人理を守れ、エミヤさん!
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ゲリラ・オブ・ゲリラ
清浄なる湖の聖剣に魔力が込められる。敢えてその魔力を放出せず、聖剣に負荷を掛けながら斬撃を見舞い、斬り付けた対象の内部で莫大な魔力を迸らせるのが湖の騎士の奥義であるが――何もそれは、彼の王や太陽の騎士の如くに聖剣から魔力を放出し、対軍規模の斬撃を成せぬ訳ではない。
そちらは《敢えて》使用していないだけだ。使おうと思えば使えるのである。そして事技量という一点に於いて、その才幹で円卓随一を誇るのはこのランスロットだ。
叛逆者モードレッドが格上の騎士であるガウェインを討てたのは、ランスロットによってガウェインが深傷を負っていたからに他ならず。日輪を空に戴いたガウェインの猛攻を凌げるのもまた、円卓に於いてランスロットのみである。
円卓最強の銘は伊達ではない。もしも全ての円卓の騎士と一騎討ちを行えば、理屈を越えて彼を下せる者がいるとすれば――それは騎士王と、彼の王が世界で最も偉大な騎士と讃えたランスロットの息子だけであろう。
湖の騎士の技量に拠って聖剣を扱わせれば、アロンダイトを用いた魔力放出は威力の微調整をも可能とする。聖剣の刀身が青々と煌めいた。取り逃しこそしたものの、刎ね飛ばした緑衣の弓兵の腕を湖の騎士は微弱な魔力の放出を聖剣から行い、衝撃波によって跡形もなく消し飛ばした。万が一にも義賊が左腕を取り戻さぬように。
この腕を放置し、あの義賊がサーヴァントを治療可能なサーヴァントか、もしくは魔術師と合流された場合、取り返されでもしたら面倒だと考えての事だ。
ランスロットは苦い表情を隠し切れない。自らに立ちはだかった義に拠るサーヴァントを斬ってしまった事に内心、忸怩たる思いがあるから――ではない。
彼の中にあるのは、自らの兄弟達の中で最も早くに産み落とされた長兄スパルタクスの後詰めに間に合わなかった事への悔しさ――それのみである。相性と地の利があったとはいえ、あの不屈のスパルタクスを短時間で見事討ってのけた弓兵と少年悪漢王への賛辞の念は欠片もなかった。
頭を振る。死んでしまったものは仕方がない。長兄スパルタクスの成した仕事が『たった二千の資源回収と、一騎のサーヴァント討伐』のみで終わってしまったのには悔しさを感じるが、後はこのランスロットが彼の分も働けばいいだけだ。
長兄から指揮権を引き継いだ兵に村を襲撃させ、一人残らず捕縛し彼らの命を輸送中繋げる為の食料を最低限奪うと、兵達の肩に担がせ移動を開始する。
村人達の腕は塞がれ、猿轡の代わりに布を噛ませていた。その様はまるで家畜か何かを扱っているかのようだったが――それを見るランスロットの目には、女王への不満や村人への憐憫の情など寸毫足りとも見て取れなかった。
高名な騎士には有り得ない冷淡な、冷酷な表情。まるであの村人達を人間だと見なしていないかのような徹底された無関心。
それもそのはず。今の彼は――メイヴの下へ強制召喚されたランスロットは、人間を人間とは思えない価値観の改竄がなされている。
彼が人間と認め、本来の在り方を見せるのは、彼の兄弟となるサーヴァントかケルトの兵隊、そしてメイヴと狂王のみである。それ以外は彼にとって回収すべき資源か、駆除すべき害虫でしかないのだ。虫けら如きに見せる騎士道などあるはずもない。
騎士としての在り方はそのままに。
保有する生前の記憶など殆どなく。
あるのはメイヴへの愛情と揺るぎない忠誠のみ。
メイヴ以外を女と認識せず、メイヴを至高と信じる――まさにメイヴにとっての完璧な騎士である。
その剣腕、合理的な戦術思想、内面の騎士道。メイヴが最も気に入った七騎のサーヴァントの内、彼だけが「セイバー」と呼ばれている。それが誇りだった。
人間達を運搬する。目指すは女王メイヴの待つ本拠地。今から帰還するのが待ち遠しい。騎士として王にかしずく喜びには……何故か。胸が張り裂けそうになるほど黒く、暗い絶望を覚えるが。それすらも今は、気が狂いそうなほど甘美な本懐である気がするのだ。
「――待て! 貴様ら……その民を何処に連れていく気だ!?」
ランスロットは片手を上げ、兵達の歩みを止める。彼方より飛来するようにして現れ、眼前に着地して砂塵を舞わせたサーヴァントがいた。
崖の近くの河の畔である。ランスロットは聖剣の柄を掴み、淡々と魔力を充填し始める。問答無用の戦闘体勢にその赤毛の少年は身構える。しかしランスロットは応じた。
駆除すべき害虫。しかし手強いと鋭く見抜いた彼は敢えて口を開いた。本当なら害虫と口舌を交わす義理はないが、この手の虫けらには覚えがあった。敵を前にして問いを投げ、悠長に会話をしようとする姿勢。涙が出そうになるほど懐かしい気もする。しかし彼は合理的に、その会話の間の時間を利用する。
「突然現れたかと思えば、無用な問いを投げ掛けてくるとは。貴公の手にあるその刃は飾りなのか?」
「答えよ! その答え如何によっては、余は貴様を討たねばならん!」
「……ふむ。まあ答えてやってもいいか……」
魔力の充填は完全に終えている。しかし聖剣に魔力を込めているだけで、使用している訳ではない。故に宝具『己が栄光の為でなく』によるステータスの隠蔽、擬態を行えていた。彼が化けているのは己自身、しかして得物は槍であるように見せ、そして隠蔽しているのは限界まで既に充填してある聖剣である。
ランスロットは勿体ぶりつつ、何気ない仕草で堂々と正面から不意を突く。
「我が敬愛せし女王陛下の許に、この資源は運搬している。貴公は手強そうだ。生憎と手加減が出来るほどの器用さはない。戦うとなれば覚悟してもらおう」
「痴れ言を……よからぬ儀に利用せんとする魂胆が透けて見えるぞ。さぞ名のある騎士と見受けたが、騎士としての誇りがあるのなら民を解放し去れ!」
「騎士としての誇りがあるなら? ――戯れ言を。私の振る舞いこそ女王の思し召しである。私への侮辱はそのまま女王を愚弄する事になる。その罪、死して償うがいい……叛逆者よ」
「叛逆者だと? 余が――?」
「――『無毀なる湖光』」
その真名を解放する寸前に、宝具『己が栄光の為でなく』が解れる。赤毛の少年は目を見開いた。
彼の主観で突如として槍が長大な剣となり、しかもあまりにも莫大な魔力を放っていたのだ。澄んだ湖の如き魔力が彼の逆袈裟からの斬撃により迸る。
軍勢を薙ぎ払う静謐な蒼き斬撃の濁流。視界を埋め尽くす光の壁を、少年は咄嗟に斬撃の軌道上より回避して、瞬時に反撃に出んとするも。
消えていた。
兵隊を残して、漆黒の鎧に純白のマントを羽織っていた騎士だけが消えていた。
何処へ――四方に視線を走らせるも姿が見えない。しかし怜悧な殺気が首を過った気がした。本能的に屈んだ少年が、直前まで首のあった所へ聖剣が通りすぎた。
「むんッ!」
「……!?」
対軍宝具を目眩ましに使用した直後、姿を隠蔽する宝具を刹那の間に使用する切り替えの早さ。それは少年をして戦慄させるに足るもので。武の祝福を宿す少年は屈み様に片手を地面につき、体を支えながら蹴撃を騎士へと見舞う。
これに騎士は腕の籠手で応じる。易々と防ぎ、少年の矮躯を反撃の刃で両断せんとした。切り返しの早さが尋常ではない。なんとか真紅の剣で防いだ少年は飛び退いて、怒りに燃えて騎士を糾弾した。
「卑怯者め! 姿を隠して不意を突かんとするとは、貴様はそれでも騎士か!?」
「……まだ口を開くのか。羽音が不快だが……その武を讃え今一度答えよう。騎士が誇りとすべきは主君の命を果たす事のみ。それ以外は無用である」
「ばかな……貴様ほどの……湖の騎士ともあろう者が、主の行いを正そうともせずに諾々と従うだけだと!? その知、その善の道を極めた武が泣いているぞ!」
「……なに?」
アロンダイト。騎士はその聖剣の真名をそう言った――であればその真名は決まっている。
円卓最強の誉れも高き、伝説の聖騎士である。少年は彼ではない何者かへと怒りの矛先を定める。何故なら、
「余には伝わったぞ……貴様は苦しんでいるな。主とするものに洗脳でもされているとしか思えん。ならば、このラーマが貴様を苦しみから解放してやる……!」
「……彼の理想王ラーマか。みすみす真名を晒すとは、愚かな」
鼻を鳴らし、ランスロットは聖剣を構えかけ……しかし剣を下ろした。ラーマは訝む。またしても不意打ちを行う気かと。
どうする気かは知らないが、小細工はさせない。理想王ラーマは今度は自分から仕掛けるべく四肢に力を込め、ランスロットは嘯いた。
「流石の私であっても理想王ラーマは手強い敵だ。故に――」
「往くぞ、湖の騎士よ……!」
「――来援感謝する、弟よ」
「ッッッ!?」
瞬間、ラーマの肩に灼熱が奔る。悪寒が過り、身を捻っていた故に心臓を穿たれなかったが。
それは《背後からの奇襲》だった。
「ぐァッ!」
槍の穂先が後ろから左肩を貫き、直後、横腹を凄まじい威力の蹴撃が抉っていた。
吐瀉を吐き散らし吹き飛んだラーマは、地面を削りながらなんとか体勢を整える。そして不滅の刃を構えて追撃に備えた。だが追撃はない。現れた二騎目の敵サーヴァントは、ランスロットの横に移動していただけだった。
「よ、来たぜ兄貴」
その槍兵は俊敏な体の動作を阻害しない、黄金の鎧を纏っていた。孔雀のような羽飾りのあるコリュス式の兜を被り、重厚な丸楯を左手に持っている。
鋭利な長槍は英雄殺しの槍。視界に映る全てを間合いとする彼は、遠くに戦闘に移った兄を見掛けて駆けつけたのだ。
彼の真名はアキレウス。トロイア戦争最強の大戦士にして、メイヴが召喚したサーヴァントの中でも最強を誇る存在。此度の強制召喚ではエクストラクラスの盾兵として召喚されていた。
「貴卿の任務は?」
ランスロットは淡々と訊ねるもその声音には抑える気のない親愛が滲んでいた。手の掛かる弟に対する兄のような態度で。それにアキレウスも満更ではない。アキレウスは弱者を兄と敬う気はないが、自分より先に産み出されたサーヴァントの中で、彼だけを兄と呼ぶほどに認めていたのだ。
何せ彼の聖剣は神造兵装。アキレウスを傷つけられる武器。そしてその剣腕もまた、最強を自負するアキレウスが称賛出来る領域にあった。その知略、武力、精神性、兄と呼ぶのも吝かではない。
「俺は遊撃だ。見掛けた虫を潰すのが仕事で、兄貴みてぇに回収と統率は任されてねぇ」
「それは勿体ないな。貴卿の指揮の手腕も高いものだというのに。尤も、私はその遊撃に貴卿が就いていた故に助かったのだが」
「その貴卿ってのやめてくれ。ムズムズしちまう。んな事より、兄貴が助かるっつう相手は何者だ? まさか俺の槍を躱しやがるとはな」
「ラーマだ。愚かにも自分から名乗ったぞ」
「……へえ? あの理想王……なるほど、この虫は多少骨のある虫だったか」
面白そうにアキレウスは嗤う。獰猛に槍と楯を構えて発される武威に、ラーマは歯噛みした。
ランスロットだけでもかなりの難敵であったのに、そこに凄まじい速力を持つ槍兵が加わったのだ。圧倒的な不利である。しかし幸いなのは、その黄金の鎧を着た戦士は、どうにも一人で戦おうとしている事だったが――その希望の芽を、湖の騎士は丁寧に摘み取った。
「二人懸かりで行くぞ、弟よ」
「……俺にだけ任せる気はねぇのかよ? まさかこの俺が負けるとでも?」
「違う。我らが誉れとすべきは成果のみ。であれば個人の愉悦は優先すべきではない。理想王は強敵だ、万が一を考えれば確実に仕留めるべきだろう」
「……ちっ。兄貴がそう言うんなら、そうするさ」
「クッ……!」
ラーマは、己が敗北する事を悟った。
崖から落ちる。聖剣に切り裂かれた小柄な体。深傷を負ったラーマを仕留めるべく、崖から身を乗り出したランスロットとアキレウスは――しかし、その姿を見失ってしまっていた。
「む……」
「……探してくる。少し待っててくれ」
「気を付けよ。伏撃があるやもしれん」
「誰に言ってんだよ」
アキレウスは自信に満ち溢れたら笑みを残して、単身崖から飛び降りた。
それを見届け、ランスロットは暫し待つ。
しかしアキレウスはすぐに戻ってきた。英霊最速を誇る彼は、短時間で周囲を走り回ったのだ。
「駄目だ、どこにもいやがらねぇ」
「……既にマスターと契約していたか? 令呪で強制転移させたか……」
「なんでもいいだろ。次会えば確実に殺す。それで納得するしかねぇ」
「……ふむ、そうだな。であれば帰還しよう。貴卿も……お前も私と来るか?」
「おう、我らが女王に拝謁させてもらうわ」
そうして、二騎のサーヴァントは去っていく。
気配が遠ざかるのを確認し――彼は姿を現した。
義賊ロビンフッドである。彼は『顔のない王』で姿を隠し、執念深くランスロットを追っていたのだ。
彼は後少しで殺されるところだったラーマに覆い被さり、二人を『顔のない王』で包んで、彼らが立ち去るまで隠れ潜んでいたのである。
「おい、しっかりしろ!」
「ぐ、ぅ……」
ラーマは頬を叩かれるも、呻くだけだった。ロビンは舌打ちする。命に別状はない、とは言えない。彼に応急手当を施しながら、ラーマを担いで彼は歩き出した。
考えるのは敵の狙い。どうして村人を殺さなかったのか。生かしたまま本拠地に向かう目的は?
ラーマは今すぐに死にはしないだろうが、その左肩と脇腹に受けた槍の傷が、治癒されない類いの呪詛に犯されているのを悟っていた。あの槍の能力だろう。
このままではいけない、追跡して敵の狙いを掴まねば。しかしラーマを抱えていては……煩悶する彼だったが、しかしラーマは気絶状態からすぐに立ち直り意識を取り戻した。
「ぅ……? 余は……どうなって……?」
「お? 起きたか。どうだい調子は?」
「っ! 貴様は……!」
「待て待て待て! オレは味方だっつの!」
ロビンの背中から飛び退いて剣を構えたラーマに、ロビンは慌てて隻腕を振って敵意のなさを示した。
ラーマはすぐに剣を下ろす。敵だったら意識のない間に殺されていたと聡い彼は判断がついたのだ。寧ろ助けられたのだとも。
「すまぬ、余ともあろう者が醜態を晒した。貴様が余を救ってくれたのだな?」
「ああ。オレはロビンフッド……みてぇなもんだ。あんたはラーマってんだろ? 知ってるから自己紹介はいらねぇ。……連中はもう行ったぜ。で、オレはそれを追跡中ってな訳だが……あんたをどうするかで悩んでたんだ。その傷だ、足手まといを連れていく気はねぇ。けどほっといたらどっかで犬死にされそうなんで、頭を悩ませていたってワケ」
「……確かにな。手傷を負った余では、あの者らに太刀打ちなるまい。しかしあの無辜の民草を放っておく事も出来ん」
「さいですか。……真面目な話、オレは追跡を続ける気だけどよ、あんたはどうする?」
「無論、余も行く」
ラーマの強い意思の籠った瞳に、しかしロビンは顔を顰めた。
「追跡中、気配を悟られたら終わりなんですけど?」
「……」
「あんたアサシンじゃねぇだろ。しかも傷を負ってるときた。気配を上手く消せるとは思えないね」
「……しかし」
「しかしもかかしもあるか。……って、何言っても無駄臭いな。ならこうしようぜ」
引きそうにない少年王に、ロビンは早々に折れた。時間の無駄だし、何よりこの手の頑固さを持つ手合いはテコでも動かないと知っている。
なら早めに妥協した方が合理的だ。それに……ロビンとしても、あの理想王が近くにいてくれるというのは心強い。
「オレが先行して追う。そん時に道標になるもんを落としながら行くから、おたくはそれを辿りながら後から来ればいい」
「……いいのか? 貴様は無用な労を負うだけだぞ」
「構わねぇよ。味方は多い方がいい。変に撒こうとはしねぇから安心しな。……話してる時間が惜しい、オレは行くぜ」
ロビンはそう言って『顔のない王』で姿を消す。この手の宝具が流行りなのかとラーマは思った。
そうして、ランスロット達はメイヴの待つ城に帰還する。
道中に出くわした十人の男達を捕縛して。
……その中には《白髪に健康的に日焼けした肌》、《金の右目と琥珀色の左目》を持つ、精悍な人間も混じっていた。
――時は1783年。カルデアより単身で迷い込んだ男が、丁度一年の歳月を経た時の事である。
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