魔法戦史リリカルなのはSAGA(サーガ)
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【プロローグ】新暦65年から94年までの出来事。
【第2章】StrikerSの補完、および、後日譚。
【第6節】はやて、クロノやゲンヤとの会話。
さて、新暦75年の10月上旬、ミッドの首都クラナガンの郊外では、イストラ・ペルゼスカ上級大将とレジアス・ゲイズ中将の「局葬」が合同で営まれました。
クロノとはやてはいろいろあって、ほとんど「三元老の名代」のような立場でその儀式に参列したのですが、何時間にも亘る式典が終わった頃には、二人とももう相当に疲れ果ててしまっています。
『この機会に、クロノやはやてと「つながり」を作っておこう』と考えている者たちが押し寄せて来る前に、二人はヴェロッサの手引きで素早くその場から抜け出し、そのまま彼が「おすすめ」するレストランへと直行しました。
三人はその店でそれなりの個室を貸し切り、ゆったりと夕食を取ることにして、まずは食前酒で乾杯をします。
「二人とも、お疲れ様。これで、ようやく〈ゆりかご事件〉の後始末も一段落かな?」
ヴェロッサの言葉に、クロノとはやても、安堵の表情でうなずきました。
こうして、以下、三人の歓談が始まります。
はやて「ところで……葬儀の席上、上座からモノ凄い目力で私らを睨んどった、あの金髪の美少女は、一体誰なんや?」
クロノ「ああ、それなら、マギエスラ嬢だろう。イストラ上級大将の初孫で、当年15歳。この春に士官学校を首席で卒業し、今は次元航行部隊で艦長を目指しているそうだ」
はやて「15歳で首席卒業? そんなら、メチャメチャ優秀な子なんやな」
クロノ「しかし、どうやら、彼女の頭の中では、僕は『善人の祖父を死の淵にまで追い詰めた悪党』ということになっているらしい。(溜め息)」
ロッサ「聞くところによると、イストラ上級大将は、家庭では本当に、良き夫で、良き父親で、良き祖父だったらしいからねえ。(苦笑)」
はやて「私には、お偉いさんの家族関係とかゼンゼン解らんのやけど……彼女が、イストラさんの初孫やということは……何や、他にも局内にペルゼスカ家の人たちとか、大勢おるんか?」
ロッサ「ペルゼスカの一族は元々がベルカ貴族の血筋で、自治領の方では今も有名な名家の一つだよ。イストラ上級大将自身は、先代の本家当主の長男だったが、五十年ほど前に『嫡子の座』を弟に譲って独り管理局に入った、という話だ。
彼の奥方は、今でこそ療養のために首都の郊外でひっそりと暮らしているが、昔は随分と活発な方でね。20代30代のうちに、元気な2男と2女を産んだ。
先の葬儀で喪主を務めていたのが、長男のザドヴァン。今では〈上層部〉法務部のお偉いさんで、マギエスラ嬢の父親だよ。しかし、彼の弟妹は三人とも局員ではなく、それぞれに家庭を築いてあちらこちらで普通に暮らしている。
だから、『局内にいる、ペルゼスカ家の人間』は、今では、ザドヴァン卿とマギエスラ嬢ぐらいのものかな。苗字の違う親戚まで含めても、決して大勢というほどではないよ。
ああ、それから、先の葬儀にも顔だけ出していたが、マギエスラ嬢には仲の良い弟と妹がいて、彼等三人の母親も、局員ではないが健在だ」
クロノ「いつもながら、よくもまあ、そういう情報がスラスラと口をついて出て来るものだな」
ロッサ「僕は査察部だからね。この程度は、基礎知識の範疇だよ」
はやて(嫌な基礎知識やなあ……。)
ロッサ「はやて、何か言いたそうな顔だね。(笑)」
はやて「いや……。(とっさに誤魔化して)何と言うか……やっぱり、管理局にはベルカ系の人も多いんやなあ」
ロッサ「戦乱の歴史が長かったから、なのかな? 特に貴族階級では、『自分の命を惜しまずに働くような性格が、もう血筋にまで刻み込まれている』という人たちも、決して少なくは無くてね。そんな訳で、ベルカ系移民の中には、今も『軍人向きの性格の人』が意外と多いのさ」
クロノ「おいおい。管理局は『軍』ではないぞ。(冷笑)」
ロッサ「まあ、建前としては、確かにそうなんだろうけどさ。(笑)いくら言葉を飾ったところで、本質は今も変わらず『軍警察』だよ」
クロノ「確かに、『次元世界の安寧と秩序を守るのが仕事だ』という意味では、大した違いなど無いんだろうけどな」
三人が食前酒など嗜みながら、そんな会話をしていると、やがて料理が運ばれて来ました。
食事を取りながらも、さらに会話は続きます。
クロノ「ああ。それから、はやて」
はやて「ん?」
クロノ「機動六課のこともずっと気にしてはいたのだが、〈闇の賢者たち〉のせいで、なかなかそちらにまでは手が回らなくて……いろいろと済まなかった」
はやて「いやいや。クロノ君は元々そっちが本業なんやし、それは仕方ないやろ。最後の最後で間に合うてくれて、ホンマに助かったわ」
ロッサ「正直なところ、今の管理局に『非常時に、自分の責任で艦隊を組む』ことのできる提督や将軍が何人いるのか、疑問だからね。クロノは貴重な人材だよ」
はやて「みんな、なんぼ権限があっても、責任は取りたがらへんような御歴々ばっかりやからなあ。(溜め息)」
クロノ(神妙な口調で)「おそらく、〈ゆりかご〉は全く本調子では無かった。もちろん、かつてオリヴィエが内部から破壊したという伝承もあるし、なのはとヴィータが事前にさらに壊しておいてくれていた御蔭もあったのだろうが、それ以前の問題として、何故あんなにも不完全な状態で無理に飛ばしたんだろうな? もう少しぐらい修復してからにすれば良かったものを。全くもって不思議だよ」
【クロノたちもこの時点では、まだ〈三脳髄〉の「存在」それ自体を知らなかったので、こういう感想になってしまうのです。】
ロッサ「もしかすると、戦闘機人を使って、例の〈アインヘリヤル〉をあらかじめ破壊しておいたのも、そのためだったのかな?」
クロノ「つまり、地上からの対空砲火でも落とせるほどのヒドい状態だった、ということか?」
ヴェロッサは、ごく控えめにうなずいて見せました。
言われてみれば、確かに、あのタイミングでわざわざ〈アインヘリヤル〉を破壊しなければならなかった理由など、他にあまり考えられません。
はやて「私にはむしろ、あれだけやらかした人間が、何故死刑にならへんのか、そっちの方が不思議やけどな」
クロノ「管理外世界の出身者としては、それも、もっともな意見なんだろうが、管理世界では、管理局の方針により、死刑は一律で禁止になっている。新暦51年の一連のテロ事件ですら、犯人たちはみな、それぞれに無人世界の衛星軌道拘置所へ放り込まれただけだ」
ロッサ「ガラス張りで真っ白な無音の密室に閉じ込められて、結果としては、大半が途中で発狂か衰弱死さ。『心が折れてすべてを白状するまで、何年でも何十年でも、ただじっと待つ』というのが管理局の基本的なやり方だね」
はやて(それはそれで、また随分とエグい発想やなあ……。)
はやて「ところで……幸いにも、今回の事件は、大体ミッドの中だけで収まった感じやけど……今、ミッド以外の世界では、どんな感じなんや?」
ロッサ「確かに、〈JS事件〉の影響は『ほぼ皆無』と言って良い状況だね。……クロノが担当していた案件も、もうケリはついたんだろう?(確認の口調で)」
クロノ「ああ。先々月には〈闇の賢者たち〉も完全に壊滅したよ。ところが、今度はその代わりに、その犯罪結社と連携していた〈永遠の夜明け〉とかいう組織に絡まれてしまったらしくてね。(溜め息)」
はやて「犯罪組織同士で連携するなんてこと、あるんやねえ?」
クロノ「二つの組織の共通点は、薬物やテクノロジーによって人類を『強制進化』させることだ。その理念によって、両者は連携していたらしい」
ロッサ「さらに、よく似た理念を持った組織としては、〈竜人教団〉というのもあるよ。こちらは、かつて〈辺境領域〉の南部に展開していた〈邪竜の巫女〉とも連携していた組織で、ともに〈アルハザードの民〉は『竜人』だったと信じて、今もそうした『人類以上の存在』を遺伝子工学で人工的に創り出そうとしているんだそうだ」
はやて「ちょっと待ってや。私は、〈アルハザードの民〉は『巨人』やった、という話を聞いたことがあるんやけど?」
ロッサ「まあ、どちらの説も『単なる憶測』の域を出ないね。ただ、実のところ、どの世界にも『混血児』の伝承は存在していないんだ。だから、我々人類と『生物学的に別の種』だったことだけは、多分、間違いないんだろうと思うよ」
はやて「しかし……人間のゲノムに『竜族の遺伝子』を組み込むというのは、さすがに無理なんと違うか? そんなん、スカリエッティでも、よぉやらんやろ」
クロノ「今はまだ大丈夫だろうとは思うが……技術の進歩は凄まじい。いつかは誰かがやらかすことになるんだろうなあ。(予言めいた口調)」
ロッサ「そうそう、スカリエッティで思い出した。つい先日のことだが、〈プロジェクトF〉の利用者を追いかけても、やはり〈永遠の夜明け〉には辿り着いたよ」
クロノ「では、あの組織は、スカリエッティともつながりがあったのか?」
ロッサ「そうだね。『三人の女性技術者が〈プロジェクトF〉を完成させた』という未確認情報もあるんだが……どうやら、そのうちの一人が〈永遠の夜明け〉の関係者だったらしい」
【なお、チンクたちの証言によって、『ドクター・スカリエッティが、フェイトやエリオのことを「プロジェクトFの残滓」と呼んでいた』という事実はすでに判明しています。
また、チンクたちは〈三脳髄〉に関しては何も知らされておらず、ただ『管理局の上層部には「秘密のスポンサー」がいる』とだけ、知らされていたのでした。】
はやて「では、そのうちのもう一人がプレシアさん、ということか? 私は直接の面識は無いんやけど、いろんな意味で、本当にスゴい人やったらしいなあ」
クロノ「ああ。僕も直接に対面したのは一度きりだが……とんでもない魔力の持ち主だったよ。もちろん、技術面でも、紛れもない天才だった。……ただ、本人は、必ずしもそうは考えていなかったみたいだけどね」
はやて「そうなんか?」
クロノ「ああ。事件が終わった後で、彼女の『手記』にざっと目を通したことがあるんだが、誰かしら目標にしていた人物がいたみたいで、『自分の実力では、どう頑張っても「あの人」に届かない』とかいった『涙ながらの、嘆き節』が書かれていたよ」
ロッサ「あれほどの技術の持ち主が、そんなことを?!(吃驚)」
はやて「もしかすると、『自分の頭の中で、歴史上の偉人さんを美化しすぎてもうた』とか……そういった話なんやろか?」
クロノ「さあ、どうなんだろうな。今となっては確認の取りようも無いし、『あの人』というのが誰のことなのかも、ちょっと見当がつかない」
そうして、いつしか食事も終わり、そろそろ「お開き」の時間となります。
クロノ「さて、自分は今後、当分は〈永遠の夜明け〉を追うことになるだろう。〈ゆりかご〉の方は、引き続き『破片の回収作業』を進めさせてはいるが、初動が遅くなったせいもあって、正直なところ、状況は芳しくない」
はやて「ゆりかごの駆動炉の巨大結晶は、多分『真っ赤な正八面体』だったと思うんやけど……やっぱり、あのクリスタルも壊れてもうたんか?」
クロノ(大きくうなずいて)「ああ、もう跡形も無いよ。(溜め息)」
ロッサ「正八面体ということは、やはり、E‐クリスタルだったんだろうね」
クロノ「形だけで解るものなのか?」
ロッサ「うん。E‐クリスタルの結晶構造はダイヤモンドと同じ型だからね。研磨なしで普通に割っていけば、当然にダイヤモンドと同じ正八面体になる」
はやて「いや。ちょぉ待ってや! 私は、E‐クリスタルの結晶は、いくら大きくてもせいぜい拳大やと聞いたことがあるんやけど……」
ロッサ「何分にも、『アルハザードの民は、E‐クリスタルを自在に錬成することができた』という話だからね。一説によれば、現存するE‐クリスタルの結晶も、すべて天然の存在ではなく、〈アルハザードの民〉があちらこちらの世界で錬成した巨大結晶の『削りカス』なんだそうだよ」
はやて(ええ……。)
クロノ「その巨大結晶だけでも、そのまま回収できていればなあ……。リゼルめ、やってくれたものだ。……それにしても、彼女が持って来た『爆弾艦』は、あまりにも用意が周到すぎる」
ロッサ「やはり、背景には〈三元老〉が?」
クロノ「もし僕が動かなければ、おそらく、ミゼット統幕議長はリゼルの御座艦を中心とした艦隊だけで〈ゆりかご〉を撃つつもりだったのだろう。それについても、また機会があれば彼等に問い質してみたいものだ」
以上のような三人の会話は、公式の記録には一切残されてはいませんが……ともあれ、このようにして、〈ゆりかご事件〉は終了したのでした。
また、10月も中旬になってから、はやては改めてナカジマ家を訪れ、師匠のゲンヤと二人きりで次のような会話をしました。
序盤の内容は「はやて個人の進路相談」です。
【以下、10行ほどの会話文は、内容的にはStrikerSのコミックス第2巻からの抜粋です。ただし、「丸写し」は禁じ手なので、多少は省略と変更をさせていただきました。】
「今さら何をグダグダ言ってるんだよ。機動六課の解散後には、お前を引き取りたいって要望が、俺んところにまで来てるんだぜ。選り取り見取りだ。どこでも、好きなところを選べば良いじゃねえか」
「それなんですが……当分の間、部隊の指揮とかは、辞退しようかと思うてます」
「……おいおい。いってえ何が不満だよ?」
「いや。不満やなくて、部隊長としての失態とか力不足とか……。自分なりに落ち込んでもいるんですが、部隊指揮の夢はやっぱり捨てられませんし……どうしたら、いいもんですかねえ?」
「それなら、一度『フリーの捜査官』に戻って小規模部隊の指揮や立ち上げの協力あたりからやり直してけばいいんじゃねえのか? 人間ってのは、結局のところ、責任を背負って経験して、成功と失敗からひとつひとつ学んでいくしかねえんだよ」
そして、本題の進路相談が終わった後も、「余談」は長々と続きました。いつの間にか、はやてもゲンヤも少しお酒が入って、口が軽くなっています。(笑)
「そう言えば、師匠。師匠が局に入る時には、ご家族から随分と反対されたように聞きましたが、それはまた何故やったんですか?」
「日本人ってのは、大半が小柄で黒髪なんだろう? 俺は体格も髪の色も全く親に似ていなかったから、最初から鬼子あつかいでなあ。カワハラの爺さんと婆さんが間に入ってくれなかったら、俺の両親はきっと離婚していただろうさ」
「その、カワハラというのは?」
「ああ。地球系移民の取りまとめ役をしていた老夫婦さ。まあ、事実上の村長みてえなもんだな。……で、俺が浮気の産物でないことは、じきにDNA鑑定で証明できたんだが、その後しばらく、俺の両親は仲が悪かったそうだ。とか言いつつ、それからまた何年かしたら、父親そっくりの弟が生まれてるんだけどな。(やや下卑た笑い)
まあ、そんな訳で、俺は物心つく前から両親に疎まれ、ほとんど上の姉貴に育てられたも同然だったんだが、その姉貴も俺が10歳の時、18歳でカワハラ家に嫁いだ。それ以来、俺自身はもう早く故郷を離れてえ気持ちで一杯だったんだよ。
あと、アラミィでは漁業権だか何だかの問題で、昔から管理局は不人気でなあ。地球からの移民も大半は漁民だったから、俺も『裏切り者』のような扱いだった。それで、配属先は三択だったが、わざとアラミィからは最も遠く離れたエルセアを選んだのさ」
「そう言えば、クイントさんも、エルセアの出身でしたか?」
「パリアーニ家は、古いミッド貴族の家柄で、エルセアでは名の通った名家だよ。クイントの父方伯母のローナはあの『ラヴィノール本家』に嫁いだぐらいだから……ああ。ラヴィノール家ってのは、エルセアでは今も随一の名家なんだけどな。
そのローナ・パリアーニさんには兄と弟が一人ずついた。クイントの父ラウロはその弟の方で、兄の方が本家を継いだから、今では分家筋という扱いだが、それでも、幾つもの会社を持っている資産家だ。
今はギンガとスバルが片方ずつ使っている〈リボルバーナックル〉も、元を正せば、そのラウロさんが、娘の就職祝いにデタラメな金額を注ぎ込んで造らせた、58年当時は『まだ実用化されたばかりの超高級品』だった第四世代デバイスだ。
もちろん、中身はあれから何度もアップデートしてはいるんだろうが、それにしても、『17年も前のD-デバイスが今も現役』ってのは、冷静に考えると、かなりとんでもねえ話だよな。当時、一体どれほどの金を注ぎ込んだのやら。
まあ、家格ってのは、単なる経済力で決まるものでもねえんだが、それでも、クイントは本来、俺なんかとは全く家格が釣り合ってねえ」
「じゃあ、一体どうやって口説き落としたんですか? 齢もだいぶ離れていたと聞きましたけど。(ニヤニヤ)」
「俺もあまり他人のことは言えねえが、クイントの親父さんも、お姉ちゃんっ子でなあ。そのローナさんが嫁いだ翌年だか、翌々年だかに、彼女の『中等科と高等科での親友』だったカーラ・ロヴェーレさんと結婚した。
四歳も年上で、しかも、まるっきり普通の家柄の出身だ。長男の方がすでに他の名家から嫁さんを貰って家督を継いでいたから、御両親も末っ子のラウロさんには甘かったんだろうな。
クイントは、そのカーラさんが四十を過ぎてからようやく生まれた女の子だ。それまでは、四人続けて男の子だった」
「五人兄妹とは、また……」
「ああ。性格は『姐さん気質』だが、実は、五人目で末っ子だったんだよ。ただし、その兄たちは、四人とも魔力がほとんど無く、齢がちょっと離れていたせいもあって、クイントとは昔からあまり付き合いが無かったらしい。
と言うか、クイントは、兄たちからは少しばかり疎まれていたのかもな。本人はよく『自分は「事実上の一人っ子」だった』とか言っていたよ」
「そう言えば、『クイント』は、古いミッド語で『五番目』の意味でしたか? なんや、エルセアの方には、変わった名前の人が多いような気がするんですが……」
「昔のミッドでは、一部に『その子の本名はミドルネームにして、その子の綽名の方をファーストネームにする』という風習があったんだよ。当時は、ファーストネームのことを『捨て名』とも呼んでいたんだけどな。これは生まれた時に『ごく適当に』つけた名前で、5歳か6歳になってから、ようやくミドルネームとして本名を付けていたんだそうだ。まあ、乳幼児死亡率がべらぼうに高かった時代の名残りだったんだろうなあ」
【実のところ、「ヒトと言う生物種」は、近代的な医療が無ければ、『新生児の半分ぐらいは満5年以内に死亡して当たり前』という脆弱な生き物で、だからこそ、昔の女性たちは皆、人口規模を維持するためには、一生のうちに五人も六人も子供を産まざるを得なかったのです。】
「しかし、旧暦の初期に戸籍法が整備されると、それ以降はもう『5歳や6歳になってから、新たに名前を付け加える』なんてことはできなくなったからな。それで、大半の土地では、そうした風習も廃れていったんだが、エルセアを始めとするごく一部の地方では、たまたまそれが生き残ったのさ」
「じゃあ、クイントさんには、別に『本名』があったんですね?」
「ああ。クイントの戸籍上のフルネームは、『クイント・パトリツィア・パリアーニ』だ。ただ、本人はその『いかにも貴族っぽい』ミドルネームがあまり好きじゃなかったらしくてなあ。俺も、初対面でいきなり『どうぞ、私のことは、パトリツィアではなく、クイントと呼んでください』と言われたよ」
「具体的には、どんな人やったんですか?」
「クイントも『親には似ていない子供』だったが、俺とは違って、両親からは大変に愛されて育った。クイントは小さい頃から体も丈夫で、魔法の才能にも恵まれ、わずかな魔力しかない両親からすれば本当に『元貴族として』自慢の娘だったそうだ。
15歳の時には、IMCSの都市本戦とやらで優勝したこともある。俺はその方面には詳しくないんだが、出場資格は19歳までだと言うからな。当然、年長者の方が有利で、『15歳での優勝』は今もなお破られていない最年少記録なんだそうだ。
で、その時に好敵手だったのが、メガーヌ・ディガルヴィ・アルピーノ。あの小さなお嬢ちゃんの母親だよ。……まさか、彼女が生きていたとはなあ。これで、早く昏睡から醒めてくれれば、もう何も言うことは無いんだが」
「なんや。師匠、知り合いやったんですか?(吃驚)」
「ああ。もちろん、知り合いだよ。メガーヌは、俺たちの結婚式にも出てくれたし、その二年後には、俺たち夫婦も彼女の結婚式に呼ばれて、クイントがスピーチをした。
あのお嬢ちゃんも、今月中には『どこか遠い無人世界での、極めて厳重な保護観察処分』になるだろうと聞いたが……それって、もうほとんど「流刑」みてえなもんだよなあ。なるべく刑期は短くなってほしいと願っているよ。もしも他に適任者がいねえようなら、俺があのお嬢ちゃんの保護責任者や法的後見人になっても良い」
「実のところ、私も、その役は考えとりました」
「ところで、さっきの質問には、まだ答えてもらえてないみたいなんですが。(笑)」
「チッ、憶えてやがったか。(笑)……まあ、名家ってのは、どこも考え方が古くて、いまだに『結婚は子を成すため。女の価値は元気な子供を何人産んだかで決まる』みてえなところがあってなあ。だから、クイントも、自分が『遺伝子の異常による先天的な卵巣の機能不全』で子供は望めない体だと知った時には、かなり絶望的な気持ちに陥ったらしい。
それで……当時すでに、クイントの兄たちは四人とも、それぞれに名家から妻を迎えていたことだし……両親もクイント自身も、いつしか『結婚相手は、本当に愛し合える相手ならば、家格など気にしない』という心境に到ったんだろうなあ。
60年の夏のことだったかな。当時、俺の上司だった部隊長からの紹介で、俺は初めてクイントと『お見合い』をしたんだが……実は、部隊長の奥さんは、カーラさんの実妹。つまり、クイントの母方叔母だったんだよ」
「なんや、割と『狭い世間』での話やったんですね」
「うむ。ところが、その『お見合い』の席で、どういう訳か、俺はクイントから随分と気に入られてなあ。あとはトントン拍子に話が進んで、こちらからは特に口をはさむまでも無く、翌61年には結婚という運びになった」
「なんや。師匠の側から『熱烈に口説き落とした』とかいう訳や無かったんですね?(ジト目)」
「お前、この俺に、そんな器用なコトができるなんて、本気で思ってたのかよ。(照れ笑い)」
ゲンヤは堂々と「開き直ったようなこと」を言い、はやてもこれには思わず声を上げて笑ってしまいました。
それで、はやてはゲンヤの言葉をそのまま真に受けてしまったのですが……どうやら、正直者のゲンヤにも「隠しておきたいコト」の一つや二つはあったようです。
ゲンヤは61年にクイントと結婚した後、64年にはギンガとスバルを養女に迎え、67年には愛妻クイントに先立たれ、71年には例の「空港火災事件」に遭遇しました。両親が危篤という最悪のタイミングで、この事件の事後処理に追われてしまったため、彼は結局、「親の死に目」どころか、葬儀にすら間に合いませんでした。
それ以来、アラミィの実家とは、ほとんど縁が切れてしまっています。
はやても、その辺りの事情については、ちらっと耳にしたことがありました。
そこで、はやてはひとしきりゲンヤとともに笑った後、話がその方向へは進まないように、話題を切り替えることにします。
その際、とっさに思いついたのが、「ナンバーズ更生組」の話でした。
「さて、オチがついたところで、話は変わりますが(笑)……なんや、海上隔離施設に入った戦闘機人は、七人とも師匠とギンガにはよぉ懐いとるみたいですなあ」
「ああ。実を言うと、あの双子だけは無表情なまま一言も喋らねえから、本当に懐いてくれてるのかどうか、今イチよく解らねえんだけどな……」
ゲンヤはそこで少し間を置いてから、言葉を続けました。
「ところで、あの子たちの処分はどうなるんだ? お前、上層部の方から何か聞いてねえか?」
「多分、ただの保護観察処分では済まないでしょう。おそらくは、『拘留と厳重監視』といったところやと思います。問題はその期間ですが……」
「なあ。あの子たちは、俺が引き取るって訳にはいかねえのかな?」
「全員ですか?!」
「いや。この『官舎』の広さから考えても、全員はちょっと無理だろう。それでも……依怙贔屓は良くねえと解ってはいるんだが……できれば、あのノーヴェって子だけでも、何とかウチで引き取りたい。クイントの改造クローンと聞いては、俺としても放ってはおけねえんだよ」
はやてとしても、確かに、その気持ちは解らないでもありません。
「実は、聖王教会の方でも、『少なくとも、セインだけは当方で引き取りたい』と言っておりまして……。と言うのも、彼女はちょっと特殊なISの持ち主で、もし彼女がその能力を使って悪さを始めたら、それを止められるのは、基本的には『同じようなISの持ち主』だけなんですよ。
それと、あの双子も、培養時に『余剰要素排斥』という特殊な措置を施されているので、感情的な要素がまだほとんど育っていません。それで、教会側は『あの双子を今から一般の家庭で育てるのは、かなり無理があるだろうから、できれば彼女らも当方で』とか言うとります」
「それじゃあ、他の四人については、もしも他に引き取り手がいねえようなら、優先的に俺の方へ回してやってくれねえか? あと四人ぐらいまでなら、この官舎でもなんとかなるだろう」
「解りました。決して、私に何か決定権がある訳ではないんですが……その線で、上層部の方にはひとつ『提言』をしておきましょう」
そこから先は、酒の話になりました。実は、はやてもゲンヤも、結構な「酒好き」なのです。
日本には、同じ樽の中で『デンプンの糖化と糖のアルコール発酵を同時進行させる』という「並行複発酵」の技術があるので、米のデンプンから直接に酒を造ることができるのですが、ミッドチルダには、何故か昔からその技術がありませんでした。
そのため、ミッドチルダの南岸部では、米を主食としているにもかかわらず、酒と言えば伝統的にもっぱら果実酒なのです。当然に、米もそのまま炊いて食べるための品種ばかりで、酒にするための品種改良など昔から全く行なわれていません。
(昔の地球からの移民も大半は漁民だったので、誰も「日本酒造りの技術」など携えて来てはいませんでした。)
そこで、はやてはゲンヤに『今度、地球へ行ったら、土産に純米酒を買って帰って来る』ことを約束しました。
そして、はやては帰り際に、もうひとつだけゲンヤに訊いておくことにします。
「ところで、また話は変わりますが……。一体どんな経緯で、アラミィ地方のヴィナーロ市の東側に『地球人街』が築かれたんですか?」
「済まんが、その経緯については、俺もよく知らねえんだ。実は、俺も昔、少し気になって調べてみたことがあるんだが、どうやら、何か『第一級の特秘事項』が絡んでいるらしくて、いくら調べても何も出て来ねえ。移民それ自体はもう60年も前のことだが、故郷は『日本の敷浜市』だと聞いたことがある」
「なんや、私の故郷の海鳴市から川を挟んですぐ隣やないですか」
「そうなのか。俺はこっちの生まれだから、地球の地理には疎くってなあ」
「同じ県内で東から順に、敷浜市、海鳴市、遠見市。狭い島国のことですから、面積だけで言うたら、三つ合わせても、ミッドで言う一つの『地区』に収まってしまうような広さですよ」
「そう言えば、俺がまだガキの頃、カワハラの爺さんが、管理局に対して『命を救ってくれたこと自体には感謝している』とか何とか言っていた。日本ってのは、噴火や地震や津波や台風がやたらと多い土地なんだろう? その被災者か何かだったんじゃねえのか?」
しかし、敷浜市で大きな被害が出たのなら、隣の海鳴市にも多少は被害が及んでいたはずです。
はやても、その日の会話はそこまでにしてナカジマ家を後にしたのですが、この疑問は、彼女の心の奥で長らく燻り続けたのでした。
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