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【KOF】怒チーム短編集

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助言する狼・ラルフ大佐の辛口婚活アドバイス

 よう、そこのあんた。突然だが、俺らの名前にもちゃんと意味があるって知ってるか?
 例えば、クラークは聖職者、学者って意味だ。あんま軍人っぽくねえ名前だよな。
 ま、あいつは意外と読書家で博識なところがあるから、そういう意味ではイメージに合ってるかもな。

 そんで、レオナは雌ライオンって意味だ。なかなか勇ましい感じだな。
 だが、俺にとっちゃレオナは獰猛なライオンというよりは、可愛い猫だ。
 普段はツンツンしてるくせに、たまに笑顔を見せたり泣いたりしてデレちゃうところが最高に可愛い。

 ……えっ? それはお前の勘違いだって?
 うるせえ! レオナにデレてもらえねえからって嫉妬すんな!

 あと、ムチ子は――あいつはそのまんまなコードネームだから説明不要だな。

 ちなみに、俺の名前は『助言する狼』っつう意味だ。まあまあかっこいいだろ?
 だが、俺の助言は辛口だ。なんたって悪魔の化身たる狼の助言なんだからな。

 おお、今日もさまよえる子羊が――と表現するには少々ガタイの良すぎるプロレスマニアのおっさんが、俺のギャラクティカ辛口アドバイスを求め始めたぞ……。



「大佐、何で俺は結婚できないんでしょうかねえ」

 バーボンの入ったグラスを見つめながら、クラークがしみじみと嘆く。
 隣の席でテキーラを呷っていたラルフは、まーた始まったぞと思いつつ横目でクラークを見た。
 崖っぷち婚活女子が口にするような愚痴を聞かされるのはこれで何度目だろうか。
 なぜクラークがここまで結婚にこだわるのか、まるで理解できない。
 結婚なんて面倒なだけだろうに……と、離婚経験者のラルフは内心首を傾げた。

「大佐でさえ一度は結婚できたというのに……まったく解せませんよ」
「おい、クラーク。喧嘩売ってんのか?」

 ラルフはドスを利かせて詰め寄った。
 慌てた様子でクラークが首を横に振る。

「そんなつもりはありませんよ。ただ、短気でがさつで自分本位なうえにネーミングセンスに難があって、おまけにヘビースモーカーなのに、よく結婚相手を見つけられたなーって」
「やっぱ喧嘩売ってんじゃねえか!」

 クラークの言い草にかっとなったラルフは声を荒らげ、グラスをテーブルに叩きつけた。

「お前の愚痴を聞いてやろうと思ってたが、気が変わった。今日はもうお開きだ」
「そ、そんな! こんな可愛い部下を置いていかないでくださいよぉ」

 とうとうクラークはサングラスを外し、声を上げて泣き出した。
 彼は普段、クールを決め込んでいるが、酔いが回ると泣き上戸になる。その事実を知っているのは長年の戦友であるラルフだけだった。

「誰が可愛い部下だ! 気色悪ぃこと言うんじゃねえよ」

 ラルフはぴしゃりと言った。
 クラークの泣き声がますます大きくなっていく。いい歳をしたおっさんが隣で泣き喚くものだから、周囲の客が好奇の視線を注ぎ、くすくすと笑い始めた。

「みっともねえツラしやがって。せっかくの端正な顔が台無しじゃねえか。ほら、いいかげん泣くのはやめろ。話を聞いてやるからよ」
「うっ……ぐすっ……本当ですか?」
「ああ。だからもう泣くな」

 ラルフは子どもをあやすようにクラークの背中をさする。
 ほどなくクラークは泣き止み、指で涙を拭い始めた。まったく世話の焼ける部下だ。

 クラークは汗をかいたグラスを掴み、氷が溶けて薄まっているバーボンをぐいっと飲んだ。
 すっかり落ち着きを取り戻した彼を見て、ラルフは安堵の息を吐いた。

「やっといつものお前に戻ったか。よかったよかった。で、早速本題に入るが、お前はどんな女と結婚してみてえんだ?」
「そうですねぇ……年齢は二十五から三十五歳くらいで、容姿はバニラ・スカイに出演していた頃のペネロペ・クルスみたいな感じが理想です。それから常識的で、読書家で、知性と教養のあるプロレスマニアの女性がいいです」

 クラークは理想の条件を並べ立てた。それも、至って真剣な表情で。
 彼が述べた条件全てに当てはまる女性など、世界中のどこを探してもいるわけがない。
 さすがのラルフも呆れ果て、盛大に溜め息をついた。

「お前なあ……その条件、だいぶ高望みどころか、百パー無理だと思うぞ?」
「えっ、どうしてですか?」

 クラークが真顔で訊いてきた。
 どうやらこの世に存在しない女性を求めていることに全く気づいていないようだ。

「まあ、年齢はオーケーとしてだな、理想の外見のレベルはもっと落とさないと厳しいだろうな。大体、女優並みの美人でまともな女は、早いうちに他の男の物になってんだろ? 残りの美女はわがまま放題やって、男を選り好みしまくって婚期を逃しかけてるクソビッチだ。つまり、お前が婚活市場で奇跡的にペネロペ・クルス並の美女と出会えたとしても、そいつの中身は確実にクソビッチということだ」
「そんなあ……。じゃあ、外見はある程度妥協しますから、せめて知的で読書家で、プロレスマニアな女性を――」
「それも無理だ」

 ラルフは即答し、グラスに残っているテキーラを飲み干した。

「なぜですか!?」
「よーく考えてみろ。言っちゃあなんだがプロレスっつうのは、俺らの国でもこの国でも、教養のない低所得者層向けの娯楽っつう位置付けだろ? そんなのを観戦するのが趣味な女に、知的な読書家はまずいないと思うぞ。高学歴の読書家なのにプロレスマニアをやってるお前が相当な変わり者なだけだ」
「そ、そこまで言いますか!? まあ、変わり者な自覚はありますけど……」

 クラークは渋々といった表情をしながらラルフの言葉を認めた。

「だろ? お前と同じくらい変わった女を探し出すのは、広大な砂漠の中から一粒の砂金を見つけるようなもんだ。そういう現実を知ったら、中身も妥協したほうが話が早い。知的な読書家だがプロレスには興味のない女か、プロレスマニアだが知性と教養に欠ける女か、どっちかにしろ」
「くっ……では、前者の女性を選びます。知性と教養に欠ける女性とはそもそも会話が成立しませんから。それに、もし子どもができたとしても、まともに育児や教育ができるかどうかすら怪しいですからね」
「確かにな。知的な読書家を選んだのは賢明だ。お前と釣り合う学歴で、知性と教養と常識があって、二十五から三十五くらいの人並みの容姿をした女なら、それなりにいるだろう」

 ただし、と強調したラルフは、クラークを待ち受けている厳しい現実を告げる。

「条件に合う女が結婚願望を持っているかどうかは別だがな。仮に結婚を希望する女がいたとしても、傭兵と結婚したがるかっつうと……正直厳しいだろうな。お前が望むレベルの女は医師とか、経営者とか、航空会社のパイロットとか、なんたらマネージャーとか、その辺の職業の男と結婚したがるだろうからな」
「ううっ……俺、完全に進む道を間違えましたね……」

 クラークは両手で頭を抱え、打ちのめされたようにうなだれた。
 全身から哀愁を漂わせている彼を眺め、ラルフは心の中で呟く。
 作戦中はデータを駆使して数手先まで読んで行動するわりに、人生設計については意外と甘いんだな――と。

 髭面のマスターにドン・フリオ・レポサドのロックを注文してから、ラルフはクラークに尋ねる。

「ところでお前、何でそんなに結婚したいんだ? 結婚なんかろくなもんじゃねえっつうのによ」
「大佐は結婚に失敗したからそう思うんですよ! 俺は愛する人と結婚して、幸せな家庭を築きたいんです。そろそろ子どもも欲しいですし」

 クラークはきらきらと目を輝かせながら言った。
 あまりにも希望に満ちたその顔を見て、ラルフは冷めた目を向ける。

「いい歳して夢見すぎじゃねえか? 夫婦の愛はいつか冷める。離婚率を見りゃ一目瞭然だ。子どもだっていつまでも可愛いまんまじゃねえんだぞ。娘なんかいてみろよ。思春期になったら父親に対して臭い、うざい、むかつく、あっちいけしか言わなくなるんだぞ? こっちは命懸けで稼いで、クソ高い養育費と小遣いを渡してるっつうのによ。パパはサンドバッグ機能付きのATMじゃねえんだぞ、ったく」

 ぶつくさとぼやきながら、ラルフはマスターが差し出してきたグラスを受け取る。
 クラークは今にも泣き出しそうな顔をして、

「そんな……夢を壊すようなことばかり言わないでくださいよ……」

 と声を震わせながら言った。
 ラルフは十三杯目のテキーラを喉に流し込み、静かにグラスを置く。それから煙草を取り出し、ライターで火を点けた。

「べつに夢を壊してるわけじゃねえ。現実を教えてやってるだけだ。昔っから言うだろう? ウェディングケーキはこの世で最も危険な食べ物である、ってな。そうとわかっててなお結婚したいんなら、俺はもう止めねえ。禁断の果実ならぬ禁断のケーキを食って、憧れの妻子とまやかしの幸せを得る代償に、エデンの園から追放されるがいい」
「やっぱり俺の夢を壊しにかかってきてるじゃないですか! 破壊力を発揮するのは任務中と格闘ゴッコの時だけにしてくださいよぉ!」

 声高に抗議したクラークが目を潤ませ、カウンターに突っ伏す。
 煙草から上る煙を眺めながら、ラルフは大げさに泣いている相棒を宥めすかした。 
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