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人理を守れ、エミヤさん!

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安定の女難EXだね士郎くん!






 ふと思う。沖田は数えないとして身の回りの女性で素直な娘ランキングを作ると、五位がアルトリア。四位がバゼット。三位が桜。二位が白野、同率マシュ。そして一位はアンドロマケではなかろうかと。
 嫌な顔一つせず俺と沖田を相乗りさせ、斥候役の兵士も乗せる。しかし顔を知らない奴は絶対乗せようとしない。そのくせ乗ってるのが俺一人の時は物凄く喜んでる。なんだコイツは天使だったのか? もしや北米随一のヒロインはアンドロマケだったのではなかろうか。気立てがよく、毛並みもよく、馬の中では愛嬌のある瞳。黒馬という点も実にいい。最高だ。
 戦の時だってそうだ。怖がりで臆病な馬の例に漏れず、アンドロマケは荒事の空気を感じると恐怖に駆られるようだが、俺が乗っている時だけは信じられないほど勇敢で、果敢に敵に向かうのだ。そのくせ興奮し過ぎず、俺の意図を確りと汲んで動いてくれるし、俺が気づいておらずとも、背後から接近してくる敵には必殺の馬蹴りを浴びせてくれた例もあった。

 よくあるサブカルチャーにあるように、彼女が擬人化すれば求婚してしまうかもしれない。疑似サーヴァントが現実にアリなら、馬の擬人化もアリではなかろうか。広い世の中、何でもアリな英霊の座なら、或いは何かの物が擬人化したサーヴァントもいるかもしれないではないか。日本の付喪神的な感じでもあるかもしれない。
 なんとなしに首筋を撫でると、アンドロマケは小さく嘶いた。もっとやってとでも言うように。
 愛い奴め。こうか、こうして欲しいのか。撫で擦り続ける。アンドロマケは一向に嫌がらない。というか寧ろ嬉しがっている気がする。ここまで懐いてくれる動物ははじめてで俺も嬉しい。フォウの奴は可愛いのは見てくれだけだしな。カルデアのマスコットはアンドロマケに交代でいい気がしてきた。

「……」

 沖田との相乗りでは、沖田が俺の前に座る。小柄なせいか彼女は腕の中にすっぽり収まっていた。
 その沖田は無言で、アンドロマケを撫でる俺の手を眺めている。……なんかすっごく恐い。お願いだから何か喋ってほしい。陽気じゃない沖田さんとか嵐の前のなんとやらではないか。というかこの空気、覚えがあるぞ。どこでだったか……クッ、固有結界の切り売りをやり過ぎたせいで思い出せない……!
 おのれアラヤ! これもそれも全部お前のせいだ! 人理が焼却されたのも、キアラに遭遇してしまったのも、なんか腹が痛いのも、俺が苦労してるのも、ついでに沖田の機嫌がなんか悪いのも全部お前のせいだからな! これは裁判沙汰ですよ……第一回英霊裁判で有罪にしてやる。裁判長はクー・フーリン、陪審員はフィンとディルムッド、女神からの無茶振りに定評のあるパリスくん、円卓出向組のランスロットとトリスタン辺りで裁判を行うのだ。ゲストとしてマーリンを呼ぶのも吝かではない。見事に女難ばかりの面子だ。ブリテン組は割と自業自得だったりするが。

「シロウさん、今すっごくバカみたいなこと考えてません?」
「……何を言う。私は常に今後を見据えて動くべく、真剣に頭を働かせているさ」

 突然口を開いた沖田。その後頭部に真面目腐って答える。いざという時は赤い外套の弓兵モードでやり過ごせるのだ。外行き用の口調でもある。なんかしっくり来るのだ。尤も俺の地がこんな感じなので長続きはしないが。

「嘘です。どうせ女の人のこと考えてたんでしょ……なんかシロウさんって、土方さんみたいに沢山遊んでそうですし……」
「失敬な。遊んだ事などあるものか。私は常に真摯にあらゆる女性と向き合ってきた。命の危険を感じさせられた女性からは逃げてしまったが……」
「……」
「基本。可愛い娘は誰でも好きだよ、オレは」
「……」
「ああ、言葉の綾だ。あくまで基本であって、誰彼構わず手を出すような真似は誓ってしてない。告白すると私は自分から手出しするスタンスではないからな。過ちを犯してしまったのは一度きり――ぐはっ!?」

 無言で沖田が肘鉄を脇腹に叩き込んできた。結構な威力に苦悶する。な、何故……?

「女の子が目の前にいるのに、そんな事言う罰です。猛省してください。後その喋り方、無性に腹立つのでやめてくださいね」
「す、すまん……」
「許しません。……ゆ、許して欲しかったら……」

 かぁ、とまた耳まで赤くなる。どうした、発作か? 背中を撫でてほしいのか?
 沖田は蚊の鳴くような声で、ぼそぼそと言った。

「ぎゅ、ぎゅって……してくださぃ……」
「……」
「な、なんですかっ。正当な謝罪要求です! それだけです!」
「……そ、そうか」

 言われるがまま沖田の体に腕を回し、抱き締める。背中が完全に密着し、沖田の体温が更に上がったのが分かった。心臓が早鐘を打っているのも。
 はゎ、と声を漏らして沈黙する沖田。抱き締めてほしいとか、父性にでも飢えてるのかね……。……いや、鈍感ぶるのはやめよう。らしくないにもほどがある。どうやら……沖田は……。

「……」

 気づかれないように瞑目する。こちらにそんな気はなかったのに、どうしてそうなるのか。
 東西の顔立ちの差はあるにしろ、アルトリアに似ているから多少は意識はしてしまっていた。それは認めよう。が、それを言ったらネロも同じだ。少しばかり甘くなってしまった自覚はあるが、こうまで慕われるのには首を捻ってしまう。
 しかも沖田は話してみた感じ、享年の二十代半ばではなく、外見通り十代半ばほどのメンタルをしているように見える。慕い方がうぶな少女のそれで、俺にはどうもやり辛い。好意を向けられるのは嬉しいが、応える気はないんだが。かといって突き放せば今までの関係が拗れるだろう。
 知ってるぞ、俺は詳しいんだ。こういう時に限って面倒な事になると。沖田の場合、想いが実らなかったら激しく気落ちし、カラ元気になる。そしてそのまま戦闘になって普段通りに戦えずに倒されるんだろう。都合よく強敵とかが出てくるに違いない。

 どうしたものか。心なしかアンドロマケの機嫌が急降下してる気もする。それでも大人しいものだ。誰とは言わないが見習ってほしい。やはりアンドロマケこそ最高の相棒である可能性が浮上するな。
 適当な策として、沖田にそれとなく失望される振る舞いをして、恋心を捨てさせるという考えが浮かぶも却下する。こんなギリギリな状況下では、ささやかな失態すらもが死に直結しかねない。余計な真似は厳禁だろう。
 直接振るのはメンタル弱めな沖田には悪い。戦闘に支障を来しては最悪だ。それに――最も弱るのは、俺が沖田の想いに応えたとしても、困る事はなにもない事だ。精々俺が個人的に、似た顔だからと意識してしまっていたアルトリアに申し訳なくなるぐらいで……。「そんなものは無視して沖田と仲良くなれ」というのが、人理焼却された人々からの大方の意見となるだろう。合理的な部分の自分はさっきから「いいじゃないか。誰も損をしない」と囁いてくる始末。
 俺はなんとなしに理解したが、この合理化の化身みたいな部分の俺は、霊基からの囁きであるような気もしてくる。夢に見たしな。黙れ、さもないとキアラに会うぞこの野郎、そう脅しつければ一瞬で沈黙する仕様だ。なおその場合、最大のダメージを受けるのは俺である。ウルトラ求道僧がなんとか漂白してくれてたらいいなぁ、と希望的観測を懐く。
 
 ……現実逃避ばかりもしてはいられない。かっぽかっぽとアンドロマケが蹄を鳴らし、荒野を行く。城から離れて二日経っていた。西に東に無作為に散策しているが、生存者の姿やサーヴァントは見掛けなかった。道中ケルト戦士団を見掛けたが――戦うか戦闘を回避するか悩んでいる間に、何故か一瞬にして蒸発してしまった。
 文字通り跡形もなく消え去ってしまったのだ。もしやケルトの首魁に何かあったのか。カウンター・サーヴァントが仕事をして、斃してしまった可能性はあるが、それはないだろうと思う。この特異点の元凶らしき者が斃されたなら、人理定礎が復元されるはずだからだ。……思えばこの時点で猛烈に嫌な予感がして、胸騒ぎを覚えたものだが……それ以来、蝗のように存在していた戦士団を見なくなっていた。

「ぁ、あの、シロウさん? 私……この病弱っぷり、どうにかしたいんですけど……どうにかなりません?」

 俺が壮絶に嫌な予感に襲われているのも知らず、沖田は呑気にもそんな事を照れ臭そうに訊ねてくる。
 城から出て四日目の事だ。本当に何もなかったからあっという間に時間が過ぎている気がする。持ってきている食糧と水は、後二日分はあるが。節約できるならするしかないので、食えそうなものを発見したらそちらを食している。
 辺りに目を配りながらも適当に応じた。どうにか出来るならとっくにしてると思いながら。

「……令呪で抑えるぐらいだな。まあ英霊としての存在から来るものだから、一度発作を抑えるのが精々だろう。端的に言うと恒常的に抑えるのは無理だ」
「ですよねー。ぅぅぅ、シロウさんのお役に立ちたいのに……また足引っ張っちゃったらどうしよう……」
「根本的にどうにかしたいなら、カルデアの誰かさんみたいに英霊としての自分を放棄して、新たに別の人間として受肉してしまうしかないな。春がそれで『新撰組』だった事実が消えるでもなし、沖田春とかにでもなれば、春の死因だった肺結核も普通に治療できるしな」
「え!? シロウさんの時代では治るんですか!? この呪い!」
「治る。飲み薬で治療するもよし、アイリさん……カルデアの回復役のサーヴァントだな。彼女の宝具で治癒するもよしだろう」
「へぇ~……なるほど……そんな手が……」
「……」

 なんで乗り気なんですかね。英霊としての自分を放棄するとか普通は断じて否と言うところだぞ……。

「え? なんでですか? 英霊としての誇りなんか私にはありませんけど……。私の掲げた誠の旗は、宝具としては使えなくても、誠の字を失うわけでもありませんし。ぶっちゃけ心の持ち様です。それに英霊としての霊基を投げ捨てても、私の剣が劣化する事なんてありませんよ?」

 だってこれ、スキルでも宝具でもありませんし。生前から使えてましたから、身体能力が落ちたところで使えなくなるわけではありません――と沖田。
 言われてみれば確かに。身体能力が普通の女の子のそれになったとしても、それは生前のそれに戻るというだけで、礼装なりなんなりを持てば普通に今の沖田の技量のままでサーヴァントとだって張り合える。真剣に考えてみれば受肉は沖田的にはアリだ。病弱っぷりがないパーフェクト沖田とか最高ではなかろうか。
 英霊のクラス別スキルとしての『気配遮断』が消えるのは痛いが、気配を断つぐらい俺でも出来るんだから生身の沖田にも可能だろう。縮地は技能だし、対魔力は元々ないようなもので、礼装で代用可能。考えれば考えるほどデメリットがなくなっていく。
 生身になれば慣熟訓練などはしなくてはならないにしても、それが済めば無限縮地と連発解禁された三段突きが可能という事に……安定感も体力もグッと増えるとなれば……あれ? これはひょっとしたら名案なのでは……?

 テキトーに口を動かしただけなのに、真剣にアリな気がして――



「シロウさんッ!」



 ――唐突に殺気を漲らせた沖田が、俺の腕を振りほどいて一瞬で馬上から飛び降り、飛来した短刀を弾き飛ばした。

 沖田の愛刀が閃き、火花が散る。
 瞬間的に俺の意識が切り替わった。魔術回路起動。双剣銃を投影する。沖田を無視して俺を狙った短刀を撃ち落とす。そして襲撃者は沖田を無視した代償をその身を以て支払った。気配遮断がほつれ、姿を現した女暗殺者を一刀の下、抵抗も許さず斬り伏せたのだ。その刃は女暗殺者の首を刎ねている。
 短刀から真名を読み取れる。その独特な仮面からも察しはついていた。『静謐』のハサン……。
 敵サーヴァントだ。だが奇襲は防いだ。ハサンも斃した。何も問題は……問題、は……。

 愕然とする。

 荒野。見晴らしのいい地形。
 そこになんらかの魔術で姿を隠蔽し、身を隠していたらしいサーヴァントが姿を現したのだ。

 《総勢100近いサーヴァントが》。

「――」

 沖田もまた驚愕に眼を見開いている。
 中には『百貌』のハサンがいた。しかしまだ分裂していない。
 コルキスの魔女メディアもいる。石化の魔眼を持つ女怪物もいる。その他幼い子供や絵本を持った少女など――女のサーヴァント部隊とでも呼ぶべき軍勢が、そこにいたのだ。

 一瞬、絶望が過る。

 しかしはたと気づいた。気づいて、沖田に問う。

「今の暗殺者……《弱くなかったか》?」
「――はい。霊基が不完全な感じです。戦闘力は然程でもありませんでした。意思も希薄なようです。まるで……」
「不完全な召喚をされたみたい、か?」

 首肯する沖田。絶望は過ぎる。活路は見えた。
 同数のケルト戦士団より強いだろう、彼らより個性的だろう、彼らよりバリエーションに富んでいるだろう――しかし。それだけだ。
 ならやりようはある。脳裡を席巻する敵軍勢の正体に関する考察を今は封じ、俺は沖田に指示を飛ばす。

「――俺が詰める。春は敵を適当にいなし、俺を守ればいい。往けッ!」

 承知。そう応じた沖田が、馬腹を蹴って黒馬を駆けさせる俺に合わせて疾走する。
 ――ケルトとの戦い。それは、早すぎるほど早く、転換期を迎えた。









 
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