人徳?いいえモフ徳です。
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七十二匹目
「お前ばかりずるいぞシェルム! 俺だってシラヌイにいいところ見せたいんだ!」
「子供ですかアナタ。まったくしかたないですね」
「まぁ、よかろう。軍内に伝手があるのも悪くはなかろうて」
そんな会話があったらしく、僕はお父様の仕事場に行くことになった。
なお学園は休んだ。王立学園は商人とか貴族とかの子供が通っており、割と休んでも何も言われない。
クーちゃんには伝令として1/10クリスタライトメイデンを送っておいたので問題ないだろう。
なお向かう先はいつもどおり王城である。
お父様は王宮直援魔導隊隊長だからだ。
研究色とか秘密兵器性の強い宮廷魔道士や宮廷錬金術師とは違い、兵士としての魔法使い。
それが王都防衛師団群の魔導隊だ。
防衛師団群は5つの隊がある。
第一が王宮直援歩兵隊、第二が城壁守護歩兵隊、第三が王宮直援魔導隊、第四が城壁守護魔導隊、第五が王都守備空戦隊だ。
第一はいわゆる親衛隊。体長はアーネストさん。
第五はドラゴニュート、翼人、ハーピィなどが所属していてシャクティの両親が隊長と副隊長を務める。
この他に各地の貴族が持つ方面軍や王都に駐留する攻勢師団群がある。
知ってる人で言えばヤクト先輩のお父様は攻勢師団群の歩兵隊隊長だし空戦隊隊長はドラゴニュートの女将軍でサニャトリウムの常連さんなので実は知り合いである。
連れて行かれた場所は王城の敷地の一角にある塔。
一度も足を運んだことのない方角だ。
「ここが第三師団の本部だ」
「外なの?」
「そうだ。ここが一番都合がいいんだ。近くに広場があるし、それにほら」
と指さされた方を見ると王城を囲む城壁への橋がかかっている。
「万一この城壁都市の中に入り込まれた場合、ここが防衛線になる。その時に俺達は上から攻撃するためにいる」
「ふぅーん」
「それに加え、億が一にも城に入り込まれたら俺達は王族の盾とならなければならない。だから俺達は屋内での魔法戦闘術や障壁魔法を持っている」
「お父様にとってのそれが魔法剣術ってこと?」
「そうだ」
お父様に手を引かれ、塔の中に入る。
一階には受付と、あけ放たれたドアの向こうに応接室らしき部屋が見える。
奥には階段がある。上に上る階段だ。
外から見た限り三階構造かな。
「ここが一階だ。受付に人がいないのはデフォルトだから気にするな」
「人来ないの?」
「王宮の軍本部に行くことはあれど彼方から人は来ないなぁ」
「それでいいの? 防衛師団群平和ボケしてない?」
「してるな。それに加え平時はに事務仕事をする場所だからな。訓練所には行くがここには数年下手すれば十年単位で来ない者もいる」
「ん? じゃぁなんでここ来たの?」
カッコいい所と言ってたのでてっきり戦闘訓練でも見るのかと思ったのだが。
「お前に会わせたい奴がいる」
石の階段を登った先。
3階へ続くドアと扉がある。
扉を開けると中では数人が机に向かっていた。
一番奥に一人、その手前に3人。
お父様の言葉通り、事務仕事のための部屋のようだ。
「おや。貴方がここに顔を出すなんて珍しいですね隊長」
最も奥。
普通なら一番偉い人が座るであろう場所で仕事をしていた女性がそう言った。
彼女を一言で言うのであれば、そう。
異形、だろうか。
燃え盛る火炎のように長くウェーブのかかった赤髪。
ブラウスから延びる黒い甲殻に包まれた腕。
複数の瞳に下半身の後方に伸びる巨大な身体。
アラクネ。
ヒトの上半身と蜘蛛の下半身を持つ存在だ。
その姿は見る人によっては恐怖や生理的嫌悪感を感じるかもしれない。
だが、僕がはじめに感じたのは。
「うわ。カッコいい」
あ、しまった。
そう思ったときには口から言葉が出ていた。
「私を隊長から蹴落としておいて仕事を押し付け数十年単位で顔を見せない貴方が一体何の用で?」
おい。
思わずお父様を見上げる。
童顔を反らして下手な口笛を吹いている。
そういえば前に聞いたな。
お父様はお母様に一目惚れし、お母様に相応しい地位を得るためだけに王宮守護魔導隊隊長に上り詰めたと。
ということは彼女は…。
「まぁ貴方にようはありません」
彼女はそう言うと僕に視線を、その8つのステンドグラスのような目を向ける。
「貴方がシラヌイ・フォン・シュリッセル様ですね?」
「は、はい。そうです」
「はじめまして。私はアトラ・フォン・ナカ。先代の王宮直援魔導隊隊長です」
「二つ名はクリムゾンバリケード。屋内での戦闘では俺も敵わない凄腕だよ」
とお父様が注釈を入れる。
「そうですね。貴方は屋外戦闘で私を下して今の地位を手に入れましたものね」
「戦いは始まったときには終わってる物だよアトラ」
「左様ですかクソガキ」
彼女はそう言うと、蜘蛛の足を伸ばして机や手前で書類仕事をしている人を器用に超えて僕の目の前に来た。
目の前で脚を畳み、僕に視線を合わせようとする。
それでもなお高い体で、僕を見下ろす。
羽織っているマントのせいもあってかより大きく見える。
「…………」
ステンドグラスのようなきれいな目だ。
「私が怖くありませんか?」
「いえ。かっこいいし、綺麗だと思いますよ」
「あら、お上手ですね」
ステンドグラスのような瞳に笑みを浮かべて、少し感触が柔らかくなった気がした。
と、思ったがお父様に視線が向くと敵意が増した気がした。
「で、何用ですか隊長?」
「ああ、シラヌイも軍に伝手があると便利だとお義母様が言うのでな。練兵所に行く前に寄ったんだ」
「そうですね。シラヌイ様の立場なら私たちとは特に親しくしておいて損はないでしょう。クーコ様の騎士である貴方は五師団の中では我々か第一師団と共に戦うでしょうから」
「そういう事が無いに越したことはないけどね」
「ちょっと黙っててくれません?貴方実質的には筆頭殿の騎士なんですから」
お父様随分と邪件にされてるな。
まぁそれもそうか。
「練兵場に行くなら私が同行します。どうせ隊長では役に立たないでしょうし」
とそこで書類整理をしていた女性が驚いた声をあげる。
「え、書類どうするんです?」
「今日中の物は既に終わっています。それにここには誰も来ませんから」
「あ、言っちゃうんですね。わかりました。では行ってらっしゃいませ副隊長殿」
と、ここでも無視されるお父様。
どうした、全くカッコよくないぞお父様。
「あれ?俺は?ねぇ俺にはないの?」
「ほら行きますよシラヌイ様、クソガキ」
アトラ副長に促され、事務室を後にする。
ふと、この人どうやってこっから出るんだろう?と疑問がわく。
蜘蛛部分がつっかえてこの扉から出れそうにはない。
窓から出るのも同じ理由で無理そうだ、と思っていると、その答えは単純だった。
蜘蛛部分が縮んでいき、比較的高身長だが扉はくぐれるくらいの普通の女性の姿を取った。
脚は甲殻に包まれているが、蜘蛛のそれではなく、脚甲のようなデザインだ。
そこで思い至る。
この人はおそらく僕のように魔人や精霊種族なのだろう。
魔人とは魔物が時を経て知性と理性を手に入れ人と交流を図れるようになった存在だ特徴的な能力として魔物の姿、人の姿、中間の姿を持つとされる。
精霊種族は俗に妖精と呼ばれる者で知性は各種族でピンキリだが物理身体に寄らない生命である点は共通している。
僕…というかお婆様、つまりは玉藻御前の直系は両者の特徴を持っているらしい。
そもお婆様は狐の妖怪(魔人)であり、信仰を得て神に近づいた存在である。
精霊種族は神の下位存在とも言われているので、まぁお婆様も精霊種族に入れていいのだろう。
アトラ副長が階段を下りる度にカツンカツンと音が鳴る。
塔から出ると、さっきとは真逆のように蜘蛛の下半身を出していた。
「やはり、この姿は苦手ですか?」
と見ていた僕の視線に対して問われた。
「いえ、そんなことは無いです。変身能力を持っている人が珍しかったのでつい」
「そうですか? シュリッセルの直系は狐になれると聞きますが」
「ええ、ですが身内以外で見ないので」
「ああ、なるほど」
狐になってみせると、アトラさんに抱き上げられた。
かなり視点が高い。
「うきゅぅあぁー?」
「心配しなくても腕は変化させてありますのでご安心を」
片腕で抱えられ、もう片方の腕で頭を撫でられる。
その他にももふもふされたりしている。
「アトラ、シラヌイは好きなだけモフっていいから行くよ」
「わかりました」
アトラさんの腕に抱かれながら、時々モフられながら、練兵場に向かうのだった。
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