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魔法戦史リリカルなのはSAGA(サーガ)

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【プロローグ】新暦65年から94年までの出来事。
 【第2章】StrikerSの補完、および、後日譚。
  【第5節】元老ミゼットとの、極秘の会話。



 さて、〈ゆりかご〉の爆散や「総代」の急死から何日か()って、〈本局〉でもいろいろと状況が落ち着き始めた頃のことです。
 新暦75年の9月下旬、ミゼット統幕議長は「謹慎中」のリゼル・ラッカードを(ひそ)かに自分のオフィスへと招き入れました。口の堅い秘書を控えの間に退()がらせて奥の間で二人きりになり、お茶を飲みながらゆっくりと話をします。
「まずは、謝らせてちょうだい。今回は、あなたに随分と損な役回りを引き受けさせてしまって、本当に悪いことをしたと思っているわ」
「いえ。どうぞ、お気づかい無く。可愛いクロノを社会的な非難から護る『盾』になることができたんですから、個人的には何も後悔などありませんよ」
 リゼルは笑って、そう(こた)えました。もちろん、彼女の性格からして、クロノが隣で聞いていたら、こんなに素直な言い方はとてもできなかったことでしょう。

「そう言ってもらえると、私としては、だいぶ気が楽になるわ」
「でも、降格処分の上に、謹慎が一年以上も続くとなると、もう『懲戒免職処分の一歩手前』って感じですよねえ」
 リゼルはやや自虐的に笑って言いました。決して相手を非難するような意図は無かったのですが、それでも、ミゼットは穏やかな口調でまた謝罪の言葉を述べます。
「ごめんなさいね。私としても、あなたのような優秀な人には早く現場に復帰してほしいと思ってはいるのだけれど……いくら最高権力者でも、可能な限り『法の許す範囲内』で動かなければならないわ。となると、過去の判例から考えて、あなたの謹慎処分も『一年未満で切り上げる』という訳にはいかないのよ。長期休暇だと思って、しばらくのんびりしていてくれないかしら」
「どうせなら、二年ほど続けてくださいよ。そうすれば、その間にテキトーに再婚して、もう一人ぐらい産んでおきますから」
 その口調のあまりの軽さに、ミゼットは思わず笑ってしまいました。

 ややあって、ミゼットは気を取り直すと、今度は少し遠慮がちな口調で問いかけます。
「そう言えば……あなたって、娘さんが一人いるのよね?」
「はい。今年で初等科一年生のはずなんですが……正直に言うと、もう(えん)が切れてしまっているので、普通に学校へ(かよ)っているのかどうかは、よく解りません」
 リゼルは少し困ったような表情で、そう答えました。
(要するに、『家庭で通信教育を受けているのかも知れない』という意味です。)
「親権も剥奪されたと聞いたけど……もし良ければ、どうして離婚に至ったのか、聞かせてもらえないかしら?」
「いや、つまらない話ですよ。……と言うか、そもそも、あの結婚自体が本当につまらない理由でしたことだったんですけどね」
(ええ……。)
 ミゼットの呆れ顔を面白いと感じたのか、リゼルは少し調子に乗って語り始めます。

「そもそもの発端は、親父(おやじ)が酔った勢いで『俺もそろそろ孫の顔が見たい』とか言い出したことで……私も『親孝行になるのなら』と、何かの拍子に舞い込んで来た縁談を、あまり吟味(ぎんみ)もせずに受けてしまったんですが……。
 よく見たら、相手は結構な名家のボンボンで……向こうの父親も『本来なら、女は結婚したら、家庭に入るのが当たり前なのに』みたいな、前時代的な考え方の持ち主で……ぶっちゃけ、あまり上手く行きそうにないことは最初(はな)から目に見えていた結婚だったんですけどね。
 それでも、『ものは試し』とばかりに結婚して、早めに一人産んでみたら、妙に若くて可愛(かわい)女性(ひと)がわざわざ乳母の役に就いて、私の代わりに娘の世話をしてくれまして……正直な話、あの時ばかりは、『名家に(とつ)いで良かったなあ』と思いましたよ。
 ところが、産休明けの直後に、思いがけず親父が殉職しましてね。『次元航行部隊なんだから、時には危険な仕事もある』って話は、最初にしておいたはずだったんですが……あのボンボンは、私の話を真面目に聞いていなかったのか、すっかりビビっちまって……私が増援部隊に参加しようとしたら、『危ないから()めてくれ』とか、ほざきやがったんですよ」
 普通の神経の持ち主であれば、自分の妻にそう言うのは割と当たり前のことなのですが、それでも、リゼルは本当に吐き捨てるような口調で続けました。

「それで、最後(しまい)には、『君は、まだ生まれたばかりの娘ともう死んでしまった父親の、一体どちらが大事なんだ?!』とか言い出しやがったんで、こちらもついカッとなって、『娘はまた産めるけど、親父は一人しかいねえんだよ!』と叫んで、そのまま出て来ちゃったんですよ」
(ええ……。その言い方って、母親として、どうなの……。)
 ミゼットは内心「やや」引いていましたが、まだまだリゼルの口は止まりません。
「その後、南方ではメチャメチャ忙しい毎日が続きましたから、もう婚家のことなんて気にかけている余裕も無くて、ミッドからの私信もすべて着信を拒否していたんですが……そうしたら、しばらくして『ミッド地方法院からの判決状』が実物で届きましてね。
『何度も出頭を求めたが、そちらが拒否し続けたため、やむなく原告の主張に基づいて(かり)判決を出した。下記の内容に不服があるのなら、所定の期日までに、当局にその(むね)の申し立てを行なうように』とかいった内容だったんですが……。こちらは、その時点で『今はもう、それどころじゃない』って状況だったんで、ただ一言、『何もかも、仮判決のとおりで構いません』とだけ返しておいたんですよ」

「そうしたら……まあ、当然の結果なんですが……一方的に離縁されて、娘の親権も剥奪されて、御丁寧に、戸籍上の私の名前からも婚家の苗字が削除されていました。
 (のち)に伝え聞いた話では、あのボンボンは私との離婚が成立した『直後』に、娘の乳母と再婚したそうですよ。まあ、(わたし)的には『やっぱりデキてやがったか』って感じでしたけどね」
 リゼルはにこやかに笑って、そう言ってのけました。
(ええ……。そこ、笑うトコじゃないわよね?)
 ミゼットはもう「かなり」引いていましたが、その微妙な表情を何かの懸念と受け取ったのか、リゼルは少し早口でこう言葉を付け足します。
「ああ、大丈夫ですよ。『親は無くとも子は育つ』と言いますからね。私も生みの(おや)に育ててもらったのは最初の一年間だけです。(あと)は父の使い魔に育てられましたが、その件に関して、私の側には不満など一切ありません。
 あの乳母も、あの性格から考えて、特に『継子(ままこ)いじめ』のようなコトはしていないでしょう。その点は信頼しています。……それどころか、私の娘に『お前は先妻の子だ』などとは告げずに、本当に自分の子供として育ててくれているかも知れません」

「もちろん、『自分の子供が生まれてしまえば、そちらの方が可愛(かわい)く見えて来る』というのは、(あらが)(がた)い『メスの本能』ですからね。今頃、『全寮制の初等科学校に叩き込まれる』ぐらいのことは、されているかも知れませんが……あれほど恵まれた家庭で生まれ育って、その程度の逆境で折れてしまうようなら、所詮は『その程度の人間でしかなかった』ということなのでしょう」
 リゼルは自分の娘に対しても、割と容赦の無い態度を取っていました。自分がそれなりに厳しく育てられたので、その程度の厳しさは当たり前だと思っているのです。
『毒親』は言い過ぎですが、それでも、もし実の娘が今の発言を知れば、『かなりキツい親だ』と受け取ることは間違い無いでしょう。

【ただ、現実には、リゼルの娘レスリマルダは最初から継母を実母と信じて育っており、その継母とも父親とも三歳(みっつ)年下の異母弟とも大変に仲が良く、今も普通に家から学校に(かよ)って、とても幸福な幼少期を送っていました。】


 そうした「雑談」の後で、ミゼットはようやく「今日の本題」に入りました。
「ところで、今さらなのだけれど……良ければ、もう一つ聞かせてくれないかしら?」
「……何でしょう?」
「あなたは私のことを、どうして最初からあんなにも無条件で信頼してくれていたの? 半年ほど前まで、ほとんど面識が無かったと思うのだけれど……もしかして、ニドルス提督から何か聞いていたのかしら?」
 すると、リゼルは一瞬、むつかしい表情を浮かべてから、こう語り出します。

「父は昔から、自分のことをあまり語らない人でした。私の生みの(おや)のことですら、私が知っているのは、育ての(おや)とも言うべき『父の使い魔』から聞いた話ばかりです。もしかすると、本当にただ口下手なだけだったのかも知れませんが……そんな人でしたから、父は生前、貴女(あなた)についても私には特に何も語ってはいませんでした。
 しかし……父が死んだのはもう6年も前のことになりますが……実は、父の御座艦(ござぶね)は『唐突に撃沈され、乗組員も大半が死亡した』というだけで、確かに艦橋(ブリッジ)などは跡形も無く吹っ飛ばされていましたが、必ずしも〈ゆりかご〉のように全体が爆散した訳ではありませんでした。
 それで、遺体確保のためにも、かろうじて原形を(とど)めていた「御座艦の残骸」は丸ごと臨時の基地へと曳航(えいこう)されたんですが……それで、艦内を調べた結果、半壊した提督用の私室から、父の個人的な手記が『奇跡的に無傷で』見つかったのだそうです。いわゆる〈血の封印〉が(ほどこ)されていたので、封印の解除は私にしかできなかったんですけどね」

【ちなみに、〈血の封印〉というのは、その封印の解除に「特定の遺伝情報」が必要となるタイプの(普通は、小箱や書物などに対して行使される)封印魔法のことです。
 通常の仕様では、封印した本人(および、その一卵性双生児やクローンなど)と「実際にその血を引く息子や娘(つまり、本人と50%まで遺伝子が共通している人物)」にしかその封印を解くことはできません。
(もちろん、充分な魔力があれば、その封印を力ずくで破壊することは可能なのですが、その場合には『自動的に発火して、中のアイテムや情報が失われてしまう』という仕様になっているので、中身が大切なものであれば、当然にそんな乱暴な真似はできません。)
 ただし、有効な使い方が限定されている割には、習得がなかなかに難しい魔法なので、一般にはあまり普及しておらず、魔導師たちの間でも「かなり特殊な魔法」と認識されています。】

 リゼルはさらにこう続けました。
「だから、その手記は『誰も中を見ていない』という状態のまま保存されていた訳ですが、実際に私が現地に到着し、開封して読んでみると、やはり、その内容は大半が『父自身の日記や備忘録』では無く、私個人に()てたメッセージでした」
 確かに、『自分には双子もクローンもおらず、自分の血を引く子供もこの世に一人しかいない』と解っているのであれば、その子に宛てた「秘密の」メッセージに〈血の封印〉を(ほどこ)すのは、至極(しごく)合理的な判断であると言って良いでしょう。

「父の性格から考えて、実の娘に面と向かっては、あまり上手(うま)く語れずにいた『自分の話』を、ゆっくりと考えながら文章にしたものだったのだろうと思います。あるいは、南方遠征から無事に戻ったら、私にただ一言、『読んでおけ』とだけ言ってそれを手渡すつもりだったのかも知れません。
 それで、その手記には、貴女(あなた)のこともいろいろと書かれていました。
『自分は小児(こども)の頃から、あの(ひと)には世話になりっぱなしだった』とか、『元々、ジェルディスも〈ハルヴェリオス〉もあの(ひと)から(いただ)いたものだった』とか……。
『自分の両親は毒親だったから、自分にとっては、あの(ひと)こそが親のような存在だった』とか、『だから、お前もあの(ひと)のことは信頼して良い。自分に「もしものこと」があった時には、自分の代わりに「恩返し」だと思ってあの(ひと)のために働いてほしい』とか」
 それを聞くと、ミゼットは不意に顔を伏せ、()で両目を隠しました。
「ニドルス君……そんな風に思ってくれていたのね……」
 思わず、ちょっと涙ぐんでしまったようです。

 そこで、リゼルは少し()を置いてから、改めてミゼットに問いました。
「ところで……今度は私の方から、ちょっとプライベートなことをお訊きしてもよろしいでしょうか?」
「……どうぞ」
 ミゼットが指先でそっと目許を(ぬぐ)い、(おもて)を上げると、リゼルはいつになく真面目な表情で、いきなりとんでもないことを言います。
「父の手記を読んでも解らなかったんですが、結局のところ……あなたと父の関係って、何だったんですか? まさかと思いますが……もしかして、父はあなたの『隠し子』だったんですか?」
 その用語を聞くと、ミゼットは思わずプッと()き出してしまいました。
「あ……。違うんですね?」
「もしそうだったら、あなたは私の可愛い孫娘ということになるわね」
「……あ!」
 リゼルは本当に『今、気づいた』という表情です。
 ミゼットはひとしきり笑ってから、改めて自分のことを語り始めました。

「局のデータバンクで私のことを調べても、多分、ラルゴやレオーネとは違って、親族の話が全く出て来ないと思うんだけど……実際には、私も決して昔から『天涯孤独の仕事人間』だった訳では無くて、一度は普通に結婚して1男1女を産んだこともあるのよ。
 でも、息子の方は就学前に、子供に恵まれなかった兄夫婦の許へ養子に出してしまい、その後で生まれた娘の方も、初等科を卒業する直前に車の事故で夫と一緒に死んでしまったの。それで……ニドルス君は、その娘のクラスメートで、初めての恋人だったのよ」
「それ、初等科の話ですよね?」
 リゼルのちょっと狼狽(うろた)えたような表情が面白かったのか、ミゼットは少し悪戯(いたずら)っぽい笑顔で言葉を続けます。
「ええ。男の子だって、11歳にもなったら初恋ぐらいはするでしょ? まあ、実際には、当人たち同士は『とても仲の良い友人』ぐらいのつもりでいたのかも知れないけど……私の眼には、充分に『初々(ういうい)しい恋人同士』のように見えたわ。……もちろん、『それは親の欲目だ』と言われてしまえば、返す言葉も無いのだけれど」

「欲目、ですか?」
「当時、私が『ニドルス君、このまま義理の息子になってくれないかなあ』と願っていた、というのは事実よ。だからこそ、娘の合格祝いに用意しておいたデバイスも、彼に譲ったし、娘の飼っていた猫が死にかけた時にも、彼の使い魔にしてもらったの。……これで、『隠し子疑惑』は解けたかしら?」
「はい。実を言うと、最初からそれほど『本気で』疑っていた訳でもないんですが……」
「それに、隠し子って、普通は一人きりよね? ニドルス君の手記に、お兄さんのことは書かれていなかったの?」
「いえ。書かれてはいたんですが……あまりにも異常な内容だったので、『きっと、この兄というのは養子か、さもなくば、父の方が養子だったのではないか』などと勝手に考えていました。……アレって、本当に、私の父の実の兄なんですか?」
「残念ながら、そのとおりよ」
 ミゼットが神妙な口調で答えると、リゼルは軽く頭を(かか)えてしまいました。
「あのキチガイが、私と3親等かあ……」
「血筋はそこまで気にしなくても良いんじゃないかしら。……私も実際に会ったことは無いけど、ニドルス君のお兄さんも、実の両親が毒親で無ければ、きっとあそこまで深くは(ゆが)まずに済んでいたのだろうと思うわ」
【この(くだり)に関して、詳しくは「キャラ設定1」を御参照ください。】

「まあ、パレムザさんも随分とマトモな人だった、という話ですからねえ。……ああ、そうか! あの時、何とかして彼女のDNAも調べておいてもらえば良かったのか。私ったら、なんで気づかなかったんだろう?」
「ええっと……誰のことかしら?」
「ああ、すみません。父の手記には『兄の内縁の妻と名乗る妊婦と一度だけ会って話をしたこともあるが、縁は切っておいたので、お前はもう気にしなくて良い』と書いてはあったんですが、妊婦という用語がどうしても気になりまして……。実は、それから人に頼んで、その時の妊婦と胎児が今はどうなっているのか、少し調べてもらったことがあるんです。……直接には『血のつながり』など無いとは言え、クロノにも若干は関係して来るかも知れない話ですからね」
 リゼルの言い方は、まったく「過保護なお姉ちゃん、丸出し」でしたが、本人はその点をあまり自覚できてはいないようです。

「ということは……その時の胎児が、パレムザさん、という(ひと)なのかしら?」
「ええ。アレが父の実兄なら、彼女は私の10歳年上の従姉(いとこ)ということになる訳ですが……何でも『十代のうちに実母や継父や異母弟たちと絶縁し、実父の遺産の相続も放棄して真面目に働き、食堂で給仕をしていた時に知り合った常連客と結婚して、今ではもう2男2女の母親になり、随分と幸せに暮らしている』のだそうです。まあ、それはもう5年も前に聞いた話なんですが」
 要するに、『やはり、リゼルの身内は事実上、もうクロノ提督ただ一人だ』と言っても構わない状況なのです。しかし、そうした「身内の少なさ」も、ミゼットにとってはむしろ親近感が()くものでした。
 彼女にも「養子に出した息子(故人)の、他家へ(とつ)いだ娘らやその子孫たち」とか、「家名を継いだ甥やその子孫たち」などはいましたが、事実上、もう(えん)は切れてしまっています。今なお多少なりとも通話(はなし)をする機会があるのは、テオドールの息子に(とつ)がせた「姪のリアンナ」ぐらいのものでした。


 ミゼットが何度か小さくうなずいて納得の表情を浮かべると、一拍おいて、リゼルはまたこんなことを言い出しました。
「それと、実は、もう一つ二つ、お訊きしたいことがあるんですが……」
「どうぞ」
「父の手記には、『今回の南方遠征では、他にも何人か候補者のいる中で、自分が指揮官に抜擢(ばってき)されたのは、あなたの意向によるところが大きかった』という内容の記述もあったんですが、それは本当のことですか? 父の思い違いとかでは無くて」
「ええ。本当のことよ。平時には、元老はあくまでも『象徴的な意味』での最高責任者でしかないから、少なくとも法律の上では、何か具体的な人事権がある訳ではないのだけれど……局の上層部が『誰を選んでも大差は無い』と判断した時には、そのリストを元老に見せて参考意見を聞く、というのも『慣例としては』よくあることだったの。
 それで、10年前の5月にリストを見せられた時、その中に彼の名前を見つけて、私は迷わず彼を推薦したわ。彼には早めに准将に昇進して、より自由に動ける立場に立ってほしかったの。
 正直に言うと、彼が昇進する糸口になるのなら別にどんな案件でも良かったのだけど、あの時期には、手早く功績を挙げられそうな案件が南方遠征ぐらいしか見当たらなかったのよ。もちろん、その時点では、彼が南方で殉職してしまう可能性なんて、誰も考えてはいなかったわ」

「それは、つまり、今回のヨゴレ仕事も、本来ならば……と言うか、あなたの『心の中の計画』としては……元々、父が背負うはずの仕事だった、という意味ですか?」
「……そうね。もし彼が今も生きていてくれたら、私は迷わず彼に頼んでいただろうと思うわ」
 もしそうなっていれば、『艦隊司令官がみずから爆弾艦を特攻させた』という形になるので、『司令官自身が「あの〈ゆりかご〉を破壊したこと自体の是非」を問われて謹慎処分を受ける』というリスクはあっても、誰も降格処分までは受けずに済んでいたことでしょう。
 しかし、現実には、あの状況下で『クロノ提督の艦隊を止めて、リゼル提督の艦隊だけを出撃させる』という訳にも行かず、また、当然ながら、『新人提督のリゼルを艦隊指揮官にして、クロノ提督をその指揮下に置く』という訳にも行きませんでした。
 つまり、ミゼットとしても、あの時は本当に「咄嗟(とっさ)の判断で」ああいう形にするしかなかったのです。

 それでも、ミゼットは大いに後悔の念を込めて、静かに頭を下げました。
「結果として、あなたたち父娘(おやこ)には、二世代に(わた)って嫌な役ばかりを引き受けさせてしまったわね。本当にごめんなさい」
「いや。まあ、それは良いんですが……今回の仕事は、本当にあんな結果で良かったんですか? クロノは結構、マジで〈ゆりかご〉を手に入れたがっていたようですが……」
 それを聞くと、ミゼットもさすがに難しそうな表情を浮かべます。
「私たちも悩まなかった訳じゃないのよ。ただ、『アルハザードの技術』は、やはり、私たちにはまだ早すぎると判断したの。……彼の気持ちも解らなくは無いけれど、技術は一度、外部に漏れてしまうと、もう取り返しがつかないから」
 それ自体は、確かにそのとおりで、リゼルも納得の正論でした。
〈ゆりかご〉以外にも、スカリエッティが()み出した技術の多くは、少なくとも当分の間、管理局の側で秘匿(ひとく)せざるを得ないでしょう。

 リゼルはひとつ大きくうなずいてから、また次の話題に移りました。
「それと……クロノの昇進は、ちょっとペースが速すぎるんじゃありませんか?」
『17歳で艦長、21歳で提督』というのも充分に驚異的な速さですが、クロノ提督は今回の功績により、来春には25歳の若さで少将に昇進することが、すでに内定しています。
「今の管理局には、やはり『解りやすいヒーロー』が必要だと思うの。少なくとも、私たち三人はそう判断したわ」
「それは、ラウ・ルガラート執務官だけではまだ足りない、ということですか?」
「執務官は、確かに一般民衆の間では大変に人気の高い職種だけれど、階級はあくまで尉官でしかないから。局員向けにはもう少し階級の高いヒーローが必要なのよ。
 たとえ実際には手が届かない存在であったとしても、何かしら『(あお)ぎ見る星』があった方が、人間(ひと)(おのれ)を正しく律することができるものだから」
 確かに、人間とは、そういう生き物なのかも知れません。

「それと……八神はやて二佐のことも、随分と贔屓(ひいき)にしておられるようですが?」
「一般にはあまり知られていない話だけれど……私は〈大航海時代〉に一度、みずから調査艦隊を率いて、管理外世界をひとつ発見したことがあるの。その四年後には、また管理局で言う〈最初の闇の書事件〉に遭遇した訳だけれど……」
「ああ。あの有名な〈シュテンドラウスの撤退〉ですね」
 相手の一瞬の()を突くようにして、リゼルがそう言葉を差しはさむと、ミゼットはふと驚きの表情を浮かべました。
【なお、シュテンドラウスは、舞台となった惑星(管理外世界)の名前です。】

「ちょっと待って。あれって、そんなに有名な話になっているの?」
「はい。一般世間では、それほど知られていない話かも知れませんが、士官学校の『現代海戦』の講義では、必ず言及されるエピソードですよ」
「念のために訊くけど……どういうニュアンスで語られている話なのかしら?」
「もちろん、『撤退すべき時には正しく撤退の決断を下せるのが、優秀な指揮官だ』というニュアンスですが?」
 リゼルが『何を問題視しているのか、よく解らない』という口調で答えると、ミゼットは思わず天を仰ぎ、ひとつ大きな溜め息をつきました。
「あれは、そんな御立派な話じゃなくて……単なる『負け(いくさ)』だったんだけどね。何隻も犠牲を出してしまったし……」
「それでも、もし貴女(あなた)が引き(ぎわ)を間違えていたら、犠牲はもっともっと増えていたに違いありません。最悪の場合、局の艦隊だけでなく、民間の船団までもが全滅していたことでしょう」
 これは、まったくリゼルの言うとおりでした。
 実際、管理局にとっては「二回目の直接遭遇」となる、新暦25年の〈闇の書事件〉では、前回の教訓があまり()かされず、結果として、民間の船にも多くの犠牲者が出ていたのです。

 そこで、ミゼットは大きく息をついて、やや強引に気持ちと話題を切り替えました。
「まあ、それはそれとして、少し話を戻すと……はやてさんは、私が発見した管理外世界の出身者で、その上、〈闇の書事件〉を最終的な解決に導いた人物だったから……一方的なものだけれど、私は少しばかり親近感を(おぼ)えて、実は、彼女が管理局に入った時から、彼女にはそれとなく注目していたのよ。
 必ずしも特別に贔屓(ひいき)をしていたつもりは無かったのだけど、客観的には、そう思われても仕方の無い状況なんでしょうね。正直なところ、私は彼女のことを『こんな孫が欲しかった』と思える程度には気に入っているわ」
(年齢的に、彼女は孫では無く、曽孫(ひまご)なのでは?)
 リゼルは内心ではそう思いましたが、下手に年齢の話を出すと藪蛇(やぶへび)になるかも知れないので、リゼルは慎重にその話題を()けて、また別の質問をしました。

「それと、実は、もうひとつ解らないことがあるんですが……結局のところ、あの犯罪者どもは〈ゆりかご〉をあんな不完全な状態で無理に飛び立たせて、一体何がしたかったんですか?」
「それは、私たちにも本当に解らないのよ。あるいは、彼等もまた『今回の事件の黒幕』の指示に従っていただけだったのかも知れないけれど」
 これには、さしものリゼルも、思わず大きな声を上げてしまいます。
「……黒幕? あの犯罪者どもの背後に、別の誰かがいた、ということですか?!」

 すると、不意に部屋の「空気」が一変しました。
 いや。正確に言えば、一変したのは、ミゼットが周囲に放っていた「雰囲気」です。あるいは、もう正直に「オーラ」と呼んでしまった方が良いのかも知れません。
 ミゼットの眼は、もう少しも笑ってはいませんでした。今までは一貫して穏やかな表情を浮かべていた小柄な老女から、今では強烈な圧迫感(プレッシャー)を感じます。
 並みの人間なら、ここでもう無意識のうちに腰が引けていたことでしょう。それでも、リゼルはテーブルに両手をついて、ミゼットの鋭い眼光を真正面から受け止めながら、上半身をむしろ前傾させました。
「答えてください」
「これを聞いてしまったら、あなたはもう本当に引き返せなくなるわよ」
 そんな脅迫めいた口調にも、リゼルは不敵な微笑(えみ)すら浮かべて、こう詰め寄ります。
「今さら何を言っているんですか。ここまで来たら、もう『毒を食らわば皿まで』というヤツですよ。どうか、私に最後まで貴女(あなた)のお(とも)をさせてください」

 すると、今度は少し時間をかけて、また部屋の空気が元に戻って行きました。
「やっぱり、こんなチャチな(おど)しは、あなたには通用しないみたいね」
 そう言って、ミゼットはまた、いつもどおりの穏やかな表情を浮かべました。
「いやいや。充分にヤバいレベルのプレッシャーでしたよ」
 リゼルが表情を崩すと、ミゼットは、まずお茶で軽く喉を湿らせます。
「それでは、聞いてもらおうかしら。(にわか)には信じ(がた)い話ばかりだろうと思うけど、すべて本当の話だから、心して聞いてちょうだい」
 そんな前置きをしてから、ミゼットは静かな口調で(おそ)ろしい真実を語り始めたのでした。

 まず、『かつての最高評議会の三人組が、実は脳髄と脊髄だけの姿となって、つい先日まで生き()びていた』ということ。
 次に、『今までの総代や元老たちは皆、彼等〈三脳髄〉の傀儡(かいらい)で、彼等こそが「管理局の(かげ)の支配者」だったのだ』ということ。
 さらには、『自分たち三人も脳にチップを埋め込まれていたので、反逆の意思はあっても、現実に計画を立て、それを実行に移せるようになるまでには大変な時間がかかった』ということ。
 そして、『あの犯罪者は、「記憶継承クローンの作製や〈ゆりかご〉の修復」など、常人には実行不可能な作業を実行させるために、あの三脳髄が造り出した「人工の天才」であり、人間(ひと)ならぬ人造生命体なのだ』ということ。

「実は、あの爆弾艦も、元々は『三脳髄の根拠地を見つけたら、テロに見せかけて、たとえ周囲にどれほどの被害が出ようとも突っ込ませる』という覚悟を持って用意したものだったのよ。
 でも、私たちがようやく、彼等が旧都パドマーレ郊外の「秘密の地下基地」に潜伏していることを突き止めた直後に、彼等は『飼い犬』に手を()まれてしまったの」
 ミゼットはそう言って、甲虫型のマイクロロボットが()って来た動画を、リゼルにもそのまま見せました。19日の早朝に、ドゥーエが平然と三脳髄を殺害して立ち去って行った時の、あの映像です。

 こうした一連の真実には、リゼルもさすがに愕然(がくぜん)となりましたが、ややあって、彼女はそれらを飲み込み、納得しました。
 ミゼットはそれを確認してから、、最後に『自分たちは三脳髄の「存在それ自体」を隠蔽(いんぺい)するつもりだ』ということを、リゼルに語りました。
 もちろん、数日前に、レオーネがザドヴァンに語った時と同じように、そうすべき理由も添えて説明をします。
「では、一般には『絶対の秘密』とすべき事柄をあえて私に聞かせたことにも、何か意図がある、ということですね?」
「そうよ。何十年かが過ぎて、今回の事件が『教科書の中の歴史』として語られる時代が来たら、その時には、もう真実を明かしても良いと思うわ。でも……そのためには、誰かが『世の裏側で』真実を正しく伝えて行く必要があるの。
 確かに、リナルドは優秀な人材だけど、次の時代までの『つなぎ』を彼一人に背負わせるのは、さすがに無理があるわ。だから、私たちはいずれ何人かの有志に、この真実を伝えておくつもりでいたの。もちろん、秘密を守れる人物であるかどうかは、よく見極めなければならない訳だけど」
 そう言って、ミゼットはにこやかに、正面からリゼルの顔を見つめました。

「私は……合格ですか?」
「ええ。あなたは今のところ、ザドヴァン・ペルゼスカに続く二人目よ。正直に言うと、もう少し下の世代にも、何人か伝えておきたいところね」
「その『何人か』の中には、クロノやはやて二佐も含まれている、という訳ですか?」
「そうね。あの子たちは今回の事件の『当事者』でもあるから、いずれは正しく伝えておきたいと思っているわ。……と言っても、私たちは三人とももう長くは無いから、あまり悠長に構えている訳にも行かないのだけれど」
「解りました。私は、あなたたちが亡くなった後も、あなたたちの遺志を間違いなく引き継ぐことを、ここにお約束します」
 リゼルがその「覚悟」を完了したところで、今日の密談は終了となりました。


 
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