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【KOF】怒チーム短編集

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ラルフとクラークの最低な酒の肴

「なあ、クラーク」

 ラルフが煙草の灰を灰皿に落としながら話しかけてきた。それも、いつになく真剣な表情をしながら。これから深刻な話をしようとしているのだろうか。
 クラークは手にしているビールグラスを静かに置き、ラルフの目をまっすぐに見据える。

「何ですか、大佐」
「もしもの話だが……この世に女がレオナとムチ子しかいなくて、どっちかと結婚しなきゃならねえとしたら、どっちを選ぶよ?」

 ――どんな深刻な話が始まるのかと思っていたら、そんなことか……。

 ひどく拍子抜けしたクラークは、内心呆れながらもラルフの質問に答える。

「うーん、そうですねぇ……俺ならウィップを選びますね」
「は? あんな可愛げのねえ女のどこがいいんだよ?」

 煙草を唇に挟みかけたラルフが顔をしかめ、つっけんどんな口調で訊いてきた。

「何言ってるんですか。俺にとっては素直で可愛い部下ですよ。口数もまあまあ多いほうですから、無口なレオナを相手にしているよりは気楽に話せますしね。それに、ウィップは勝気なところがまた可愛いんですよ」

 クラークは身振り手振りを交え、ウィップがいかに可愛いかを語った。

「へえ、変わった趣味してんなぁ。俺はああいう口やかましくて気の強い女とは一緒に生活したくねえけどな。お前、意外と女房の尻に敷かれたいタイプなんじゃねえのか?」

 ラルフは肩を震わせながらくっくっと笑い出した。

「それも悪くはありませんね。ところで大佐、先ほどウィップのことを可愛げがないと仰いましたが、可愛げのなさについては、無口で無愛想なレオナのほうが遥かに上だと思いますよ」
「わかってねえなあ。レオナは可愛いぞ。ムチ子と違って素直なところとか、無表情なようでいて微妙に感情が出ちゃってるところとか、普段は無愛想なのに、たまーに気を許して甘えてくるところとか! とにかく全てが可愛いぞ」

 レオナの魅力について熱弁すると、ラルフは白い歯を覗かせ、でれっとした笑顔を見せた。
 クラークは強面な上官の緩みきった顔を半眼で眺め、何を言ってるんだと思いながら肩をすくめた。

「レオナが甘えてくるっていうのは、大佐の勘違いのような気がしますが……」
「うるせえ! あいつはなぁ、肝心のデレの部分は俺にしか見せねえんだよ!」

 ラルフは声を荒らげ、不機嫌そうにビールを呷った。
 日頃のレオナの態度を見る限り、ラルフを上官として信用してはいても、甘えたりデレたりしているようにはとても思えない。
 だが、「レオナが甘えてデレてくる!」とラルフが主張するのならばそうなのだろう。
 少なくとも、彼の中では。

「……まあ、そういうことにしておきましょう。しかし、結婚するとなると性格だけでなく、夜の相性も重要ですからねぇ。その点、レオナだとちょっと……」

 この先は内容が内容なだけに、クラークは周囲の客に気を遣って声を潜めた。

「おっ、何だ? ごにょごにょしてねえではっきり言えよ、このむっつりスケベ」
「失敬な。パーソナルハラスメントで訴えますよ」
「何でもかんでもハラスメント扱いすんじゃねえ! ムチ子じゃあるまいし。で、レオナだとちょっと何だっつうんだよ?」
「いや、その……日頃の無表情ぶりや抑揚に欠けた話し方から推測するに、ベッドの上でも無反応なんじゃないか、と」
「あー、マグロってことか! あの()ならその可能性は大いにあるな!」

 あろうことかラルフは店中に響き渡るような大声で言った。
 周囲の女性客が一斉にぎょっとした表情を浮かべ、蔑むような眼差しを投げてくる。
 クラークは慌てて唇の前で人差し指を立て、

「大佐、声が大きすぎますよ! 周りの女性達が白い目で見てるじゃないですか」
「悪ぃ悪ぃ。だがなぁ、無口な女に限って無茶苦茶エロかったり、ベッドの中での反応がよかったりするんだよ。これがまた! レオナもああ見えてその手の女かもしれねえぞ」

 ラルフは小声で囁き、お世辞にも品があるとは言えない笑い声を漏らした。
 彼の好色そうな笑みを目の当たりにして、クラークはふと冷静に考える。
 こんな話をしていることがレオナとウィップに知られたら、これまで築いてきた信頼関係が一瞬にして瓦解するだろうな……と。

 ハイデルン傭兵部隊は九割以上が男性で構成されている。
 したがって、男だけで飲む機会が必然的に多くなり、数少ない女性隊員の話題が酒の肴になりがちだ。
 しかも、大半の女性隊員は「ありゃあ本当に女なのか?」と疑いたくなるような者ばかりなのに、レオナとウィップは並の女性より美しいものだから、酒の席で話題に上る回数が自然と多くなる。
 そして健全な男どもは美少女達のあれやこれやを妄想して酒の肴にするのである。
 そのどうしようもない『健全な男ども』の一人が自分なのだから、我ながら最低な上官だよなぁ……と自嘲せざるを得ないクラークであった。

「――それより、夜に関しちゃムチ子のほうがよっぽどやばいんじゃねえのか?」

 ラルフは何とも言えない渋い顔をしながら言った。
 ウィップの何がどうやばいのかがわからず、クラークは首を捻る。

「……それはどういう意味で?」
「日頃の戦いぶりを見てみろよ。ありゃどう考えてもドSだろ? きっとベッドの上でもあんな調子だぜ」

 ラルフは恐ろしいものを見たかのような顔をして、わざとらしく肩を震わせた。
 それはそれは愉快そうな高笑いを上げてムチを振るうウィップの姿が脳裏に蘇り、クラークは戦慄する。

「つまり、ヒステリックな叫び声を聞かせられながらムチで引っ叩かれたり、狂気に満ちた高笑いが響く中で頭を踏んづけられたりする、と……」
「そういうことだ。あいつとお楽しみする前に、全身ズタボロになって病院送りにされるのがオチだぜ」
「うーむ……それでは任務に支障を来しますねえ……」

 クラークは腕を組み、よくよく考え直す。
 ムチを用いた過激なSMプレイを好みそうなウィップよりも、マグロである可能性が高いレオナのほうがまだマシなのではないか――と。
 ところがそう考えた矢先に、レオナにはマグロ云々以前の問題があることにはたと気づいた。

「ですが、それはレオナにも同じことが言えるんじゃないですか?」
「は? そりゃどういうことだ?」

 ラルフは口元に運びかけたビールグラスを離し、怪訝そうに尋ねてきた。

「ほら、彼女には暴走癖がありますから……。さあこれからお楽しみだ! って時に覚醒されたら一巻の終わりですよ。あらゆる意味で無防備なこっちは」
「ああっ、その問題があったか! そうなったら病院送りにされるどころか、確実にあの世行きになるよな」

 青ざめたラルフがぶるぶると肩を震わせている。今度はどうやら演技ではないようだ。
 恐怖を振り払うかのようにビールをぐいぐいと飲むラルフを眺めているうちに、クラークはレオナとウィップに関する根本的な問題に思い至った。

「……大佐。どっちが可愛いだとか、夜の相性はどうだとか話し合う前に、もっと肝心なことを考えるべきではないでしょうか?」
「肝心なこと? 他に何かあったか?」
「ええ、大いにあります。あの二人は、どちらも純粋な人間ではないですからね」

 最大の問題点をクラークが指摘すると、ラルフは一瞬固まり、

「あ、ああ……すっかり忘れてたぜ。レオナはオロチと人間のハーフで、ウィップは強化されたクローン人間だもんなぁ……」

 と言ってがくりとうなだれた。 
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