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【KOF】怒チーム短編集

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気遣いの中間管理職・クラーク中尉

「大佐、また昼寝しているわ……」
「しかも、デスクの上に足を乗っけてるし……」

 大佐席のほうからレオナとウィップの呆れたような声が聞こえてきた。
 またかと思いつつ、クラークはキーボードを打つ手を止めて振り返る。
 レオナ達が言った通り、ラルフはデスクに両足を乗せ、椅子にふんぞり返り、実に気持ちよさそうに昼寝している。まったくいいご身分だ。

 盛大に溜め息をついたウィップがレオナを伴い、クラークのもとにやって来た。
 そして執務中にもかかわらず堂々と居眠りしているラルフを指差し、

「中尉、あそこでアホ面して居眠りしている大佐をどうにかしてくださいよ。今日が報告書の提出期限なのに、大佐のチェックが間に合わなくて教官のところに届かなかったら、私達が期限を破ったことになっちゃうじゃないですか」

 と、焦りを滲ませながら言ってきた。
 隣に立っているレオナもわずかに不安そうな表情を浮かべている。
 彼女達の懸念を払拭するため、クラークはラルフの代わりに報告書を預かり、内容を確認することにした。

「心配は無用だ。お前達の報告書は俺がチェックする。大佐には電子署名だけ頼んでおくよ」
「いいんですか? そんなことをして」
「いつものことさ。大佐の報告書を作成しているのも俺だし」
「……そんなことだろうと思っていました」

 レオナとウィップは声を揃えて呟き、溜め息をついた。

「では、報告書は中尉宛てに送っておきますね。よろしくお願いいたします」

 安堵の表情を浮かべたウィップが敬礼する。続いてレオナも敬礼し、ウィップとともにそれぞれの席へ戻っていった。

 その後、部下達が続々と報告書をメールで提出してきた。
 十人分の報告書をチェックする羽目になったクラークは、午後三時から行われる最新戦術・戦略講義までに作業を終わらせようと、必死になって報告書の文字を目で追い続けた。

 一時間後、クラークは全ての報告書のチェックを終えた。
 三人の部下に文章の訂正を命じ、無事にチェックを通った七人分の報告書をラルフ宛にメールで送信する。
 近くにある大佐席に目を移すと、ラルフは相変わらず眠り続けていた。
 そこにいるのがラルフでなければ、重要な会議や講義の前に居眠りしていても、自己責任ということで放置しておくだけだ。
 だが、クラークは大佐付きの秘書を兼任しているため、ラルフのスケジュール管理もしなければならない。
 したがって、居眠りをしているラルフを予定に合わせて起こすのも仕事のうちなのだ。

 ラルフの無防備な寝顔を覗き込んだクラークは、しょうがない大佐だなぁ……と呆れつつ、肩を叩いて起こしにかかる。

「大佐、起きてください。もうすぐ講義の時間ですよ」
「……ん? ああ、もうそんな時間か」

 ラルフはデスクから足を下ろし、人目を憚らず大あくびをした。どう見ても緊張感ゼロである。
 作戦中と変わらない緊張感を持てとまでは言わないが、せめて格闘訓練の時のようにしゃきっとしていてもらいたいものだ。
 仮にも大佐という地位にある者なのだから。
 ……などという小言は心の中に留め、クラークは次の連絡事項をラルフに伝える。

「それと、先ほど上がってきた十名分の報告書をチェックして、問題の無かったものをメールで大佐宛てに送りました。今日中に電子署名を付与して、教官宛てに送信しておいてください」
「おお、気が利くな。ありがとよ。講義が終わったらやっとくぜ」

 ラルフはこれでもかと白い歯を見せ、上機嫌そうな笑みを浮かべた。
 文字がびっしりと並んでいる報告書を読む必要がなくなり、喜んでいるのだろう。
 まったく、寝ている暇があったら報告書のチェックくらいしてほしいものだ。
 こっちは忙しいんだから。主に大佐のせいで。
 ……という本音は口に出さず、クラークは静かに笑みを浮かべた。

「じゃ、そろそろ行くとすっか」

 目の前の部下に呆れられていることに気づく様子もなく、ラルフは椅子から立ち上がり、クラークの肩を気安く叩いた。



 二時間に及ぶ最新戦術・戦略講義が終わり、クラークはラルフとともに執務室に戻った。
 ラルフは大佐席のデスクから煙草を取り出し、早々に執務室を出ていった。
 席に戻ったクラークは講義の資料をデスクに広げ、眉根を寄せてうーんと唸る。
 ハイデルンから直々にレクチャーを受けたのだが、いまいち理解できなかった内容があるのだ。

「どうしたんですか、中尉。めずらしくそんな顔をされて」

 ふいにウィップの声が聞こえてきた。
 資料から目を離したクラークは、険しくなっているであろう表情を和らげ、レオナと並んで立っているウィップを見上げる。

「ああ……最新の戦術と戦略についての講義を受けたんだが、今回はなかなか高度な内容でね。理解しきれなかった部分があるんだ」
「えっ、意外ですね。大佐ならともかく、博識な中尉でも理解できないことがあるだなんて」

 ウィップがしれっとラルフを侮辱したのを耳にして、クラークは眉を顰める。

「こら、ウィップ。さりげなく大佐のことをけなすんじゃない」
「だって、大佐はいつも馬鹿話ばっかりしていて、ちっとも頭が良さそうに見えないじゃないですか」

 ウィップが不満を露わに反論してきた。
 クラークはちっちっと指を振り、ウィップを諭す。

「お前は何もわかっちゃいない。彼は陸軍士官学校を首席で卒業して、二十代で特殊部隊の大佐に特進した、エリート中のエリートだったんだぞ」
「えっ、そうなんですか」

 ウィップは目を見開き、意外そうな反応を見せた。

「ああ。それに、彼はこの傭兵部隊でも特殊部隊の大佐として、教官から絶大な信頼を寄せられているじゃないか。それもこれも彼が指揮官として優れた頭脳とリーダーシップを持っているからにほかならない。もしもお前の言う通り、彼が本当に頭の悪い人間だったとしたら、そもそも大佐という地位に就けていなかったはずだ。そうは思わないか?」
「はい……そう思います」

 クラークがラルフを擁護すると、ウィップは渋々といった様子で認めた。

「だろう? 大佐は馬鹿話ばかりしていると言うが、変にエリートぶらずに親しみやすい性格をしているのが彼の良いところなんだからな」
「そうですね。陽気な大佐のおかげで特殊部隊の雰囲気も明るいですから。私自身、こちらに異動してきてから笑顔でいられることも増えました。その点については、大佐にとても感謝しているんです」

 ふふっと可愛らしく微笑んだウィップだったが、すぐにはっとした表情に変わり、

「あ、でも大佐には言わないでくださいよ。私が感謝しているだなんて知ったら、調子に乗りますから」
「ははは、わかった。言わないでおくよ。大佐もお前から直接言われたほうが嬉しいだろうからな」
「私からはぜーったいに言いませーん」

 ウィップは即座に拒否した。彼女らしい反応だ。
 クラークは彼女のラルフに対する本音を胸に収め、安堵の笑みを漏らした。

「おう、お前ら。仕事をサボって雑談タイムか?」

 突然、背後からラルフの快活な声が聞こえてきた。噂をすれば何とやらだ。
 クラークは椅子ごと振り返り、ラルフの顔を見上げる。途端に煙草のにおいが鼻をついた。

「うわっ、煙草くさーい! もう、長々と煙草を吸って仕事をサボっていた上官に言われたくないですよ」

 真っ先にウィップがラルフに対してきつく言い返した。
 苦々しげに顔をしかめたラルフがちっと舌打ちをして、

「うるせえ。ここでは喫煙休憩は認められた権利だ。文句があるんだったら教官殿をつかまえて、全面禁煙にしてくださーいって可愛く直訴するんだな」
「……わかりました。今から教官のところへ行ってきます。後悔しても知りませんからねっ!」

 悠然と見下ろしているラルフをひと睨みして、ウィップは足早に執務室の出口へ向かっていった。
 この調子では、彼女がラルフに対して敬意を抱く日は永遠にやって来なさそうだ。
 やれやれと息を吐き、クラークはラルフに視線を転じる。

「いいんですか、大佐? 本当に全面禁煙になったら、困るのはあなただと思いますが……」
「どうせ今行ったって教官に直訴はできねえよ。別の部隊の指揮官と打ち合わせ中だからな。それに、俺も含めて上級指揮官は軒並み喫煙者だから、そう簡単に全面禁煙にはならないと思うぜ」

 ラルフは確信に満ちた口調で言い、余裕の笑みを浮かべた。
 煙草のにおいをぷんぷんと漂わせているラルフを眺めながら、クラークは心の中で呟く。
 できれば全面禁煙になってほしいものだ――と。

 先ほどから黙りこくっているレオナが気になり、様子を窺う。
 彼女はわずかに眉を寄せ、何かに耐えているかのような表情をしていた。

「どうした、レオナ? 具合でも悪いのか?」

 ラルフがレオナに近づき、心配そうに声をかけた。
 当のレオナは「うっ」と小さな呻きを漏らし、後退りした。

「大佐……煙草のにおいがきつすぎます。特に口臭が……」
「えっ!?」

 レオナからストレートに指摘され、ラルフはひどくショックを受けたような顔をした。

「俺……そんなにくせぇか?」
「はい。これはスメハラです」
「スメハラ? 何だそりゃ?」
「スメルハラスメントの略です。ウィップがそう言っていました」
「なにぃ!? またムチ子がそんな余計な入れ知恵をしやがったのか! あいつのせいでレオナがろくでもねえ言葉ばっか覚えちまってんじゃねえか」

 ラルフは目を吊り上げ、ぶちぶちと不平を並べ出した。
 その間にも、口元に手を当てたレオナが一歩、また一歩と後退りしていく。これ以上、彼女を受動喫煙に曝すわけにはいかない。

「大佐。煙草は吸っても構いませんが、においのケアをちゃんとしないと女子に嫌われますよ」

 きっぱりと忠告したクラークは、デスクの引き出しから口臭ケア用タブレットと服の消臭スプレーを取り出し、ラルフに向かって差し出した。

「これを使ってください」
「何だ、これ?」
「口臭ケアのタブレットと、服の消臭スプレーです。我々のようないい歳をした男どもはエチケットに気を遣うべきですよ。特に女性がいる場所ではね」
「しょうがねえなあ……お前の言う通りにするか。可愛いお姫様に嫌われちゃかなわねえもんなあ」

 ラルフはタブレットケースとスプレーを受け取り、不承不承といった表情で立ち去っていった。
 これを機に、今後は煙草のにおいに気を遣ってくれるだろう。娘のように可愛がっているレオナに嫌われたくない一心で。

 少し離れた場所に立っているレオナが口元から手を離し、表情を和らげた。
 ほっとしたように息をついた彼女を見て、クラークは笑顔を向ける。

「ウィップに何を言われてもどこ吹く風だが、お前に言われると相当応えるようだな。大佐は」
「……えっ?」

 その理由がわからないとでも言いたげに、レオナは首を傾げた。
 親の思うほど子は思わぬと言うが、これでは『上官の思うほど部下は思わぬ』である。

「いや、何でもない。さあ、早いとこ仕事を終わらせて定時で上がろう」

 クラークが仕事に戻るよう促すと、レオナは素直に「はい」と返事をして席へ戻っていった。 
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