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人理を守れ、エミヤさん!

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星々は御旗の下に






「――でかしたァッ!!」

 マザーベースの本営にて。休む間もない激務に忙殺されていたシロウは、秘匿された地下通路を通って帰還した三名の兵士を絶賛していた。彼らは『人類愛』に、三人のサーヴァントを連れて帰還してきたのである。手放しに褒め称え、兵士達を下がらせた。休養に入らせ、再び外に出てもらう為である。
 この時ばかりはシロウも手を止めた。勲章も何も報酬がない事にこの時はじめて気づいたシロウは、本格的に『人類愛』の階級導入と、勲章の授与やその他の報酬について考慮する必要を感じる。報いてやりたいと思ってはいたが、その思いが一層強まった。
 一時仕事をジョナサンに丸投げして苦み走った顔をさせながら、兵士達で詰め切られた本営から出てサーヴァント達を出迎える。

 兵士達が連れてきたサーヴァントは、

 一人が義侠然とした中華服の武人。痩せた狼の如く飢えた瞳をした死狂い。中華の拳法史史上最強を謳われる『神槍』の男。
 一人がアパッチ戦争にてアメリカ軍を震撼させた、鮮血の復讐者・血塗れの悪魔・赤い悪魔と恐れられたシャーマン。インディアンの伝説的指導者。
 一人がクリミア戦争にて鋼鉄の白衣と畏れられた、赤い軍服を着た小陸軍省。決して枯れず、朽ちず、揺るがない鋼鉄の信念を持つ献身と奉仕の女。別名『クリミアの天使』。

 シロウは彼らに握手を求めた。真っ先に応じたのは拳法家の武人である。ゴツゴツとした武骨な掌が重なりあう。シロウが契約の為のパスを繋げると、武人は拒まずに契約を結んだ。
 潤沢な魔力を感じ、赤毛の武人は獰猛に笑む。

「『人類愛』の領袖、エミヤシロウだ。ジャックという名もある。が、どうしてか名前ではなく大総統やらBOSSやらと呼ばれている。宜しく頼む」
「サーヴァント、ランサー。真名を李書文と申す。お主の部下に熱烈に口説かれてな。なんでもこの地でなら戦に事欠かぬそうではないか。存分に槍として使って頂こう」

 苦笑して、シロウはその男の求めているものを了承する。なるほど、何かとぶちかまされていたマジカル八極拳、その達人の中の達人は、どうやら若年の外見そのままの気性をしているらしい。一身上の都合でそれなりに造詣を深めた拳法史で、燦然と輝いていた武勇伝に偽りはなさそうだ。
 そうした嗜好への理解の良さは、スカサハと邂逅して以来加速している。故にその扱いも心得たものだった。

「ああ。文字通り休む間もなく只管に戦に明け暮れてもらう。暇を持て余したらスカサハと遊んでもらえ。俺が助かる」
「ほぉ! あの神殺しと謳われる影の国の女王! なるほど、ではどうする? 儂をどう使う!」
「東部基地に向かってくれ。何、どこもかしこも敵だらけ、味方を気遣う必要はない。存分に暴れまわってくれ」
「呵呵ッ! 承知したぞッ!」

 李書文の猛々しい面構えに、シロウは心得たもので余分な装飾を剥いだ物言いで彼を歓迎した。さらりと厄介な修行の鬼を押し付ける算段を立てる男である。
 拱手して颯爽と踵を返し、滾る血潮の欲するままに東部へ向かった。その指揮系統も糞もない、乱雑な命令だけでいい。どうせ一匹狼、雨風を凌ぐ宿と敵さえいれば、相応に働いてくれる手合いだ。変に縛ろうとするより勝手に動いてもらった方がいい。
 圧倒的な武練を持つ無双の拳法家は、本営に背を向けて歩む中で含み笑う。握手一つで相手の力量を図れるのが達人の洞察力。手の厚さ、形、体幹、力の根、情報となるものは幾らであった。

 ――随分と鍛え込まれたマスターよ。才に乏しくとも、無繆の鍛練を積み一廉の戦士となっておるな。聳え立つ城の基礎が如き骨子がある……。ふむ、存外儂に相応しいマスターなのかもしれぬな。

 次にシロウが握手を求めたのは静謐な面持ちをした理知の人。インディアンの賢人である。

「エミヤシロウだ。宜しく頼む」
「サーヴァント、キャスターだ。……ジェロニモといった方が分かりやすいかね?」
「ほう、あのインディアンの指導者か。いいな、実にいい。キャスターという事はシャーマンだな。伝説から勝手な偏見で言わせてもらうが、格闘戦もこなせると見ていいか?」

 握手と自己紹介を交わし、双方ともに躊躇う素振りもなくパスを繋ぐや、早速戦力として組み込もうとするシロウにジェロニモは苦笑した。
 ほう、などと。さも知っていますよといった態度だが、実を言うと全く知らない。が、彼の持つナイフを解析して粗方の性格、能力、戦法、経歴を読み取っている。
 出来なくはないとジェロニモが答えると、それを謙遜と受け取ったシロウは告げる。

「素晴らしい。ではジェロニモ、お前を東部戦線を支える要としよう。ジョナサン、東部基地の戦況推移の一覧を」
「――ああ、マスター。それはいいが、頼みがある」

 ジョナサンが目を血走らせながら手早く書類の束を掻き集めてシロウに投げ渡し、それがそのままジェロニモにも渡される。ジェロニモはそれに目を落として読み込みながら告げた。

「私はレジスタンスを率いていた。彼らをこの組織に合流させたい。構わないだろうか?」
「いいだろう。歓迎する。しかし今は大人数を受け入れられない。この戦役に近い内、一段落を必ずつかせる、その時にレジスタンスや他の難民も受け入れる手筈を整えよう。ここが万が一陥ちた時、巻き添えにする訳にはいかないからな」
「絶対に陥とさせはしないと覚悟しておいてそう言うのか。万全を期すその姿勢、よしとしよう。ではマスター、これより君の指揮下に加わろう。全霊を賭して働く事を約束する」
「ああ。身を粉にして働いてくれ。使い潰さずに使い回し、そして来るんじゃなかったと嘆かせてやる。ただし必ず勝つ。俺の所に来た事を後悔だけはさせん」

 ふ、とジェロニモは笑う。その前に君の方が過労死しそうだがと、やんわりと身を労るように言われた。
 シロウは肩を竦め、ジェロニモが東部に向かうのを見送る。そして最後にシロウが握手を求めたのは赤い軍服の女だった。

 堅く、硬く、固い。鋼鉄の信念の秘められた瞳をしている。手袋を外して応じた彼女が名乗った。

「俺はエミヤシロウ――」
「もう聞きました。私はフローレンス・ナイチンゲールといいます。ここに患者が多数いると聞きました。案内を」
「……俺の自己紹介をぶった切って、いきなりぶっ込んできたな……」

 これには流石のシロウも苦笑い。しかも握手したままである。ナゼか。……ナイチンゲールが手を離してくれないのだ……。

「貴方は病気です」

 そしてこれである。ああ、話を聞かない人ね……察してしまえる辺り、対サーヴァント・コミュニケーション検定一級のマスターの面目躍如だ。
 クラスはバーサーカーかなと、真名と態度、物言いから推測する。そのままずばりである。分かり易すぎた。この手の人物は何を言っても絶対聞かない。反論や抗弁は無意味、実力行使されて終わりだ。万力に固定されたかのような手を掴み返し、シロウは苔の一念神をも殺す系の対話術を展開した。
 極意は『反論せず、反対せず、帆船のように風向きに合わせて誘導する』事。何を隠そうエミヤシロウ、この手の人物の操縦はお手のものだった。相手が女性の場合何故か成功率が上がると専らの評判である。全部アラヤが悪い。

「そうだな。俺は病気だ」
「自覚があるのは大変結構。治療が必要ですね」

 きらりと光るクリミアの天使の眼。その硬質な美貌を見据え、シロウは返した。

「治療なら既に施している最中だ」
「? ……貴方は医者なのですか。許可もなく医療に携わるのは看過できる事では――」
「医療資格なら持っている。経験もある。免許は諸事情で携帯できてないが」

 半分嘘で半分事実である。何を隠そうこの男、医療者としての資格を保有して――ない。しかし現場の戦場を渡り歩くとどうしても負傷者は目につく、故にその負傷者に応急手当をする内に必要性を感じて勉学に励み、知識だけは豊富に揃えていた。
 無機物ほど正確には出来ないが、人体の構造を把握する解析も可能だ。的確に患部を把握し、処置が可能という意味で医者としても食っていける腕はある。経験も多数踏んでいるのだ。

 目を丸くするナイチンゲールに、シロウは毅然と告げた。

「俺はお前の時代より先の未来の医療に触れた。偉大な先人であるフローレンス・ナイチンゲールに敬意は払おう。しかしこの病院(せんじょう)主治医兼院長(しきかん)は俺だ、指示には従ってもらう」
「む……分かりました。従いましょう。参考までに貴方が自身に施している治療法を聞かせて貰っても?」
「この戦争の終結と多くの人々を保護する事。これを完遂すれば俺の病気は(ひとまずは)治った事に(ならなくもない事に)なる。(まだ特異点修復の戦いは続く、しかしこの特異点に限れば)何も問題はない。治療は鋭意邁進中で、お前が手を貸してくれれば更に捗るだろう」

 副音声ばっちしの「嘘は言ってません、ただ幾つか伏せただけです」話術。詐術の間違いだろうとは誰の弁か。知らぬ存ぜぬなんだそれは聞いた事がない。
 ナイチンゲールは彼女の理念通りに勝手に解釈するだけだ。故に、

「なるほど、全く問題ありませんね。この病気(せんそう)病原菌(ケルト)を撲滅すればいい。同時に患者を保護する、実に単純明快です。貴方は名医のようで安心しました」
「あっははー……戦争が病気でケルトが病原菌か。うんうん、実に狂戦士(クレイジー)……」

 別に間違ってはいない。遠い目をして乾いた笑みを溢した。手を離してもらえて安堵するシロウである。
 シロウは彼女に、『二大触るな危険』に並ぶ危機を本能的に感じていた。キアラのアレと、スカサハのアレ、ナイチンゲールのソレ。新たにナイチンゲール女史が『三大触るな危険』候補としてリストアップされた瞬間である。ほぼリスト入りを確実視される有力な存在だ。実にバッド。実にラッキー。この手の人物はかなり有能なのだと二人の前例が証明していた。
 肝なのは三人ともがジャンル違いの危険さで、加えて三人とも女性である事。天敵である。が、与し易くはあった。魔性菩薩以外。喋りの出先を潰してくる某宝石乞食女と菩薩様だけが真正の天敵だ。

「フローレンス、お前はマザーベースに詰めて貰う。いざという時の予備戦力だ。その時以外は傷病者の治療に当たってもらうが……その際に絶対にやってもらわないといけない事がある」
「承知しています、ドクター。病室は常に換気し、清潔に保ち、消毒、滅菌、殺菌を欠かさず、緊急治療を迅速に行えるよう――」
「違うな。間違っているぞフローレンス!」
「? ……どこが違うのです、ドクター」

 首を傾げるナイチンゲールの後ろで兵士達が面白そうに見ている。シロウの後ろではジョナサンが「早く戻ってきてくれ!」と切実に求めている。
 構わずに続けた。鋼鉄製なのはナイチンゲールだけではない、シロウもまた鋼鉄だった。硬度勝負なら負けはしない、なら後は押しの強さと勢いだけがものを言う。

「そんなものは基本中の基本、既にその体制と環境は整えてある。故にまずフローレンスがすべきは――美味しい御飯の炊き出しに決ってんだろうが!!」
「? ……? ……。……え?」
「美味しく栄養満点の『病院食』! 『病は気から』だというだろう!? 『食事健康法』を用いて『未然に病を防ぎ』! 速やかに患者を癒す! フローレンスのような美女が料理を振る舞ってくれる、これはむさ苦しい野郎連中にとって何よりも『薬効』! 美味しい御飯と手厚い看護があれば『生きる意思が』湧いて出る! 人間は意外と現金なもの、何事も患者が生きようと思わないと話にならん! スカサハの置いていったルーン石も治療に使えるぞッッッ!!」
「……。……? 魔術による治療行為を行えと? 何を言ってるのですドクター、医療行為にオカルトなど必要ありません。全くもう、変な人――」
「馬鹿野郎ッッッ!!」

 ナイチンゲールが言い切る前に食い気味に気炎を吐く。もう自分でも何を言ってるか分からない。完全に調子に乗って勢いに乗っていた。

「お前の時代からすれば未来の医療もオカルトみたいなもんだろうが!! 技術の進歩嘗めるなよ!? 俺より先の時代になったらルーンみたいなものに触ったり食べたり空気清浄機にしたりする技術が生まれるかもしれない! それもオカルトだと言って原始的な医療に拘る気か!?」
「いえ、そうは言って――」
「医療者の心得は何がなんでも患者を快癒させて復帰させる事だろうが!! 後遺症も何も、何事もなく治療できるなら手段は選ばない!! いいかフローレンス、至上命題は『治療』だ! それだけを信念にするべきなんじゃないのか!? 下らない固定観念で患者の命を無駄に散らす気か!? 有効ならなんでも使うのが俺達の医道だろう!!」

 医道ってなんだよと自分に問うシロウである。
 しかしフローレンスは感銘を受けたように目を見開き、ぐわしと両手でシロウの両手を掴んだ。

「――……素晴らしい見解です。ああ、嘆かわしい。私の時代にも、貴方のような名医がいてくれたらよかった」

 分かってくれたかと微笑むシロウ。この時既に、自分が何を言っていたかは忘れていた。
 何せ極めて疲れている。そして勢いだけでがなり立てただけだ。うんうんとしたり顔で頷いて、ナイチンゲールの感動を受け止めるだけだった。

「ところでドクター、なぜ私をファースト・ネームで呼ぶのですか?」
「異な事を言う。お前も俺をドクターと呼んでるじゃないか。それにこの病院(マザーベース)の副院長はお前にする。当然だろう」
「??? ……当、然……? なのですか……」

 頻りに首を傾げるナイチンゲールに、シロウは当然ですよと生真面目に返す。これは素だった。
 腑に落ちないままのナイチンゲールを送り出して、シロウは額の汗を拭う仕草をする。なんとか乗りきった、手強い敵だった……。
 まあなんやかんや、いい戦力が加わってくれた。そしてなんやかんや、いい感じに気の休まる時間だった。仕事に戻ると、ジョナサンはげんなりした顔でシロウを睨んだ。

「閣下……」
「あーはいはい悪かった悪かった俺が悪かった。お前は休んでいいぞ、二時間な。そこからまた二十二時間頑張ってくれ。その後に一日休みをやろう」
「悪魔……」
「あ? なんだって……?」

 目の下に隈のついたシロウに睨まれ、ジョナサンは閉口した。そういえば既に二日間ぶっ通しで働いていた、この男は。食事は片手で、排泄は二日間で十分以内。BOSSに文句が言えない。
 やれやれとシロウは嘆息して、椅子に腰かける。そんな彼を取り囲む兵士たち。次々と報告やら指示を請う声に取り憑かれ、シロウの眼が死ぬ。

「――BOSS! BOSS!」

 そんな時に、一人の兵士が駆け込んできた。嘆息して椅子から立ち、自分を呼ぶ兵士の方へ向く。
 そして右目を見開いた。その兵士は、マクドネルのバディだったのだ。

「何があった?」

 彼は捲し立てた。敵拠点の正確な位置を掴んだ事、そこで出会ったサーヴァントの事、そして――捕虜となった人間の《《用途》》。マクドネルが脱出出来ていない事。
 捲し立て、電池の切れた機械のように、その兵士は昏倒した。伝えねばならない事を全て伝え、使命感でなんとか疲労を誤魔化し戻ってきたはいいが、ついに気力が尽きてしまったのだろう。

 シロウは五秒ほど沈黙して考えを纏め――決断を下す。

「伝令、東部基地に向かった李書文とジェロニモを追いかけ、奴らを北部に向かわせろ。東部のエドワルドには悪いが暫くネロだけで凌がせる。代わりに北部からスカサハと春を呼び戻せ。スカサハを俺の代理として本営に置く。春は俺の供だ」

 マクドネルの戯けを救出に向かう、と――

 シロウはそう、断言した。








 
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