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人理を守れ、エミヤさん!

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なんで休まないジャックさん!




 この世に悪の栄えた試しなし、などという言葉がある。ギリシャの詩人ホーメロス著『オデュッセイア』の中に、悪い行いは長く続かないといった旨の記述があるが、それが由来らしい。正確な知識ではないが、似たような趣旨の言葉はこれが最古となる。
 しかしジャックという仮の名を得た俺は、これが全くの誤りであると認めていた。この世で最も栄えるのは悪である。悪知恵の働く者が栄えるからこそ、今の世界があると言っても過言ではない。善悪問わず正直者は馬鹿を見るのだ。神代や架空の物語上の出来事は別として、史実の時代の勝者とは如何にして相手を上手く騙したかなのである。勝者こそが正義とは言い得て妙で、まずは勝たねば善悪を語る術がなく、どうせ勝ったなら善を称したいのが人の性だ。
 逆に言えば、本当の意味での悪とは、まず頭が良くなければならない。さもなければ勝てないからだ。ただの武力のみで勧善懲悪を成せるのは、それこそ神代の規格外な英雄のみである。それとて末路は誰かの奸計に嵌まって非業の死を遂げているのだから、彼らとて必ずしも勝利してばかりではないのが世知辛い。

 俺は自分が正義であると信じられている。

 それは己が正しい道を歩んでいると信じているからでもあるが、自分が負けないように立ち回り、最後には勝ってこれたからでもある。勝ってきたから、俺は俺を正義であると標榜していられるのだ。逆に言えば負けてしまえば単なる負け犬でしかない。
 まずは勝つ事。これは大前提だ。俺は勝ち続けるから、負けた事がないから正義を掲げていられるのではない。勝ち続け、敗北を避けてきたからこそ己の道を貫けて来たに過ぎなかった。

 俺は知っている。俺が悪であると断じた外道の魔術師が、自身の家では妻に柔らかく微笑み、子の成長に喜ぶ、良き夫で良き父である場合もあると。
 その父を亡くした妻や子にとって。或いはその父の魔道の探求という夢を絶ち、絶望させてしまった俺は紛れもなく彼らにとっての悪だ。この事実から目を逸らしてはならない。人の数ほど正義はある……使い古された文言だが、実にその通りで。俺は俺のエゴを貫いているに過ぎないのだ。

 故に過信は禁物だ。清き理想、尊い夢……懐くのは結構な事だ。しかしそれに目を焼かれ、狂ってしまえばただの狂人でしかない。俺は人間だ。真っ当な人間として、当たり前と感じた事には忠実でいたい。
 勝つ事を躊躇わず。悪と謗られる事を恐れず。勝ち続ける為に、敗北を避ける為にあらゆる努力を惜しんではならない。頑張り時、踏ん張り時を見逃してはならないし、見落としてもならないし、見過ごしてもならない。今は研鑽の時だ。少しでも生存率を高める為の段階である。立ち止まる訳にはいかないのだ。

「だからってマスターは立ち止まらなさ過ぎです! いい加減休まないと本気でぶっ倒れますよ!?」

 俺は沖田を連れ、二人だけで遠出していた。目的は何処かにいるかもしれないカウンター・サーヴァントだ。それを探し出し、戦力に組み込みたいのである。これは欠かせない行動だ。何せまたフィン・マックール並みの敵と行軍中に戦闘に入ってしまえば、次こそ百パーセント確実に全滅する。
 何せ砦という一先ずの目的地に入った事で、『人類愛(フィランソロピー)』の軍民は、張り詰めていたものが切れてしまったのだ。故に行軍を一旦中断し、一日ではなく二日間休むと告げたのである。
 それに彼らは元々体力の限界でもあった。休息は不可欠、ならば今は戦力の発掘に努めねばならないのは自明の理。
 彼らを二日間、あの砦で休ませる。さもなければ生き残れない。故にあの砦を攻められたなら、死守する他になく。ケルト戦士だけが相手ならまだなんとかなるが、サーヴァントに攻め込まれたら非常にマズイ。

 だからこそ今は博打を打たねば。あの砦には見張りを立たせ、敵の接近を発見したなら狼煙を上げる手筈になっている。その時は令呪で沖田を砦に戻し、俺も砦に急行すると伝えていた。
 俺の能力は雑魚狩りに特化している。殲滅力という一点では英霊にも引けを取らない。何せそれを買われてしまってアラヤ識に守護者として目をつけられているのだから。
 雑魚散らし(あかいすいせい)の■■とは俺の事である。だからと繋げるのはおかしな話だが――たった二人での行動に不安はない。
 何せ沖田がいる。俺が雑兵を潰し、沖田が強敵を狩る。守るべき人達から離れたら、生き抜くだけなら割と簡単だ。

 沖田の叱りつけてくるような諫言に、俺は肩を竦める。生憎とそう簡単に倒れるほど柔な鍛え方はしていない、気が充実しているならいつまでだって歩き続けられる。そう言うと、沖田は言葉に詰まった。

「なんで……」

 何が「なんで」なのか。言葉の継ぎ穂を見つけられなかったのか、沖田は俯いた。
 彼女が黙ったので、俺は気にせず歩く。サーヴァントの痕跡を探し求めて。黙々と。淡々と。今は右目がよく見える。夜の闇だって阻めない。下手をすると、暗視ゴーグルをつけた時並みに見えているかもしれなかった。もしかすると、これがサーヴァントの視界なのかもしれない。だとしたら凄まじいものだと思う。
 惜しむらくは視力の向上は、霊基からの侵食が進んでいる証だという事だ。やはりあの禁呪は多用するべきではない。

「なんで、ですか……」

 何時間か宛もなく歩いていると、不意に沖田が口を開いた。

「なんでマスターは、縁も所縁もない人の為に、命を懸けてるんですか……? マスターの使命は、人理の修復なんでしょう? こんな所でリスクを侵すなんて間違ってます。なのになんでですか。そんな、自分の身を削ってまで……」
「はぁ……。……この間も言った気がするが、奴らの為ばかりに命を懸けてる訳じゃない。俺は俺の信条に従っているだけだ。俺が生きるついでに、彼らにも生きてもらう。それが俺の為なんだよ」

 沖田のそれは愚問という奴だ。何せ一度、答えを渡してあるんだから。
 何やら彼女は、俺が限界を超えて働き続けていると勘違いしているようで、悲痛な表情をしているが。生憎と俺の限界はまだまだ先だ。何せ俺が無理だと感じていない。無理じゃないなら出来るという事だ。
 曲がりなりにも『人類愛(フィランソロピー)』なんて大それた名をつけたのだ。相応の姿勢は見せてやらないとな。でないと生き足掻いて来た甲斐がない。

「俺は『BOSS』だ。『人類愛』の領袖なんだ。彼らを率いた責任がある、一度助けた責任もある。大人なんだ。責任から逃げるわけにはいかないだろう。それに――こんな時に格好つけられないんなら、大人になった甲斐がないってもんだ」

 嘯く。精々強がれ、強がれないなら男じゃない。

「春、俺は男で、大人だ。見栄を張らしてくれ、格好つけさせてくれ。俺の相棒として、俺の信念を共有してくれ。お前は俺のものなんだろう?」

 その刃を俺に預けると言ってくれたのは沖田だ。意地悪に笑い掛けてやると、沖田はそっぽを向いた。
 軽く咳き込む素振りをしている。耳が赤い……また発作か? 頻度が高いな……。

「マスターは、悪い人です……」
「割とよく言われる。でも俺は言われるほど悪い人間じゃないはずだ。寧ろいい人だぞ」
「自称はやめてくださいっ。もぉ……ほんとう、ばかなんですから」
「おいおい」
「でも、マスター風に言うと、『でないと仕え甲斐がない』ですね。ええ、沖田さんの主君なんです。この……なんと言いますか。よく分からない熱もきっとマスターへの忠誠心なのかもしれません。そんなマスターだから、私は安心して傍にいられんですよ、きっと」

 はにかみながらそう言った沖田に、俺は苦笑する。
 ――また忠誠か。ランサーといい、どうして俺なんかにそんな御大層なもんを向けるんだろうな。
 口にしないのは、黙って受け取った方が格好いいからだ。ええかっこしぃはやめなさいと遠坂の奴に真顔になられたが……イリヤもだったか? ともあれ、男ってのは大なり小なり強がるものだ。情けないところは見られたくない。逆に格好いいところは見て欲しい。
 沖田がいてくれるから、俺は強がれている。見栄を張れる。つまり、俺がこんな風にやってるのも、沖田に責任の一端があるのは確定的に明らかなのだ。我ながら完璧な理論武装である。

 しかし――あれだな。

「はい?」

 呟く。

「行動しない奴に女神は微笑まないらしいが……だとしたら今、女神は俺に微笑んだぞ」

 嘆息する。何を言ってるんですかと呆れ気味の沖田は見ず、遥か彼方に撒き上がっている砂塵を見た。
 周囲は丁度、河と森に挟まれた地点。砦から半日離れた距離だ。砂塵の規模は大きい。小太郎仕込みの数の判別法だと……ザッと《一万》は下るまい。敵襲だった。沖田が顔を引き攣らせる。

「それ、絶対に災厄の女神ですよ。お祓い行ってください」
「はははは」

 乾いた笑いだった。我ながら。

 サーヴァントを探していた。そうしたら、確かに見つけられた。ただし、敵性体(エネミー)だったが。
 向上した視力は捉えていた。それは――

「ペンテシレイア……呆れた執念だぞ……」

 軍を率いる戦闘女王。それが、明らかに俺を探している。索敵しながら、『人類愛』の痕跡を辿りながら……。このままでは、彼女は砦にまで辿りついてしまうだろう。そうなれば虐殺の憂き目に遭う。
 まったく……。運がいいのか、悪いのか。俺は沖田に言った。

「春。一旦砦に戻り、カーターに防備を固めさせてから戻って来い」
「! ……マスターは、どうなさるんですか?」
「俺か? 決まってるさ」

 吐いた唾は飲めない。精々、強がるまでだ。

「地形は俺の味方をしている。俺を囮にして時間を稼ぎ、バカな部下どもが休めるよう、せめて一日は付き合ってもらう」

 アマゾネスの女王との楽しいデートだ。エスコートは任せてもらわないとな。俺はそう言って、不敵に笑う。

 ――ああ、本当に。つくづく、楽はさせてもらえないらしい。











 
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