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帝国兵となってしまった。

作者:連邦士官
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32

 残り一ヶ月それがあの地獄のような、いや、地獄そのものの大戦までに残された少ない期間だ。その貴重な時間にも関わらず、俺はバークマンからの呼び出しを食らって、近衛部隊本部に向かう車に乗った。帰る少し前だったので、最近下賜された防水性の腕時計を見ると時刻は19時ぐらいだ。帝都に浮かぶ宇宙を彩る星々の輝きが作る大海を眺めていた。星の頂に手が付けば人は変わるのだろうか?

 いや、変わらないな。人は人だ。そう簡単には変わるはずはない。しかし、人々は大衆こそが希望の篝火だ。大衆の中に希望などが尽きないほどにやがては光が満ちるだろう。火は止めてはいけない。神はなぜ、プロメテウスを罰したのだろうか?希望の火を与えたからだ。火はやがて大火となり、神を自称する高慢な者たちを焼くだろう。それは存在Xや連合王国、合州国であっても避けられない。だからこそ、他者に理解と尊敬を払う姿勢こそが重要なのだ。何百回、何千回裏切られてもそれをする姿勢が重要だ。人は人に裏切られたことしか言わない。自分が無自覚で裏切ったり、勘違いしたことを言わない。他者を責めるときだけは、声高に叫び、相手の立場も考えずに自分だけが被害者だと思い上がり、加害者になる。自分が何を相手にしたのかを忘れて相互にそうなる。

 前世では自分の無能を棚に上げて他者を責めることで、自己防衛をし、自分だけは正しいと思う人間を沢山見てきた。皆自己中心であり、自己中心を咎められると自己責任論と怒りを持ち出してくる。また、自己中心を咎める側も自己中心であり、己の否を認めないのだ。そんな社会が世界に広まったのを素晴らしいとしたのが、人類というやつだがでも、それでもおかしいと誰かが抗っていたのも人類というやつだ。おかしいことをおかしいと言えずに価値観と価値観を押し付け合うだけの獣に成り下がるだけの存在ではない。星の瞬きを見ると人々は自分が砂漠の砂粒だと気付くだろう。多くの人は井の中の蛙なのだ。

 ならば、大海を知らねばならぬ。じゃなければどうなるというのだ。価値観を押し付けあって、不利なときに自分はこういう病やなんやをもっていて仕方ないというのか?多くの人は半天狗であろう。自分が悪くないと他者に押し付ける。その一環で上司も部下も責任を押し付け合う。家族もだ。カオスであり、アノミーなのだ。

 揺れる車が作り出す、振動が伝わり眠気を飛ばすそんな道を感じながら、視線を町並みに移した。この揺れだと帝都といえどもまだ舗装の余地は残されている。舗装は必要だよなと考えながら、再び俺は夜空を見ていた。

 宇宙に浮かぶ無数の星、流れ星が見えるいや、あれは彗星かな?彗星だったら、もっと光が強いよな。また、視線を町に戻す。

 街の大通りにはもう職を求めて行進する国民の姿はない。帝国は次々に増えた経済圏により、失業率が減少していた。何より、帝国議会は富国強兵・殖産興業・大陸の楔の三本柱で動いており、繁栄の大曲線と言われるものを画策していた。

 現代のシルクロードと言われるものであり、帝国はアラブとの連携を強化し、俺が知る世界のイランイラク程度までを支配下に押さえて、秋津島とインド的な地帯で合流するライム崩しを画策している。

 帝国は外洋艦隊も持っていないのにだ。帝国の誇大妄想癖は留まることを知らず、世界に冠たる我が帝国と口々に言う。世界領土はフランソワのほうが持っているのに。単なる陸封型のマスみたいなものだ。大海を知る鮭には大きさも強さも勝てないのだ。結局のところ誇大妄想に終わるだろう。しかし、帝国は艦隊運用型の安価で航続距離が長い駆逐艦と巡洋艦、水雷船を整えつつあると聞いた。

 沿岸用の航続距離とコストを犠牲にした質重視の艦隊から本格的な数による運用を行う艦隊に変わりつつある。などと考えているうちに呼ばれていた近衛師団本部が見えてきた。

 「相変わらずだな。」
 とても古く見える石造りの館、しかし、これはそろそろ建て替えられて鉄筋コンクリートの対空陣地も取り入れた基地に変わるというのだから、バークマンは大胆な男だということだ。

 「お待ちしておりました。」
 若い士官だが、階級章を見ると少佐だ。ロビーに案内されて電灯の下で明らかになったブレストリボンを見ると上陸作戦、降下作戦、防衛陣地、白兵戦など技能徽章は10以上はついている。こいつは危ないやつだ。俺のような一般人とは違う。

 「どうしましたか准将どの。それにしてもその徽章は壮観であります。」
 そういえば俺も機甲戦や特殊戦、野戦陣地、無線士なども増えていたが俺のは見せかけだけだ。本当の戦争や機甲戦はもうすぐ始まるのだから、俺のは偽りだ。何十両で撃ち合うような戦いをしていない、これから本当の戦いが始まるんだ。

 「こんなもの見せかけだけだ。誰かの死の上に成り立つ勲章なんてものは虚しいだけだろ?それにこれから役に立つかもわかりやしない。単なる装飾品さ。メッキだよこんなものは。本当の勲章は窓の外にある。人々の営みの明かりが勲章だよ。これが無くなったら何のために軍はあるんだろうな?イスパニアで強く思ったよ。人が人らしく生きて死ねる社会こそが一番の勲章だとね。星を欲して手を空に伸ばすのは無知かもしれないよ。人の暮らしこそが星々だからな。」
 現代社会での暮らしを思い出して、少し憂鬱にいってしまった。元の世界に戻りたいものだ。こんなことをやってるよりもだ。

 「小官はやはり‥‥いや、やめておきましょう。戦いの神に愛された男と言われるのは中々難しいのですな。」
 歩きながらそう言われたが、それは間違いだ。俺が好きで戦ってると思われては困る。

 「こんなことばかり上手くなっても仕方ないだろうよ。戦いは何も生み出さない消費の極致さ。人の人らしい感性すらも鈍らせる。単なるカタルシスを得たい連中の道具にされてしまうのさ。でも、やがていつかは人々が手を取り合える世界が出来ればもう少しだけ良くなるとは思うよ。それが千年後でも。」
 本当に俺はなんでこんなことだけうまくいくのだろうか?早く、ターニャ・デグレチャフに全てを預けて歩き終えたい。大戦なんか起きてしまえば人が沢山死ぬ。俺は殺すのも殺されるのも御免被る。しかし、俺は‥‥。

 『ここで終わるのは本当に良いのだろうか?』
 もう一度、窓の外を眺める。この町並みが破壊されるのを俺は知っている。俺は卑怯者ではあるが卑劣になったわけでも二代目になったわけでもない。自分の手で何人の手を引っ張れるというのだ?社会に変革を、世界に勝利をもたらせるような立派な人間ではないのだけは確かだ。しかし、あのイスパニアの惨劇をこの旧大陸全土に広げて良いのだろうか?

 「分かり合えた気になるのが一番遠いのかもな。憧れは理解から最も遠いとはよく言ったものだ。地の果てを夢見たあの大王やハンたちが何を見たのか今ならすぐわかるのに誰もそれを大事に思わない。」
 声に漏れてしまっていた。横を見ると少佐がこちらを見ていた。誤魔化さないといけないだろう。流石にポエマーすぎる。

 「大事に思わないからこそ、奪い合い取り合う。分かち合うこともなければ、助け合わない。戦争の神秘や揺らめきや騎士譚の如き名誉や誇りもイスパニア動乱でハッキリした。もはや、それらは失われたのだ。もうなくなってしまった。人々は個人の為なら引き金を引くのを躊躇せずに引くのさ。あの破壊された街、労働者革命として資本家を吊るした大衆も今はイスパニア連邦万歳と叫んでいる。それが得になると思ってるからさ。裏を返せば得になるのならば、故があるのならばまた暴力的な革命をするだろう。そういう世界に我々は突入してしまった。一般人と戦いは切って離せなくなり、一般人が個人的な利益により、国家や仲間に同胞に無秩序無規範に闘争を挑むようになったのだ。誰がそれのルールを守る?審判のいない、規律のない戦いの先は種の滅亡じゃないのかな?個人という価値を最大値にし過ぎて、個人が個人を押しつぶすそれを見て見ぬふりをする事なかれ主義。」
 もう意味がわからないが少佐が聞いてくれているのでこれを押し通すしかない。あぁ、なぜこんなことにわからないからこうもなるのだろうか?地獄は目前だというのにいやに俺は冷静だった。

 「それらがもたらすのは大きなケーオスとアノミーだ。社会や会社、家族地縁血縁、民族、宗教思想などの色々な柵があるが柵から全て外れれば自由だと推し進めた先にあるのは国家の滅亡だ。変様する社会で弱者は犠牲になっていく。自己責任による国家と自治体の共同体は破壊され、それを喜び人が平時で沢山死んでいくだろう。互助すら出来ずに個人利益を追求する社会の形成が行われるのだ。やがて共同体社会の再発明がされるかもしれないが‥‥見た目だけが正しいのならばそれを発展だと言い切れるだろう。だが、それが幸福かは誰にもわからない。精神の貧しさから来る枯渇を物資で補おうとすれば地上の物資をいくら使おうとも満足しないのさ。だから、植民地が必要なんだよ。そんなことをしても意味はないのに。人類にはいちばん大事なものがある。」
 長々と話していて疲れてきた。俺は話をまとめるのが下手なんだろうな。なんでいつもこうなるんだろうか?一般人である俺はそう考えざる得ない。だけれども、あのときに銃を、戦いをしてしまった俺だから仕方がないのかもしれない。

 「その“いちばん大事なもの”とは?」
 聞かれても困るだけだ。そんなものは俺には分からないだけど‥‥。それでも世界が変わらないのならば‥‥例えばそれがだいじだと言えるのは‥‥。

 「そう、心だ。見ろこの街にこの星に、広がる世界の各地にも届かないところにもそれはある。一番身近な手の届くところに星々が、こんなに輝く星が地上には広がってるのだから。ならば、少しだけ星を思う気持ちがあれば、星を願う気持ちがあればきっと星は誰の中にも例えば頭の中にも身体の中にも宇宙がある筈さ。そこに何万もの星がある。それを守るのが我々なんじゃないのか?」
 俺はそれを言うとあまりのポエムに恥ずかしくなり、もう一度見た窓から目線を外す。そして、少佐に案内を促した。

 「小官はグラーフ・フォン・シュタッセンベルクと申します。」
 自己紹介を軽くされたので「いい名前だな。」と当たり障りもなく答えておいた。それにしてもまるでこの少佐は歩いてるというより歩幅で距離を測ってるようにも見える。

 無言で二人で歩く。少し恥ずかしいがもう扉は目の前だ。少佐が扉の前にある受話器をとった。
 「閣下、ジシュカ准将をお連れしました。」
 そうしてから、少佐が扉を開くと俺は部屋の中に入った。

 「あぁ、やっときたかジシュカ。君には大任がある。即応軍の司令官がモーゼル中将と参謀長がロメール少将と決まったのだが、即応部隊の航空魔導歩兵の司令官が足りないわけだ。何か意見はあるかな?自薦でも構わないが。皇帝陛下も認めてくださるだろう。陛下は君のことをよく朕のキンチェムと呼んでるからな。」
 相変わらず双頭のマークのタバコを吸いながら聞いてくる。後ろに見慣れない副官がいる。新しい人材なのだろうか?

 「ジシュカ、気にするな後ろにいるのは、副官のへインツ・ヴラント少佐と宮殿警備隊司令のレーマン中佐だよ。形勢が変わらない限りは信用できる。それはそうとだ。誰かいないかね?」
 これは多分、自薦しろという圧力だろうが、俺にもちゃんと弾はある。伊達にあんなにいろんな戦線に送られてない。というかなんでそんなに俺に戦わせたいんだよ。俺は単なる平凡な人間だぞ。ちょっとばかり運と勘が良いだけなのになんか指揮官や司令官できると勘違いしてないか?その場に合わせて適当な発言しかしてないのに。

 「分かりました。小官が推薦するのは‥‥リーデル大佐ですね。スコールェならやってくれるでしょう。一日に17回も出撃したり、対空砲火の十字を食らってテーマパークに来たみたいだ。楽しいなガーデルマンとか言うような奴ですから役に立つでしょう。現に戦艦エースです。ルーシーと島国の彼らの船団を叩き潰しました。それに退き時や攻め時も理解してる上に若手を育てる力もあります。偶に光った方角を撃てば勝手に敵が吸い込まれるなどの不可解な言動はありますが十二分に戦えるでしょう。」
 これで逃げ切れるはずだ。それにアイツは戦場が大好きだから大丈夫でしょ。なんか12ポンド砲直撃して墜落しても次の日には戦っていたし、そもそも種族人間なのか?種族からしてちがうとか実は体に鞘が埋め込まれていて更に獣の槍を持ってますとか言われたほうが納得できる硬さだけど。多少銃で撃たれてもなんか臓器から逸れて貫通するらしいし、異能生命体かタフ世界の住人なんじゃないか?ともかく、俺はここでさよならだな。

 「確かにな。貴殿には新しい任もあることだしな。即応部隊の人事はリーデルにしておこう。」
 おいコラ、バークマン!先にそれを言えよ。なんだそのお前ならそれを選ばないと思っていたみたいな笑顔は!なんかもっと危ないんじゃないのか!ふざけんなよ。

  
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