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人理を守れ、エミヤさん!

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ケルト的運命の出会いだね士郎くん!



 サーヴァントとは、度重なる戦により武勲を挙げた歴戦の英雄がなるモノ――ではない。

 その正体は英霊である。神話や伝説の中で為した功績が信仰を生み、その信仰を以て人間霊である彼らを精霊の領域にまで押し上げたモノ。その英霊を英霊足らしめるものは信仰だ。人々の想念を昇華したものであるが故にその真偽は関係なく、確かな知名度と信仰心さえ集まっていれば、物語の中の人物や概念、現象であろうが英霊となる。
 故に誰しもが戦巧みなる名将、武勇に長け足る勇士である訳ではない。中には戦いとは無縁の女スパイ、童話の絵本、悪名高き魔女、時代の変遷に巻き込まれた美しいだけの王妃、無辜の怪物と化した拷問狂の伯爵夫人も英霊として存在する。
 そうした戦技に疎いモノもまた、サーヴァントとなる事で戦い方というものは覚えられるが、余程宝具が強力であるか、英霊としての相性が良くなければ生粋の戦巧者に勝るものではない。

 故に。

「これで――五十ッ!」

 縮地の歩法を扱わず、対人魔剣も振るわず、対軍宝具である誠の旗も立てず。
 平凡な剣技を尽くすだけで、サーヴァントの軍勢は沖田一人に壊滅させられていた。

 如何に最高位の使い魔であるサーヴァントと言えども不完全な霊基である。その性能は低く、元々が戦に長けていないが故に連携も拙く、その連携をこなそうとする自我や知性すら足りない。それで魔法の域の魔剣を極めた沖田を止められるはずもなかった。
 相手がか弱い少女、妖艶な女の姿をしているからと容赦する剣者ではなかった。敵となれば掛ける情けなど欠片も持たないのが壬生の狼。呵責なき剣穿は心臓を穿ち、眉間を貫き、首を刎ね、脳天を割る。
 宝具を使おうとする者は皆無だった。扱えるだけの霊基が、魔力すらもが足りない。ケルト戦士団の個体よりも性能としては高いが――これでは戦士団の方がまだ手強いと言えるだろう。

 俺は余りの惨状に目も当てられない気分だった。

 ――おかあさん

 双剣銃より弾丸をバラ撒きながら、同時に虚空に投影した剣群を絶え間なく掃射している。沖田は俺に近づくモノを優先的に始末しているだけだ。それでも、あっと言う間に次々とサーヴァントと呼ぶのも憚られる敵を斬り伏せていく。
 百体に分裂し、ケルト戦士より何倍も弱くなってしまった『百貌』は俺が粗方始末した。残りは五十騎ほど。生き残りの中にはあのメドゥーサやメディアもいるが、メドゥーサは半端に自我があるせいか味方を巻き込まないように石化の魔眼を使っていない。

 ――ママ

 本来の彼女なら、自我と知性が希薄で宝具を使う魔力もない味方など宛にならないと判断し、味方ごと俺と沖田を石化させようとする冷徹さを見せたはずだ。神代の魔女メディアは、流石に知性が激減していようとも元々が極めて聡明な女性である。落ち着いてこちらを観察しているが、放つ魔術は悉くが情けないものに型落ちしている。剣弾であっさり相殺してやると、やるだけ無駄と諦めたように魔力弾を飛ばして来るだけになった。

「……醜態だぞ、メドゥーサ。コルキスの王女」

 ――母上……

 メディアは俺の中の霊基が知っているだけで、俺と直接面識がある訳ではない。しかしメドゥーサは共に戦った事のある仲間だった。些かの憐憫を覚えてしまうほどに、弱かった。嘗て慎二をマスターとしていた頃よりも遥かに。
 見ていられない。出来ればこんな二人は見たくはなかった。奇襲を仕掛けてきたのだから、なんらかの勝算はあるはずだと思っていたが。肝心の指揮官がいる様子もない。まさに烏合の衆である。

 ――……お母様

 コイツらは何しに来たんだと疑問を抱くほど脆かった。断末魔が揃って母への無念である事だけが、疑問と言えば疑問だが。それとておおよその予想は立てられる。
 多数のケルト戦士を生み出す能力の持ち主、ケルト側の黒幕が、聖杯でなんらかのインチキでもしたのだろう。霊基は脆く、自我は薄く、知性は足らず、魔力も薄い。しかしながら宝具だけは確りと持っているらしい。残留霊基(シャドウ・サーヴァント)ではなくサーヴァントの成り損ない、未熟児のようである。
 報われない。こんな真似をやらかした外道には、相応の報復を本来の彼女達に代わって行わねばならないだろう。――だが俺は悪魔的な閃きを得ていた。
 サーヴァントとしては見る影もない彼女達だが……。宝具だけは本物である。で、あるならば……《奪ってやればこちらの戦力向上に繋がる》。或いはいずれカルデアが来た時その宝具を触媒に本人を喚ぶ事も出来るだろう。

 ――不思議と。そんな畜生じみた発想に忌避感はなく。また実行に移すのに躊躇いもなかった。

 彼女達の代わりに報復してやろうという義憤。
 役に立つものを略奪してやろうという、非道。
 矛盾する思想がある。

「お前にしよう」

 吟味の時は短い。元より相応しい格の持ち主が少なく、俺に向いている武装を持っている女の英霊は更に少なかったからだ。
 先端に槍の穂先をつけた旗を振るう聖女に狙いをつける。貧弱な膂力より繰り出された旗を黒剣銃で難なく弾き、その背中を沖田が切り裂いた。よろめく彼女に馬上から蹴りを叩き込み、仰向けに転倒した彼女に馬上から飛び降り様に膝を叩き込む。
 呻いた聖女の眉間に銃口を突きつけ、発砲。聖女が消滅する前にその腰から剣を奪い取って、魔力殺しの聖骸布を投影して素早く包んだ。アンドロマケに飛び乗り、敵軍を見渡す。そして自身の周りに『熾天覆う七つの円環』を現して防禦を固めると、淡々と沖田に指示を飛ばした。

「春。眼帯の女を斬れ。石化の魔眼を使う気になったらしい」
「――はっ!」

 沖田が俺の傍から消える。一度目の縮地。反応の鈍いメドゥーサの背後に移動しその首を刎ね飛ばした。
 悪いな、メドゥーサ。カルデアにはチビの桜もいるから、その気があったら来てくれ――そう呟く。
 『熾天覆う七つの円環』で身を守りながら、魔力殺しの聖骸布で包んだ宝具『紅蓮の聖女』をアンドロマケの鞍に括りつけ――はたと我に返る。

「  」

 ゾッとした。戦慄した。無意識の行動に。英霊の誇り、サーヴァントの持つ信仰そのものと言える宝具を奪い取り、それに何も感じていない自分に気づいた。その事実に肌が泡立つような悪寒を感じる。今までの己なら絶対にしなかった行為……。戦力の向上に使えるかもしれない、それだけの理由で躊躇いもしなかった己に恐怖を懐く。
 薄紅の七枚楯に、沖田が離れた隙に集中砲火が浴びせられている。しかし一枚足りとも守りの花弁は破られていない。己の所業に絶句していた俺は、それで意識を切り替える。今は悍ましい行いを省みている場合ではない。俺はアイアスの楯を展開したまま無数の投影宝具を虚空に現し、冷徹さに徹して剣群を射出し続けた。

 やがて女サーヴァント達は、メディアを残して全滅してしまった。俺は敢えてアイアスの楯を消す。
 沖田は瞬時に距離を詰め彼女を斬殺せんと刃を閃かせるも、その前に彼女はマントを翼のように広げて飛翔する。逃がすものかと剣群を射出する素振りを見せた。――と、

「お春。俺の後ろだ」

 あたりを付けて指示を発する。沖田は声もなく反転し俺の背後に跳んだ。剣戟の音色、鋼と鋼がかち合う硬質な響き。火花が散っていた。
 俺の背後に姿を現したのは華奢な少女である。肩や腰のみを守る日本武者の甲冑を纏い、狸の尾のような鞘を提げ、日本刀を両手で振るっている。
 見え透いていた。あれだけの数のサーヴァントの成り損ないを隠していたのはメディアだろう。彼女にしか出来ないほどの姿隠しの魔術である。見る影もなく劣化している彼女だが、その知性の片鱗は残っているようだった。故に最後まで生き延び――当て馬にしかならないと見切りをつけていた味方には期待せず、奇襲に適した本命を最後まで忍ばせ、守りを解けばぶつけてくると思っていた。
 案の定……一瞥して刀を解析するに、牛若丸という真名のサーヴァントを隠していた。源義経が女だったという驚きはあるが、固まるほどではない。彼女もまた大幅に劣化しているだろうに、沖田と数合刃を交えるほどの剣腕を魅せるも、あえなく斬り捨てられる。決着を見届けずそちらから視線を切り、空中に逃れたメディアへと多数の剣群を投射して串刺しにした。
 メディアと牛若丸も消滅する。なんの達成感もないやるせなさだけが残った。

「戦闘終了です。大勝利ですねっ、シロウさんっ!」
「……ああ、そうだな」

 果たして勝利なのか。まるで失敗作を処理しただけのような気もする。
 非情な剣士としての貌から一転、晴れやかな笑顔を浮かべる沖田を横に沈思する。幾らなんでも弱すぎるのに……宝具だけは確り持っていたというのは、なんともちぐはぐ感を拭えない。
 それに――殆ど違和感もなく敵サーヴァント、ジャンヌ・ダルクから宝具を簒奪した自分自身。普段はなんともないが、鉄の心を固める戦闘時には合理性のみを追求する面が強くなっていた。危険な兆候である。魔神柱もどきを始末した時以来、固有結界の弾丸など撃ってはいないが……たったの二発だけで、随分と内面が変化している気がする。

 それはさておくとして、奪ってしまった宝具はどうするのか。敵サーヴァント軍団を殲滅こそ出来たが、彼女達はなんの目的があって奇襲を仕掛けてきたのか……。何故こんなにも弱く、指揮官が誰もおらず、捨て石の如く玉砕したのか。結局誰も最後まで逃げようともしなかった。メディアの飛翔も、こちらを牛若丸で不意打ちしようとする為の布石でしかなかった。
 考えねばならない事は山ほどある。
 ケルト軍の頭目は……戦士を乱造可能で、且つ戦士を統べていて、聖杯で滅茶苦茶な事を仕出かしそうな王と言えば……コノートのメイヴぐらいなものだろう。この推測があたりだとすれば、メイヴは何故女の英霊をこんなにも産み出した? この際どうやったのか、その詳細はどうでもいいとして……。クー・フーリンの夢の中で見て、実際に感じた印象にある限りだと……メイヴは強く、嫉妬しない男の戦士を好んでいる。「過去から現在、未来に至るまでの全ての男達の恋人」を自称する破綻者が、捨て石としてであっても女を産み出そうという発想を持つだろうか。
 それらを踏まえて考察するに……この未熟な霊基の女英霊達は――

「《試作品》、か?」

 或いは多数のサーヴァントを無理矢理に召喚しようとしているが、不馴れなのか力が足りないのか、効率が悪いのか、召喚形式をまだ確立出来ていないのか。
 ……勘だが、養分(ちから)が足りず、召喚形式がまだ不安定、といったところだろう。
 いずれは男の、歴戦の戦士であるサーヴァントばかりを産み出せるようになるかもしれない。そうなれば――極めてマズイ事態となる。

 頭が痛い問題だ。敵の本拠地はワシントン州辺りだろうが、そこまで攻められる勢力はない。本拠地を他所に移している可能性もある。現地勢力との接触も出来ておらず、そちらと協力出来るかも不明だ。さらに言えば――いや、そちらはいい。
 舌打ちする。沖田は不思議そうに馬上の俺を見上げてきていた。魔力殺しの聖骸布を取り、包んである炎の聖剣を消滅させようと思う。

 奪っておいて何を今更と思われるかもしれない。しかし我に返った今は、俺が持っておいてもいいものではないと思ったのだ。しかし――



「――なんだ。捨ててしまうのか? 勿体ないのう」



「――」

 俺と沖田の眼前に、唐突にその姿を現した女のサーヴァントに、瞬時に戦闘体勢を取る。
 しかしその槍兵は待てと言うように槍を小さく振った。――俺にとって頼もしさの象徴である朱槍を。

「一先ずは見事な戦振りであったと讃えよう。窮地に陥るようであったら助太刀しようと思っておったが、どうやら要らぬ心配だったようじゃな」
「――」
「儂にお主達と事を構える気はない。ケルトからお主らに鞍替えしようと思ってな。どうじゃ、儂を雇ってみる気はないか?」
「あんたは……」

 肌に張り付くような黒い装束。二振りの朱槍。
 誇り高く、何者にも傅かない、生まれながらの王者としての風格がある。紅い瞳、赤みを帯びた黒髪、鋭利な美貌――俺は隻眼を見開く。そして、思わず問い掛けていた。

「スカサハ、か……?」
「如何にも。というより知っておるだろう?」

 鷹楊に応じた影の国の魔女――スカサハは。
 魂の腐敗など欠片も感じさせない、サーヴァントらしい全盛期の魂を持って、自信に満ち溢れた若々しくも不敵なる表情で微笑んだ。

「我が最高の弟子より死を馳走された愚かな師。人理を守護するカルデアの前に愚昧にも立ちはだかった醜悪な魔女。カルデアのクー・フーリンに心臓を穿たれたモノ――スカサハ。いつぞやの迷惑の借りを返すまたとない機会じゃろう? どうじゃ、影の国の門番の力……お主の下で使ってみる気はないか?」

 唐突に現れ、突然の申し出に、俺は目を白黒させ。

「――あんた。意外と婆臭い喋り方なんだな」

 思わず地雷を踏んでいた。まず、と焦る俺に。しかし意外にもスカサハは明朗に微笑み、言い直す。

「《私の名はスカサハ》。我が弟子の主上よ、此度の戦陣に私を加えるがいい。弟子に劣らぬ槍をお主の為に振るう事を約束しよう。――どうだ、こちらの喋りの方が好みに合うか?」

 そうして。

 魂の腐敗は無く。しかしてその武練に衰え無く。
 美と武、知と魔。ありとあらゆる分野を極めた稀代の大魔女が、『人類愛』の許に参じたのである。







 
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