魔法戦史リリカルなのはSAGA(サーガ)
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【プロローグ】新暦65年から94年までの出来事。
【第2章】StrikerSの補完、および、後日譚。
【第3節】ゆりかご事件におけるクロノ提督の動向。
一方、その少し前、時空管理局の〈本局〉中央次元港では……。
クロノ・ハラオウン提督は、ミッド地上オルスタリエ地方の陸士隊から『伝説の〈ゆりかご〉が今、飛び立った』との報告を受けると、独自の判断で直ちに艦隊を編成し始めました。
艦隊旗艦となる〈クラウディア〉の艦橋では、艦長や乗組員たちが大急ぎで発進の準備を進めつつ、他の艦長たちに対しては有志を募り、また、上層部に対しては「アルカンシェルの搭載」および「艦隊の出撃」の許可を申請しています。
そんな慌ただしい状況の中、艦橋の最上段にある司令官席では、クロノ提督がユーノ司書長と通話をしていました。映像や音声が外部に漏れないよう、司令官席の周囲には円筒状に、虹色にゆらめく半透明の「遮蔽スクリーン」が張られています。
「正直なところを訊きたいんだが、ユーノ。あの〈ゆりかご〉に、こちらの砲撃が通用すると思うか?」
「こればかりは、やってみないと解らない、としか答えようが無いね。そもそも、〈ゆりかご〉の具体的な性能については、ほとんど何も解っていないんだから」
「しかし、伝承には、いろいろと語られているんだろう?」
「あれらの伝承がすべて誇張ぬきの真実だったとしたら、『管理局の全戦力を集中させたとしても〈ゆりかご〉には傷ひとつつけられない』という話になる。もし本当にそのとおりなら、〈ゆりかご〉が飛び立った時点で、僕たちには、もう為す術など無いよ」
「……化け物か!」
「聖王オリヴィエが『最後に〈ゆりかご〉を降りる際、内部から〈ゆりかご〉を破壊した』という伝承もあるから、〈次元世界大戦〉の頃の性能が今も維持されているとは限らないけど……正直なところ、この話にはあまり期待しすぎない方が良いだろうね」
ユーノはかなり悲観的な所見を述べた後、一拍の間を置いて、さらにこう続けました。
「実は、君にもうひとつ嫌な話をしなければならない。〈アルカンシェル〉は、元々〈ゆりかご〉の主砲を模して造られたコピー兵器だ、という話があるんだ」
「アレは、ロストロギアの類じゃなかったのか?」
その疑問は、決してクロノだけのものではありませんでした。実のところ、今まで多くの局員が〈アルカンシェル〉を「ロストロギアの一種」であるかのように思い込んでいたのです。
「ああ。少し調べてみたんだが、本当に、新暦の時代になってから『謎の天才』によって造られた『ゆりかごの主砲の劣化コピー』である可能性が高い。
実際に、旧暦の時代の〈統合戦争〉では一度も使われたことが無いんだよ。少なくとも、公式の記録では、最初に使われたのは〈カラバス連合〉との『三年戦争』の末期のことだ。ラルゴ提督が初めてアレを自分の御座艦に搭載して、連合の切り札だった〈機械化艦隊〉を一方的に殲滅したのだと言う」
「ラルゴって……〈三元老〉のラルゴ・キール名誉元帥か?!」
「ああ、当時は本当にスゴい人だったらしいね。……だが、今では、なのはたちが7年前に初めてお茶会に誘われた時に比べると、少し痴呆が来ているらしい。
内緒の話になるけど、はやては昨年、『巧みに軽度のボケを演じて周囲の目を欺いとるのか、それとも、ホンマにボケが始まっとるのかは、判断が難しいところや』などと言っていたよ。その後、ヴィータも護衛任務をこなした際には、『ありゃ、ただの老人会だ』と溜め息まじりに漏らしていたと聞く」
「おいおい。いくら形式上の話とは言え、彼等は仮にも管理局のトップだぞ。それが本当にボケている、というのは、さすがに勘弁してほしいな」
(だが、もし演じているのだとすれば、一体何のために? 組織の頂点に立つ者が、一体誰の目を欺く必要があると言うのだ?)
そんなクロノの疑問を他所に、ユーノはまた話を元に戻しました。
「だから、〈アルカンシェル〉は、『新暦の時代になってから新たに造られた』と考えるのが妥当なんだが、その当時は、〈ゆりかご〉に直接に接触することなど誰にもできなかった『はず』だ。
だとすれば、古代ベルカ時代の文献に何か設計図のようなモノが残されていたのか。それとも、コアの部分は最初からどこかに保管されていて、ただ単にそれを組み立てただけだったのか……」
後半は、思わず自問するような口調になります。
「もしそうだったとしても、その開発者は充分に『天才』の名に値するな。……ところで、その『謎の天才』というのは、実際には、どんな人物だったんだ?」
「それが、さっぱりでね。名前も経歴も、性別すらも解らない。そして、『その人物のデータを、誰が何故どうやって、これほど完璧なまでに抹消したのか』も、よく解らないんだ」
「それは、また何と言うか……妙にキナ臭い話だな」
クロノの反応に、ユーノはひとつ大きくうなずきながらも、また話を〈アルカンシェル〉に戻しました。
「それと、伝承によれば、〈ゆりかご〉の主砲は、全く文字どおりの意味で『無敵』だったのだと言う。だが、誰が造ったモノであれ、もし〈アルカンシェル〉が本当に〈ゆりかご〉の主砲の劣化コピーでしかないのだとしたら、そもそも〈ゆりかご〉に対してだけは効かないかも知れない。『自分の武器が、自分に向けて使われた時の対策』をあらかじめ用意しておくことは、戦術の基本だからね」
【公式の設定では、アルカンシェルは、「空間を歪曲させながら反応消滅を起こさせる魔導砲」ということになっているのですが、個人的には「反応消滅」という概念がどうにもピンと来なかったので、この作品では『その光弾で包み込んだ対象物を中心として「虚数空間へのゲート」を開き、ゲートの周辺にあるモノをすべて例外なく虚数空間へと追い落とす兵器である』という設定に変更させていただきます。】
「対策って、例えば、どんな? まさかと思うが、『虚数空間からでも、普通に戻って来ることができる』なんて言うなよ」
「いや。いくら〈ゆりかご〉でも、さすがにそれは無いと思うけどね。……〈アルカンシェル〉の最大の欠点は、エネルギー充填や照準合わせに時間がかかりすぎることだ。だから、高速で動き回る対象には、なかなか上手く命中させることができない」
【これが「Forceに〈アルカンシェル〉が出て来なかった理由」である、という設定です。何しろ、〈フッケバイン〉は常に高速で飛び回っておりますので。】
ユーノは続けて語りました。
「報告を聞く限り、現状ではまだ〈ゆりかご〉もそれほど速く動ける訳ではないようだが、それでも、『アルカンシェルの光弾を横へ逸らす』ぐらいのコトならできるかも知れない。その場合、軌道上に上がって来た〈ゆりかご〉を正面から迎え撃つと、もしも射線を逸らされた時に、光弾がミッドの地表を直撃する可能性がある。……もし惑星の表面で虚数空間へのゲートが開いたら、どうなるか? ちょっと考えてみてほしい」
〈闇の書事件〉の時は場所が宇宙空間だったので、単に〈ナハトヴァール〉が消滅するだけで済みましたが、場所が地表なら、もちろん、被害はそんな程度では済みません。
ゲートが自然に閉じるまでの間、大気も海水も陸地も、人工物も自然物も生命体も、ありとあらゆるモノが吸い込まれ続けてしまうのです。
「新暦38年の〈ディファイラー事件〉の再現になる。……グザンジェス第三大陸の二の舞いか。考えただけでも、恐ろしいな」
「そういうことさ。十年前の地球でも、リンディ提督は間違っても地球本体には被害が出ないようにと、上昇して来た〈ナハトヴァール〉を『横から』撃った。今回も、最低限、同様の配慮は必要だろう」
「つまり、撃つなら回り込んで撃て、ということか」
「そういうことさ。……申し訳ないが、現状では情報が少なすぎて、僕にこれ以上のアドバイスはできそうに無い」
「いや。それが解っただけでも、何も解らないよりは、まだだいぶマシさ。……おっと。悪いが、部下から呼ばれているようだ。一旦、通話を切るぞ」
「解った。また、亜空間に入ったら、連絡してくれ」
「ああ。そちらもまた何か情報が出て来たら、頼むよ」
クロノ提督はユーノ司書長との通話を終えて遮蔽スクリーンを解除すると、自分を呼んでいた艦長に声をかけました。
「どうした?」
「それが、その……」
艦長はクロノの質問に答えず、ただ艦橋のメインスクリーンを指さしました。そこには、いつの間にか、イストラ・ペルゼスカ総代の姿が大写しになっています。
「クロノ・ハラオウン提督に告げる!」
イストラの口調は、何故か妙に狼狽気味でした。それを不審に思いながらも、クロノは作法どおりに席を立ち、敬礼してそれに応えます。
しかし、上級大将の言葉は、全く予想外のものでした。
「私は『総代』の名において、貴殿の出撃を許可しない。直ちに艦隊の編成を中止せよ。無論、〈アルカンシェル〉の搭載も許可できない!」
(はあ? ナニ言ってんだ、こいつ。)
というのが、クロノの正直な気持ちでしたが、さすがに、そのまま声に出す訳には行きません。クロノはやや格式ばった口調で「強く」不服を述べました。
「その命令は承服できません! あの伝説の〈ゆりかご〉が地の底から蘇ったのですよ。その事実の重大さが解らないのですか?!」
たかが一介の提督ごときに正面から反論されるとは思ってもいなかったのでしょう。イストラは一瞬、クロノの気迫に怯むような表情を浮かべながらも、次の瞬間には顔を赤くしてまた声を荒らげました。
「まだ情報が不足しておる。こんな何も解らない状況で、そんな重大な決定など認められるはずが無いだろう!」
「状況が確定してからでは、もう遅いのです! お忘れかも知れませんが、ここからミッドまでは最大船速でも4時間はかかるのですよ!」
すると、イストラが顔を真っ赤にしてクロノを睨みつけながら反論の言葉を探しているうちに、どこからともなく「朗らかな笑い声」が響いて来ました。
(何だ? ……と言うか、誰だ? この状況で。)
クロノやイストラを始めとする皆々の注意を充分に惹きつけてから、女性と思しき「笑い声の主」はこう言葉を発します。
「退きなさい、イストラ。『あなたの負け』よ」
それは、仮にも「総代」を相手に、まるで母親が幼子に教え諭すような、あからさまな「上から目線」の口調でした。
「なっ、何者だぁ?!」
「あら。私の声も解らないだなんて、あなたはもう随分と疲れてしまっているようね」
その脇で、今度は男性の老人の声がします。
「すべての回線につなげ」
「あ、あの……『すべて』と、おっしゃいますと?(恐怖)」
「文字どおり、〈本局〉内部のすべての回線に、だ!(威圧)」
担当者が恐怖に震えながらもその声に従うと、ようやく彼等の映像が出ました。
〈クラウディア〉の艦橋でも、メインスクリーンの画面が左右に分割され、イストラ上級大将は左側に寄って、右側には席に着いた三人の老人の姿が映し出されます。
管理局に、彼等三人の顔を知らない者など一人もいませんでした。
向かって右から、ミゼット・クローベル統幕議長(96歳)、ラルゴ・キール名誉元帥(92歳)、レオーネ・フィルス法務顧問(94歳)。俗に「伝説の三提督」とも呼ばれる、〈三元老〉の御三方です。
「ミ、ミゼット・クローベル! どうして……。(絶句)」
イストラ(65歳)の口から愕然とした声が漏れ落ちました。すると、それをたしなめるかのような(あるいは、何かを面白がっているかのような)口調で、レオーネが初めて口を開きます。
「イストラよ。目上の者の名前を呼ぶ時には、敬称を忘れてはいかんぞ。かつての直接の上司であれば、なおさらのことだろう」
そう言う自分の側は、あからさまな呼び捨てでした。哀れにも、イストラの顔は見る見る青ざめて行きます。
そこで、ラルゴ・キールは不意に立ち上がり、朗々たる口調でこう述べました。
「時空管理局に所属するすべての者たちよ、聞くが良い! 我等は管理局の最高責任者たる〈三元老〉である。我等は協議の結果、残念ながら『現在の管理局〈上層部〉は、正常な判断能力を喪失している』との結論に到達した。したがって、我等はここに〈元老大権〉の発動を宣言する!」
〈本局〉全体に、どよめきが走ります。
『元老に、そういう権限がある』ということ自体は、誰もが「知識としては」知っていましたが、まさか、本当にそれが使われることがあり得るなどとは、誰一人として本気で考えてはいませんでした。
それと言うのも……かつて〈管理局の創設者たち〉が初めて〈元老〉という役職を設けてから、今年でおよそ百年になりますが……その大権はこれまで、統合戦争や三年戦争の時にすら、実際に使われたことなど一度も無かったからです。
ラルゴは続けて語りました。
「すなわち、『非常事態宣言』である。本日只今をもって、管理局〈上層部〉の権限はすべて停止し、代わって我等三名が直接に管理局全体を指揮するものとする。異論は認めない!」
「そ、そんなことがっ!」
おそらく、イストラは『許されるとでも思っているのか?!』などと続けたかったのでしょう。しかし、レオーネは彼に皆まで言わせず、にこやかにこう切り返しました。
「イストラよ。我々は『君たちの敬愛するオルランド・マドリガル議長』がみずから制定した法令に基づいて行動しておるのだ。君も何かを言い返したいのであれば、まず〈元老大権〉に抗弁する法的根拠を示せ」
そんな法的根拠はどこにも存在しない、と解った上で言っているのです。
しかも、〈三脳髄〉の存在を知るイストラの耳には、レオーネの口調は『我々はもう三脳髄など怖くはない』と言っているように聞こえました。
(何故だ? 一体どうして?)
イストラの表情が、誰の眼にも明らかなほどに打ちひしがれると、レオーネは悠然と席を立ち、久々にまた「若い頃の彼を彷彿とさせるような口調」で言葉を続けました。
「イストラよ。今から、私がそちらへ行く。少しサシで話をしようではないか」
今の若い世代はもう知らない事実でしたが、実を言うと、レオーネは三十歳で本格的に法律の世界へ転身する以前は、格闘術と身体強化魔法に長けた「陸戦AAAランク」の武闘派魔導師でした。
それを最後に、メインスクリーンからは、イストラとレオーネの姿が消えます。
そして、ミゼットもまた席を立ち、クロノにこう語りました。
「クロノ・ハラオウン提督。私たち〈三元老〉は、貴殿の行動を全面的に支持します。貴殿は速やかに艦隊を編成し、その艦に〈アルカンシェル〉を搭載し、出撃しなさい。
今はまだ魔力が不足しているのか、〈ゆりかご〉も本調子ではないようですが、ミッドチルダの『二つの月』の魔力を利用できる高度にまで達してしまったら、もうどうなるかは解りません。
私たちは貴殿に、艦隊を率いて速やかにミッドチルダの上空へ赴き、あの〈ゆりかご〉を今度こそ完全に葬り去ることを期待しています」
「拝命いたしました。御期待に沿えるよう、全力を尽くします」
クロノは敬礼して、そう応えました。
(これの一体どこが痴呆だ?! やはり、誰かを欺くための演技だったということか? だが、一体誰を?)
クロノが内心でそんなことを考えていると、ミゼットはさらにこう語ります。
「実は、こちらでも艦隊編成の準備を進めていたのですが、そちらの方が有志の集まりが良いようですね。こちらで用意した艦船は皆、貴殿の指揮下に入れましょう。こちらで用意した提督とも、事前によく話し合っておいてください」
「了解いたしました」
クロノが即答すると、ミゼットとラルゴは、さも満足そうにうなずきました。
それを最後に二人の映像も消え、〈クラウディア〉の艦橋のメインスクリーンには再び周囲の状況が、つまり、今しも多くの艦船が入港している〈本局〉中央次元港の内部の状況が映し出されます。
見れば、早くも〈アルカンシェル〉の〈クラウディア〉への搭載作業が始まっていました。
ややあって、オペレーターからひとつ報告が上がって来ます。
「クロノ提督。あちらの提督から、秘密回線で提督への個人通信が入っております」
「よし。6秒後に回せ」
クロノは席に着き、司令官席の周囲に再び遮蔽スクリーンを張りました。
(さて、見知った相手なら、話も早いんだが……。)
クロノがやや不安げにそんなことを考えていると、じきに回線がつながります。
「クロノ~、長らくアタシに会えなくて、寂しかったか~い?」
「そんな訳ないだろう。いい加減にしろ」
ミゼットの方で用意した提督とは、選りにも選って、リゼル・ラッカードでした。十年前と全く同じ挨拶に対して、クロノも思わず、十年前と全く同じ言葉を返してしまいます。
「も~。大人になっても、やっぱり冷淡いなあ、クロノきゅんは」
「解っているのなら、もうその態度は改めろ!」
クロノは思わず大声を上げてしまってから、ふと気を取り直し、大きく一息ついて、今度は冷静な口調で言葉を続けました。
「そう言えば、君もこの春からは提督だったな」
「うん。でも、提督としては、まだ新人だからね。今回は、ミゼットさんの言うとおり、指揮権はクロノに譲っておくよ」
今度は、リゼルもさすがに真面目な口調です。
「ところで、そちらの艦隊の構成は?」
「まず、私が乗るXV級の大型艦が一隻。あとは、旧式の中型艦が二隻と『廃艦再利用』の突撃艦が二隻の、計五隻よ」
「ちょっと待て。突撃艦って何だ?」
それは、少なくとも「局の公式の用語」ではありません。
リゼルは軽く肩をすくめて答えました。
「元々は、演習用の『動く標的』にするために『廃艦と決まった老朽艦の機関部を修繕しただけ』の、完全に無人の艦なんだけどね。もしも物理攻撃が有効なようなら〈ゆりかご〉に特攻させるつもりで、この二隻には『違法な質量兵器として局が押収した爆発物』を満載しておいたわ」
(何だよ、それ……。準備、良すぎだろう……。)
クロノが絶句していると、リゼルはさらに続けてこう語ります。
「私の〈テルドロミア〉には、今し方、予備の〈アルカンシェル〉の搭載作業が完了したわ。そちらは、今、どんな感じ?」
「まだ1刻ぐらいはかかりそうだな」
作業員の方からリアルタイムで送られて来る文字情報の報告を見て、クロノはそう答えました。
「じゃあ、こちらには『機関部の調子がイマイチで、最大船速をどれだけ続けられるか、ちょっと怪しい艦』もあるから、先に行かせてもらうわ。何事も無ければ次元航路の中の『ミッドの上空に出る少し手前のあたり』で合流しましょう」
「解った。こちらも大急ぎで追いつくよ」
すると、リゼルは不意に茶目っ気たっぷりな口調で、またロクでもないコトを言い出しました。
「では、若者よ! ナニを滾らせつつ、お姉ちゃんのお尻めがけて突っ込んで来なさ~い!(笑)」
「わざわざアヤシげな表現に言い換えるのはヤメロ! ……と言うか、誰が『お姉ちゃん』だ? 少しは自分のトシをわきまえろ! 君も、もうアラフォーだろう?」
「ちょっと~。36を『アラフォー』で括るのは乱暴だよ~」
『むつかしいお齢頃の女子』には、かなり効いてしまったようです。(笑)
そんな「おバカな会話」で緊張もすっかり解れた後、リゼル提督が率いる五隻の艦隊は一足先に〈本局〉から出航して行きました。
クロノは少し息を整えてから、こちらの状況をまとめて、ミッドの大気圏内にいる〈アースラ〉に連絡します。
こうして『艦隊の到着まで、あと4時間あまり』と聞き、なのはたちはいよいよ〈ゆりかご〉に突入していったのでした。
そして、十数分後には、クロノ提督が率いる九隻の艦隊も〈本局〉を出航し、通常の巡航速度の1.5倍となる「最大船速」でミッドチルダに向かいました。
すると、それからほんの1時間ほどで、ミッド地上のはやてから次のような朗報が届きます。
『ミッド地上本部では、レジアス・ゲイズ中将が殺害されてしまったが、敵の勢力は、その一件に関連して死亡した二名を除き、全員の身柄をすでに拘束した。
そして、飛行型のドローンも、すでに全機撃墜した。
また、〈ゆりかご〉も、突入部隊がメイン駆動炉を破壊してから全員で脱出したため、現在は完全に無人のまま、サブ駆動炉だけで微速上昇中。なお、〈ゆりかご〉の自動防衛システムは、もうあまりマトモには作動していない模様』
クロノは早速、その情報を共有した上で、ユーノと再び話し合いました。
無限書庫からの追加情報は特にありませんでしたが、はやてからの情報を共有すると、ユーノはふと「とんでもないこと」を言い出します。
「しかし、もし本当に自動防衛システムが『全く』作動していないのだとしたら……クロノ、いささか突拍子もないことを言うようだが……」
「何だ?」
「もしかして、君の艦隊は〈ゆりかご〉を無傷で鹵獲することも可能なんじゃないのか?」
(ええ……。)
クロノも思わず絶句してしまいましたが、確かに、もし本当に「あの」伝説の〈ゆりかご〉を、正真正銘の〈アルハザードの遺産〉を、無傷で手に入れることができたなら、そこから一体どれほど多くの革新的な技術が得られるのかは、もう想像もつかないほどです。
「なるほど。可能かどうかは解らないが、準備をしておくだけの価値はありそうだな」
クロノは気を取り直してユーノの助言に従い、〈本局〉の転送施設の側に「真空の状況にも対応できる武装隊」を待機させたのでした。
しかし、先行していたリゼルの艦隊と合流して通常空間に降りてみると、〈ゆりかご〉の高度はまだせいぜい数千キロメートル、惑星ミッドチルダの半径ほどでした。
ユーノと〈本局〉で話し合ったとおり、間違っても「流れ弾」をミッドチルダに当ててしまう訳にはいきません。
クロノは即座に指示を出し、全艦はそれに従って、上昇して来た〈ゆりかご〉を「横から」撃つため、速やかに散開しながら円陣を組みました。各艦とも「敵艦を頂点とする円錐形」の底面の円周上に並んだ形です。
その円錐の「高さ」が充分に低くなり、地上への流れ弾の心配が無くなるまでの間、全艦ともにそれぞれの位置から〈ゆりかご〉の状況を詳しく調べ始めたのですが、ほどなく〈ゆりかご〉の腹の側へと回り込んだ〈テルドロミア〉から、クロノ提督の許にまた「秘密回線」での個人通信がありました。
クロノはやむなく、またそっと遮蔽スクリーンを張ります。
「こんな時に、何だ?」
「クロノ、これを見て」
送られて来たのは、〈ゆりかご〉の艦首下部の超拡大映像でした。何かが〈ゆりかご〉の装甲に突き刺さっているようです。
そして、よく見ると、それは「高度数百キロメートルの低軌道」にある通信衛星か何かに由来するデブリでした。現役の次元航行艦ならば、通常の「反発フィールド」で簡単に弾き飛ばせる程度の「小さなゴミ」です。
リゼルは何やら、もの凄い速さで十本の指を動かしながら、確認を取る口調でこう言いました。
「これって、つまり、〈ゆりかご〉は今、素っ裸ってことよね?」
(だから、何故わざわざ選んでそういう表現を……。)
クロノは思わず溜め息をつきましたが、それでも、肉声に出しては『そういうことになるな』と応えます。
すると、リゼルは不意に真剣な表情で、いつもより少し低い声を出しました。
「だったら、あなたの手を煩わせるまでも無いわ」
リゼルはそう言って指を止め、自分専用の司令官席に「見るからに臨時に」取り付けられた非常用ボタンのカバーを外すと、即座に拳の小指の側を叩きつけるようにしてその大きなボタンを押しました。
クロノの〈クラウディア〉とリゼルの〈テルドロミア〉は全くの同型艦ですが、クロノの席には、もちろん、そんなボタンはついていません。
「ちょっと待て、リゼル! 今、一体何をした?」
「言ったでしょう。『もし物理攻撃が有効なようなら、〈ゆりかご〉に特攻させるつもりで、無人の突撃艦を二隻、連れて来た』って」
(なん……だと……。)
一瞬おいて、クロノは思わず大きな声を上げました。
「ダメだ、リゼル! 今すぐ、その突撃艦を止めろ! この状況なら、〈ゆりかご〉は破壊しなくても、鹵獲できる!」
しかし、リゼルはそれとは対照的に、妙に沈んだ口調でこう答えます。
「ごめんね、クロノ。あの無人艦は、最初から『一度動かしたら、もう誰にも止められない』ような構造になっているのよ」
(ええ……。どうして、そんな……。)
クロノは一瞬おいて、気がつきました。
「まさか……先程、忙しげに指を動かしていたのは、突撃艦のコース設定か!」
リゼルは無言でうなずき、今度は〈ゆりかご〉の船腹の拡大映像をクロノに見せました。なのはたちが最後に使った「脱出口」が今も開かれたままになっています。
相対的には「小さな非常口」のようにも見えますが、〈ゆりかご〉全体の巨大さから考えると、あれでも小型艦が艦首を突っ込むには充分な大きさの穴です。
「あの開口部から互いに逆方向へ向けて、二隻を連続して突っ込ませるわ」
「本当に……もう止められないのか?」
クロノの狼狽を他所に、リゼルは悲しげにすら見えるほどの落ち着いた表情で語りました。
「この仕事はね、クロノ。どう頑張っても、『誰か』が泥をかぶらざるを得ないヨゴレ仕事なんだよ。私は……あなたに泥をかぶらせるぐらいなら、自分がかぶった方が良い」
「君の行動は『司令官の指揮に背いた』という形になる。減給処分どころでは済まないぞ!」
「まあ、降格処分が妥当なところでしょうね」
リゼルはまるで他人事のように、そう言ってのけます。
そこで、クロノはふと気がつきました。
「君の行動は……すべて、ミゼット統幕議長の指示によるものなのか?」
しかし、リゼルはその質問に「直接には」答えません。
「新人提督が功を焦って命令を無視した、という筋書きにしておいてくれれば、私はそれで良いよ」
「……リゼル!」
「クロノはこのまま『日の当たる道』を進んで。日陰を行くのは私だけで充分だから。じゃあ、今言った筋書きどおりに、よろしくね」
それを最後に、通信は一方的に切られてしまいました。
クロノがやむなく遮蔽スクリーンを解除すると、即座に艦長がこう問い質して来ました。
「提督、あの小型艦は一体?」
〈クラウディア〉の艦橋のメインスクリーンには、今しも二隻の小型艦が互いに別の方向から〈ゆりかご〉に急接近してゆく様子が映し出されています。
クロノは一瞬の躊躇の後、やはりリゼルの言った筋書きに「半分だけ」乗ることにしました。
「リゼル一佐の独断専行を止められなかったのは、私の失態だが……ともあれ、あれらは爆発物を満載した特攻専用の無人艦だ。総員に告げる! 爆発の衝撃と敵艦の反撃に備えよ!」
(リゼル。僕は、了解はしたが、納得はしていないからな!)
しかし、結局のところ、〈ゆりかご〉からの反撃は一切ありませんでした。
二隻の突撃艦は互いに別の方向から〈ゆりかご〉の同じ箇所に特攻し、揃って〈ゆりかご〉の腹の奥深くにまで潜り込んでから、艦尾の側と艦首の側とで、ほぼ同時に自爆します。
そして、〈ゆりかご〉は意外なほど呆気なく、まるで「張りぼて」か何かのように、見事なまでに木っ端微塵に砕け散ってしまいました。おそらく、最大の破片ですら全長はもう20メートルにも満たないでしょう。
(ええ……。嘘だろ、おい……。)
クロノは思わず、そんな声を上げてしまいそうになりました。
確かに、『なのはやヴィータが事前にいろいろと壊しておいてくれたから』という事情もあったのでしょう。しかし、それ以前の問題として、やはり「当たり前の自動防衛システム」が最初から全く機能していなかったようです。
あるいは、ユーノは『あまり期待しすぎない方が良い』などと言っていましたが、実のところ、「聖王オリヴィエによる内部破壊」が、こちらの想像をはるかに上回るレベルのものだったのかも知れません。
結果として、〈アルカンシェル〉は使わずに済んだのですが、その代わり、〈ゆりかご〉を無傷で手に入れるという計画も「水の泡」と化してしまったのでした。
クロノはとっさに、『こうなったら、せめて〈本局〉に待機中の武装隊を〈クラウディア〉に転送し、急ぎ「ゆりかごの破片」の回収任務に当たらせよう』と考えました。
しかし、まるで『それをも阻止しよう』とするかのように、〈本局〉のミゼット統幕議長からは即座に、クロノ提督に帰還命令が下されます。
『四時間ほど前、フェイト執務官らがミッド地上で、スカリエッティのアジトからメガーヌ准尉ら四名の「昏睡者」の身柄を無事に確保したが、彼等は八年前の「戦闘機人事件」の重要参考人でもあり、何としても生きたまま目覚めさせたい。
彼等を収容した医療船が、すでに軌道上に上がって来ているので、クロノ提督の艦隊は速やかにこれと合流し、その医療船を〈本局〉まで間違いなく護送してほしい』
帰還命令の理由は以上のようなものでしたが、本当にただそれだけのことならば、全艦そろって帰還する必要など特に無いはずです。おそらく、この理由はただの名目なのでしょう。
それでも、クロノの立場では「元老の命令」に逆らうこともできません。いろいろと思うところはありましたが、クロノ提督はミゼット統幕議長からの命令のとおりに、医療船と合流し、全艦を率いて〈本局〉に帰投したのでした。
クロノたち一行が「イストラ上級大将の急死」について知らされたのは、その翌日になってからのことです。
さて、結果としては、今回の「ゆりかご事件」における犠牲者の総数は予想をはるかに下回り、最小限のものとなりました。存在それ自体が極秘である〈三脳髄〉まで数に含めても、イストラ、レジアス、ドゥーエ、ゼストなど、「指を折って数えられる程度の人数」でしかありません。
しかし、それは結果論です。
もしも〈ゆりかご〉がミッドチルダの地表に向けて主砲を使っていたら、一発で首都クラナガンは「丸ごと」虚数空間に消え去っていたことでしょう。千六百年ほど前の「次元世界大戦」では、〈ゆりかご〉によって「消し去られた都」など、実際に幾つもあったのですから。
そうなれば、人的被害は少なく見積もっても一千万人以上。経済的な損失に至っては莫大すぎてもう概算すらできません。地面そのものが無くなってしまうのですから、復興も当然に不可能で、ミッドチルダは「遷都」を余儀なくされていたことでしょう。
もしも〈ゆりかご〉が「二つの月」の魔力を利用できる高度にまで達していたら、本当にそうなっていたかも知れないのです。
もっとも、あの時点で〈ゆりかご〉の主砲が本当に使える状態だったのかどうかは、今となってはもう(スカリエッティたちが口を割らない限り)確認の取りようが無いのですが……それでも、『ゆりかごを撃墜する』という判断それ自体が間違っていたなどとは、誰にも思えません。
クロノ・ハラオウン提督は、この一件で「英雄」のように祭り上げられる結果となりましたが、その陰で、リゼル・ラッカード提督にはひっそりと降格および謹慎の処分が下されました。
それは、実際には、あらかじめ「三年して熱が冷めたら、提督に復帰すること」を約束された「形だけの処分」だったのですが、その事実は、一般にはまだ内緒の話です。
こうして、〈ゆりかご事件〉は一応の終結を見ました。
スカリエッティの戦闘機人たちのうち、おとなしく投降した七人は、ルーテシアやアギトとともに、そのまま内海の海上隔離施設へと移送されます。
その一方で、ジェイル・スカリエッティと残る四人の戦闘機人らは、それぞれバラバラに各無人世界の衛星軌道拘置所へと収監されたのでした。
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