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俺の四畳半が最近安らげない件

作者:たにゃお
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ラーメン・ギルド(異世界ラーメン屋2)

―――『こちら』の時間で云えば午前零時くらいだろうか。
結露する窓ガラスを眺めて、ぼんやりとそんな事を考えていた。

この異国の地では、明確に『時間』を測るものが何もない。だから閉店時間のようなものは、厳密には存在しない。ただ客の需要と合わせて閉店・開店のサイクルが決まる。俺の店は大体、昼飯前に開店、深夜2時くらいに閉店というのが丁度良いサイクルらしい。…そろそろ、客がまばらになってきた。


―――なりゆきで異世界ラーメン屋を継がされて、早や3カ月。


前任者の『爺ぃ』や、このテナントの元担当者の『福本』の助力で、俺はこの異世界にすんなりと馴染むことが出来た。特に福本のきめ細やかでマメな助力には『絶対に逃がさないぞ』という殺気に近い程の気迫を感じる。福本には現地での生活や言葉を教えてもらい、爺ぃには経営、客の好み、何より『換金』について教えてもらった。
俺個人的には、換金システムに一番ビックリさせられた。
異世界の通貨を、普通に銀行で換金出来たのだ。
政府のごく一部ではあるが、『こちらの世界』の事を国が認知しているらしい。この店の一番最寄りの銀行に一人だけ、換金の担当者が居て、固定のレートで日本円に換金してくれる。ただこれはかなりのトップシークレットらしく、彼は詳しい事情を一切語ってくれない。換金してくれるだけなのだ。そんな彼が一つだけ、雑談の最中に漏らしたことがある。
「あのテナント、本当は国の所有にしたいんですけど、どうも特殊な事情があるようで…買い取りを試みたことがあるらしいんですけど、何かこう…うまくいかないようで」
つまり国家レベルで手に負えないテナントということではないのか。
もしかして俺はとんでもない状況に巻き込まれてしまっているのだろうか…と不安な気分になりつつ、四畳半のテナントに続く『扉』を振り返る。今日は客も少ないし、そろそろ店仕舞いにして、『向こう』の四畳半に戻って寝るか…。


「主人!やってるか!?」


うんざりする程、野太い胴間声が、ガラガラの店内に響き渡った。
近所の『底知らずの洞窟』探索から生還したパーティーの一団が、ひょいと暖簾を持ち上げた。云わずと知れた、オーク中心の武闘派パーティーである。…ご丁寧に、回復役までオークのモンク僧だ。
「―――やってますよ」
他に何を云いようがあるだろうか。
「おほー、沁みるねぇ!この匂い!!」
おしぼりで手や顔を拭いながら、オークの一人が叫ぶ。
「やばいわー、腹減ったわ」
「死にかけたなー、特にアレ、やばかったわ。レイス溜まり」
「それな!あれ絶対、あの辺で落盤とかあったな!!」
「やべぇー、落盤まじやべぇ」
見た目こそ恐ろしいが、話の内容はそこら辺の男子高校生とそんなに変わらない。最初は一々びびっていたが、最近はすっかり慣れてしまった。


ていうか、うちの客はこんなムサい種族ばっかりなのだ。


異世界の華であるエルフとかフェアリーは小麦とか花の蜜ばっかり食っている種族で、ラーメンみたいな臭くて不健康な食べ物には見向きもしない。意外にも真っ先に集まったのは、最も原料に近いんじゃないかと思われるオーク族の皆さんだった。
客層的に、さすがに豚骨はまずくないか、と考え、最初は魚介系ラーメンで開業したが、俺は重要な見落としをしていた。


―――この店には半魚人も来るのだ。


マーマンとか呼ばれる彼らは割と立派な足を持っていて、普通にそこら辺をうろついているし、店にも入ってくる。そいつらが時折厨房の方を覗き込んで『ん?ん?』みたいな顔をする。…云わずもがなだが、鳥人も居る。客層の事を気にしていたら魚介も豚骨も鶏も使えない。かといってマクロビ系ベジスープラーメンなんか出したら暴動が起きかねない。ここの客は『ラーメン』に飢えているのだ。…魚介出汁で始めたラーメンだったが『脂っ気が足りねぇよ』という客の声により、結局、魚介と豚骨の複合出汁になった。
「旨ぇ…なんか、懐かしい味なんだよなぁ、これ」
「ああ…お袋の匂いがするな」
「お袋の味だよなぁ…」
………やめろよリアルにお前らのお袋の味かも知れねぇんだから。
「主人!チャーシュー丼も追加な!」
………ああ、罪悪感が抜けねぇ………。
「酒も飲みたいなぁ…あー、でも今日はだめか」
オークの一人が西側の壁に広く設置されたコルクボードを見上げた。様々なギルドのメンバー募集や採掘・採集依頼のメモが乱雑にピンで留められて散らばっている。彼らの募集メモも、この中にあるのだ。…俺のラーメン屋は所謂、武闘派ギルド中心の情報交換の場にもなっているらしい。
「メンバー候補、どんな奴だっけ」
「うちのギルドは遠距離攻撃系と回復系が弱いからな。…お前もそろそろ、接近戦に専念したいだろ」
赤い兜をかぶったリーダーらしきオークに話しかけられ、白い胴着に身を包んだモンク僧のオークが深く頷いた。彼はこのパーティーの回復担当なのだ。…辛うじて回復魔法がちょぴっと使えるが基本的には武闘派らしい。
「応募があったのは、リザードマンのアーチャーと…マンプラントの白魔道士らしい」
………マンプラント!?なにそれ、初めて聞く種族なんだけど!?
「…マンプラント…あいつら、ちょっとムラがあるんだよな…」
「そっちは募集メモじゃなくて≪ギルド・ラムダ≫の紹介だ」
「なら確かなスジだな」
彼らの言葉が終わるや否や、ちりりり…と控えめな音をたてて引き戸が動いた。そして細く開いた隙間から、木の根のようなものがにょろりと覗き、引き戸を押し開く。…洞のように虚ろな目をした人っぽいものが現れた。全身を毛細血管のように覆うものは、木を抜いた時に根っこの周りをボワボワ覆っているアレっぽい。そして動くたびに土くれを落とす。頭のてっぺんにそびえ立つ辮髪のようなやつは、葉のように見える…ううむ、これは…。


マンプラント…そうか、植物人間か…。


そんなのも居るんじゃ、どのみちベジスープも駄目じゃん…。
「待ってたぞ!」
「マンドラゴラ系のマンプラントか。じゃ、バッチリじゃん!」
あとリザードマンが来て適当に何か食って帰ったらもう店仕舞いしよう…閉店の看板を出す為に腰を浮かせたその時、弓を背負ったリザードマンと共に採掘帰りっぽいドワーフの集団がドヤドヤと入って来た。既に何処かで一杯引っ掛けているのだろう。〆のラーメンを食いに来たらしい。
「主人、やっとるかの!」
赤ら顔を7つ並べて、パリッパリに乾いた泥を撒き散らしながらドワーフが入って来た。少し寸詰まりだが、雰囲気的には現場帰りのおっさん集団と大差ない。これでニッカポッカ履いてたら完璧に現場のおっさんにしか見えない。俺はまた『やってますよ』と返事をして、追加注文のチャーシュー丼をカウンターに上げた。ドワーフ集団を皮切りに、再びオークの集団、オーガの二人連れ、半魚人とリザードマンの複合パーティーが連続で入って来た。


俺の心は、静かに折れていた。


折角ファンタジーの世界で店を開いているというのに、俺の店にはおっさん属性の種族しか入って来ない。店の中に充満するのは凝縮されたおっさんの匂いだ。こっちに来てから店内で、おっさんしか見ていない気すらする。たまに『向こう側』から逃げて来た人間も入ってくるが、これもまた不思議なくらいにおっさんだらけだ。何故その年になって、異世界に逃亡しようと思ったのだお前らは。一人くらいは女の子とか居ないのか。
「ささ、上座においでよピヨネッタちゃん」
「わしらのパーティーの紅一点じゃけぇのお」
紅一点という言葉に反応して、がばりと顔を上げたが、ドワーフの中にそれらしき人物は見当たらない。…だがおっさんの群れの中心に、少し髭が薄めのおっさんがいる。そいつが「やーだー」とか云いながらくねくねしている。


―――おっさんじゃねぇか!!メスもおっさんじゃねぇか!!!


厨房の片隅にしゃがみ込み、俺は少し泣いた。そういえばドワーフは女も成人すると髭が生えるとか聞いた事がある。となるとこの3カ月余りの間に『女の子』も出入りしていたのかも知れんが、俺にとっては全員おっさんだ。
独立・開業する前。俺は某有名ラーメン店で修業を積んでいた。ラーメン屋だからメインの客層は20~40代の男が多めなのだが、その男どもに連れられて、かわいい女の子の姿もちょいちょい見られたものだ。そういう子が自分もラーメン好きになって一人でも入ってくるようになり、友達も連れてくるようになり…。
もちろん俺だって、ラーメン食って帰るだけの女の子とその…どうこうなるとかそんな期待はしていないが、それにしても店内がオークやらリザードマンでごった返すだけごった返し、可愛いのが一人も入って来ないこの状況は…。
もう、性別とかどうでもいい。なんかこう…いるだろう!?可愛い子供の獣人とか、ホビットの少年とか!!お前らならラーメン食ってくれるだろ!?
「このラーメン・ギルドも大分知名度をあげてきたな」


―――ラーメン・ギルド!?


俺は思わずがばりと顔を上げて、さっきのオークの集団に視線を戻した。
なんか今…ラーメン・ギルドって…?
「お前その云い方やめろよー」
「だって実質、そんな感じだろ。ここに出入りしてるの、人間を除くとほとんどうちのギルドの奴じゃないか」
「お前がラーメン・ギルドとか云うから、他のギルドの連中が遠慮してんじゃないか」
「でもギルドの話しやすいだろガハハハハ」


「………お前らか!!可愛いのの入店をブロックしてたのは!!!」


思わず大声が出た。店内のオークとかリザードマンが超びびった顔で振り向いたがもう止まらない。
「何だラーメン・ギルドって!!お前らが勝手に縄張り主張するからエルフとかフェアリーが入って来れないじゃねぇか!!」
端の方でチャーシューをつまみに酒を呑んでいたリザードマンの二人組が俺をなだめに来た。
「しゅ、主人落ち着け」
「そうだぞエルフやフェアリーはラーメン食わない」
「いや食うね!きっと食いたいね!!何ならあれだぞ、杏仁豆腐とか食うね!!」
「なにそれ旨そう」
俺がやけくそ気味に叩きつけるようにカウンターに出した杏仁豆腐に、オーク集団が興味をしめしてワラワラ寄って来た。
「お前らがぁ!!ギルドとか云うからぁ!!!」
涙声になってきた俺を囲んで、おっさんみたいな亜人の群れがオロオロしだした。
「そ、そんな追い詰められてると思わなかった」
「悪かった、俺達が悪かったから!」
「あの…あれだ!知り合いのフェアリーに声かけてみるから!!」
「……フェアリー?水の?風の?」
「……岩、だけど」
「それ絶対おっさんじゃねぇかぁ―――!!」
もうガッカリだ。もう疲れた。俺もう閉店する。


というわけにもいかず、俺は今日も店を開く。
ラーメン・ギルドの誤解はオーク連中が必死に解いて回ってくれたらしく、今まで見なかった種族がちょいちょい顔を出すようになった。獣人とかオーガとか相変わらず荒々しい感じの連中が多いが、時折、獣人の子供とかホビットとか小人とかも顔を出す。オークですら、赤ちゃんは可愛い。…少しだけ癒される。
それはそれとして、俺はエルフやフェアリーの来店を諦めたわけではないのだ。あれ以来、少し俺にビビっているギルドの連中からエルフとフェアリーの情報を集め、ラーメン屋として不自然ではない程度に彼らを引き付けるメニューを考えている。
「…やめとけよ主人。あいつらすげぇ面倒くさいぞ。潔癖なところは異様に潔癖だけど割とズボラだし、怒りのポイントが独特だし、我儘だし、長生きのせいか時間にすげぇルーズだし」
「本当だ。フェアリーなんて大抵は虫とか小動物みたいなもんで意志の疎通とか出来ないぞ」
「岩のフェアリーなら紹介出来るんだが…」
彼らを知るおっさん達は口々に止めるが、俺は挑戦をやめない。
まだ見ぬフェアリーとかエルフにご来店頂くのだ。そのために。
当店は、新メニューを開発中です。 
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