。
「じゃあ、ひなを迎えに行ってくる。ちょっとここで待っててくれ」
祐太はそう言って、塀の一角にある出入口へ走っていった。
不審者を弾くためのセキュリティに関心しながら、ハルトはじっと保育園の看板を
見上げる。
「なあ、ハルト」
「何?」
「間違っても今度はガキの中にマスターがいる、なんて言い出さねえよな」
「……無いとは言えない」
ハルトは頭を抱えた。
様々なイレギュラーが重なっていたとはいえ、一歳児の背中に令呪が刻まれた前例が記憶に強く刻まれているのだ。生まれたての赤ん坊でも、魔力が高ければマスターに成り得る可能性がある。
「……いい機会だから、使い魔に保育園の中を見てもらおうかな。ついでに職員にも参加者がいるかもしれない」
「保育園職員が参加者とか、それも割とシャレにならねえな」
「……今回の調査は、本気で無駄足であることを祈るよ」
ハルトはそう言いながら、ホルスターから指輪を取り出す。
隣で同じく祐太を待っている香子がコウスケの影に隠れて見えないように位置を調整しながら、ハルトは魔法を発動させた。
『クラーケン プリーズ』
黄色の魔法陣とともに、ランナーが瞬時に組み上がっていく。
それはタコの形に組み上げられていく。最後に指輪を頭部に設置し、それはイエロークラーケンとして動き出した。
「今手元にいる使い魔はコイツだけだ。コイツに探索させる」
「ほーん……オレもグリフォンに任せるか」
そう言いながら、コウスケもまた指輪を発動させる。彼が指輪を取り出したところで、ハルトはコウスケと立ち位置を入れかえる。
これで香子が不意にこちらを向いても、コウスケが使い魔を召喚しているところを見られることはないだろう。
『グリフォン ゴー』
コウスケにも同じように魔法陣を錬成。組み上げられたグリフォンの使い魔へ、指輪を取り付ける。
「頼んだぜ」
グリフォンと合流したクラーケンが、ともに保育園へ飛んで行く。使い魔たちが保育園の中に飛んで行くのと入れ違いに、丁度祐太が保育園の出入り口から出てきた。
「あ! 祐太! ひなちゃん!」
その姿を認めるや否や、暗かった香子の表情がぱっと明るくなる。
同時に、祐太が手を繋いでいる女の子、___彼の膝くらいの背丈の子で、確かに以前ハルトが大学で保護した記憶がある___が香子へ手を振っている。
この子が、祐太の姪であるひななのだろう。
だがよたよたとした足取りのひなは、ハルトやコウスケではなく、香子へ歩み寄ってくる。
「こーたん!」
香子はすさまじい笑顔でぎゅっとひなを抱きしめた。
「ひなちゃん! 私のこと覚えてくれたのね! 嬉しい!」
「こーたん! すきー!」
「こーたんもー!」
舌足らずな愛情表現に、香子は興奮していた。やがて、むぎゅうっと効果音が聞こえてきそうなほど強く抱きしめた香子は、祐太が止めるまで抱擁を止めることはなかった。
「ひな。こっちのお兄さんたちにもこんにちはしような?」
ひなの肩に触れながら、祐太は姪っ子をハルトたちに向ける。
ひなは不思議そうにハルトとコウスケの顔を見上げていると、祐太がひなの頭を軽くたたいた。
「ひな。挨拶できるかな?」
その言葉でひなは自らが行うべきことを理解したように、ハルトたちへ頭を下げた。
「ひなだお! ちわー!」
「こんにちは」
ハルトはしゃがんで挨拶に応じる。
「ちょっとだけお話したこと覚えてるかな? ハルトだよ。よろしくね」
「はーたん!」
「そうそう。はーたんだよ」
確かにハルトという名前は難しいだろうか、とハルトが逡巡していると、隣のコウスケも勢いよくしゃがんだ。
「オレはコウスケだ! はーたんにおいたんにこーたんだから……あれ? オレもこーたんか? オレもこーたんって呼んでくれ!」
だが、勢いよく自己紹介をしていったコウスケは、どうやらひなには恐怖の対象となったらしい。目をわなわなと震わせ、祐太の足元へ駆け戻り、しがみつく。
それを見た香子が、コウスケへ怒鳴った。
「怖がらせてるじゃない!」
「なぜだ!? 前は怖がられなかったぞ!」
「あの時はコウスケが連れて来た子がいたからじゃない?」
ハルトは無意識に追い打ちを放った。
彼はショックを受けたような顔でハルトを、香子を、そして祐太を見る。
「お、オレそんなに顔怖いか!?」
「ど、どうだろうな?」
コウスケの質問に、祐太は困惑気味に苦笑する。
「子供からすればその……結構濃い顔付きしてるからじゃないか?」
「生まれつきなんだからしょうがねえだろ!」
コウスケが叫んでいる間に、ハルトはもう一度しゃがみこみ、ひなと目線を合わせる。
こちらの顔をじっと見上げるひなの目を見つめながら、ハルトは彼女に掌を見せつけた。
すると、ひなの目線もハルトの掌に移動する。何もない、と思わせたハルトは。一度拳を握り、手を百八十度回転させる。
そして、次に手を開いた時には、ハルトの手には赤い造花が握られていた。
「え」
「へ!?」
「おはな!」
突然の手品に、ひな以上に祐太と香子の方が驚いていた。いつの間にか口論は終着しており、ハルトの手を見下ろしている。
「すごっ……!」
「どうやって……!」
祐太と香子は目を白黒させている。
ハルトはひなに花を渡し、「ふうっ」と直立した。
そんなハルトを見て、コウスケが小突く。
「お前、何時の間にタネ仕込んでいたんだよ」
「保育園に来た時から。多分こうなると思ってた」
ハルトはそう言いながら、次の品を取り出す。
一枚のトランプ。両手にタネを仕込んでいないことを示しつつ、数回叩いたらいつの間にか十枚に増えている手品を披露すれば、ひな以上に大学生の二人が拍手し出す。
「そういや、お前の手品見るのも久しぶりだな」
「最近は色々あって、やってないからね」
ハルトはトランプをシャッフルしながら言った。
その時、背後で香子から息を呑む声が聞こえてきた。
「どうしたの?」
「……いいえ。何でもないわ」
「タネが分かっちゃった?」
「……」
香子がそっぽを向く一方、祐太は頭を掻いた。
「マジか。俺ぜんぜん分からないな。さっきの花のやつ、もう一回やってもらっていいか?」
「いいよ。今花の手持ちがないから……コウスケ、ペン借して」
「ほいよ」
祐太の要望に応え、ハルトは何もない掌からコウスケから借り受けたペンを取り出す。だが、観察するような目線をしていても、祐太は首を傾ける反応から変わることはなかった。
「すげえ、全然わかんねえ……松菜さん、後でその手品のやり方教えてくれないかな」
「いいよ。簡単な奴だから、すぐに覚えられると思うよ」
「ありがとう! よし、ひな。今度からおいたんも手品してやるからな」
祐太の言葉の意味は、おそらくひなには理解できていない。言葉を聞きながら、香子に抱き上げられている。
「よし。じゃあ、帰るか」
「そうね。……ねえ」
香子はひなを抱えたまま、ハルトへ尋ねる。
「ラビットハウスって、今日はやってるの?」
「やってるよ。ちゃんと夕食も食べられるくらいにはメニュー充実しているし、ひなちゃんも退屈しないと思うけど、来てみる?」
ハルトの提案に、香子の目が泳いでいる。
もう一押しでもすれば、靡いてくれるのではないだろうか。
そう考えたハルトの頭に、妙案が浮かんだ。
「じゃあさ。俺が案内するよ。今日はシフトじゃないけど、少し安くしてもらうように頼んでおくから。ひなちゃんも一緒にどう?」
「私は……祐太はどう?」
「俺はいいよ。ひなも、うさぎさんに会いたいよな」
「うさぎー!」
この幼子は、ウサギの文字列を耳にした途端、顔を明るくしていた。
そんな彼女の顔を見て、祐太は「だったら」とハルトへ向き直る。
「食事も出来るなら、そこでいいかな。香子さんもいい?」
「え、ええ……」
香子の返答は、どこか釈然としないようだった。
喫茶店に行きたい上、ひなが喜んでいるから行きたい。一方、ハルトの提案には乗りたくない。
今香子はそんな狭間にいるんだろうか。
「ちょうちょ!」
だが、そんなことを考えていたハルトを、ひなの言葉が現実に引き戻す。
「蝶?」
この、保育園の一部にしか自然が残っていない住宅地に、今や生息地が年々減少している蝶がいる可能性は少ない。
見滝原に来てからも、中央公園や山の方などでしか見た記憶がない。そんな蝶が、今喜ぶひなの頭上にいる。
あの、変態紳士が爆発物として操るものと同じ蝶が。
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