人理を守れ、エミヤさん!
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女難転じて福と成すのが士郎くん!
前書き
かつていただいた挿絵となります。
キアラ、ウルトラ求道僧、士郎くんの三人。「聖者の行進」という題がありました。
第五特異点での士郎くんと沖田さんの二人。恐ろしくクオリティの高いものです。
復活した挿絵はこれだけ……。
「なるほど。それでカウンター・サーヴァントを探しておる訳か」
俺から聞かされた『人類愛』の現状に、スカサハは難しそうに頷いた。ふむ、と形のいい顎に手を当てて考え込むスカサハだが、その眼は好戦的に沖田と俺を品定めしている。まるで肉食の獣が舌なめずりをしているような印象があるが、ケルトは大体こんな感じがデフォルトなので気にしない。
影の国の門番、神殺しのスカサハと言えば、ケルト神話でも屈指の頭イッてる系魔女である。一位はメイヴで二位はコンホヴォル辺りではなかろうか。
クー・フーリンを弟子にして、彼が影の国にいる間のメンヘラ的な行動や、クー・フーリンが修行を終えて去ってからのスカサハの反応は本物のアレである。
加えてクー・フーリンと宿敵オイフェの間に生まれたコンラを、コンラがクー・フーリンの手で殺されると分かっていて鍛え、アルスターに送り出す真性のアレでもある。しかしそれは、その時点で魂が腐り果てていたが故の所業だったらしい。
全盛期の体、全盛期の腐っていない魂、全盛期の智慧と技量を兼ね備えた、切望していた死を得て英霊となったスカサハなら、そんなメンヘラ一直線な真似はしないだろう。……しないといいなって思う。
沖田はスカサハの好戦的な視線にも自然体を保っている。しかし何時仕掛けられても即応できる間合いと姿勢だ。
斯く言う俺は仕掛けられた瞬間死ねる間合いなので無防備である。沖田がなんとかしてくれるだろと丸投げ状態だ。是非もなし、槍の間合いの俺は無力なのである。
「そうだな。俺としてはあんたが仲間になってくれるなら万々歳だが――生憎とまだまだ戦力は足りないと踏んでいる」
「そうだろう。私もそう思う」
おや、と眉を動かす。俺の率直な考えに、てっきり何らかの不愉快さを示すと思ったのだが。
スカサハの戦士としての力量からして、自分が加わるだけでなんとかなる、そう自負していてもおかしくないと思っていた。だがしかし、どうやらスカサハにもクレバーな思考はあるらしい。いや女王ともなれば当然なんだろうが。
「私だけではメイヴの軍や、あの馬鹿弟子には勝てぬよ」
「やけに素直に認めるな……」
「ふ。私を殺せる者は馬鹿弟子ぐらいなもの。それがあのようなザマなのは癪だが、力だけは本物故な。認めるべき点は認めるとも」
苦笑して肩を竦めるスカサハ。
かっぽかっぽと歩くアンドロマケは、その艶やかな尾でビシビシと傍らを歩くスカサハを叩いている。
随分と嫌っている様子だが、スカサハに気を悪くした様子はない。寧ろ面白がっている。随分と賢しい馬ではないかと。彼女は動物の勘か、スカサハに滲んでいる死霊の気配を感じ取っているらしい。
それはスカサハ自身のものではない。余りにも多くの悪しき妖精、堕ちた神を殺し過ぎた故に、魂魄にまで染み込んでしまった魔力の類いである。スカサハはアンドロマケの行為が、自分や主に害がないか確かめているだけだと察しているから好きにさせているのである。
「――私は醜い魔女だ」
彼女は夢見るように語る。
「人理焼却の折、私のいた影の国もまた燃やし尽くされ、私自身も人理を修復するまでは仮初めの死を得るはずだった。しかし魔神柱の思惑か――私の許に聖杯が現れた。その時に未来を視てしまったのさ、お主に召喚された、私の槍を持った弟子が乗り込んで来る未来をな」
「未来視の千里眼か」
「うむ。余り多用するものでもないが……視てしまったばっかりに自らの欲望を抑えきれなんだ。……私は魔神柱の思惑に乗り、影の国を特異点とした。それがどれほどカルデアにとって迷惑なものか承知していて尚、私欲を優先したのよ」
「……」
「果たしてセタンタめは影の国に舞い戻ってきた。はじめて私の許に修行に来た時とは比べ物にもならぬ力を携えて、な。嬉しかったよ、同時に楽しかった。私が聖杯を用いて復活させた海獣クリード、七騎のサーヴァント……カルデアにマスターとして加わった皇帝ネロ、お主の有り得たかもしれぬ未来の者、彼の騎士王にアルカディアの狩人……ああ、お主の養父もおった。死闘を繰り広げ、最後には私の視た通りセタンタも戦線に加わり、奴は私の許に突っ込んできおった。ふふふ……その時、私はなんと言われたと思う?」
「さあな。大方『この死に損ないのイカレ婆、いつかの約束通り、殺しに来てやったぜ』とでも言われたか?」
「はっ!」
愉快そうに、痛快そうにスカサハは笑った。心底可笑しな事を聞いたとでも言うように。
「一言一句違わずその通りの事を言われたわ! なるほど、お主の気質はあの弓兵よりもセタンタ寄りなのだな? 道理で不愉快ではない。奴が気に入るのも頷けるというもの」
「ランサーを通じて俺が知ってるアンタと、今のアンタを一緒にするべきじゃないのかもしれないが……俺の知ってる限りだと怒り狂いそうな物言いだったろう」
「全く以てその通り、儂はあの時はつい、手元が狂ってしまいそうだった。所詮はサーヴァント、生きておる儂、いやさ私にとってそのクー・フーリンは余りに弱かった。当然だ、サーヴァントとは神代の者にとって劣化させられた枠組みに納められたモノ、生きておる私とは比べるべくもない弱さだったとも。簡単に殺せてしまうと思っておった」
「……」
「しかしな……いざ槍を交わしてみれば、どうだ。私は奴を殺せなかった。はじめは遊び半分、次第に本気になっていったが――どうした事だ? 技、力、巧さ、あらゆる点で凌駕していたにも関わらず、奴は一向に斃れぬ。気づけば全身全霊を賭して槍を振るっておったよ。ルーンも全開にし、魔境の叡知も惜しみ無く注ぎ込んでおった。だが……やはり斃せぬ。私には分からなかった。何故斃せぬ、何故己よりも弱いはずの者を相手にこうも手こずる。遂には問いかけておったよ。儂の方が強い、なのに何故儂はお主を殺せぬ、とな。まるで白痴のように」
「『英雄ってのは、力だけで捩じ伏せられるほど容易いモンか? それともアンタの弟子は、ただ強いだけの化け物に遅れを取る未熟者なのかよ?』……そう言われたんだろう」
「如何にも。それとこうも言われたよ。『昔のアンタの方がよっぽどおっかなかったぜ。どれだけ力の差があっても、今のアンタには負ける気がしない』とな。……ふふ、今のは似ておらんかったか?」
「全然似てないな。アンタ、物真似の才能だけはなさそうだ」
言いおるわ、とスカサハは愉快そうだった。
魔女は二本の朱槍を手の中で旋回させ、その場で槍を振るう。さながら目の前にクー・フーリンがいるかのように。
激しく虚像と戦う素振りを見せる。まるで舞踏だ。凄烈にして凄絶、極みの槍の連撃。都合十一閃、俺なら十回死んでるなと思い呆れてしまう。
戯れめいたそれに、つくづく接近戦のマズさを痛感してしまった。キレ、迅さ、巧さ、自分とは比較にもならない。殺気の乗っていない槍でこれだ、ランサーの奴はこれより何倍も強い生前のスカサハを斃したのか。やはり大した奴だ。
「至福の瞬間だった。幾ら槍を振るっても斃れぬ愛弟子……それどころか次第に反撃されるようになり、私の体にも傷を負わせて来るようになった。私は信じられなかったが――同時に嬉しくて堪らなかったとも。この領域まで……私が二千年かけて至った境地にまで食らいついてくるかと。結末は知っての通り、『捻れ狂う光神の血』を発動したセタンタめに、儂もまた化生としての本性を顕して血戦に移った。そして――負けたよ。信じがたい事に、私よりも何倍も弱いはずのセタンタに。そこではじめて思い出した。『英雄は負けられない戦いには絶対に負けぬものだ』とな。だから英雄と呼ばれるのだと……そんな初歩的な在り方すら、あの時の私は忘却していた。翻るに私は『死にたがり』で、戦士としての心意気すら劣っていた。まさしく負けて当然だったという訳だ」
敗れ、死んだ。本当の意味で英霊の座へと招かれたスカサハは、そうして本当の意味で魂を救われた。
そこで漸く自らの所業を省みたのだ。そしてスカサハは思ったらしい。《割に合わぬ》と。
私利私欲で人理を滅ぼす側に荷担するなど笑止千万である。誇り高く、気高い魂を取り戻したスカサハは誓った。人理を修復する戦いに於いて、必ずカルデアへ味方すると。贖罪ではない。自らにとって、それは過去の己との訣別である。
「故に私はお主に味方をするのだ。全面的に協力させてくれと、頭を下げて願おう。私の度しがたい愚行、それを灌ぎ、腐臭のする魔女と訣別するには必要な儀式なのだ。でなければどの面下げてセタンタに会えようか……頼む。私がお主の……カルデアの戦列に加わる事を許してほしい」
脚を止めて頭を下げたスカサハに瞠目する。隻眼を見開き、信じられないものを見た心地となった。あのスカサハが、頭を下げて頼むだと? 逆にこちらから頼みたいというのに。
このまま馬上から応じるのでは礼を逸している。アンドロマケから降り頭を上げてくれと告げるも、スカサハは構わず続けた。
「私は魔道を窮めた。出来ぬものはそうはない。望むならお主の左目も治そう。そして――その身に宿している霊基の補強をしてもいい」
「――何?」
スカサハの言に俺は驚愕する。魔道を窮めた者からすれば、そんなにも今の俺は……視ただけで解るほどに歪んでいるのか。
考えるまでもなかった。首肯する。是非頼むと。するとスカサハは頭を上げて頷きを返すと、虚空に無数のルーン文字を刻む。ルーンについては知識も浅い俺には、それがどのようなものなのか読み取る事も出来なかったが、込められた魔力の質と、内包する概念の多様さは漠然と伝わった。
それが俺の左目に吸い込まれる。瞬間、熱を帯びたような感覚がした。スカサハはやや意外そうにひとりごちる。
「――傷の治りが早い……お主、もしや《眼を抉り続けておったな》?」
指摘され、眼帯で隠してあるのによくも分かるものだと呆れてしまう。よくよく大魔術師というのはこちらの理解を越えてくるものだ。
「治癒の目処はあった、しかし完全に傷が塞がっていれば治すのに難儀する可能性を考え、常に傷を刻み続けて塞がるのを抑えていたのか……無茶をする。相当な激痛があったろうに……それに、気づいておらんかったようだが、その傷口から結構な病に感染しておるぞ」
「ん? そうか……」
「そうかとはなんだ。儂が治せてやれるから良かったものを、そうでなければ命に関わっておったぞ。保って十年といったところじゃ」
「十年保っていたなら上等だ。その頃にはカルデアも来ているだろうからな。アイリさん……カルデアの治癒役の人が治してくれたはずだ。それに十年経ってもカルデアが来なかったら……どのみち俺は負けているだろう」
沖田が凄まじい剣幕で睨み付けてくるのから目を逸らしつつ、治癒が終わったらしいルーンが光を消すのを見届ける。
探知のルーンが俺の全身を検知して、病魔を殺してくれたのだろう。『私に殺せぬものなどない』とは生前のスカサハが、クー・フーリンの前でよく嘯いていた台詞だったが、どうやら病魔すら例外ではないらしかった。凄まじい万能性である。
眼帯を外す。左目は塞がり、光を取り戻し、嘗てのような視界を取り戻した。しかし――今の俺にはこの視界は広すぎる。慣れるのに時間は掛からないだろうが眼帯を付け直した。
「何故眼帯を外さぬ? それでは治した甲斐がないではないか」
「いやなに……コイツは春――沖田総司の生みの親の遺品でな。ソイツは俺の命を救い、その上で俺に大事なものを思い出させてくれた。だから……まあ。出来れば外す事はないようにしたい」
「……え、私のお父さんです? いやいやいや、ザ・平凡って感じの私のお父さんが英霊になんてなれる訳がないじゃないですか」
黙っていた沖田が流石に割り込んでくる。機嫌は最悪らしく、顔つきは険悪である。自分に傷とか霊基の事とかを黙ってるなんて、何考えてんですかばかマスター。そう言いたげな表情だ。
しかし言われていても何も出来なかったと弁えているから追及してこない。睨んでくるだけだ。しかしその貌は可愛らしさの方が強い。微笑んで頭を撫でる。
「――お前の霊基は剣士と暗殺者のダブルクラスだろう? アサシンの方はお前と俺を出会わせてくれた恩人だよ。名は風魔小太郎、風魔忍群の五代目棟梁だ」
「風魔って、あの風魔ですか!? 道理で気配遮断の練度が本来の私より高かった訳です……不思議だなー、とは思ってましたけど……っていうか、なんでそれも今まで黙ってたんですか!?」
「小太郎の事は俺だけが知っていればいい……なんてふうに思っていた訳ではないけどな。なんとなく黙っていた方が、小太郎と俺が共有する秘密的な感じでカッコ良かったからだ」
「意味分からないんですけど!?」
男のロマンが分からないか。良いけどな、俺の勝手な考えだ。
スカサハは可笑しそうに相好を崩す。どうやらその手の方面にも理解がありそうだった。流石はケルト。
「ではいっそのこと、その左目を魔眼にするか? 眼帯をするならば、そうした仕込みがあった方が《らしい》と思うぞ」
「ほぅ、いいじゃないか。出来るのか?」
自分の目を別のものに組み換える事になるとしても俺に忌避感はない。何せあの伝説の邪気眼になれるかもしれないのだ。何を躊躇う事がある。
正直に言うと魔眼など要らないのだが、その場のノリでスカサハに訊ねる。すると彼女は不敵に笑った。
「生前散々魔獣や神獣を狩っていた故な、その手の魔眼の備蓄は有り余っておる。なんならサーヴァントもルーンで霊基を登録すれば、任意で召喚も可能だ」
「――何? いや……なんでも出来るといっても限度があるだろう。なんだその……反則じゃないか?」
というか生前の財産を取り出せるとかどこの英雄王だ。
俺の問いにスカサハは呆れたようである。
「何を言う。反則とはする為にあるのだろう」
確かにと頷かされる。流石ケルト。さすける。
俺がケルト的戦闘論理を持つのは、最初に契約したサーヴァントがアーサー王伝説のケルト的騎士道を持つアルトリアだったからで、その影響だった可能性が浮上してきたな。カルデアに入ってクー・フーリンと契約して更に加速してきた感がある。全部ケルトって奴の責任だな。間違いない。だから第一特異点でジャンヌを完封したのは俺の責任ではないぞ。
お前がオルタ化してるのが悪い。だから俺を恨むなよ聖女殿……。炎の聖剣に内心、そう語りかけた。
「――といっても生前はともかく、今のところ登録してある霊基はない訳だが。さて魔眼の話に戻るぞ? お主の霊格や適性を考慮すれば、ノウブルカラーにも至れぬ低位のそれが精々となるであろうな」
「知ってた。知っていたさ。才能ないもんな、俺……」
「悲観する事でもないと思うがな。下手に魔眼の適性が高く、考えなしに魔眼があれば逆に『視られる力』の餌食となろう」
ああ、確かに。
視られる力とは、魔眼に対する防御手段の一つだ。万物に存在する『視られる力』を利用して、こちらを視る魔眼に意図していない視覚情報を叩きつけるものである。
魔眼の天敵と呼べるもので、叩きつける情報の応用によっては相手を催眠術にかける事も可能で、相手の魔眼の力が強いほど効果を発揮し、更に相手が自身の視る力に無自覚なら、驚くほど簡単に術中に堕とす事が可能となる。初見であれば、某団扇の一族が持つ写○眼などは簡単にやられかねない。
俺の知己に例えるなら、両儀の姉御にやっても余り意味はない。あの人は完璧に魔眼を操れている上に、吐きそうなほどの死の線とやらを見せても機嫌が最悪になるだけだ。逆に殺されそうになったのもいい思い出で。遠野の野郎は逆に簡単にノックダウンさせられる。強すぎるその魔眼を使いこなしているとはとても言えないからだ。やってみてお姫様に殺されかけた。こっちは割と真剣に死ぬかと思ったのでいい思い出ではない。
「お主に相応しい低位の魔眼となると……」
「いや、別に考えなくてもいいぞ」
「そうか? しかしだな、例えば動体視力を極端に向上させる類いならばすんなり馴染むと思うが」
「詳しく」
掌を返して即聞く姿勢になる俺にスカサハは苦笑した。
こんなふうに笑える人なのかと、またもや意外に思う。ランサーもえらいのに目を付けられているな……なんとなく同情してやらなくもない。
「名前もない程度の魔眼だが、コントロールを極めれば、音速を超えて飛来する矢の弾幕も、視た後でも正面から掻い潜れるようになる。相応の技量がなければ宝の持ち腐れで、それだけの技量があるならそもそも無駄でしかないが。目で追われているなら追われているで、トップ・サーヴァントならどうとでも対処は出来るであろうしな」
「俺からすれば喉から手が出るほど欲しいぞ」
何せいつぞやの変身クー・フーリンとの戦闘で、俺は全くその姿を視認できなかったのだ。また中てろと言われても確実とは言えないのだから、実際に視認出来るかもしれないなら大きな力となる。
俺がそう訴えると、スカサハは苦笑したまま「それはまた今度、お主の城でやろう」と告げる。お預けらしい。
「それよりもお主にとって深刻なのは霊基であろう? そちらを優先しようではないか」
「む。……それもそうか。だがどうするんだ? さっきも言ったが、俺の奥の手は固有結界を弾丸に込めて撃つ銃撃だ。中ればアンタであっても殺せるだろう。これ以上の切り札はないぞ」
「使わないでくださいよそれ……」
「無論使わぬのが一番だが、使わねば切り抜けられぬ場面もあるかもしれん。しかしだ、ならばそれ以上の切り札を作ればいいのではないか?」
沖田の苦言にスカサハが乗じて言う。
簡単に言ってくれるが、俺の魔術特性などを鑑みれば、これより上の破壊力はない。俺の固有結界は対応力はあっても決定打に欠けている。使わねばならない局面は今後、必ず出てくるだろう。
これを上回る切り札を俺がどうやって持つ? そんなものが簡単に出来るなら、赤い弓兵の方がとっくの昔にやっていたはずだ。戦闘センスではあちらのエミヤシロウの方が数段上なのだから。
スカサハがにやりと笑う。
「先程儂が言ったではないか。捨ててしまうのか、勿体ないと」
「――まさか」
「そのまさかよ。一目見ただけで解る。お主が旗を使う女――恐らくジャンヌ・ダルクであろう者から勝ち取った剣は、固有結界の亜種だ。それを毀れてあるお主の固有結界の補填に当てる」
通常は不可能な芸当だが、今の心象風景を欠損しているお主になら出来なくはない、私がいればな、と。スカサハは嘯く。
「待て、それは……」
「? 心配するな、これは逸話や魂の在り方が具現化した類いの宝具。誂え向きにも『剣』の形をしておるのだから、『剣』の起源を持つお主には相性が良かろう。それに人格の侵食もまず無い。そちらはお主の中にある霊基が影響を受けるのみだ。何せそちらの方が霊格が高いのだからな。固有結界の欠損を補填でき、その強度も補強され、鍛練は必要であろうが固有結界の概念結晶化も会得できるかもしれぬ。お主だけが持つ究極の一を生み出せるかもしれんのだ、メリットしかないと思うが?」
「そういう問題じゃない。ただの剣ならそこまで躊躇わないだろうが、これは……これは、英霊ジャンヌ・ダルクの魂そのものなんだぞ。俺如きに取り込むなんて分不相応というものだ」
堪らず反論すると、スカサハは一瞬きょとんとした表情を見せる。そして可笑しそうに笑った。
「何を言うかと思えば……よいか? お主は如何に見る影もないほど劣化し、本来の十分の一以下の力しかない聖女であっても、それを打ち倒して武器を奪ったのだ。それは戦果として誇ってもよい。それにだ、彼の聖女であれば、人理修復の為に使われるなら喜んでお主に協力するとは思わんか?」
「それは――そう、かもしれないが……」
しかし所詮は想像でしかない。実物の聖女なら嫌がる可能性もあるのだ。その高潔さが本物であっても、まともに話した事もない相手に甘える形になるというのは……。
「迷うな。どうあれその剣は、既に戦って勝ち取ったお主のモノでしかない。それをお主の為に使って誰が責められる。お主を批難する資格があるのは聖女のみで、その聖女はお主に敗れたのだぞ。ならば誰にも責める資格はあるまい」
「……」
「……はあ。難儀な性格をしているな? それでこそなのかもしれぬが……今回ばかりは儂の、いやさ私の助言に耳を傾けてくれ。これからマスターとして仰がんとする男の生存率を高める為だ」
「……分かった」
渋々と頷く。
これではまるで、俺が利かん坊みたいじゃないか。
炎の聖剣をスカサハに渡しながら英霊ジャンヌ・ダルクに語り掛ける。俺は貴女を利用する。嫌なら拒んでくれ、と。
しかし――炎の聖剣は、原初のルーンを介してなんの抵抗もなく俺の中に埋め込まれていく。信じられないほど何事もなく、かちり、と歯車が噛み合ったようだった。
まるで……城塞のように重く、固い意思の強さを感じた。幻聴が聴こえる。『貴方ならきっと問題なんかありませんね。微力ながら、力添えさせてもらいます。貴方に神の御加護を』と。
「バカな……」
驚愕する。あの救国の聖女が、俺如きと同化させられるのに、なんの抵抗もしなかった……?
それどころか、積極的に欠損を埋めてくれているようではないか。
スカサハがしたり顔で頷いている。
「――その力を使いこなしてやるのが、《我がマスター》に出来る唯一の報い方だろう。執行した私が責任を持ってマスターを鍛え上げる。否と言うか?」
「……いや。それこそまさかだ。これで尻尾を丸めるようだとジャンヌ・ダルクだけじゃなく、これまで俺を支えてくれた全ての人達に顔向けできなくなる」
ドイツもコイツも、俺に期待してくる。重荷を負わせる。だが望むところだった。
どうせ無茶な旅をするなら、荷物と期待は重ければ重いほどいい。その分、俺の足跡はくっきりと残るはずだ。俺の答えに、数多の英雄を育て上げた女王は不敵な笑みを湛える。
「――彼の世界有数のキング・メーカーとの合作となるのか。腕が鳴るな」
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