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渦巻く滄海 紅き空 【上】

作者:日月
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四十一 そして空は今日も青い

「所詮、人は運命から逃れられないんだよ」
自嘲する。額に触れ、何かを思い詰めるように深く眼を瞑るネジを、ナルはじっと見つめた。

そう締め括った彼本人が自身の運命を否認し、そして怒りを覚えている。
どうしようもないと諦めている反面、どこかに救いがないかと足掻き、もがいている。

「…それで運命全部決まってるって思うのは勘違いだってばよ。あんたはただ、逃げてるだけだってば」
ネジの心の葛藤をさりげなく察したナルが静かに答えた。

痛いところを衝かれ、一瞬息を呑む。自分でも薄々感じていた心中を指摘され、ネジは思わず声を荒げた。
「落ちこぼれの癖に、この俺に説教とはな…っ」

籠の中の鳥は自由に空を羽ばたく事も出来ぬのだ。一生籠に囚われ、真っ青な空に憧れる。自由に空を飛ぶ同類を羨み、己の運命を呪う。
ぬくぬくと育ち、何の不自由もなく飛ぶ鳥など墜ちてしまえばよいのだ。同じ苦しみを悲しみを痛みを一度味わってみればよい。
束縛され、生死までもを決めつけられ、外の世界へと焦がれるしかない鳥の気持ちを。

「一生拭い落とせぬ印を背負う運命がどんなものか。お前などにわかるものか…ッ!!」



激昂したネジの叫びにナルは静かに瞳を閉ざした。瞼裏に甦るのは幼き頃の自分。


訳もわからず疎ましい存在として忌み嫌われる。いつでも誰にでも煙たがられ、憎悪の目を向けられる。
どうして避けられるのか嫌われるのか。考えても悩んでも答えは出ない。
理由も原因も動機も知り得ぬまま、心を痛めて思い悩む毎日。深い憂欝と抑鬱に苛まされていた彼女もまた、運命だと言い聞かせる事で己を慰めていた。
天の定めだから仕方がない。悲嘆に明け暮れ、絶望する。
そうやって過ごす日々は、運命だというたった一語ではとても言い尽くせなかった。

だが避けられる要因が明らかとなった時、ナルの心に湧き上がったのは九尾に対する憎悪でもなく恐怖でもなく、道理のわからぬ嫌悪感から解放された安堵感だった。

憎まれている起因は自分ではなかった。その事実だけであれこれ悩み苦しんでいた心が軽くなる。不謹慎かもしれないが、ナルは九尾の存在を知ってほっとした。なぜ自分が嫌われているのか、その意味がようやく判明出来たからだ。
避けられている現実――結果しかない現状は非常に苦しかった。結果は原因によって生み出されたもの。理由がなくては結果は生じない。
故に、なぜ憎まれているのか――原因が明らかになった瞬間、ナルは悲嘆するのを止めた。
結果のみで物を語るより不明慮だった原因を知るほうがよほど大切だ。釈然とせぬ状況の事情がわかった今、いつまでも運命だなんだと思い煩うのが馬鹿らしく思えた。

全ては天命だと決めつけたくない。宿命だと諦めたくない。運命から逃げたくない。

原因を知った。それだけで見違えるように彼女は考えを改めた。なぜなら自分は悪くないのだ。
この悪化した状況が運命だと嘆くより先に、この現状をより良く変えようと努力する。その行動自体が自分にとって重要なのだとナルは心の底から実感したのである。



「運命がどうとか変われないだとか、そんなつまんない事でめそめそ言うなよ」

だから今のネジはどことなく昔の自分に似ているような気がして。
翼をもがれたわけでもないのに自ら蓋を閉めて閉じこもっている、本当の『籠の中の鳥』のように思えて。

「苦しんだり悲しんだり…そんなの誰だって経験してんだ。……別にお前だけが特別じゃないんだってばよ」
ネジの顔が強張った。ナルの諭すような物言いに苛立ち、不快な表情を露にする。彼の鋭き眼力をナルは真っ向から受け止めた。


「辛いのはお前だけじゃない。ヒナタだってな、ずっと苦しんできたんだ。宗家なのに認められない自分を必死で変えようとして…だからお前に立ち向かったんだろ!何度だって立ち上がったんだろ!諦めずに闘ったんだろ!」
「…………」
「お前だって変わりたかったんじゃないのか!?宗家を守る分家が試験だからってヒナタをあんなにして…。本当はお前だって運命に逆らおうと必死だったんだろ!!」


ひたすら無言を貫いていたネジがこれ以上聞きたくないとばかりに身構えた。再び【八卦・六十四掌】の構えをとる。手の甲を前に掲げ、彼は「お前こそなぜそこまで運命に逆らおうとする?」と訊ねた。

白き雲を眼の端で捉える。優雅に泳ぐそれらは、自ら風に乗っているのではなくただ浮かんでいた。ぽつり呟く。
「人の運命とは決められた流れの中でただ浮かんでいるしかないんだ」

何もかもを諦めたらよいのに。天の定めだから仕方が無いと割り切るほうが易しいのに。運命という単語を言い訳にして、逃げたら楽なのに。
あの引っ込み思案だったヒナタに多大な影響を与えた、張本人に問う。


質問したにも拘らず、地を蹴る。【八卦・六十四掌】を仕掛ける振りをし、ネジは身体を捻った。
【回天】ならば、その際に放出するチャクラにより、ナルの目に見えぬ攻撃を防げるであろう。更に至近距離での発動は全身から迸るチャクラの渦で、相手からの攻撃諸とも本人そのものを弾く。
もうチャクラも残り少ない。【八卦・六十四掌】を何度も使い過ぎた。【回天】によるチャクラ放出でナルを攻撃ごと跳ね返し、動きを封じようという策略である。



ナルの懐に入り、そのまま【回天】の動きに入るネジ。自らが台風の目となり、身体を回転させる。放出したチャクラの渦は何者も寄せ付けない。暴風域に入ったが最後、相手の身体は弾き飛ばされる。


返答など期待していなかった彼のすぐ傍で、ナルの静かな答えが返ってきた。
「違う。運命ってのはな……」








刹那、ネジの膝がガクンと落ちた。
片足を掴まれる。ネジの瞳が、足下にいるナルの姿を捉えた。
「な……ッ、」


バランスを崩す。よろけたその一瞬で程無く静止する回転。止まる【回天】。

「【土遁・心中斬首の術】!!」

突如、地中から現れたナルの術が真下から迫り来る。すんでの事で踏ん張るものの、引き摺りこまれるネジ。かろうじて持ち堪えたが、土中に埋まる片足。
下に気を取られたネジに向かって、眼前のナルが殴り掛かる。同時に土中から躍り出たもう一人のナルが拳を振り被った。
二人のナルからの全身全霊の攻撃。


「「自分の手で切り開くもんなんだってばよ……ッ!!」」


本人と影分身の声が重なる。瞬間、ネジは空を飛んだ。













一瞬の出来事に静まり返る会場。
何が起きたのか把握出来ていない観客達の目に入ったのは、倒れているネジと、しっかり地に立つ二人のナルの姿。


観戦していた彼は最後まで試合を見届けずに試験会場を後にした。不意に足を止め、会場を振り仰ぐ。
「おめでとう」
賞讃の言葉を送る。
ナルの勝利を心の底から祝って、ナルトは踵を返した。会場へ急ぎ向かう木ノ葉病院の者達の姿を目の端に捉えながら。
木ノ葉の里中で鳴り渡る鳥の囀り。その声はナルだけではなく、ネジをも祝福していた。



試合開始直後、ナルがまず最初に使ったのは煙玉。
煙幕で自らの姿を隠し、ネジに影分身を何体作ったのかわからないようにする。実際作った影分身は六体。その内の一体を地中に潜ませる。

ほぼ全方向を見渡せる『白眼』は確かに脅威だが、誰が自身の足下に関心を寄せるだろうか。
己が立つその場所を、死ぬかもしれぬ試合で注意するだろうか。

故にナルは影分身の一人をネジの真下で潜むよう指示したのである。その判断が後に勝敗を決するとは、彼女自身その時知る由も無かった。
フカサクの推測通り、ネジが隠し持っていたもう一つの奥の手【回天】。地面までもが円形に穿たれるその威力を目にした時、ナルは地中の影分身も掻き消されたのではと懸念した。だがネジが佇む僅かな地点だけは無事だったため、影分身も未だ生存中だと判断したのだ。
そこでそのまま影分身に地中で待機させ、術を仕掛けるタイミングを見計らう。

【八卦・六十四掌】封じの【蛙組み手】ではなく、本選直前にヒナタから教わった術――【土遁・心中斬首の術】。
この術は以前七班成立の際、カカシがサスケに仕掛けた術であり、下忍レベルのものである。実際は拷問に発展すべき術なのだが、ナルの狙いは別にあった。

【八卦・六十四掌】には前以て講じておいた【蛙組み手】の劣化版がある。そして【回天】を封じるには、ネジが解き放つチャクラの渦を突破しなければならない。しかし風を伴う術の威力は台風の如し。一度暴風域に入れば身体が散り散りになってしまう。近づく事さえ許されない。

だが絶対防御とされるこの術にも盲点がある。自らを中心とし、回転する。回っているネジ本人の足下だ。
ヒナタから教えてもらったのが本選寸前だったため、【土遁・心中斬首の術】を完璧に発動させる事は難しいだろう。けれど一瞬でもいい。僅かでも相手の動きを制止させれば、常に回転しなければならぬ【回天】を阻止出来る。
そして真下からの影分身・真正面からの自身の攻撃を同時に繰り出す。思いがけない場所から足を引っ張られ、足下に気を取られたネジ。【回天】を途中で止めざるを得なくなった彼に、間髪容れずナル本人が迫る。


完全に虚を突かれていたネジはこうして下と正面からの攻撃を成すすべなく受けたのだった。








煙と化した影分身の隣で荒い息を繰り返す。
やがて観覧席でもある待機場で、シカマルが大きく手を打ち鳴らした。彼に触発されたのか、疎らに沸き上がる拍手。徐々に大きくなるその音は次第に会場全体に広がってゆく。


試験会場を包み込む、割れるような拍手。それらが自分に送られているものだとは気づかず、ナルはきょとんと瞳を瞬かせた。やにわに、ぽんっと頭を叩かれる。
審判を務める不知火ゲンマが「おら。手ぇ上げろ」とナルを促した。実感の湧かぬ彼女の腕を掴み、空目掛けて高く掲げる。

「勝者―――波風ナル!!」


自身が負けた事を、ネジは半ば信じられなかった。チャクラの枯渇で動かぬ身体を地に横たわらせる。傍の木の枝上で鳥が小首を傾げて彼を見ていた。

「影分身…。お前の得意忍術か。迂闊だった…ッ」
砂を噛むように苦々しく言い放つ。ネジの独り言を耳にして、ナルは暫し口を噤んでいた。
ややあって口を開く。
「……オレってばアカデミーの卒業試験に三度落ちてる。運悪く忍術の試験がいつも…。いつも決まって、オレの一番苦手な忍術だったからだ」
あまり自分の事を多く語らないナルが珍しく打ち明ける。突拍子もない話にネジは眉を顰めた。周囲の喧騒が煩わしい。

「分身の術はオレの、一番苦手な忍術だったんだ」
ナルの告白に、ネジは目を大きく見開いた。あれだけ臨機応変に使いこなしていた術が不得意だったという事実に戸惑いを隠せない。

「日向の憎しみの運命だかなんだか、そんなの知らないけどな。お前は結局どうしたいんだよ?」
じゃりっと砂を踏み締める。ナルの問いにネジは何も答えられなかった。顔を覗き込んでくる彼女の青い瞳を真正面から見る事が出来なかった。

黙り込むネジに背中を向ける。振り向かずにナルは言葉を続けた。
「落ちこぼれのオレが一番苦手だった【影分身】を使えるんだ。だったらあんたも変われるさ」
そうして肩越しに振り返って、ナルは微笑んだ。


「ネジはオレと違って……―――落ちこぼれじゃないんだから」

にししと笑う。その笑顔がネジには眩しかった。より一層さざめく拍手の波。


観客達からの拍手喝采に、喜びのあまり対戦場を走り回るナル。彼女の有り余る元気に呆れて苦笑しつつ、ゲンマがちらりとネジに視線を寄越した。
「捕まった鳥だってな。賢くなりゃ自分の嘴で籠の蓋を開けようとするもんだ。また自由に空を飛びたいと、諦めずにな…」
ゲンマの言葉を聞きながら、ネジは天を仰いだ。同時に耳朶に届く羽音。


突き抜ける空へ吸い込まれるように飛んでゆく。一枚の羽根が陽射しを浴びて白く輝いた。
眩しさに目を細めながらもネジの瞳は、天高く自由に飛ぶその姿を捉えていた。


鳥は羽ばたいた。















医療班員に担架で運ばれる。殺風景な医務室で、ネジはベッドで横たわっていた。
傍にある窓から射し込む陽射しがあたたかい。

自身を診ていたはずの医療班員は、先ほどなぜか慌ただしく部屋を出て行った。訪れた静寂が、ネジの脳裏に試合時の記憶を呼び起こす。ナルの一言一言が彼の心を強く打った。

思考の渦に入り込んでいたネジの思索を打ち止めたのは、扉を叩くノックの音。思わず返事した彼はすぐさま顔を強張らせた。
部屋に入って来た、ヒナタの父であり宗家の当主――日向ヒアシの姿に動揺する。

「……―――何の用ですか?」
それでも厳しい視線を投げるネジ。甥の刺々しい態度にヒアシは内心苦笑した。
「真実を伝えにきた」

ヒアシの一言でネジの顔がみるみるうちに色をなした。顔色を変え、日頃の積もり積もった怒りを爆発させる。
「今更、何を……ッ!?」


忘れようにも忘れられない。
捕虜として連れ攫われたヒザシは、なぜか国境にある川沿いで発見された。おそらく死んで白眼の能力を失ったため、利用価値が無いと判断した輩が放置したのだろうと木ノ葉の里は推測した。
亡骸に縋りついて泣いたのを憶えている。幼心にも遺恨を抱き、怒りを覚えた。
宗家を一族を恨み、憎んだあの瞬間。


「あの時、私の父――日向ヒザシは……。他でもない貴方に殺されたのですよ…ッ!!」
憤然と声を荒げる。ネジの目線の先で、ヒアシは何かを我慢しているようだった。拳が震えている。
「……確かにヒザシを、弟の呪印を発動させたのは私だ…」
粛々と告げたヒアシを、ネジは瞋恚を湛えた目で睨みつけた。

額に刻まれた呪印を発動させたという事は殺したも同然。宗家にしか知り得ぬ秘印を結べば最後、脳神経が破壊される。呪印は己の宿主の最期を見届け、消えるのだ。

憤激して思わずベッドから立ち上がるネジ。その勢いに、白いシーツがしゅるりと床に滑り落ちた。
「そんな事を言うためにわざわざ…っ」
「選択肢が無かったのだ…。すまない」
深く頭を下げる。ヒアシの頭をネジは強く見据えた。堪らず更に言い募ろうとした彼の言葉を、ヒアシは項垂れながら遮った。


「一か八かの賭けだった…。脳細胞を停止させ、仮死状態にさせる。……なんとか生命維持に必要な機能は回復したものの、目覚める事はなかった。だから秘かに木ノ葉病院奥の病室に収容し、起きるのをずっと待っていた…」
「……何を、言って…」
「そしてようやく…。ようやく、目覚めたのだ…。十年もの永き眠りから…」


くぐもった声。ようやく顔を上げたヒアシの双眸からは幾筋もの涙が零れ落ちていた。戸惑うネジの耳に、再び扉の開く音がする。その音でヒアシの背後に視線を向けたネジは、目を大きく見開いた。



ヒアシの背後から現れたその人物は……――――。
「……ち、父上………?」




医療班員に支えられながらも佇む、日向ヒザシであった。












空を飛ぶ鳥が一際大きく囀る。その鳴声は静まり返った医務室にも響き渡った。

立ち竦み、驚愕のあまり声が出ない。押し黙っているネジに、ヒザシは微笑んでみせた。
「ネジ…。お前には辛い思いをさせたな」
謝罪する父の顔をネジはまじまじと見つめた。頬痩けているが確かに彼はネジの実の父親であった。

口をぱくぱくと開閉させる。言いたい事がたくさんあった。
けれどまず口を衝いて出てきたのは、非難を孕んだ疑問。

「……っ、生きていたのならなぜ…」
なぜ自分に教えてくれなかったのか。どうして木ノ葉病院にいると知らせてくれなかったのか。


ネジの言いたい事を察し、ヒザシではなくヒアシが答えた。
「確証が無かった。本当に目が覚めるかわからなかった…。一生植物人間として過ごす可能性もあった。だからこの事は一族の中でも本当に一部しか知らない。ヒナタでさえもだ」

だからヒアシは自身の娘を早々に木ノ葉病院から退院させたのである。完治していないにも拘らず、ヒナタがヒザシと接触する事を危惧して。
そして先ほどようやく木ノ葉病院から連絡が来たのだ。待ち望んでいた弟の目覚めにヒアシは急ぎ病院へ向かった。そしてネジと対面させる為に医療班員の協力を経て、此処医務室へ連れて来たのである。


「………っ、」
唇を噛み締める。肩を震わせる息子の姿に、ヒザシは目を細めた。支えてくれていた医療班員に礼を述べ、自分の足で歩く。ずっと寝たきりで衰えてしまった身体を懸命に動かし、彼はネジの眼前に立った。

「お前は私が死んだと聞いて、宗家を、ヒナタ様を恨んだだろう。私もそうだった。宗家を恨み、憎んでいた…。だからあの夜。ヒナタ様が攫われた事を逸早く気づいたものの、私は迷った」

静かに語り出すヒザシの言葉をネジは夢現に聞いていた。
目の前にいる男は、幾度となく夢に見た、本当の父なのだろうか。今のこの状況は実際に現実なのだろうか。

「憶えていないだろうが、あの時…。異変を感じ、助けに行くべきか迷っていた私に、お前が寝ぼけながら言ったのだ」
そこでヒザシはネジの頭をそっと撫でた。優しい声音で告げる。ヒアシが静かに医療班員を下がらせ、自らも医務室を出て行った。


「「父上、いってらっしゃい」とな」


込み上げてくる涙を懸命に堪える。ネジの揺れる瞳を覗き込みながら、ヒザシは目尻に涙を湛えた。
「だから私は宗家の跡継ぎとしてではなく、私の姪としてヒナタ様を助けた。自分の意思でヒナタ様を、家族を守ったんだよ」
とても立っていられなくなり、ネジは蹲った。腕で顔を隠す息子に倣って、ヒザシもまた床に片膝をつく。窓から射し込む陽射しが彼ら親子をやわらかく包み込んだ。

「そして帰ってきた…。ネジ、お前に「ただいま」を言うために―――」

とうとう嗚咽を漏らし始めたネジの背を優しく撫でながら、ヒザシは長年答えられなかった一言を口にした。
それはほんの軽い挨拶で、そしてとても重い言葉だった。



「ただいま、ネジ」
「おかえりなさい…っ!父上……ッ!!」















一頻り泣いて、ネジはようやっと顔を上げた。腫れぼったい瞳を細め、窓を覗く。
「父上、鳥が飛んでいますね。とても気持ち良さそうに…」
「ああ…。そうだな」
晴れ晴れとした思いでネジは空を仰いだ。あれだけ憎かった青がとても美しかった。




そして空は今日も青い。
 
 

 
後書き
今年最後の投稿でございます。来年もよろしくお願い致します。
それでは、よいお年を!! 
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