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東方守勢録

作者:ユーミー
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第三部
  第一話

霧の湖 革命軍捕虜施設および研究所


「とぼけるな!」

「きゃあ!!」


とある開発室では、血管を浮き立たせ吠えさかる獅子のように怒鳴る男と、その男に胸倉を掴まれては殴られたり突き飛ばされたりと痛みつけられる少女がいた。


「タイプAのチップ開発に手掛けていたお前なら、記憶を残しておくように細工が出来るだろ!なぜ命令どおりにやらんのだ!」

「……知らない」

「ふざけるな!」


男は怒りが収まらないのか、何度も少女の頬を力ずよくたたく。少女の顔はすっかり赤くはれ上がり、少し涙目になっていた。


「貴様のような妖怪はここには必要ない! 本日より武器修理班への移動を命ずる! 面会も今後一切禁止だ!」

「そんな!? 約束がちがっ……」

「先に約束を破ったのは貴様だろう? 連れて行け」


男がそう言うと、部屋の外から二人の男がはいってきた。二人は少女の腕をつかむと強引に外へと引っ張りだそうとする。


「やっ……やめて! 離して!!」


必死に抵抗する少女だったが、抵抗むなしくずるずると引っ張りだされていった。

中に一人残された男は肩の無線機をとると、ある場所に連絡をかけた。


「中村です……『河城 にとり』の件ですが、本人が白状しなかったので命令どおり修理班へ向かわせました……はい、面会もすべて取りやめさせました。……わかりました、すぐ行きます」


一通り会話を終えると、男は無線機を切って部屋の外へと出て行った。




捕虜施設 面会室


部屋の中では、ある少女がガラスの向こう側にくるはずの少女を待ち続けていた。


「……遅いですね」

「面会の時間から10分以上経ちました。どうされますか?」

「……もう少し……待ってもいいですか?」

「……かまいませんよ『鍵山 雛』さん」

「……あなたは革命軍の方なのにやさしいんですね」

「僕は……今のこの軍は好きじゃないんですよ。昔はもっといいことをしてたのに…今となっては、嘘っぽい理由でここに連れてこられて……なにがしたいのかわからないんですよ」

「……そうですか」


たわいない会話をしながら必死に待ち続ける雛。しかし、10分・20分経とうが面会の相手が来ることはなかった。


「……どうしますか?」

「もう少し……!?」


不意にガラスの向こう側にあったドアが、静かに開き始める。やっと来たと安心した雛は、思わず安堵のため息を漏らしていた。

しかし、入ってきたのは面会の相手ではなく男の姿だった。


「……にとりは……?」

「あんたには悪いが、今後一切河城にとりとの面会は禁止だ。今日は帰るように」

「!? 待って下さい! どうしてですか!?」

「お前には関係ない」


男はそれだけを言い残して部屋から出て行った。






「……」


突然の通達を受け脱力してしまった雛は、椅子に座りながらうつむいていた。


「……大丈夫ですか?」

「……どうして……どうして……あなたがたはこうも……」

「……」


慰めの声をかけてあげたい看守だったが、自分が革命軍の人間ということもあり声をかけれずにいた。


「あの子……大丈夫かしら……それに、私にとっても……たぶんあの子にとっても……ここでの会話が心の支えになってたのに……」


うつむきながら呟く雛の目には、うっすらとだが涙が浮かびあがっていた。


「……すいません……なにもできなくて……」

「いいんです……すいません……」

「……そうだ」


看守はなにかひらめいたのか、ポケットに入れていた手帳の1ページを切り取り、ペンと一緒に雛に差し出した。


「……これは?」

「……文通なら大丈夫かなって……書くだけでもいいから書いてみてよ。あの子もきっと喜ぶし……励みになるさ」

「!ありがとう……」

「友達に会えなくなるのはさみしいし……ましてやこの状況だったら耐えられない……それは僕でもわかるから」

「……はい」


雛はたまった涙を手で拭き取ると、ペンを持ち何かを書き始めた。





数十分後 修理室



山積みにされた壊れた武器の中、河童の少女は一人涙を流しながら作業をしていた。


「ひっく……うぐっ……ひっく……」


涙でゆがむ視界の中、必死に武器を治していく。しかし、そんな少女の努力もむなしく、次々と壊れた武器は部屋の中に放り込まれていった。


「ううっ……ひなぁ……もみじぃ……ひっく……ごめんね……」

「……にとりさん」

「!?」


聞き覚えのある声が聞こえ、作業をしていたにとりの手は止まった。

少女が振りかえると、そこにはよく知っている一人の白狼天狗が悲しそうな表情でこっちを見ていた。


「……もみ……じ……?……椛!」


思わず作業台から離れ椛に飛びつくにとり。そこから数分、椛の胸の中で赤子のように泣き続けていた。


「もみじぃ……うぐっ……ごめん……ごめんね……」

「いいんですよにとりさん。にとりさんは何も悪いことはしてないんですから……」

「ひっく……ありがとう……ひっく」

「……落ち着きましたか?」

「……うん」


にとりは軽く息を吐くと心を落ち着かせ涙を拭き取った。彼女の目はすっかり膨れ上がり、彼女が受けた傷と悲しみを物語っていた。


「でも……よくあいつらが許可してくれたね……」

「1つ条件を呑むかわりに、面会を許可してもらいました」

「!? 条件って……まさか……」

「……タイプAの実験に協力することです」


椛は少し寂しそうな顔をしながらそう言った。彼女の表情には少しばかり恐怖の文字が残っており、にとりもそれに気づいていたようだった。


「どうして……無理に会いにこなくても……」

「心配だったんで……それに……これも」


そう言って椛は一枚の紙を渡した。そこには、走り書きだったが心温まる言葉がびっしりと書かれていた。


「これは……」

「雛さんからです。向こうの看守さんの提案でこれを書いて渡そうとしてたんですが……他のやつらが許可しなくて……それで私が……」

「! そんな……ごめんね……」

「私が決めたことですから……その手紙、きちんと持ってて下さいね」

「……うん」

「では……私はもう行きます。しばらく……会えなくなると思います」

「……さよならじゃないよね? また会えるよね?」

「はい。いつか……また……」


椛はかるい笑みをしたまま部屋を出ていく。にとりはその背中が見えなくなるまでずっと見守り続けていた。


「ありがとう……椛……」


そういった少女は、さっきとは違う少し明るい笑みをこぼしながら再び涙を流していた。




部屋の外では、すでに二人の男が待機していた。


「別れの挨拶はすんだか?」

「別れではありません。いずれまた会えます」

「けっ……いつにもまして強気だな。まあ、そんな口調も……もうできなくなるがな」

「……」


椛は銃を背中に付きつけられながら歩き始める。恐怖心と悲しみから逃げ、表情を変えまいと必死に努力しながら刻一刻と迫る運命の時に向けて進んでいく。


(にとりさん……文さん……)


複雑な思いにかられながらも、一歩一歩足を前に出していくのであった。





霧の湖拠点周辺


「さてと……あれが拠点か?」


霧が立ちこむ中、うっすらと写る大きな何かを指さしながら少年は言った。


「ええ。あそこが霧の湖にある拠点よ俊司君」

「あそこににとりさんが……」

「はやく助けてやらねぇとな」

「よし、準備が出来たら突入するか」


そういって、俊司は首をポキポキと鳴らしていた。
 
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