人徳?いいえモフ徳です。
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七十一匹目
長い長い夏休みが終り、二学期が始まった。
この世界の学期制は科学世紀の日本とほぼ同じだ。
大きな理由として気候が似ており農業のスパンが同じだからだろう。
お婆様が言うにはお婆様が来る前、フライハイト建国以前からここら一帯の暦は日本と近しい物であったそうだ。
もしかしたらお祖母様がこの国をここに興したのは気候が似てたからなのかもしれない。
二学期が始まったとはいえ、僕らとしてはこれと言って変わることは無い。
特に微積まで納めている僕らからすれば算術の授業は暇だ。
微積は錬金術に直結するので僕が叩き込んだ。
算術や魔法はつまらないが歴史や地理の授業は面白い。
この世界の歴史は本当に神や竜や精霊が出てくる。
僕としては非常に興味深く、楽しい時間だ。
「それでは今日はフライハイト王国と王国内の公国の歴史を大まかに説明しますね」
そう。フライハイトは国内に公国を複数抱えているのだ。
「まずこのフローティアの広さは以前説明しましたね? 各環状大陸の幅は2000から3000里あります。
そしてこのフライハイト王国は北を上としたときに右側中間の第一環から第八環までの広大な領土を持っています」
2000から3000里。
身体尺なんて人形生物の場合そうそう変わりはしないだろうから地球の里と同じだろう。
そも里って言ってるって事はたぶんお祖母様が決めた単位だろうし。
なお2000〜3000里はKmに直すと凡そ一万キロ。
それがヒマラヤよりも高い中央山柱の周りに同心円状に8つ。
非常に広い。
先生曰くこれはワイバーンの飛行速度を元に算出されたものだそうだ。
「一国がこの広さを統治するのは不可能です。なのでフライハイトに併合される前の国々の王家に統治を任せています。
各王家はフライハイト王に忠誠を誓うという形ですね」
「この一見帝国制のような統治体制を説明するにはフライハイト建国前の歴史が関係しています」
「もともと王都リベレーソはフライハイト建国前にフローティアの三分の一を納めていた帝国の城塞都市でした。旧帝国の旧首都は第一環にあり、今では円環教の神殿が置かれています」
「旧帝国は圧政の限りを尽くしてフローティア各地を侵攻しましたが、サークリオンとベクトリオンの怒りに触れて滅びました」
「そしてバラバラになり疲弊した各国は物資を求めて戦国時代へと突入します。その中でリベレーソを中心に国を起こしたのが初代フライハイト王と現在も元老長を務めるタマモ様です。
シラヌイ君のお婆様ですね」
視線が僕に集まる。
「第一環に近いこのリベレーソ周辺は比較的土地の回復が早いので戦国時代において物資の供給が容易で各国に対し有利な状況でした」
「初代国王はその物資を使い、戦いではなく貿易で影響力を強めていきました」
「そうして現在のフライハイトの約半分にあたる領域を知力を以て併合しました」
お婆様が何かしたんだろうなぁ。
「その後は国土を拡張する気はなかったと言い伝えられていますが、国土を狙う周辺国家からの侵略を跳ねのけざるを得ず、次第に国土は拡張していきます」
「時折この歴史に対して侵略戦争と呼ぶ歴史学者も居ますが、現状では歴史学会でそれはおおよそ否定されています。
その大きな理由として、併合したとて利のある領土ではない場所も併合しているからです」
一番大きな例は第八環の国々だろう。
外洋に近い第八環はリベレーソから遠く統治しずらい。
その上環境が違うのでここリベレーソ周辺での常識が通用しない。
文化や気候がその最たるものだ。
リベレーソ周辺には潮風などの概念が薄い。
海が遠いからだ。
「ではここからは各公国の話です」
先生が各公国の解説を始める。
なおこのクラスには公国からの生徒は居ない。
小中学生くらいの子はともかく研究者でも大抵の場合各公国の首都の学校に行く。
それでもなんだかんだ言って本国の首都リベレーソの学院が一番進んでるらしく、学院には公国出身の人も居なくはないらしい。
あと公国から人が来ない理由の一つとして、リベレーソがある第二環は第三環以降よりも魔物が強いのだそうだ。
これは第一環や中央山柱に近く魔力が濃いからだとか。
しかしこれも絶対的な基準でもなく、各環にある魔力が溢れる土地やダンジョンではリベレーソ周辺より強い魔物がごろごろ居ると聞く。
あくまでも高いのは平均値と最低値だ。
ファンタジィィィィィィ!!!!な歴史の講義のあとは魔法学だ。
「…魔法学か」
「さっきまでイキイキしてたのはどこ行ったのよ」
休み時間に机に突っ伏していると隣のくーちゃんがおもむろに尻尾をもふる。
「だって暇じゃん」
僕らは魔法実技に参加できない。
するなと言われているからだ。
だからと言って他の生徒に教えることもできない。
なぜなら僕らが使うあらゆる魔法が科学知識にもとずいているからだ。
それに他の魔法の練習をしようにも危険だし。
「あ、いい事思いついた」
「ぬいちゃんがそういう時はぜったい良くないこと」
ジリジリと残暑の太陽が照りつける中、僕らはクラスメイトが魔法実技をやっている間グラウンドの隅で遊ぶことにした。
「ジェネレート・純結晶女騎士-クリスタライトメイデン」
グラウンドの土を石英ガラスに錬成し、甲冑を纏った等身大の女騎士を錬成する。
透明なガラスなので顔立ちがわかりにくいがショートカットの、ややツリ目の美人。
これはグリモワールに魔法式を書いているので量産型だ。
「またそんなもの作って、怒られるわよ?」
「いやいや。これに関してはツェツィーリア様とお母様の許可得てるから」
陽光を受けて煌めくそれを操る。
まずはしゃがませる。
クリスタライトメイデンは約180センチの巨躯だ。
プラモデルのように可動部を設けたチェストアーマーを開く。
そこにはぽっかりと穴があき、はめ込むためのソケットがある。
「ティア」
アイテムボックスから取り出したスライムコアを窪みにはめ込む。
「なるほど。ティアの戦闘用ボディかしら」
「そういうこと」
すると指示を与えることなくクリスタライトメイデンが胸部装甲を閉じた。
石英ガラスなので装甲の奥にスライムコアが見えている。
「ティア。なんか踊って」
『かしこまりました』
ティアが腰にさした剣を抜き、ゆっくりと演武をを舞う。
その間僕自身の魔力は一切減っていない。
「綺麗ね」
「でっしょー? 人体に等しい可動域を備え全身に魔力循環用スリットと多重積層魔法陣を備えてるから人外の動きも可能。コアと各部の伝達速度は人間を凌駕する」
人間の反応速度が約0.2秒らしいが、それよりも遥かに速いことだけは確実だろう。
獣人である僕が頑張って見える速さというのはそういうことだ。
「狐君。そのゴーレム強いのか?」
と僕の肩にシャクティが手を置く。
「さぁ?それはわからないね。それを試すときが来ないことを願うばかりさ」
「へぇ?」
とシャクティが僕の前に一歩出て腰の剣に手をかける。
「今は」
やめて欲しいなぁ。と続ける事が出来なかった。
シャクティが一瞬で構え、黒い風が吹く。
風刃抜刀。
シャクティの金剛刀に僕が仕込んだ真空の刃を飛ばす魔法と、抜刀術の二段構えの魔法剣技。
一秒にも満たぬ時間で放たれた二撃はクリスタライトメイデンの剣と障壁に弾かれた。
真空刃は障壁で、居合は剣で。
ギャギィィンとほぼほぼ重なって聞こえた音が、放たれた二撃とそれが防がれた事を示していた。
クリスタライトメイデンと鍔迫合うシャクティ。
だが体格差で上から抑え込まれている状況は良くないと思ったのか即座に引いた。
「シャクティ? 貴女が脳筋なのはいいけれど、怒られるのは私とシラヌイなのよ?」
とクーちゃんが戻ってきたシャクティの尻を蹴る。
割と強く蹴ってるけどシャクティは平気そうだ。
「そう。貴女は、考え無し。頭はいいのに、思考を放棄しがち」
「考えるのはお前の仕事だろう参謀」
「騎士が考え無しじゃ主は護れない」
シャクティもいっつもメリーちゃんに言いくるめられるんだから何も言わなきゃいいのに。
そう思いながらチラリとクラスメイトの方を見る。
すっごくこっちを見ていた。
うん、あんだけの音がすればねぇ。
あとでレイ先生になんか言われるだろうなぁ。
めんどくさ…。
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