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渦巻く滄海 紅き空 【上】

作者:日月
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四十 柔拳VS蛙組み手

 
前書き
捏造・自己解釈が多数なのでおかしい箇所が多いと思われますが、ご容赦ください(汗)
一番最初の場面はナルの回想みたいなものです。また若干ネジの過去が違います。その理由は次回…

 

 
「性質変化?」

聞き慣れぬ単語に目をパチクリさせる。素っ頓狂な声を上げた彼女をフカサクは呆れたように仰いだ。
「なんじゃ?アカデミーで習わんかったかいのお?」
フカサクの言葉に「あ、あはは…」と渇いた笑いを零すナル。
太陽の下、病院から脱け出したばかりで未だ身を包む入院服。異様に白いそれを身に纏うナルの隣で、溜息まじりにフカサクは話を続けた。
「チャクラには基本、五つの性質変化があってな。ほとんどの者のチャクラがその内どれかの性質に適合しておる」

火・風・雷・土・水…――これら五つの『五大性質変化』は陰陽五行説に近いものがある。
風は火を激しく燃え上がらせ、火は灰となって土を生む。水は火を鎮め、土は水を呑み込み、水は雷の侵攻を許し、雷は土にて堰き止められる。
相生し、相克するこれらはそれぞれ優劣関係で繋がっている。故にお互いの力量が同じである場合、どちらが優勢に立つか劣勢に陥るかは性質変化が鍵となる。

「そこでナルちゃんがどのチャクラ性質か。それをまず見極めんといかんのじゃよ」
フカサクの話が終わる頃には、ナルの頭はショート寸前だった。ぷすぷす煙を立て、はてなのマークを頭上に浮かべる彼女へ、フカサクは一枚の紙を手渡した。
「とにかく。この紙でどのチャクラ性質に当て嵌まるかやってみんさい」
普通の紙ではなく、チャクラに反応する材質で作られた感応紙。チャクラを流し込む事で自身の性質変化を知り得るその特殊な紙を手にとる。
瞳を閉じてチャクラを流し込んだナルがおそるおそる目を開けると、真っ二つに切れた紙が彼女の視界に入った。
「『風』の性質じゃな。ちょうど良いわい」
得心がいったという風情で頷く。満足げな顔をするフカサクをナルは不思議そうに覗き込んだ。彼女の怪訝な視線に気づかないふりをしてフカサクが不意に話題を変える。


「ところでナルちゃんの対戦相手は日向一族の者じゃったな?」
「そ、そうだってば」
ふむ、と顎を緩やかに撫でる。暫し思案顔を浮かべていたフカサクだが、ややあって自身の推測を語り始めた。
「聞けば冷静沈着で厳格な性格なのじゃろ?そんな子が予選で手の内を全て曝け出すやろうか?」
ナルから対戦相手・日向ネジについて大体の話を聞いていた彼は、「憶測じゃが」と一言付け加えた。
「おそらく相手さんは最低あと一つ奥の手を持っていると考えたほうがええな」
「あの【八卦・六十四掌】より凄い技が…」
ごくりと生唾を呑み込む。考え込み始めたナルに、フカサクは彼女の不安を和らげるように声を上げた。

「その【八卦・六十四掌】を攻略する鍵となるのが、ナルちゃんのチャクラ性質じゃ。日向一族にとって最大の武器はその瞳術にある。じゃが、その眼に見えない攻撃が来たら…?」
「眼に見えない攻撃…?」
「常にナルちゃんの周囲にあるものは何じゃ?」

暫し瞳を瞬かせたナルがはっと顔を上げる。フカサクが口元に不敵な笑みを浮かべた。
同時に言い放つ。

「「風」」

修行場たる荒野に、目に見えぬ風が一陣吹き抜けた。














煙が晴れる。

対戦場に纏わりつく灰色の霞。煙幕で包み隠されていた人影がその全貌を露にした。
審判である不知火ゲンマ、そして対戦者たる少年少女。目に飛び込んできた勝負の行く末に観客は身を乗り出す。
しかしながら何の変哲もない様子に、彼らは皆同じ顔をした。浮かべたのは隠し切れない、落胆の色。


唯一何が起こったのか気づいたテマリが愉快げに口元をほころばせた。突然微笑んだ彼女を、カンクロウと我愛羅が怪訝そうに見遣る。
堪り兼ね「どうしたんじゃん?」と訊くカンクロウにテマリは簡潔に答えた。
「あの子とは話が合いそうだよ」
くつくつと笑う。風使いたる姉の隣で弟達は不思議そうに首を傾げた。彼女の目線を追い、眼下の試合へ視線を投げる。
そこでは攻撃したネジが動揺し、攻撃を受けたナルが平然としているという不可思議な光景が広がっていた。


【八卦・六十四掌】を繰り出し終え、対戦相手から距離をとる。とうに間合いから脱していた彼は、信じられんとばかりに目を大きく見開いていた。
「…なぜ、動ける…?」
完全に掻き消えた煙幕。対戦相手の全身が己の白き眼に映り込む。今まで自身の眼に比類無き自信と誇りを抱いていたネジは、この時初めて己の目を疑った。
「点穴を突いたはずだ…っ」
視線の先に認めた人物をネジはじっと視た。あり得ない光景が常日頃冷静である心に焦りを植え付ける。ピキキ…と発動した白眼までもが、目の前の現実を認めようとしない。

確実に点穴を突いた。それは間違いない事実だと言い張れる。しかしながらチャクラを扱えぬだろうナルの全身には、チャクラが何事も無く網羅していた。


「なぜ平気なんだ…ッ!?」
対戦場、いや会場中の空気が凍りついたかのような息苦しさを覚え、ネジは問うた。搾り出した声はどこか上擦っている。何の変哲もない対戦相手の様子にネジは戸惑いを隠せなかった。
逆に、日頃騒がしいナルが落ち着きはらって答えた。
「言ったろ…?」
悠然と佇む。物言わぬ風ですら、今は彼女の味方だった。

「ぜってー勝つ!!」

今一度宣言したナルが不敵な笑みを浮かべた。それは自信たっぷりの大胆不敵な笑顔であった。




自然エネルギーを取り込むと忍術・体術・幻術が大幅に強化する。この自然エネルギーに身体エネルギー・精神エネルギーが三位一体化したチャクラを『仙術チャクラ』と呼ぶ。
この三つのチャクラバランスは非常に困難であり、一歩間違えれば石像もしくは容姿が変化してしまう危険を伴う。仙術を用いるには長い修行が必要不可欠だが、そのような時間はない。ならばどうするか。

そこでフカサクが目につけたのは、ナルのチャクラ性質である。風は自然エネルギーの一部。忍術・幻術・体術を強化させる事は無理でも、ほんの僅かな風を支配する事は可能だろう。風の性質を持つ者が自身の周りにある風をチャクラで動かし、相手の攻撃をずらす。そのズレはほんの僅かだが、点穴という一点のみを正確に突かねばならぬ柔拳には効果的だ。少しのズレが勝敗を決し、また柔拳の使い手にも心理的ダメージを与えられる。

眼が正確な位置を捉えていても、点穴の正確な点を掴めない。知らぬ間に風で動きをズラされた事に気づかず、動揺し、己の眼に疑いを抱く。つまり絶対的な白眼への自信故、見えない攻撃に戸惑ってしまう。それこそが盲点を突かれているとも知らずに。

仙術チャクラこそ使っていないものの、己の周囲にある自然エネルギーの一部『風』を利用する。言わば【蛙組み手】の劣化版なのだ。




再度【八卦・六十四掌】を放つ。先ほど同様白眼で点穴を見極め、正確な位置を突く。だが身体に手刀を打つ寸前、周囲の風に邪魔され、またしてもネジの突きはナルに届かなかった。
二度目の失敗に、今度こそネジは確固たる動揺を胸に抱く。距離をとり相手から離れたネジは益々瞳を凝らした。

眼に捉えられないモノの正体が判然としない。表面上冷静を装っていてもネジの心は穏やかではなかった。焦燥が募るばかりの彼の耳に、ナルの静かな、だが尖った声が届く。

「――なんでお前は予選の時…あんなに頑張ってるヒナタを精神的に追い込むような事したんだってばよッ!?」
同じ一族なんだろ。親戚なんだろ。家族、なんだろ…!?

徐々に大きくなる声。立て続けに浴びせるナルの怒声を聞くに堪えんと、ネジは「お前には関係のない話だ」と一蹴する。言葉を遮ったネジにナルは再び声を張り上げた。
「ヒナタを馬鹿にして落ちこぼれだと勝手に決め付けて…。宗家だが分家だが何があったか…そんなの知らねえけどな、」
そこで一息つく。大きく息を吸い込んでナルは強くネジを睨みつけた。

「人を落ちこぼれ呼ばわりする奴は、オレが絶対許さねえ…ッ!!」


思い出す。
予選試合で何度も何度も諦めず立ち上がったヒナタの姿を。ボロボロになりながらも必死で闘った、親友を。
彼女を落ちこぼれだと罵った目の前のネジが許せない。あれだけ努力して頑張って宗家である自分の立場に苦しんで。認められない自分を必死に変えようとして。それでも諦めなかったヒナタを身体的にも精神的にも追い詰めた、日向ネジにナルは必ず勝つと心に誓った。



「――――わかった。いいだろう。そこまで言うなら教えてやる…」
ナルの本気に、ネジもまた応える。今までどこか馬鹿にしていた彼女に自身の話を聞かせる権利を与える。心の片隅で落ちこぼれだと決めつけていた波風ナルをネジはようやく認めた。


「日向の憎しみの運命を!」
自分の対戦相手として相応しい人物だと。












清々しいほど晴れ渡った空を仰ぐ。会場全体を覆う青空を睨みつけてから、ネジは視線をナルに据えた。

ヒナタに強い影響を与え、『まっすぐ自分の言葉は曲げない』という忍道を抱き、そして予選試合で見せた彼女の強い信念の元となった人物。ヒナタの憧れの人間。

そんな彼女を前にしてネジの胸中を占めるのは遣り切れない思いだけだった。鬱積する恨みや憎しみ。幼き頃から心にわだかまる怨恨はヒナタだけではなく、彼女の味方をするナルへをもぶつけてしまう。さながらそれは子どもが起こす癇癪染みた行為だったが、降り積もった鬱憤の捌け口をネジは止める事が出来なかった。



日向一族。彼らが宿す瞳には特殊な力が宿っている。
数百メートル先を見通す視力、ほぼ全方向を見渡せる視野、透視や経絡系・点穴までも見極める洞察力。
これらの瞳術を利用し、攻撃として編み出した術が柔拳である。しかしながら特異な血継限界を持つが故、その能力の秘密を探ろうとする者が後を絶たない。

そこで一族を、白眼を後世に残す宗家とその宗家を守る分家の二つに分断し、宗家のみが秘伝忍術たる【呪印術】を扱えるよう系統立てた。この【呪印術】により額に印を刻まれた者は自身の命を握られていると言っても過言ではない。宗家のみが知る秘印により被術者の脳神経は侵され、破壊される事もあり得る。

いつ殺されるかわからぬという恐怖。どうあっても逃れられない運命に縛られたその証は、『籠の中の鳥』を意味する。そして皮肉な事にこの忌まわしい印が消えるのは本当の死だけ。そこでようやく呪印は己の役目を全うする。死体が外部に渡っても秘密を知られぬように白眼の能力を封印して。

白眼の機密保持と分家の支配、両方を兼ね備えているこの印からは逃れるすべは無い。
一族の中でも選ばれた者のみが宗家として生き、宗家を守る為だけに分家は生きる。
ネジはまず一族のこの在り方に嫌悪感を抱いた。


この日向(ひなた)日陰(ひかげ)の存在たる宗家・分家をもっともよく表象するのは、ヒナタの父である日向ヒアシとネジの父――日向ヒザシ。双子の兄弟である彼らは、容姿は勿論名も似ている。
どちらも雲間から洩れる日光を表す名。しかしながら二人の生き様は先に生まれたか後に生まれたかで大きく食い違う。
如何に同等の力を以ってしても、双子と言えども、長男として生まれた宗家のヒアシと次男として生まれた分家のヒザシは決して等しくなかった。
同じ一族同士だというのに激しい格差は、双方の間で確執を生む。分家はこのどうしようもない隔たりを運命だと諦め、現実は無情だと嘆く。それはネジとて例外ではなかった。


そしてネジがヒナタを憎む原因たる、あの日。
宗家の跡継ぎであるヒナタが攫われたあの夜。
外の異変に逸早く気づいたのはヒナタの父・ヒアシではなく宗家でもなく、ネジの父――日向ヒザシであった。
単独誘拐犯を追い、ヒナタを奪取するヒザシ。されど、隙を突かれた彼は逆に自身が連れ攫われる羽目に陥る。帰還した娘の無事な姿に安堵したヒアシは、直後里から非情な命令を受けた。

即ち白眼の秘密を探られるより前に、己の弟――ヒザシを呪印にて殺せと。

分家であるヒザシが死ねば、呪印は己が役目を果たす。白眼の能力を封印し、決して外部に秘密を漏らさない。けれど生きている彼の眼は依然能力を宿したままである。
ヒザシとて一族の為自決する覚悟を持ち合わせているだろう。だが万が一の事を考え、脳神経を破壊する秘印を結べとヒアシは強要された。
自らが背負う宗家の長としての役割と血の繋がった兄弟。双方のせめぎ合いはヒアシを追い詰め、葛藤させた。


そして彼は決断を下す。






誰が責められようか。
一族か。両家か。忌まわしき印か。誘拐を許した幼子か。単独で追った父か。決断を迫られた父の兄か。それとも木ノ葉の里そのものか。
きっとこれは誰の罪でもない。
それでもネジは恨まざるを得なかった。憎まざるを得なかった。
父が死ぬ原因となった宗家が。理不尽極まりない一族の有様が。
そしてなにより実の息子より宗家の娘の許へ向かった父が、悔しくて仕方がなかった。



「俺の父…――日向ヒザシは実の兄である日向ヒアシに…。宗家に殺されたんだ」
真っ青な空の下、苦渋に満ちた顔でネジは告げた。握り締めていた拳が震える。
会場内で疎らに立つ木々。その一本の枝に止まった鳥の瞳に、自らを籠の中の鳥と称したネジの姿が映り込む。

やがて彼は、愕然と話に耳を傾けていたナルを真っ直ぐに見据えた。

「だから言っただろう? 人は生まれながらに全てが決まっているんだ」



鳥はまだ、羽ばたかない。
 
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