| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

人理を守れ、エミヤさん!

しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

実働開始だよ士郎くん(上)





 朗報がある。

 一つ、スカサハの手が入った土壌が異様に豊穣である事。なんでも影の国の土地は色んな意味で終わっているレベルらしい。その荒廃した地にも穀物を実らせられるまでになるという土地の開発術は、グレートプレーンズのように豊かな大地だとそれはもう夢のような仕上がりとなった。例え冬であっても全く問題なく通常の作物を育てられるようになったのである。

 二つ。それに伴いこれまたスカサハ式栽培術によって、豊富な穀物が二ヶ月周期で大量に収穫可能となったのだ。しかもそれによる連作障害も、異常に育まれた土壌によって発生しない仕様である。

 三つ、防衛ラインの構築完了。『人類愛』の本拠地としてある城塞は『マザーベース』と命名。この地点を中心に、四方に四つの砦を建築した。城と砦はその戦略的な意義が異なる。城は防衛拠点、統治拠点、支配者の居住地としての機能を持ち、一帯を支配する為の重要な拠点となる。その結果物資の保管庫、文化の集積地、商業的な心臓部となるのだ。ここに大勢の市民や兵士も詰められる為、戦略的要衝として欠かせないものとなる。
 翻るに砦はそれ単体では防衛能力は低い。城塞ほど堅牢な護りとする意義が見当たらず、幾つかの砦と有機的な連携を取る事ではじめて高い戦略価値を有するのだ。城が防衛、能動的防御を可能とする拠点なら、砦は攻撃能力に特化した拠点であると言えば少しは分かりやすいか。駐在する兵士の数によって防衛範囲が広がる為、一つの城を起点に四つの砦があれば完璧な防衛ラインを構築可能となる。
 これによりこの地域の防衛戦は完成する。
 兵站はほぼ無尽、一㎞四方に配置した四つの前線基地による有機的な連携を取れる。俺が投影した無数の投影爆弾を、スカサハが開発した宝具投射機――投石機に類似した兵器――で打ち出せて、それで打ち出した投影宝具は着弾の瞬間、自動的に爆破してくれる仕組みのものも各砦、城に設置した。なんでも出来るという前評判に偽り無しなスカサハの面目躍如である。

 四つ目。これは個人的な事だが、スカサハが俺の中の霊基を弄ってくれた。
 抜き取ったり、殺したりは出来ないらしい。なんでもその霊基は俺の魂と同化してしまっているから。
 だがその状態を変化させる事は出来た。俺の中の霊基はかなり特殊らしく、通常形態と反転形態があるらしい。通常の方が英霊エミヤそのもの、反転の方はエミヤ・オルタとでもいうもの。それらの二面性が最初から同居していて、宿主である俺の陥った状況に最適の方に勝手に切り替わる仕様だったらしい。
 通常形態なら俺の魔術行使の補助一択。しかし既に俺は投影と固有結界に関しては、補助がなくとも同等の位階に達しているので、事実上存在意義がなくなっている。しかし反転形態は俺にはない技能である防弾加工、固有結界の切り売りによるとんでもない破壊力の弾丸を放てる機構を齎せる。状況にも合致する為、霊基がこちらに反転していたらしい。
 スカサハはそこにスイッチを埋め込んだ。俺が意識的に霊基の状態を切り替えられるようにしたのだ。これによって俺は霊基を通常形態に切り替え、反転形態からの侵食を断つ事が出来た。またそれにより固有結界の展開もこれまで通り可能となった。

 五つ目。これもまた個人的だが、スカサハがまたもやってくれた。俺の所有する破損聖杯をある程度補強して、性能をこれまでの十%増ししてくれたのだ。
 「私でも今はこれが限界だな。聖杯の修理に当てられる礼装がないと、これ以上は不可能だ」と言っていたが、充分過ぎるほど充分である。これによって当初考えていたよりも四騎多くサーヴァントと契約出来るようになった上に、それでも俺の戦闘能力を維持できるようになったのだから。何故か俺の魔術回路の強度も向上している、今まで以上に投影宝具を作り、それを拠点防衛の兵器として貯蔵できるようになった。

 六つ目。

 ――サーヴァントが新たに一騎『人類愛』に加入したのだ。その名はネロ・クラウディウス。何故か真っ白な衣装を纏ったセイバーのサーヴァントである。
 彼女とはよくよく縁があるらしい……。ネロはなんと三千人の難民を連れていた。
 「流石の余も、こんな大所帯を率いて難民生活とかもう無理である! マスターよ、ここで会ったが百年目! 余と民らを仲間に入れるがよい!」なんて。拒否されるなどと考えもせずに告げてきた。勿論全員受け入れた。

 そして七つ目。スカサハの手が空いた。それはつまり、兵士達の訓練に入れるようになったという事。
 志願者を募って兵力を増員し、彼女が新兵達を……いやカーター達も含めて鍛え直してくれる。この頃には流石のスカサハも疲労困憊だったがお構いなしだ。急ピッチでやらねばならない。スカサハはまさに八面六臂の大活躍、これは以前の特異点で被った迷惑の分は既に働いた事になるのではあるまいか……。
 個人的な所感を述べるなら、お釣りが出るレベルの酷使具合だが、彼女が便利過ぎて頼りになり過ぎるからね、仕方ないね。なお練兵にはネロにも参加してもらう。



「シェロ、余は暇だ。構うがよい!」
「仕事を回すからゆっくり忙殺されていってね」
「うがぁぁあああ!?」



 市民は端数を切り捨てて約五千五百。
 兵士は端数を切り捨てて約二千。
 はっきり言って人手が足りなさすぎる。可及的速やかにこの問題を解決すべく、俺達に休んでいる暇はない。
 人手不足を補うには、兵士の練度を最低限、現代の世界最強特殊部隊レベルに引き上げねばならない。それも迅速に。そうして兵士を各地に派遣し、難民の手引きをしてマザーベースに連れて来るのだ。兵士の練度を上げる事で作戦活動を実行可能とし、同時に人手不足と難民の保護を両立させる一石二鳥な狙いだ。

 スカサハの見立てだと、俺の求める水準に兵士達が至るには、最短で半年掛かるらしい。……半年? 早くない……? ケルト式スパルタ訓練によって、脱落を許さず速やかに鍛え上げる、極悪人すら更生する過酷なカリキュラムが組まれているのを知った俺は、兵士達の冥福を祈っておいた。

 そこまで来るのに二ヶ月掛かった。その間に兵士の訓練を除く全てを成したのだから、スカサハの過労死寸前の様子も納得である。特別に一日休んでいいよと言ったら、何故か救い主を見たような顔をされた。
 いや、その労基も糞もない環境に叩き落としたの、俺なんですが。なんか凄い罪悪感の湧く表情はやめていただきたい。

 しかしスカサハは骨の髄まで社畜となってしまったのか、休めと言われて「休む……? 休むとは、なんだったか……。寝ていればよいのか?」と返してきて思わず涙を誘われた。

「すまん。本当に心からすまん!」
「? 必要だったのだろう。お主が謝ることはない。最初の一ヶ月ほどは恨んでいたが、その後は清々しい気持ちで働けた。うむ、寧ろ感謝したいほどだ」
「……!」
「な、なぜ咽び泣く? なに? 『折角魂から腐敗が消えたのに、変な根性注入してすまない』? 何をワケの分からぬ事を……私に妙な根性を埋め込める輩などおるものか。はっはっは……だから泣くなというに」

 心からの本音でそう言われたら、流石の俺も己の罪深さに心が折れそうになった。
 しかしそこは鉄の心。気を取り直すのに五秒。俺はどうしても働きたい、働いておらねば落ち着かないらしいスカサハに仕事を任せることにした。しかし仮にも休暇中、体力の使わない仕事にする程度の気遣いはする。流石にその辺は理想の上司だ。

「忘れていたが、カルデアと通信が取りたいんだが、なんとか出来るか?」
「なんとか……?」

 そのワードに、何か妙なスイッチが入ったらしい。目の色が一気に澱んだ。す、スカサハだいーん!

「……ふむ。……うーん」

 所は俺の居室。神代の城並みの防備を誇る『マザーベース』の宮殿内。寝台に腰掛ける俺の前で、腕を組んでスカサハは唸りはじめた。
 なおそのスカサハ、痴女一直線な格好から、『人類愛』の軍服に変更されている。市民の皆さんと兵士の皆さんに刺激が強すぎた為だ。なのでまさに美貌の女教官に見える。麗しの女軍人……薄い本が厚くなりそうである。

 スカサハは暫くうーんと呻きながら考えを纏め、俺に視線を戻した。

「出来なくはない事もないかもしれん」
「曖昧だな」
「うむ。何せ特異点外部と内部の時間の差がアレな感じだからな。仮に上手くいったとしても、こちらでは成功したかどうか判断が出来ぬ」
「そうか……ちなみにどうやったら出来るんだ?」
「私とマスター、マスターとカルデア、私とセタンタの間にある『縁』を利用する。お主がカルデアで言うところの『意味消失』をしておらんという事は、最低限の繋がりは残っておるのは自明であろう? 繋げるだけなら今すぐにでも出来る。出来るが……」
「通信が成功するかどうか、したとしてもこちらがそれを把握出来るかどうかは分からない?」
「その通り。とりあえずやってみるか?」
「ああ。やるだけやってみよう」
「と言っても長時間通信を繋げておくのは無理だぞ。私のルーンにも強度があるからな。あんまり長くは保たん」

 そう言うと、スカサハはまたもやルーンを刻んだ。俺と自分、それから周囲の空間、俺の腕に巻き付けてある通信機に。
 相変わらずのルーン無双だ。真剣にルーンを身に付けたい。が、無理だと太鼓判を押されている。
 まあそれはいいが。とりあえず通信機の電源を入れる。バッテリーは運動エネルギー、太陽光などで充電されるので問題なく使用できた。
 ……もういいのか? 視線で訊ねると、スカサハは頷いた。本当に繋がっているのだろうか……。半信半疑になる程度には、なんの変化も感じない。
 とりあえずバンダナは外した。向こうにこちらの姿が見えた場合、余り心配になるような外見的特徴はない方がいいだろう。それで、喋ってみた――が、眼帯はしたままなのに気づかない辺り、俺も眼帯をしているのが当たり前なぐらい、すっかり慣れてしまっていたのだろう。

「……こちら、衛宮士郎だ。聞こえているか?」

 当たり前のように反応はない。

「……ダメだな、聞こえない。一方通行なのか? まあ……いいか」

 独り言みたいで、なんだか情けない気分になってくるが、なんとか続ける。

「一応カルデアにこちらの音声が届いているものと仮定して、報告はしておく。俺は今のところは無事だ。が、どうにもこの特異点はオカシイ。カルデアの通信機にある時計の進み方と、こちらで体感している時間の流れに大分差がある。俺の体感では既に半年は経った」

 はて、と首を捻った。半年だろうか? そんなにはまだ経っていない気もする。 

「いや、五ヶ月か? まあ……そこらはいいか。通信限界時間はすぐそこだ。……俺は世界の異常には敏感な質でな。念のため自身の感覚を正常にするために様々な手段を講じた。結果、俺の体感時間と特異点内の時間に差はないと判断した。

 カルデアとの時間差についてだが、この特異点内は外との時間の流れにズレがあるらしい。そちらの時間で言えば二日でこっちは十年が経つか? あて推量だから正確には知らん」

 二日で五年だ、馬鹿者とスカサハが呟く。
 ん? どんな計算だろうか……。一定周期で時間の進み方が乱数にでもなっていて、それをスカサハは知っている……と? まあそこはいい。あて推量だとは言ってあるのだ。

「ただ聖剣の鞘のお蔭で、老化はかなり停滞させられている。五十年生きて五十代手前ぐらいの容姿になる程度に。だが俺は――っと、それより先にデータを送る。第四特異点の攻略指南だ。

 こちらの年代は1782年のアメリカだ。座標特定に役立ててくれ。あー……と。データは行ったか? 虚数空間に向けて独り言を呟いてるみたいで俺も辛いんだ。そろそろ通信限界だ、次も通信が繋がったらデータをまた送る。状況の報告も。
 ああ――それと。別に、この特異点を一人でクリアしても構わんのだろう?」

 乾いた笑顔で強がってみる。俺一流のジョークだ。実際はクリアした場合、定礎復元に巻き込まれて俺が意味消失しかねないので、出来ればカルデアが来るまで持久戦にしたいわけだが。

「冗談だ、早く増援を寄越してくれ」

 そこまで言い切る寸前に、ルーンが砕けた。
 あらら、と気落ちする。こんな短時間で砕けるという事は、かなりの負荷が掛かっているらしい。
 しかし本当になんの手応えもない。これでいいのだろうか……。無駄な事をしているだけの気もする。

「マスター、二点ほど聞いてもよいか?」
「ん? なんだ」

 何となくしんみりした気分に浸っていると、スカサハが質問してくる。

「何故第四特異点とやらの攻略が容易なのだ?」
「あー……なんでだったか……。……ちょっと待て、今思い出す。……んー……と、確か……」

 記憶を掘り返す。余りにも密度のある日々を送っていたから、どうもこの特異点に来るまでの日々が矢鱈遠く感じる。
 そうして思い出す。第二特異点で遭遇した魔神柱、そこから襲ってきた戦闘王アッティラ、第三特異点に行く前にあった変異特異点冬木と、スカサハの作った特異点。そして第三特異点での戦況推移、アルケイデスの動き方、残留霊基の使い方、魔神霊との戦闘、固有結界の強制展開維持の策。
 これらの動きから導き出せるのは、こちらの戦力を把握し、策を打っているのが典型的な魔術師である事と、可能な限り自分のいる特異点に来ないようにさせる事。神経質で潔癖性、完璧主義。その行動と策を打つリズムとでも言うべき癖から、第三の次、第四特異点に一連の流れの首謀者がいるという予想が立てられる。
 この説明にスカサハは頷いた。それなら確かに納得できる。間違いあるまいと。そこまで分かれば具体的な対策を、戦場を幾つかのパターンに別ければ想定出来よう――そう頷いたスカサハは質問を重ねた。

「お主の言っておった『可愛すぎて辛い相棒』とやらは誰だ? 沖田が有力だが、シータも相棒と呼べる働きをしておる。皇帝ネロは新参ゆえ怪しいが……もしやアルジュナか? 最も敵撃破率が高いが」
「なぁに言ってるんだか。お前に決まってるだろ、スカサハ」
「……は?」

 呆気に取られるスカサハに、ふぅやれやれと嘆息しながら首を左右に振る。

「一番の働き者で、尚且つ忠実に頼み事を聞いてくれている。可愛いとも感じるさ。ちなみに――」
「た、戯けか貴様っ!? も、もういい! 私はもう行くからな!」
「――『辛い』って……のは……」

 最後まで聞かずに、スカサハは顔を真っ赤にして俺の寝室から飛び出していった。
 ……どうしたんだ? いや真面目な話。別に照れられるような事を言った覚えはないんだが。
 何せ「ちなみに」の後に続けようとしたのは、スカサハを過労死寸前まで酷使しているので俺も心が痛い的な意味で辛いという事である。
 やはり云千歳のお婆様はよく分からん。そう思っているとスカサハが突然戻ってきた。
 心を読まれた!? 死を覚悟した瞬間である。しかしスカサハは微妙に赤いままの顔で、俺にルーンを刻みつけて来た。すわ生きながらに火葬する気かと慌てるも、彼女は言った。

「ま、マスターよ。お主のその肌の色は気に入らん! 私のマスターなら、健康的な肌でなければな!」
「……ん?」
「壊死しておるその肌を若返らせ、元の肌の色に戻してやるっ。感謝せよ! それではな! 私には仕事がある! あ、それとだ、明日からはお主も鍛えてやるから覚悟せよ!」
「……んん?」

 そうして、俺の肌の色が一気に白くなっていく。ほんの一時間ほどで、もとに戻るのだが……少し気持ちよかったので眠ってしまった。

 いや……ほんと何がしたいんだスカサハお婆ちゃん……。






 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

感想を書く

この話の感想を書きましょう!




 
 
全て感想を見る:感想一覧