儚き運命の罪と罰
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第二章「クルセイド編」
第十九話「少年の強さ」
前書き
久々の本編です。どうぞ
「……で、お前は何も言う事がないのか?」
リオンはアルフに向けて椅子を回した。この使い魔はまだ何もリオンに言わない。ただただじっと俯いているだけだ。そしてリオンはそんな事を許せる程甘ったるい性格では無かった。
「主人が他人に傷つけられてもお前は黙ったまま何もしないのか? フェイトが大事だったんじゃないのか?」
悪いが僕はあまり気が長くなくてな、と付け加える。
「さっさと答えないようなら多少強引な手を使ってでも話して貰うかもしれないぞ?」
アルフはそこで漸く口を開いた。
「アタシだって……わかってんだよ。このままじゃ駄目だって」
目から悲しみを落としながら。
「けどさ、アタシ使い魔だからわかるんだ……フェイトが凄い悲しんでるんだって。アンタだって見ただろう?
フェイトは……アタシは大嫌いだったけどあの鬼ババァのことが本当に好きだったんだよ…」
鬼ババァが誰なのかは今更聞くまでも無い。
「僕には理解できんな。フェイトはあんな目に合わされていたのに」
「アハハ……そりゃアタシだってそうさ。アタシはあの鬼ババァを、プレシアを何度噛み殺してやろうと思ったか、
けどフェイトにとってはあんな奴でも『母さん』だったんだ…」
この数日間リオンはずっと考えていた事がある。リオンがフェイトを理解できなかったのはリオンが母親と言う物になんの思い入れも無いからじゃないか、と言うことだ。そこがフェイトとは余りに違うしリオンにとってそれは今更直せるものではない。だからリオンはこう考えていた。フェイトのお守りはリオンじゃないほかの誰かがした方が良いのではないのか…それを口にしようとした矢先にアルフが口を開いた。
「リオン、フェイトを助けておくれよ」
奇しくも、それはかつてアルフがリオンに初めて会った時言った事と全く同じだった。
「図々しい頼みだってのはわかってる。けどアンタにしか、できないんだ」
「何を言っている。僕はお前が思う様な大層な男じゃない」
リオンはフェイトを見て初めて自らの選択に後悔した。『彼ら』を裏切った事もプレシアとの決着も、自分勝手の果てに傷ついたフェイトが…どうしようもなくあの時最後までリオンの名前を呼び続けたアイツに重なって、
勿論間違ってもその行い自体にリオンは後悔しない。たとえ何度生まれ変わっても同じ道を選ぶ……その言葉自体に嘘は無い。だがそれでも自分の選択によって誰かが傷つくならそれに心を痛めないような悪魔でもリオンは無いのだ。だからこそアルフの言葉は安易に首を縦に振ることができない物だった。
そんなリオンの内心を見透かしてかアルフは微笑んだ。
「だってアンタ……使い魔のアタシにもできなかった事、アッサリやってのけたじゃないか」
「何を言って……僕はそんな事何も」
「アンタみたいにずけずけと物を言ってくれる奴があの子には必要なんだよ。
フェイトは……切欠が無くちゃあ思考停止しちゃうからさ。難しく考えすぎんだよ」
その声は何処までも切実で……そして本の少しの悔しさも含んでいた。リオンはそれでも中々返事ができずただ黙って……………………………………………………見かねたシャルティエが「坊ちゃん」と呼びかけた。
「僕はできると思います。フェイトさんは坊ちゃんを必要としていると思います。アルフさんやフェイトさんが知らない坊ちゃんを知っている僕がそう言うんだから間違いないですよ」
「シャル……だが、僕は……」
リオンはその続きを言う事ができなかった。なぜなら突然リオンの腕輪……虚数空間に落ちて尚壊れなかったプレシアお手製の端末がけたたましく鳴り響いたからだ。リオンはこの音を聞くのは二度目だ。一度目はフェイトが真実を知った時。なぜかリオンはその通話の相手が誰だかわかった。流石に戸惑ってアルフを見ると彼女は強く頷いた。
「出なよ……フェイトがアンタを呼んでるんだ」
リオンは口では答えなかった。
全速力で彼女の元へ向かう事が何よりの答えだと悟ったから。
--------
アルフの元から飛び出して端末を手に取る。リオンが何か言うよりも早く機械的な、それでいて感情的な大声がスピーカーから流れた。
「リオンさんですか!?」
「バルディッシュか。どうした。そんなに慌ててお前らしくも無い」
「緊急事態なんです! サーが敵と戦っていて、ですがサーは」
「もう良い。大体解った。敵は何だ? 魔法生物か?」
「いえ魔導師です。それもかなり腕利きの。お願いします! サーを助けてやって下さい!
さっきの事は謝らせますからどうか!」
「全く、アルフと同じ事を言われたぞ。今行く、座標を――――」
「――――お取り込み中失礼するぜ。ポチッとな」
背後からそう聞こえると同時に突然通信が切れた。リオンはシャルティエを鞘から抜いて二歩下がる。みるとそこには妙な赤いボタンが付いた機械を握ったエレギオが居た。彼はそのリオンの警戒度MAXといった様子に若干眉を潜めながら口を開いた。
「困るんだよね。俺としてもさ、勝手な事されるとね」
「黙れ。僕は今現在最高に気分が悪いからな、痛い目に合いたくなければそこを退け」
「嫌だね。さっきの電話、盗み聞きのつもりはなかったが生憎聞こえちまったんでな。
状況は把握してる。あの娘助けに行くんだろ?」
「わかっているのならそれは胴体に別れを告げたいと言う事か?
生憎時間がないんでな。それにこう言うのもなんだが僕自身気が長いわけではない……手段は選ばないぞ?」
エレギオは困ったように肩をすくめた。
「別に助けに行くのが駄目って訳じゃあない。ただ、俺も一緒させて貰おうって話だよ。
道案内の役には立ってやろうってんだ。お前まだクルセイドの地形には詳しくないだろう?」
「ならさっさと連れて行け!」
その言葉にエレギオは少しだけニヤリと笑って腕輪の形態のドラゴンソウルを放り投げた。灰色の魔力光が辺りに溢れ、そして軍服の様なコートのバリアジャケットを身に纏ったエレギオが居た。同時にドラゴンソウルはライフルの形態になり空中で二回転した後強力な磁石で引き寄せられたかのようにエレギオの手に収まる。
実の所あの夢? を除けばリオンがエレギオのバリアジャケットを見るのは今回が初めてである。晶術の波長を調べたときにはドラゴンソウルをライフルに変形させただけだったのだ。だがそれだけではエレギオの変化は終わらなかった。
「『天上眼』……発動」
その言葉と共にエレギオの瞳がまるでエメラルドの様に澄んだ緑色の輝きを放った。
いつものリオンならそれなりのリアクションがあったかもしれないが生憎今のリオンは怒り心頭でそんなものを望めるような要素はない。その事についてエレギオが内心一抹の寂しさを覚えたのはまた別の話。
「行くぞ、こっちだ」
エレギオのその言葉と同時に二人は駆け出した。エレギオもリオンもそれぞれ魔力と晶力で強化しているからか、二人とも眼にも留まらぬ凄まじい速さだった。
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エレギオの『天上眼』は確かにレーダーとして並外れた性能を持っている。
優秀なレーダーは正確な状況……即ち真実をそのままもたらしてくれる。だがその真実そのものが常に好ましい物でないのはフェイトの事からも分かるだろう。そして今回もその例に当てはまっているらしい。エレギオは自分の目からもたらされる情報に思わず舌打ちした。
「オイオイ……随分と物騒なお友達が居るじゃねえのあの娘。
真面目そうにみえたけどな年頃の女の子の事は男にはわからねえってことかぁ?」
「そんなにか?」
「Sランクが一人にAランクが多数。良くもまあこんな数揃えたもんだ」
「なんだとっ」
「騒ぐな。舌噛むぜ」
自然と二人の速度がさらに上がりもはや走っていると言うよりも地面を滑っているようにさえ見えた。
同時にエレギオの眼がさらに強い輝きを放つ。それが目的地に近づいているのだとリオンは悟る。
しばらくしてエレギオが突然立ち止まった。何事かとリオンが口を開く前に頭の中に声が響いた。
「(念話だ、使い方はわかるな?)」
「(造作も無い)」
地球でフェイトやアルフからその位は教わっていたので念話でそう返す。その間にエレギオはなにやら金属製の筒のようなものを懐から取り出してドラゴンソウルにはめていた。カチャンと無機質な音がやけに高い。
「(なら並列思考は?)」
「(一々答える必要性を感じないな)」
「(OK、ならここからは念話で頼む……行くぞ!)」
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そこには既に地獄のような光景が広がっていた。見渡す限り黒いローブの男が血塗れで倒れている。当然息はない。中には巨大なバーナーで一気に焼かれたような有様の者まで存在する。周りは森だったのだろうか木が生えていた形跡が見えたがその殆どが炭になってしまった違いない。或いは根元から薙ぎ倒されたか。
「(これは…………)」
「(ヒデェな……おいリオン)」
「(なんだ?)」
「(こんだけ派手な事になってるんだ、当然管理局の連中も反管の連中も嗅ぎ当ててくる)」
エレギオは19歳。世に知れた大悪党ではあるがそれでも世を知っている年とはいえない。だがそれでも仲間を傷つけられる気持ちは分かる。今のリオンは謎の襲撃者たる一連の犯人をどう八つ裂きにしようか考えていたのだろう。だがそれをする時間は決してない。
「(あの娘見つけたら直ぐにずらかるからな)」
「(……わかった)」
やや間があったがしっかりと念話でそう返した。エレギオは満足気に頷いて
「(行くぞ。足元気をつけろよ。燃える枝踏んだらアッチッチだ)」
火の海という言い方が決して大袈裟ではなくなってしまっている今、管理局や反管云々を省いたとしても長居はフェイトだけでなく彼らの命にも関わる。火の少ないところを天上眼で探して歩いても。肺が焼けるような感触に二人揃って顔をしかめた。とても口で喋ることなどできそうもない。念話出なければ会話した瞬間に熱とガスで激しくむせることになるだろう。
「(………………………………ん?)」
「(気付いたかリオン。そうだ敵がいねえ、一人も)」
エレギオの天上眼程ではないがリオンも人の気配には敏感だ。だが彼の探知能力をもってしても先程エレギオが「うじゃうじゃいる」と言った敵の気配はない。一人もない。訝ってエレギオを見ると彼も頷いた。
「(貴様の眼には本当に反応があったのか?)」
「(あった。誓ってもいい)」
まるで幻術か隠行でも使ったのかの様な気配の消し方だった。だがエレギオには断言できる。その様な物の類ではないと。そんな物では決してエレギオの眼を欺く事はできない。仮にその術士がどれほど熟達した使い手であったとしても。実力云々の問題でも慢心でも無く単純な話、エレギオの天上眼とはそう言う能力なのだ。
「(でも確かに今は消えてるけどな)」
「(……随分と貴様はその能力に自信が有った様だが存外に使えないな)」
「(まあ聞けよ、俺の天上眼の探知から逃れる方法が一つだけ存在するんだ)」
「(…………何だそれは?)」
「(単純な話さ……
見ている相手が死ねば、な。流石の俺でも死人は追えねえよ)」
流石のリオンも直ぐにそれを受け止めることはできなかった。
「(死ねば……? 貴様それは)」
「(さあな……だが何かがあったのは間違いねえ。だがそれは後でにしようや。もう直ぐ目的地だし)」
少なくともフェイトの反応が切れた訳ではないと言外にそう告げる。エレギオの探知能力を持ってすれば魔力の持ち主も特定できるのだ。魔力とは指紋のような面も持っており波調に僅かだが個人の変えられない差がある。……勿論指紋と言うからには一度その本人の魔力を見なくてはいけないし、その波調の差が分かるのは次元世界中探してもエレギオの天上眼以外には存在しないのだが。
だがリオンはその言葉と状況に確かに嫌なものを感じ始めていた。理屈では説明できない、剣士ではなく人としての本能が何かをリオンに訴えていた。
果たしてエレギオの言葉通り直ぐにリオンにとって見慣れた少女の姿が眼に飛び込んできた。フェイトだ。リオンは彼女を見て……その表情を凍りつかせた。
それは確かにフェイトだった。黒いバリアジャケットに身を包み、長い金色の髪をツインテールにした彼も良く知る女の子だった。付き合いはまだ短いが共にジュエルシードを集め大魔道士とさえ言われる女とも戦ってついさっき喧嘩したばかりの女の子の筈だった。なのにリオンは喜ぶこともできなかった。
フェイトは血塗れで転がっていた。
バルディッシュは完全に砕かれ、バリアジャケットは所々裂けていて、そこからは血が滝のように溢れていた。
腕が片方人間ではありえぬ方向で曲がっていた。
足には魔力刃が一本突き刺さっていた。
眼が片方潰れていた。
体の至るところが見るのも痛々しいほどの火傷で覆われていた。
たった一時間。それがリオンがフェイトと喧嘩してからたった時間だ。リオンがフェイトから放れた時間だ。
だがたった一時間で、リオンの知るフェイトは変わり果てた姿となってここに居る。
それはフェイトがどれ程世界から疎まれる存在となったかを示す事だった。
「(リオン気持ちはわかる。だがここで叫んだりすればどうなるかわかるよな)」
思わずリオンは顔を抑えた。エレギオの眼にはリオンが叫びだしそうな顔に見えたのだろうか。エレギオの顔がこんなに煤塗れで表情が良くわからないのに、リオンも同じ場所を通ってきたから同じく顔は煤塗れなはずなのにそれでもリオンは、一流の戦士として自分を律せない事の恐ろしさを知るリオンは胸に宿った激情を隠すこともできなかったのか。
或いはそれ程にリオンは怒っていた。
(チクショウ…………!)
何故だ。なぜこれほどの暴虐が許される。フェイトは確かに指名手配された悪人となってしまうのかも知れない。だがたったそれだけの理由でこれ程に一人の、まだ九歳の少女を蹂躙する事が許されると言うのか。リオンは感じる。もしそれが真実だと言うのならこの世界を到底許す事はできないと。
「坊ちゃん」
無言で頷いてリオンはシャルティエと共に手早く回復の晶術をくみ上げた。唯一使える回復晶術『ヒール』。だが足りない。そもそも回復専門では無いリオンの晶術ではこの傷を治すのに到底足りない。だがこの世界にリオンやもう一人のまるで馬鹿みたいに突っ込んでいく前衛を瞬時に癒してくれたあの女は居ない。例え世界が同じであったとしてもリオンは自分から仲間を捨てたのだ。あの女も当然居ない。リオンに仲間は居ない。
……………………………………………………………………………………それは違う。リオンには仲間が居る。目の前に。
そして今また手放そうとしているのだ。
それに漸く思い至ったときリオンは愕然とした。
リオンの肩をエレギオは掴む。
「(もう止めろ……もう無理だ。エドがいても助けられねえ)」
「(放せ)」
「(わかってるだろ!? これはもう人が失っていい血の量じゃないってことは!? この娘は……もう)」
解っているのだ。リオンにエレギオの言う事は。否、彼以上に理解していると言ってもいい。リオンは戦闘の達人だ。人間がどんな怪我をすれば死ぬのか。どれだけ血を流せば死ぬか。剣士として、それにのっとって敵兵を殺す訓練もあった。エレギオの言うとおりフェイトはもう助からない。今のフェイトの状態を呼ぶなら死に体だ。
だが――――――
「り、オン、さん?」
うっすらと死に行くフェイトは眼を開いた。
「(フェイト!? 聞こえるのか!?)」
「(落ち着けリオン! これは寝言みたいなもんだ! わかってるだろ!?)」
そんなエレギオの声には耳も貸さずにリオンは自分が血に濡れるのも構わず傷つけない様にフェイトを抱き寄せた。
「(フェイト! おい、しっかりしろ!)」
眼は片方潰れている。もう片方だって閉じている。なのに確かにその手はリオンに向かって伸びた。
「ごめ、なさい」
「(なにを……お前……)」
「わた、怖かった。おか、さん。いないの、みと、ると。ほん、うに。居な、なっちゃいそ、で」
その声は途切れ途切れで。口に耳を寄せてやらないと聞こえないほど小さなもの。
フェイトは果たして時分の体の状況を理解しているのだろうか。消え行く命だと理解しているのだろうか。そして霞む意識の中で、リオンに対する謝罪の言葉を選んでいるのだろうか。
「ふざけるなよ……」
のどが焼けるのももう気にならなかった。リオンは自分の口で言葉を紡いだ。
「謝るのはそんな途切れ途切れの言葉でするものじゃないってことを知らないのかお前は」
「(リオン、お前)」
「邪魔だって言うなら僕を殺して行けエレギオ。元々お前に助けられた命だ。お前にくれてやる」
「(テメェ! ふざけんなよ!)」
「なんとでも言え。コイツをこの火の中置いて行くなんて事はとてもできない」
エレギオは眼を瞑ってやれやれ、とでも言うように首を振った。そして燃え盛る炎を見る。
「(……念話で喋れ。お前が足掻く時間を少しは稼いでやる。
その上でその娘諸共くたばりてぇって言うなら好きにしろ)」
ドラゴンソウルに何か鉄の筒のようなものをセットした。その上で炎に向かって銃口を向ける。
「(無駄かも知れねえが一応言っとく。時間は十分が限界だ。それ以上は悪いが降りさせて貰うぜ)」
「(そうか)」
だがエレギオは確信した。リオンは死ぬ気ではない。フェイトを助けるつもりだ。この燃え盛る森の中で一人の少女を救うつもりだ。リオンの見せた眼。アレは希望を捨てていない眼。さらに言うなら不可能だとかそんな理屈などどうでも良いと思っている者の目、例えるなら英雄の目とでも言うべきか――――――
だが故にエレギオは確信する。リオンは死ぬ。必ず死んでしまう。
僅かな日々であったがエレギオはリオンのその隠し様もない本質を見抜いていた。リオンは誰よりも英雄ではない。そしてその本質がある限り英雄には彼はなれない。
(馬鹿か俺は!? 不吉な事考えるんじゃねえ!!)
エレギオは自分の頭をカチ割ってやりたい衝動に駆られた。彼は悪党だ。だが人の幸せを願えないクズではない。エレギオだってリオンがどれ程にフェイトのことを思っているのか知っている。アルフという使い魔の懐き方からフェイトが優しい娘だと言うのもわかる。そしてそうでなかったのだとしてもやはり九歳の女の子をこんな風に嬲り殺す最悪の結末は間違っている。
(ハハッ、そうだよ。大体俺がアイツを、リオンをここまで連れてきたんじゃねえか。
だったら俺があいつ等を信じないでどうするよ!?)
だとしたらエレギオがすべき事は一つ。
ドラゴンソウルを構え炎の海へ飛び込んだ。
--------
リオンは術を止めない。
血が止まらない。どれほどの晶力を篭めても元の術式である『ヒール』自体が治癒魔法としては中位の物。出力が余りに足りない。フェイトの血も止まらない。呼吸も異常が出始める。火傷による痛みもあるのかフェイトの体力は刻一刻と削られる。
だがそれでもリオンは術を止めない。
理性が無駄だと叫ぶ。命を捨てることの愚かさと言う知恵が撤退を叫ぶ。全てリオン・マグナスが積み上げてきたものだ。その叫びどおりもはやリオンの術でフェイトを死の淵から呼び戻すことは不可能だ。十分稼ぐとエレギオは言ったが十分どころではなく二分もすれば確実にフェイトは死んでしまう。『ヒール』しか回復の晶術が使えないリオンにこれ以上何ができるというのか。
だがそれでもリオンは術を止めない。
最早これ以上は苦しませるだけでしかない。神はそれ程に優しくない。激情に身を任せて主人公が叫べば奇跡が起こって悲劇の少女を救う事ができるのは虚構の中だけだ。現実には奇跡は存在しない。寧ろリオンがフェイトの事を本当に考えるならいっそこの場で苦しみを取り除いてやるのが一番良いのかも知れない。フェイトは強いリオンを尊敬していた。そんな彼の手によって命を絶たれるのなら彼女もまた本望だろう。
だがそれでもリオンは術を止めない。止められる筈がなかった。それは例え捨ててしまったとしても仲間を否定することだったから。あの男の意志を汚すことだったから。リオン・マグナスはそれを許す事などできない。
だが――――――
(くそっ、くそっ、くそおおおおおおおおお!!!!!)
血は止まらない。体温は消えていく。骨は戻らない。呼吸は安定しない。火傷は皮膚を蝕み続ける。
リオン・マグナス。その名前に篭められた意味は『偉大なる者』。
だが例えどの様に尊い人間であったとしても、どれ程偉大な存在であったとしても。人間には死が確定した未来を変えることなどできない。それは神の所業だ。或いは悪魔か。そしてリオンは人間だった。天才剣士などと呼ばれてようと人間は人間だった。それは残酷なほどに変えられない事実だった。
そして人間故に、足掻く。越えられぬ壁を越えようとする。リオンは足掻いた。ただひたすらに足掻いた。
(何か! 何か手はないのか!?)
晶術では足りない。そしていよいよフェイトの命は消えようとしていた。それがさらにリオンを焦らせる。
「坊ちゃん……!」
そういったシャルティエの声さえ絶望に包まれている気がした。
既に決死の『ヒール』の開始から一分。二分が経過するまであと僅か。
(くそっ! 何故だ! どうしてだ! 一体何がコイツをここまで傷つけた!)
それは目の前で傷つき倒れている少女と、今必死になって火を抑えている人種と同じだ。
魔道士と言う。魔法を使うもの。晶術とは異なる力。
魔法。
その単語がリオンの体内を雷鳴の如く駆け抜けた。
「……ははっ」
知らず知らずの内に口からは笑いが漏れていた。そうだ。答えはあったのだ。こんなに近くに。一時期だけリオンが住んでいた土地には『灯台下暗し』と言う諺があると言うことだがこれ以上にこの言葉が当てはまる状況はあるだろうか。
「はははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!!!!」
「坊ちゃん?」
自らの主の様子に違和感を感じたシャルティエはそう言った。未だ気がつかない彼にリオンは少しだけ不満を感じるがリオン以上に晶術に浸かってしまっている彼にそれを言うのも少し酷かと思い直してリオンは開いている右手を思いっきり振り上げた。
それは殺人を犯す者がナイフを心臓に突き刺そうとしているようにも見えた。
リオンには魔法の知識はない。回復魔法などと言うものも存在するらしいがそんな物使うことは愚か見たことすらない。見よう見まねでフェイトやエレギオがやっている様に術式を編み出し始めた。
「坊ちゃん!? まさか――――――」
「喜べフェイト」
相棒の声にも答えずに術式を『ヒール』の光めがけて振り下ろした。
「お前は世界で初めてこの術を身で味わう事になるんだぁぁぁああああああああああああああ!!!!!!!!」
晶術と言う法則性に魔法と言う異なる法則性が流れ込む。
白く光る『ヒール』の光にその紫の魔力光が合わさって、さながら化学反応の様に劇的な変化を始める。
血よりも赤く光ったかと思うと、森よりも緑色に輝き、海の如く青く眩いたと思うと、土よりも茶色く染まる。
千差万別、この世界でさえその交わって捻り狂う未知の法則を受け入れられないかのように変化する。
最終的には黒く、それでいて『ヒール』の白い光よりも遥かに眩く輝いてリオンの手には到底収まりきらず拡散する。
「回生の光は陽光よりも眩く、夜の闇よりも尚暗く」
そしてリオンの双眸が開いた。
「アポカリプスノクターン!!!!」
魔法と晶術。異なる力二つを組み合わせた術。さしずめ『魔晶術』とでも言うべき力。
この日、リオン・マグナスは覚醒した。
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