| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

魔法戦史リリカルなのはSAGA(サーガ)

しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

【プロローグ】新暦65年から94年までの出来事。
 【第2章】StrikerSの補完、および、後日譚。
  【第4節】元老レオーネとの、極秘の会話。



 少し(さかのぼ)って、リゼル提督の艦隊がクロノたちよりも一足先に出撃した頃、〈本局〉の「歴代の総代、専用の執務室」では、イストラが立った姿勢のまま「三脳髄へのホットライン」に向かって懸命に呼びかけ続けていました。
 よくある二間(ふたま)続きのオフィスですが、扉が開いて、レオーネが入って来たことにすら気がつかないようです。
 レオーネは控えの()に「随行者」を待たせたまま、何秒かの間、呆れ顔でその様子を眺めていましたが、じきに待つことにも()きて、こう言葉をかけました。
「無駄だよ、イストラ。彼等はもう死んでいる」
「なん……だと……」
 イストラはゆっくりと振り向き、控えの()に続く扉が(ひら)きっ(ぱな)しになっていることにも気づかぬまま、一拍おいて狂ったように(わめ)き立てます。
「殺したのか? 〈管理局の創設者たち〉を!」
「いつまで『親離れのできない無能な子供』のようなことを言っているつもりだ? あんな毒親は殺されて当たり前だろう!」
「毒親だと? 言うに(こと)()いて、あの方々(かたがた)を毒親だと?!」
「いい年齢(とし)をした子供に自己決定権を与えず、常に監視も(おこた)らず、本当に大切なことは、すべて自分たちだけで、自分たちの都合だけで決めてしまう。そんな存在を毒親と呼ばずに、一体何と呼ぶのだ?」

「だから……殺したのか?」
「ああ。できれば明日にでも殺してやりたいとは思っていたよ。実際には、今朝方(けさがた)、犯罪者どもに先を越されてしまったのだがね」
 レオーネはそう言って、甲虫型のマイクロロボットが()って来た動画を、イストラにも見せました。
「……この女は?」
「おそらく、ジェイル・スカリエッティの戦闘機人だろう。君も『スカリエッティ』の名前ぐらいは聞いていたのではないかね? あるいは、『彼等の犯罪行為に便宜(べんぎ)(はか)ってやるように』とでも指示されていたのかな?」
 イストラはそれには答えず、逆に問い返します。
「でも……一体どうやって? あなたたちも、私と同じように脳にチップを埋め込まれているはずだ! 何もかも筒抜けのはずなのに!」
「筒抜けなのは、視覚情報と聴覚情報だけだったからね。最初からそうと解っているのであれば、やりようはあるさ」

 レオーネは、()き上がる怒りを抑えつつ、静かな口調で語り続けました。
「君が総代になって、脳にチップを埋め込まれたのは、たかだか7年半前のことだろう。しかし、私とミゼットの場合は、元老になった時だから、その16年前。ラルゴに至っては、53歳で総代になった時だから、そのさらに16年前のことだ。
 君も、この7年半、いろいろと(つら)かっただろうが、『私たち三人が君ほどには辛くなかった』などとは夢にも思ってはくれるなよ」


 思い起こせば、もう四十年ちかくも前のことになります。
 新暦36年の春、ラルゴが総代に、レオーネが法務長官に、ミゼットが参謀総長に就任した後、レオーネもミゼットも自分の新たな職務が忙し過ぎて、長い間、旧友であるラルゴの苦境を察してあげることができませんでした。
 ラルゴの側から「念話で」相談を受けたのは、それから四年も()ってからのことです。
管理局が主催した「新暦40年の記念パーティー」の際に、ふと三人だけで同じ円卓(テーブル)を囲んで食事を取る機会がありました。
 ラルゴはその席で、肉声(こえ)に出しては普通に「当たり(さわ)りの無い雑談」などをしながら、二人の旧友にだけ「念話で」こう話を切り出します。
《実は今、我々は監視と盗聴をされておる。二人とも、我々が今、念話で会話をしておるとは誰にも(さと)られぬように、私の方にはあまり視線を向け過ぎぬようにして、ごく普通に食事と雑談をしながら、(つと)めて平静を(よそお)いつつ、私の念話(はなし)を聞いてほしい。》
 ラルゴはそう言って、レオーネとミゼットに以下のような事実を打ち明けたのでした。

 まず、自分は新たに総代と決まった時点で、前任者のゼブレニオから『全く秘密の話だが、総代の(くらい)を正式に継承するためには、「とある儀式」を受けて「管理局への忠誠心」を形として示す必要がある』と聞かされたこと。
 次に、薬で眠らされて某所に連れて行かれ、これから見るものと聞くことは「絶対の秘密」だと念を押されたこと。
 さらには、実は、かつての〈最高評議会〉の三人は「脳髄と脊髄だけの姿」と化して、今もまだ生き続けているのだ、ということ。
 自分はそこで、他には全く選択肢の無い状況で、その「三脳髄」に忠誠を誓わされ、外科手術で脳内にマイクロチップを埋め込まれてしまったこと。
 だから、自分の得た視覚情報と聴覚情報はすべて「三脳髄」に筒抜けなのだが、先日、さしもの彼等も念話までは盗聴できていないことが最終的に確認できたので、今こうして念話でこの事実を君たち二人だけに伝えているのだ、ということ。
 そして、こうした『一般には秘密の存在が管理局を裏から支配している』という状況は、やはり不自然なものなので、自分は『いつの日か、あの三脳髄をこの世から排除したい』と考えていること。

《しかし、今はまだ、あの「三脳髄」が実際には何処(どこ)(ひそ)んでおるのかも解らぬし、具体的に何をどうすれば彼等を排除できるのかも解っておらぬ。》
 ミゼットもレオーネも、ラルゴが冗談の下手な人間であることは、よく知っています。確かに、途方もない話ではありましたが、それでも、二人は微塵も疑うこと無く、ラルゴの言葉を信じて、こう念話(ことば)を返しました。
《管理局の創設者たちか……。もう半世紀も前に死んだと聞いていたのに……。》
《念のために訊くけど、本当に『排除せずに済ます』という選択肢は無いのね?》
《ああ。もし本当に、彼等が今も『公共の利益のために我が身を捧げる』という覚悟を持って生きておるのであれば、たとえ表沙汰(おもてざた)にはできない『前時代の遺物』であったとしても、それなりの存在価値はあるだろう。
 しかし、この四年間ではっきりと解った。かつては管理局を正しく導いていた天才たちも、今ではただの老害だ。彼等は、20年前の三年戦争にも、5年前の南方遠征にも、一昨年の〈ディファイラー事件〉にも、関心など全く持ち合わせてはいなかった。》

《では、そんな姿になってまで、彼等は今、一体何のために生き(なが)らえているのだ? ただ単に死にたくないだけなのか?》
《それは……あまりにも俗物すぎるわね。(嫌悪感)》
《どうやら、彼等の関心は、ただひたすら〈ゆりかご〉とベルカ世界に集中しておるようだ。》
《その〈ゆりかご〉というのは……『次元世界大戦の折りには、数多(あまた)の先史文明を滅ぼした』という、あの〈ゆりかご〉のことか?!》
《でも、それって、確か……聖王陛下が御自分の両腕を犠牲にして(ほうむ)り去った、という話だったはずよ?》
《ああ。聖王オリヴィエに葬られたはずの〈ゆりかご〉を、彼等は今また地の底から(よみがえ)らせようとしておるのさ。》
《あんな危険な代物を……一体何に使うつもりだ?!》
《聖王陛下のお気持ちを踏みにじろうとしているとは……それだけでも、許しがたい所業ね。》
 ミゼットは敬虔な聖王教徒なので、さすがに言うことがちょっと違います。

《うむ。彼等が〈ゆりかご〉を具体的にどう使うつもりなのかは、まだ解らぬが、いずれにせよ、そのような暴挙を許してはならぬ。
 とは言うものの、今や私の視覚情報と聴覚情報はすべて彼等に筒抜けなので、この件に関して、私はもう肉声で語ることもできず、普通にメモを取ることすらできず、もはや『念話と記憶力だけが頼り』という状況だ。
 正直なところ、私一人では、もうどうしようも無い。私の事情に巻き込むよう形になって本当に済まないが、是非とも、君たち二人には協力してほしいのだ。》
 すると、レオーネはちょっとふざけた口調でこんなことを言います。
《もし私たちが密告したら、君は身の破滅だな。》
《君たちはそんなことはしないよ。……と言うか、決して裏切らないと確信できる相手が、私には残念ながら君たち二人ぐらいしか思いつかなかった。》
 ラルゴが旧友の冗談にも真顔でそう返すと、ミゼットも「やれやれ」と言わんばかりの口調で、穏やかに笑ってこう(こた)えました。
《そこまで言われて、信頼に応えなかったら、それはもう「人間失格」よね。》

《しかし……間違って君の視界に入ってしまう危険性を考えると、私たちも「三脳髄」の件に関しては、迂闊(うかつ)にメモを取ったり、文書にまとめたりする訳には行かないなあ。君と同様、『念話と記憶力だけが頼り』ということになりそうだ。》
《六十代の年寄りには、ちょっとキビシイわねえ。》
 ミゼットは昨年、ラルゴやレオーネより一足先に60歳になっています。しかし、それを聞くと、ラルゴは不意に苦笑まじりの思念で念話(ことば)を返しました。
貴女(あなた)の記憶力に関しては、誰も心配などしておらんよ。自分で言うのも何だが、一番心配なのは私の記憶力だ。》
 ラルゴやレオーネも記憶力は「人並み外れて」良い方なのですが、それでも、ミゼットには遠く及ばないのです。
《あなたは私より四歳(よっつ)も年下なんだから、そこは何とか頑張ってよ。(笑)》

《ところで、彼等とて「本物の不老不死」ではあるまい。今、三人とも140歳ぐらいだとして……あと何年ぐらい生き続けるものなのだ?》
《それが解れば苦労はせんよ。ただ、私が見た限りでは、「迫り来る死」に(おび)えている、という様子はまだ全く無かった。おそらく、このまま何事も無ければ、我々よりも長生きできるぐらいなのだろう。》
《彼等は「タイムリミット」など全く気にしていない、という訳ね。となると、私たちの側のタイムリミットは……もしかして、寿命よりも先に、定年退官なのかしら?》
 ミゼットは自問するような口調でそうつぶやきました。

《ところで、そのマイクロチップとやらは、退官した後もそのままなのか?》
《いや。少なくとも、私の前任者ゼブレニオからは(はず)されていた。総代の他にも、あのチップを埋め込まれておる者はおるのかも知れんが、おそらく、その総数はごく限られたものだろう。
 いくらAIの助けを借りても、何十人分もの視覚情報と聴覚情報を即時的に処理し続けられるとは、とても思えない。……と言うか、もしそんなコトができるのなら、ゼブレニオからもわざわざチップを(はず)す必要など無かったはずだ。》
《局の中に、他にも彼等の忠実な「下僕」がいるかも知れない……ということは、私たちもあまり迂闊(うかつ)に「同志」を増やそうとしたりはしない方が良い、ということなのかしら?》
《そうだな。当面は、本当にこの三人だけで(ひそ)かに事を進めた方が良いだろう。……長い戦いになると思う。巻き込んでしまって本当に済まない。》

《それは構わないが……もしかすると、この戦いは、定年退官してからが本番なのかな?》
《いや。多分、そうはならんだろう。巧妙な情報操作により、一般には驚くほどに知られておらぬ話なのだが……私の知る限り、退官した総代は、その大半が天寿を(まっと)うできてはおらぬ。》
《それは……「三脳髄」に消された、という意味か?》
《物証は無いが、その可能性も否定できない。我々も「在任中が勝負」だと思っておいた方が良いだろう。》
《そう言えば、最近、ゼブレニオさんの話を聞かないんだけど……もしかして、彼も?》
《いや。確かに、彼は昨年、唐突に死亡したが、あの件に「三脳髄」が関与しておったのかどうかは、今のところ全く解っておらぬ。》
《あの件と言うのは、具体的には、どういう件だったのかしら?》
《第一種の特秘事項だが、君たちも名前ぐらいは聞いたことがあるだろう。アレクトロ社が唐突に「解散命令」を受ける原因となった、「特殊大型駆動炉の暴走事故」だよ。どうやら、彼は旧総督家の当主グロッセウス卿と組んで、この駆動炉開発のスポンサーになっておったらしい。》

《そう言えば、ああ見えて、相当な大富豪だったわね。》
《うむ。それで、当日も視察に来て、その事故に巻き込まれ、グロッセウス卿ともども酸欠で死亡したのだそうだ。享年は、ともに70歳だったと言う。》
 さしものラルゴ・キールも、その同じ事故でアリシア・テスタロッサ(当時、5歳)も死亡していたことまでは把握できていなかったようです。
《グロッセウス卿も、決して悪辣(あくらつ)というほどの人物ではなかったのだが……。酸欠とは、また、ひどい死に方をしたものだ。》
 レオーネは個人的にグロッセウス卿とは面識があったため、いささか悲しげな思念(こえ)でそう述懐しました。

《そんな訳で、私も退官したら無事で済むかどうかは解らない。今年で57歳だから、普通に考えれば、あと13年か……。》
 管理局の定年は一般に70歳です。職種によっては、本人の意思で最大75歳まで延長することも可能でしたが、「慣例として」総代にはそうした延長が全く認められていませんでした。
()いては(こと)()(そん)じる、とは言うものの、あまり悠長に構えている訳にもいかん、ということだな?》
《解ったわ。何か適当な理由をつけて、私たちはこれからも、定期的に三人で会って話をするようにしましょう。》
 敵を欺くために、食事を取りながら「声に出して」休み休み続けていた雑談も、そろそろネタが尽きそうです。
 そこで、三人は最初の「念話による会談」を終えたのでした。


 しかし、実際には、その後も三人の計画は遅々として進みませんでした。
 どういう訳か、新暦40年代に入ってからは、三脳髄の方からラルゴ総代に「何らかの指示」が直接に来ることなど全く無くなってしまったのです。向こうからの接触が何も無いのでは、こちらから「(さぐ)り」を入れようにも限度というものがありました。
 実を言うと、「三脳髄」は新暦42年に、人造生命体〈アンリミテッド・デザイア〉の製造にとうとう成功していたため、それ以降、彼等の意識はもっぱら「ジェイル・スカリエッティの育成」に向けられていたのです。
 そうして、最初の「念話による会談」から十年余の歳月が流れ去った頃には、ラルゴたち三人も『この件は、もう次の世代に託すしか無いのだろうか』と諦めかけていたのですが……。

 一連のテロ事件があった新暦51年の末、ラルゴは久々に「三脳髄」から呼び出され、「オルランド・マドリガル議長の玄孫(やしゃご)」と名乗る若者リナルド・アリオスティ(28歳)によって、再び「秘密の某所」へと連れて行かれました。
 そこで、ラルゴは思いがけず「引責辞任と元老就任」の話を持ちかけられます。
〈三脳髄〉にしてみれば、管理局の威信を保つためには、一連の事件の責任を「誰か」に取らせる必要がありました。そして、もちろん、その最適任者は「総代」です。
 しかしながら、ラルゴ・キールは「三年戦争の英雄」として、今なお局員からも一般大衆からも絶大な支持を受けている人物でした。
『ただ辞任させて終わりにするよりも、名誉職に()えてその人気を利用した方が得策だろう』
 三脳髄はそう判断したのです。
 ラルゴは総代に就任して以来、一貫して「すでに燃え尽きた、従順で無欲な老人」を巧みに演じ続けており、この十五年余で、さしもの「三脳髄」も彼にはすっかり(だま)されていたのでした。

「しかし、〈元老〉が一人きりでは格好がつかんな」
「やはり、三人いた方が収まりも良いだろう」
「では、ラルゴよ。自分の同僚を二人ほど推薦できるか?」
 ラルゴにしてみれば、もう「試合終了」なのかと思って諦めかけていたところに、降って()いたような「延長戦」の機会(チャンス)です。これに乗らない手はありませんでした。
 それでも、ラルゴは慎重に凡庸さを(よそお)って、ひとつ質問をします。
「元老というのは、どういった者が適任なのでしょうか?」
「そうだな。まず、階級は中将以上が望ましいが、場合によっては少将でも構わん。お前の功績に免じて、多少の融通はしてやろう。どうせ、ただの名誉職だ。お前が『安穏とした老後』をともに送りたいと思うような友人で構わんぞ」
「もちろん、我々の存在を受け()れられないような者は、こちらとしても容認できないが」
 その一言で、ラルゴは『他の二人にもチップが埋め込まれてしまうのだろう』と悟りました。
「局員や一般大衆が『その人ならば』と納得できる程度の功績は必要だが、逆に言えば、俗な評判で選んでしまっても構わん。……そう言えば、三年戦争では、君の他にも、もう一人、『英雄』がいたのではなかったかね?」

 この「話の流れ」は、ラルゴにとっては願っても無い展開です。
「ミゼット・クローベル参謀総長ですね。確かに、彼女なら、古い友人でもあります。私の同僚には『うってつけ』の人材でしょう」
「では、あと一人は?」
 ラルゴはしばらく考え込んでいる振りをして、たっぷりと()を置いてから、こう答えました。
「レオーネ・フィルス法務長官はどうでしょうか? 一般大衆には今ひとつ知名度の低い人物ですが、こちらも私の古い友人で、提督の肩書きを持った中将です」
「いいだろう。それでは、君たち三人は年度末に引責辞任して、来年度からは〈三元老〉の地位に就くものとする」
「終身制の名誉職だ。せいぜい長生きするが良いぞ」
「はい。ありがとうございます」
 ラルゴは丁重に礼を言って退席しました。
 レオーネとミゼットには「事後承諾」になってしまいますが、彼等は今までも、念話と記憶力だけを頼りに計画を進めて来たのですから、この二人以上の適任者など何処(どこ)にもいません。彼等もきっと、この「延長戦」に同意してくれることでしょう。
 ラルゴは再びリナルドによって薬で眠らされ、その「秘密の場所」を(あと)にしたのでした。
 それが、今からもうほとんど24年も前の出来事です。


「それでは……あなたたちは、あの方々(かたがた)を最初からずっと(あざむ)き続けていたのか?!」
 総代専用の執務室で、イストラは思わず声を(あら)らげました。レオーネが深く静かにうなずいて見せると、ほとんど崩れ落ちるようにして、自分の椅子の上にがっくりと腰を落とします。
「私は……これから、一体どうすれば……」
 イストラは、もはやレオーネと目を合わせようともせず、ただ(ゆか)に視線を落としたまま、独り言のような口調でそう(つぶや)きました。
 すると、レオーネは意外にも慈悲深い口調でこう答えます。
「しかしながら、『私たちが君より幸運に恵まれていた』というのも、また一つの事実だ。私たちは最初から三人で協力できたし、途中からはリナルドも味方になってくれたからね。
 だから、私たちも、君を個人的に糾弾するつもりは無い。ただ、無駄に世間を騒がせたくも無いから、あの御老人たちが今日まで生きていたことは、厳重に秘匿(ひとく)するつもりでいる」

 それを聞くと、イストラはまた不意に(おもて)を上げました。視線が合うのを待って、レオーネはまた静かに言葉を続けます。
「となると、一般に公開できる『君個人の罪』は、『総代という要職にありながら、いわゆる正常性バイアスによって、未曽有(みぞう)の危機に正しく対処することができず、クロノ・ハラオウン提督に対してもあからさまに間違った命令を出した』という程度のものだ。だが、それでもやはり、総代としての責任は取ってもらわねばならん」
「それは……引責辞任だけで(ゆる)していただける、ということですか?」
「私たちは赦すよ。君が君自身を赦せるかどうかは、また別の問題だがね」
 レオーネが「意味ありげに」そう言うと、イストラはまたがっくりと首を垂れて、そのままもう何も言葉を返すことができなくなってしまいました。
レオーネはしばらく()を置いてから、最後に「形式的に」こう問いかけます。
「辞任に関する正式な書類の書き方は、解っているね?」
「はい。……隣室で、1(ハウル)ほど、お待ちください」
 イストラは(うつむ)いたまま、力の無い声でそう(こた)えました。

 そこで、レオーネはその要求どおり、控えの()に戻って、(うし)ろ手に扉を閉めました。
 そこは、基本的に「秘書の仕事部屋」と「一般来客用の応接間」を兼ねた部屋です。イストラの秘書は、すでにレオーネの当て身で気絶させられ、そのままソファーに寝かされていました。
 一方、レオーネの「随行者」は、「扉が()け放たれていても、奥の()のイストラの席からは見えないような場所」を選んで立っています。

 レオーネは来客用の椅子に腰を下ろすと、思わずひとつ大きく息をつきました。
「やれやれ。久しぶりに少し体を動かしたら、何やら妙に疲れたな」
「今、あなたに倒れられる訳にはいきません。どうぞ御自愛ください」
「相変わらず口調が固いな、君は。……まあ、君もこちらに座りなさい」
 レオーネは苦笑しながらも、お気に入りの随行者に席を勧めました。
「では、失礼します」
 しかし、その人物が着席すると、レオーネはふと小さく舌を打ち、軽く後悔の言葉を吐きます。
「来客に茶のひとつも出ないとは……やはり、秘書を手っ取り早く黙らせたのは、早計だったか。……うむ。まだしばらくは、目覚めそうにないな」
 秘書の女性は意識を失ったまま、今では安らかに熟睡していました。

「若い頃は随分と荒ぶっておられたとは(うかが)っておりましたが、正直なところ、この目で見るまでは、あまり上手く想像できずにおりました」
「良きにつけ()しきにつけ、人間(ひと)年齢(とし)ともに変わってゆくものだからね。……イストラも一介(いっかい)の艦長だった頃は、あんな『事なかれ主義者』では無かったんだがなあ……。
 先程は、君にもつまらない会話を聞かせてしまったね。だが、君にはイストラの言葉を聞く権利と責任があると思ったんだよ」
「はい。聞かせていただいて良かったと思っています」
 今回、レオーネが連れて来た随行者は、管理局〈上層部〉の法務部で要職を務めるザドヴァン・ペルゼスカ(40歳)でした。以前から、時おりレオーネの話し相手などを務めて来た人物ですが、「()りにも選って」と言うべきでしょうか。実は、彼はイストラの長男です。
「父が総代に就任して以来、何か大きな秘密を(かか)え込んでいることには薄々気づいていました。でも、私も母も妻も子供たちも、それはきっと職務上のものだろうと思っていたのです。まさか、『管理局の創設者たちがまだ生きている』などという話だったとは……」
「まあ、普通は思いつかないだろうね」
 レオーネもそう本音を漏らしました。

 その後も、ザドヴァンは父イストラについて、ぽつぽつと語り続けました。多少は、減刑を嘆願するような気持ちもあったのかも知れません。
 そして、ふと気がつくと、イストラを(ひと)りにしてから、とうに1(ハウル)以上の時間が経過してしまっていました。イストラからの合図は特にありませんでしたが、二人はちょっと会話を中断して、奥の()を覗いて見ることにします。

 しかし、二人で奥の間に入って見ると、イストラは席に着いたまま、すでに絶命していました。手早く書類を仕上げた直後に、みずから毒薬を飲んだようです。
 狼狽(うろた)え騒ぐザドヴァンを他所(よそ)に、レオーネは冷静にイストラの死亡を確認してから、平然と書類に目を(とお)しました。
「よし。何も問題は無いな」
「問題が無いということは無いでしょう! (かり)にも人間(ひと)が一人、死んでいるんですよ!」
 ザドヴァンは思わず大声を上げました。実の父親が自殺した現場を()の当たりにしてしまったのですから、普通の人間ならば動揺するのも無理はありません。
 それでも、レオーネは『君は一体何をそんなに動揺しているんだい?』と言わんばかりの冷静な口調でこう返しました。
「問題が無いのは、あくまで書類の話だよ」
 それは、「目の前で人間(ひと)が死ぬこと」になど、もう慣れてしまっている人間の口ぶりです。

(どうして、こんなことに……。)
 そこで、ザドヴァンはふと、先ほどレオーネが父に言った言葉を思い起こしました。
『私たちは(ゆる)すよ。君が君自身を赦せるかどうかは、また別の問題だがね』
(つまり……(とう)さんは自分自身を赦せなかった、ということか……。)
 あえて言い換えれば、この自殺は『イストラは決して「罪を罪とも感じない、本物の悪党」では無かった』ということの証明でもあるのです。
 しかし、それは、実のところ、血を分けた息子にとっては何の慰めにもならない事実でした。
「あなたは……こうなると解っていて、父を(ひと)りにしたのですか?」
 ザドヴァンの口調には、今や非難の色合いすら込められています。それでも、レオーネは平然とこう返しました。
「確信があった訳ではないよ。ただ、これもまた『想定外の出来事』ではなかった、というだけのことだ」
 その冷徹さは、ザドヴァンの眼には、およそ人間離れしたものと映りました。

 イストラは、少なくとも私生活では「良き父」であり、子供たちとの間にも「親子の確執」など何もありませんでした。
『実際に、悪いことをした』とは言っても、それは『ただ単に「(かげ)の権力者」に(さか)らうことができなかった』というだけのことなのです。
(ただ無力であるというだけのことが、果たして死に(あたい)するほどの罪なのだろうか?)
 ザドヴァンはふとそんなことも考えましたが、またすぐに思い直しました。
(……いや。「その地位」にある者にとっては、確かに「罪」なのかも知れない。)
 地位とは、本来「その人物」の能力に応じて与えられるべきものであり、それ故に、特定の地位にある者が「その地位に相応の能力」を持っていないことは、ごく控えめに言っても、決して望ましいことではないのです。
 それでも、しばらくすると、ザドヴァンはまた、先ほどのレオーネの別の言葉を思い起こしました。
『ただ、無駄に世間を騒がせたくも無いから、あの御老人たちが今日まで生きていたことは、厳重に秘匿(ひとく)するつもりでいる』
(それでは、表向きの話として、「総代」は何故みずから命を絶たなければならなかったのだ? 三脳髄の存在を伏せてしまったら、全く説明がつかないではないか!)

 しかし、ザドヴァンがそれを問うと、レオーネはさも当然のことのように、すらすらとこう答えました。
「医師団に命じて、『総代は職務上の慢性的なストレスにより、以前から心神耗弱(しんしんこうじゃく)状態に陥っていた。そのため、元老から直接に辞任を勧告されて、自責の念に駆られ、発作的に死を選んだ』という内容の診断書を書かせるしかないだろうね」
 元々が法務官であるザドヴァンの耳には、それは随分と理不尽で「法」を無視した主張に聞こえました。ザドヴァンは思わずこう言い返します。
「あくまで真実を隠蔽(いんぺい)すると(おっしゃ)るのですか? 法の裁きを受けるべきなのは、むしろあの三人の方だったと言うのに!」
「君が法務官として、法や真実に拘泥(こうでい)する気持ちは解らぬでも無い。しかし、人の法では所詮、すでに死んだ者を裁くことなどできないよ。彼等が『具体的に』何をどこまで考えていたのかは、もう誰にも解らないのだからね。
 それに、こんな『腐った真実』を一般に公開して、一体どうなると言うのだ? 突き詰めれば、『彼等が死を装って以来の、ここ八十年余の管理局の歴史』を、管理局がこれまで積み重ねて来た事績を、丸ごと断罪せねばならなくなるのだぞ。それが、一般社会にどれほどの悪影響を与えると思う?」

 言われてみれば、確かにそのとおりでした。
 おそらく、事態(こと)は、ただ単に『管理局の権威が失墜する』というだけには(とど)まらないでしょう。もしも全管理世界の民衆が『自分たちは、今までずっと騙され続けていたのだ』と考え、その不満を一斉にぶちまけ始めたら、最終的には「管理局システムの崩壊」にまで至ったとしても、決して不思議では無いのです。
「最善の策が、現実にもう実行できないのであれば、我々は次善の策を選択するより他には無いのだ。それは、解るか?」
 レオーネの「正しいけれど、冷たい言葉」に、ザドヴァンはもう黙ってうなずくことしかできませんでした。
「この世には、書かれた法よりも、単なる真実よりも、もっと大切なモノがある。君も、次元世界の安寧(あんねい)と父親の名誉を守りたいのならば、私たちに手を貸せ」
「それは……私も共犯者、ということですか?」
「いや。君たちの世代には、もう罪は無い。すべての(ふる)き罪は、我々三人が背負い、あの世まで持って行こう。我々はすでに老齢だ。どうせもう長くは無い」

 レオーネは、もう完全に「覚悟」が出来上がっていました。
(私にも、同等の「覚悟」が求められているのか……。)
 それは、普通の人間にとっては、純然たる「重荷」でしかありません。それを背負っているからと言って、何か自分の(とく)になる訳でも無ければ、誰かがそれを正しく評価してくれる訳ですら無いのですから。
(それでも……他にこれを背負える者が、いないのであれば……。)

「我々とて、三脳髄の話を『永遠に』闇に葬り去ろうと言うのでは無い。ただ、彼等の存在を公開するのは……この件に関与していた者たちが粗方(あらかた)この世を去ってから……今回の事件が『(ナマ)の記憶』ではなく、『歴史』になってからの方が良いだろうと言っているだけなのだ。
 あるいは、その頃には、君自身ももう生きてはいないのかも知れないが、それでも、我々の子孫がいつの日にか『本当の歴史』を、闇の部分まで含めて冷静に語れるようになるためには、誰かがその日まで『世の裏側で』これを正しく伝えて行かねばならぬ。
 そのためにも、ザドヴァン・ペルゼスカよ。私たちに手を貸してほしい。私たち三人には、もうそのための時間が残されてはいないのだ」
「解りました。非才の身ではありますが、そのために力を尽くすことを、ここにお約束します」
 ザドヴァンもついに「覚悟」を完了して、そう応えました。レオーネも満足げにうなずき、言葉を続けます。
「ありがとう。君がそう言ってくれれば、私たちも安心して『目の前の問題』に専念できるというものだ。……あとの細かい話は、リナルドと相談してほしい」


 そうした会話がすべて終わってから、ようやくイストラの秘書が目を覚ましました。慌てて奥の()(のぞ)き込むなり、案の(じょう)、悲鳴を上げます。
 それでも、レオーネは冷静に『(ただ)ちに医師と法務官を呼んで、死亡診断書を書かせ、服毒自殺で間違いないことを証明させなさい』と、彼女に指示を出しました。
 秘書はすぐに「元老」の命令に従い、レオーネとザドヴァンの立ち会いの許に、医師と法務官はそれぞれの「書くべき文書」を書いて、それをレオーネに提出します。
 そして、次の日になってから、「総代イストラ・ペルゼスカの急死」が皆々に広く知らされたのでした。


 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

全て感想を見る:感想一覧