人理を守れ、エミヤさん!
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死力を尽くし、犬死せず
アメリカ独立戦争にて、軍に徴用された時に感じたのは。「自分達の国を作る事業に携われる」という喜びなどでは断じてなかった。
どうしてお上の高尚な理想などというものの為に、命を賭けねばならない? ――そんな不平不満だ。家族から引き離され、厳しい訓練を積まされ、勝てるかも分からない戦争に駆り出される……。怖かった。
植民地の民衆として搾取される側に立たされる事へ不満があったのは事実だ。過酷な大地で生き、開拓していく中、先住民との間に生まれる軋轢で頭を悩まされるのにもうんざりだったが。それでも、生きていく分にはなんとかなっていたのだ。命懸けになる戦争に赴きたくはない。
どうせ御大層な理想を掲げる独立戦争の指導陣も、宗主国同様に民衆を搾取するようになる。国の名前が変わるだけで、大して変わるものなどないのではないかという疑念があって。故にこそ、マクドネル・マッカーサーは戦争を受け入れられなかった。
そして、訳も分からないケルト軍の虐殺の憂き目に遇ってしまう。
なんだこれは。なんだそれは?! ……現実を呪いながら逃げていた。
故郷を追われ、逃げ惑う日々。そんなものが長く続く訳はなかった。アルトリウス・カーター少尉が戦時任官で中尉に、そして大尉に階級を繰り上げられた頃に、遂に破滅の時が訪れたのだ。
原始時代の勇者達のような、化け物ども。銃が効かない理不尽な怪物ども。その軍勢に渓谷まで追い詰められ、その先に待ち伏せている軍勢を目にした時に、死を覚悟させられた。
だが、ただでは死なない、難民の中には自分の家族がいる。……体の弱い母は死んだ。父は戦死している。残されていた幼い弟たち、クリスト、ミレイ、シャーレイ。彼らの父代わりとして、なんとしても護る。心が折れかけている仲間達のケツを蹴って最後の抵抗をしようとした。
その時に現れたのが、BOSSだった。マクドネル達のVICBOSSだったのだ。
『理屈や原理を理解しろとは言わん。だが其処にある現実から眼を逸らすな。生き残りたいのなら。少なくともお前達は既に一度、生きる為にその剣を執って戦った。――立て。戦うぞ、このクソッタレな不条理を叩き潰す為に』
自分達を助け出してくれた彼は、魔術の存在を教えてくれて。そしてエミヤシロウと名乗った男は自分達のBOSSとなった。
そこからは、まさに激動だった。誰もが必死で、それはマクドネルも同じで。どうせ危なくなったら自分だけで逃げるんだろう、と疑心暗鬼に駆られていたマクドネルの予想を裏切り、いつも先頭に立って死力を尽くしていた。……考えるまでもなく分かる事だった。どうせ見捨てるぐらいなら、最初から助け出そうとすらしなかったはず。なのに下らない疑念を抱いていた自分が恥ずかしかった。
BOSSはジャックと名乗るようになった。なんでもこちらの方が呼びやすいだろうと。確かにシロウ・エミヤというのは、発音し辛いのは確かで。ジャックの方が良かったが……誰もが彼をBOSSと呼んで。畏れ多く、とてもじゃないが名前でなど呼べるはずもなかった。
苦境から救い出してくれる度、供に戦う度、マクドネル達は国ではなく、理想ではなく――彼にこそ、忠誠を捧げて生きる事を決めた。偉大なBOSS。勝利のボス。どこかで死んでいた方が、余程現実的なのに、彼は最初の宣言の通りに理不尽を叩き潰し続けた。
兵士として、男として――その手腕とカリスマ性に痺れた。彼に尽くす事こそが兵士の本懐であると。彼の功績を語り継ぐために、絶対に生き抜いて見せると誓った。
サーヴァントという過去の偉人、伝説や神話の存在を仲間に加え。遂にはグレートプレーンズにまで辿り着いて。そこからが、本当の戦いの始まりだった。
悪魔のように厳しい女サーヴァント。化け物よりもなお恐ろしい化け物。敬愛する兵士達の母。彼女の半年と少しをかけた訓練を、死に物狂いで耐え抜いたマクドネル達は――信じ難い事に『人類愛』の最精鋭となっていた。
この北米大陸に比類ない、世界最強の部隊であると讃えられた。悪い気はしなかったが、それよりも。
『相手を敬い、礼を示す行為をこそ「敬礼」という。俺はお前達に敬意を表する。これが本物の敬礼だ』
――その、誰よりも尊敬するBOSSに敬礼された事に魂が痺れた。
ぶるりと震えたのは、マクドネルだけではない。他の兵士達も、きっとそうだ。
この人の為に死のう。生き延びる事を叩き込まれた兵士達だが、誰もがその心命を捧げようと改めて誓って、彼の為に……偉大なBOSSの為に……『人類愛』の為に何もかもを捧げる事に躊躇う事など有り得ないものとなった。
自分達に懸かっている。数える事も出来ない大軍がマザーベースに侵攻しているのを目にした時、マクドネル達は悟った。これを覆す役目が自分達である。そしてそれをBOSSが期待してくれていると理解した。
ならばやらねばならない。俺達がやらねば誰がやるというのだ。マクドネル達は奮起して各地に散った。強力な味方を探し求めて。
密かに隠れ住む難民の集落に訪れる兵士がいた。
幾人かのサーヴァントを発見して観察し、仲間になれるか探る兵士がいた。
重傷者を抱え、彼らを護る天使を見つけた兵士がいた。
先住民達を護り、レジスタンスを名乗る私兵集団を率いる赤い悪魔を見つけた兵士がいた。
遠くにまで向かい、現地の大陸軍を纏めあげ、組織的に抵抗する機械の軍団を見つける事になる兵士がいた。
そんな中でマクドネルだけは違う事を考えていた。
強力な仲間を探すのは必須だ。行き場のない人々をマザーベースに誘導するのは、『人類愛』として当然の義務だ。しかし――あの大軍をどうにかするには、それでは足りない。もっと根本的な解決方法を探る必要がある。故にマクドネルが下した決断は……《敵地への単独潜入》である。
不可能ではないと彼は考える。何故なら敵軍団は、どういうわけか人間を生きたまま搬送しているのだ。何か狙いがある、目的がある。起死回生を図るには、BOSSに情報が必要で……その情報を得る事が、兵士の役割である。
「――死力を尽くせ。兵士として最悪に臨み、最善を尽くせ」
BOSSが口を酸っぱくして、繰り返し繰り返し説いてきた心構え。そして、絶対に死ぬなと最後には結んでいた。
マクドネルは思う。そうだ、それが兵士だ。だが、兵士なら――それだけではいけない。
BOSSは根本的なところで甘い。死ねと命じる事が出来ない。いや、出来るが、命じたくないと思っている。
ならば自分がやる。命じられずとも。絶対に死ぬなという訓辞を、犬死にするなと自分の中で改めて戒める。最悪に臨み、そして最善を成そう。マクドネルは全ての武装を捨てた。そして紅い布とダイヤモンドだけを持って、敵兵にわざと捕まりに行った。相棒は逃がそうと思ったが、バディは笑ってマクドネルと道を同じくしてくれた。
「BOSSは二人で一人だと言っただろ? マクドネルが行くならおれも行く。一人より二人、その方が任務の達成率は上がるはずだ」
「……すまない、とは言わないぞ」
捕虜となったマクドネル達は、まるで家畜のように運ばれた。
忌々しいケルト軍の戦士達。不気味なほど同じ顔の並ぶ軍団。過酷極まる訓練を越えた自分達すら、個体同士の戦いでは手も足も出ないだろう。
それだけの力量差がある。そんな化け物をBOSSは平然と手に持った武器だけで仕留めるのだから、彼はやはり戦士としてもかなりのものなのだろう。
まあ、尤も。瞬間移動さながらの速さを持つ『人類愛』のアイドル、オキタや。戦場の砲兵のシータ。ビッグ・ママ。アルジュナには遠く及ばないらしいが。それは比較する方が間違っている。
運搬速度は嫌になるほど早かった。
急いでいるのか、捕虜とした人間をケルト軍は抱えて走り、それこそ一度も止まらず、一週間走り通していた。無論、人間達は衰弱している。死の一歩手前にまで。当たり前だ、最低限の食事、水分補給を、ケルト軍が走りながら無理矢理口に捩じ込み、排泄などもそのまま垂れ流しにさせていたのだから。これで体調を崩さない方がどうかしている。
それはマクドネル達も例外ではない。なんとか動けはするが、それでもまともに行軍する事すら叶わないほど苦しい心身を抱えてしまう。
だが彼らは不屈だった。その眼から任務への使命感は消えていない。消えるわけがない。
彼らを運んでいたケルト軍は、それはもう酷い臭いだ。捕虜達の糞尿をその背中に浴び続けていたのだ。臭わない訳がない。
マクドネル達や、四十二名の人間が運び込まれたのは――
「……マザーベースから北西に、」
「おおよそ1,200マイル(1931.213㎞)ほどだな」
檻に入れられたマクドネルとバディは、運ばれながらも距離と方角を常に図り続けていた。
互いの認識に齟齬がない事を確かめ合う。二人の兵士は頷き合った。敵拠点は掴めた。後は他に収集出来る情報を集めればいい。
「……どうする? マクドネル」
「主に探るべきなのは、捕虜にした人間をどうするつもりなのかだな。他の目的は達している。一番はやはり敵拠点の所在地の把握だ。敵首魁はメイヴとやらで例の化け物がクー・フーリンだというのは判明しているからな。出来ればあれ以来襲ってきていないクー・フーリンとかいう化け物がどうなっているかも探りたいが……」
無数の粗雑な木製の檻に入れられているのは、多くの人間である。
老若男女を問わず、疲労困憊の――それこそ放っておけばすぐに死んでしまいそうなほど弱っている人々が、ざっと見ただけで数百といる。
広く、大きな城の一角だ。ここだけでこれほどいるという事は、総数はこの十倍から百倍いてもおかしくはない。誰もが不安げにしている。幼い子供が、青い顔で寝ている母や父に縋りつき。その逆に鼓動を止めた幼子を抱いて泣く親の姿もあった。
先住民の姿も多数見受けられる。マクドネル達は顔を険しくさせるが、彼らに出来る事はない。
四方を囲む大きく高い壁。辺りを巡回する戦士。
「……見張りは雑だな」
「逃げられる訳がない、と見切ってるんだろう」
「それより気づいたか、マクドネル」
「ああ……」
散見されるのは、幾人かの男性型のサーヴァント・タイプ。三名ほどが雑談しながら歩いている。
欠片も捕虜の人間を気にかけていない。啜り泣く捕虜の声を、虫の鳴き声としか感じていない証だ。
「……この檻はどうする?」
バディの問いに、マクドネルは無言で右腕の裾を捲り、上着の裏地に仕込んでいた細い鋸を取り出した。
「お前も持っているだろう。これで削る」
「……そういう事じゃなくてだな。骨が折れるだろ。今はある程度休むべきだと思うぜ」
「……まあ、そうだな」
流石に精兵といえど、体力の消耗は如何ともし難いものがある。夜になるまで休む事にした。
その時だ。不意に檻に戦士が数名近づいてくる。緊張する人々を無視し、戦士は檻を開くと中を見渡して死体を引きずり出した。やめて! お父さんを離してよ! 泣き叫ぶ娘ごと、連れ出される。その他にも幾人かを適当に選出して、十人の人間が連れ出された。
「待て!」
マクドネルが声を張り上げる。バディは慌てて止めようとするのに、構わず問いかけた。
「彼らをどうするつもりだ!?」
答えてくれるとは思わない。案の定、戦士はマクドネルを一瞥するだけで何も言わなかった。
しかし、サーヴァント・タイプが近づいてきて、無関心に。けれど何処か、苦しむように呟いた。
「――活きのいいのがいる。母上の供物に相応しい」
それは。
白髪の騎士だった。
片目を隠す程度に伸ばされた、癖のある白髪の、漆黒の鎧の騎士。
ゾッとするほど圧倒的な、存在の次元の違いを感じて震え上がりそうになる。睨み付けるマクドネルに、騎士は淡々と告げる。体が震えているのを、兵士達は見た。
「だ……が、供物の順番、は……守る。なるべく最後になるように……取り図る。見ものだ、いつまでその活きの良さが保つか。母上……の、もとに運ぶ供物は……母上が、サーヴァントを喚び、再構成する為……の、大切な養分だから……」
「……!」
「お前は、誰だ……?」
マクドネルが問う、騎士は唇を噛んだ。
「《ギャラハッド》」
白亜の城の騎士。
その真名を持つ彼は、絞り出すように告げた。しかし体が震え、よろめいている。
「いいかい……? 逃げる……なら、夜は、ダメ……だ。夕方に、僕の父が……帰って、来る。朝に、しろ。便宜は、図、る……」
「――《抗っている》のか」
「《抗えない》。僕の、霊基も……限界だ……。君達に、賭ける……希望を……《次に会えば》、その時は《本気で殺す》、事になる……」
「……」
「気を付けて。父は……ランスロット卿は、つ、つつ、強……く、用心深い……っ、母上――メイヴ、は……軍権を、彼に、預けた……。――王への忠誠を尽くして、召喚されたのに、抗った父は……念入りに、《いじられた》。容赦は、されない……でも……僕がいじられるのは、阻んでくれ、て……こうして、希望を残せ……る……。父さん、やっぱり……騎士の中の騎士は……僕なんかじゃ、なく……あなた、だっ……た……」
くるりと。ギャラハッドは踵を返して去っていく。おい! 呼び掛けるマクドネルを一瞥したのは、完全に虫を見る目だったが。
その瞳の中に、苦痛があるのを見て取ったマクドネルは生唾を飲み込む。
そして、バディと目を合わせ、頷き合った。
有益なものになるかは分からない。それはBOSSが判断する。だからこの情報をなんとしても持ち帰る。絶対に。
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