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人理を守れ、エミヤさん!

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人理を守れ、ジャックさん!






 先に逝った仲間達の亡骸を一ヶ所に集め火葬した。

 彼らの文化として棺に入れて埋葬し、墓を立ててやる事は出来なかった。それをする余力が俺や兵士達に無かったのだ。
 かといって彼らの亡骸を野晒しにし、供養してやらないなど誰も納得しないだろう。それに下手をすればこの地に蔓延する疫病の元にもなる。
 生き残った七名の兵士は、せめて何かを遺してやりたいと言った。それが叶わずとも何かを持って帰ってやりたいと。俺が投影した赤布は襤褸となって消えている。他に持ち帰れる持ち物もない。かといって体の一部を持っていくのも違う。埋葬してやれる場所もないのだ。ではどうするか考え、遺骨しかないと思うもやはりこれも違う気がした。
 暫く考え、俺は彼らに言った。戦友を燃やし、その骨を砕いて粉にした後、それをダイヤにして持ち帰ってやろうと。彼ら戦友は勇敢に戦い、死んだ。だが彼らの戦う遺志は残り続ける。それと共に俺達も戦い抜こうと。

 兵士達は無言で頷き合った。

 九十三人分の骨。粉々にし、掻き混ぜ、投影宝具で型に入れ骨を固めた。九十三個のダイヤモンド。残った骨は投影した骨壺に保管し、それを持ち帰る。七つのダイヤを生き残りの兵士に、一つを俺に。後は残った者と親しい兵士に渡すつもりだ。
 先に逃がした連中の後を追う。沖田は力尽きて気を失っていたから馬に乗せた。
 追い続ける。
 一度沖田は意識を取り戻したが、そのまままた寝かせた。特に新たな敵影も見当たらなかったが、万が一にも逃がした奴らが別の敵と遭遇していたら最悪である。
 先を急ぐ、いや急ぎたいが……七名の兵士達も疲労している。余り速くは進めない。益体もない事を考えても仕方がないから、俺は今後の事について考える。

 これから先、何処を目指すのか。何を目的とするのか。それは決まっている。現地の大陸軍と合流し、難民達の安全を確保。その後は彼らを預け、俺自身は沖田と二人でカウンターのサーヴァントを探し協力関係を結ぶ。これしかない。
 しかし最悪の想定というのはいつだって必要だ。何もかも上手くいかない事は有り得る。いやその可能性の方が極めて高い。このまま逃走しても行き先で更に敵が増えるかもしれないし、敵が防衛線らしきものを敷いていたとしたらそれを突破するのは不可能だ。俺や沖田だけなら突破出来るだろうが、難民や他の兵士達は確実に死ぬ事になる。そうなるとここまで守ってきた意味がなくなってしまう。
 それに沖田も……言いにくいが、はっきり言えば扱いづらい。有り体に言えば戦力として計上したくない。いつ爆発するか分からない爆弾を抱えているのだ。それさえなければ理想的な戦力なのだが……。

 ――無能どもが雁首揃えて……。

「ッ……」

 ――現地の人間は全て捨てるべきだ。天才剣士殿は連れて行こう、だが代わりが見つかれば捨て駒が妥当だ。ただでさえ少ない令呪、回復の見込みはない。血を吐く度に使わされればキリがないだろう。何、床に伏せて死ぬよりも、本人も満足な死に様だろうさ。

 誰だ、と思う。誰がそんな事を言っている。怒号を発そうとして、それが己の冷徹な部分から出た合理的な計算だと気づいた。
 絶句する。そんな発想は有り得てはならない。瞬時に封じ込めた。押し潰した。揉み消した。
 実に合理的でそれが最も正しいと俺自身が認めている。だが頭にこびりつくような方針を踏み潰した。それは俺の道ではない。堕ちてはならない魔道だ。俺は俺の決めた王道を往く。

 ちら、と後ろをついてくる兵士達を一瞥する。
 あの血戦の後であっても、その目は爛々とした光を発している。一皮剥けた。懸命に戦い、まだ生きようとしていた。彼らに九十三の命が乗っている。俺にもだ。見捨てる訳にはいかない。
 冷徹さは必要だ、しかし冷血であってはならない。それでは必ず何処かで破綻する。俺は俺だ、と思う。名前を亡くしたとしても。何かの記憶が欠けていたとしても。五感はしっかりしている、魔術回路も思考も自我も。大事なのは名前ではない、どう生きて、どう在るかだ。

「ぅ……」

 沖田が目を覚ます。俺は出来る限り柔和に声をかけた。

「おはよう」
「ぁ……ますたー……?」

 寝惚けているのか、滑舌が悪く声が幼く聞こえた。それに苦笑する。
 彼女にとても似た顔立ちで、彼女が見せないだろう表情をする沖田が可笑しくて――《彼女?》

 ぞわり、と背筋に悪寒が走る。

 《彼女の名はなんだ?》 発作的に記憶を辿る――はじめて出会った月下の時――その後の戦い、鮮烈な記憶――

「ア、」

 冷や汗が滲んだ。焦る。思い出せ、順番に。冬木の人達は? 藤姉、桜、イリヤ、遠坂……他の人は……名前は分かる、しかし顔の輪郭がぼやけていた。
 以降の出会いはどうだ? ガトー、キアラ、白野、バゼット、エンハウンス、シエル、遠野、ブリュンスタッド、蒼崎、両儀、黒桐……。その他にも様々な人がいた。全て覚えている。顔も姿も声も思い出も。

「ア、ア――ル、」

 カルデア。そこでの戦いの記録。ロマニ、マシュ、クー・フーリン、レオナルド、切嗣、エミヤ、ネロ、アタランテ、アイリスフィール、チビの桜、別世界のイリヤ、美遊、糞忌々しいステッキ。アグラヴェインに百貌のハサン、カルデアのスタッフ。

 ……? 誰だ、他にキャスターがいたような……。そう、玉藻の前だ。命の恩人だ。他には、他には……。
 アーサー王伝説……の、ああ、騎士王だ! 聖剣の鞘の持ち主。黒い方はオ――ルタ? オルタだ。そう、オルタ。
 あ、ああ! 思い出したッ!

「アルトリア」

 繋ぎ合わせた記憶。彼女との思い出。全て覚えている……。……本当に全てか? 本当に? ……覚えてる、はずだ。記憶を辿っていっても欠けはない。途切れているものもない。覚えてる、ちゃんと覚えている。
 心底、ホッとして。安堵した。よかった……。本当によかった。名前は亡くしても、アルトリアの事は覚えていた。

「む……誰ですか、それ」
「……?」

 ふと、下から睨み付けてくる視線に気づく。沖田が頬を膨らませて、不満そうに睨んできていた。

「沖田さんはその、アルトリアって人じゃありませんよ……」
「あ」

 彼女の不服顔に声を漏らす。確かに失礼だった。
 思わず安堵した顔のまま苦笑する。更に沖田はぶー垂れようとしていて、なんとか宥められないかと少し焦ったが、沖田は不意に目を丸くした。

「マスター? その、眼が……」
「眼?」
「右目の色が……変わってます」

 言われて剣を投影する。その刀身を覗き込み、隻眼を見詰めると、確かに琥珀色の瞳が変色していた。
 かといってエミヤのそれでもない。オルタのようなくすんだ金色。傷んだ黄金。微かに目を見開き、俺は肩を竦めた。

「――……イメチェンだよ」
「はい? イメチェン?」
「ああ。色つきのコンタクトレンズを入れたんだ。眼がよくなって、動体視力も上がってる。しかも金色は格好いい。金色は英雄王印だから完璧だな、一分の隙もない」

 ふ、と笑う。沖田はへぇ~、なんて気の抜けた風に納得――

「――って、そんなわけないじゃないですか!?」
「チッ」
「舌打ち! 舌打ちしましたよね今!?」
「してない」
「しました!」
「してにゃい」
「してなかった!? ってそれ別ネタでしょ!」
「春のくせに粘るな。戦闘でももっと粘ってくれたらなぁ」
「ぐはっ」

 ぐさりと来たのか、沖田は胸を押さえた。
 死ーん、と沈黙する沖田にも思うところはあったらしい。気絶したふりをして馬上に倒れ伏す。手綱を握るのに邪魔なので襟首を掴んで上体を起こさせた。
 首が絞まったのか、ぐへ、と間抜けな声がする。

「ひ、ひどいですマスター……」
「酷いのはお前の病弱っぷりだろう」
「追い打ち?! この鬼! 悪魔! マスター!」
「ははは」
「笑って誤魔化さないでください! 沖田さんはそんなんじゃ誤魔化されませんからね!」

 誤魔化されてるじゃないか。
 ぎゃあすか喚く沖田を宥めながら思う。絶対に逃がすわけにはいかなかったフィンを斃すためとはいえ、使用した禁忌。あれはもう封印した方がいい。記憶の欠損が思ったよりも深刻だった。
 しかし……いざという時は、やはり使わざるを得ないだろう。固有結界が展開できないのだ、他に切り札に成り得るものがない。それにあの火力を使わないというのは勿体ない。
 肉体の変質はこの際だ、許容しよう。だが……記憶が欠けるのだけは、なんとかしたい。なんらかの対策をしておいた方がいいが、その対策は俺には無理だ。
 出来る限りあの固有結界の射出は使わない、という案しかなかった。

 ――結局、先に逃がした連中に追い付いたのは、最初の目的地である砦に辿り着いた頃だった。

 追い付くのに二日も掛かった。それほど必死に走ったのだろう。そしてそれに追い付ける体力がこちらの兵士達になかった。どちらも無事なようで、それだけは朗報だ。
 砦内に入るとカーターや他の兵士達が整列し出迎えて来る。明らかに数が少ない俺達に、彼らの目に悲痛さが過ったが……カーターに骨壺を渡す。戦死者と親しかった者を募り、彼らに骨のダイヤを渡した。
 落涙は、静かだった。彼らの肩を叩き、俺は彼らの涙が止まるのを待って告げた。

「砦内の物資は?」
「我々が一月間食っていける食糧があります。幸運にも腐ってはいませんでした」

 カーターが答えた。

「その他、陣を築く為の木材、天幕、荷車なども。予備の武器もありました。砦の状態はほぼ無傷です。恐らく戦闘が起こった際に出撃し、そのまま壊滅したのかと……」
「そうか」

 頷き、俺は思案する。
 難民達も不安げにこちらを見ている。疲弊はさらに色濃くなっていた。
 考えるまでもない、か。

「……二日、ここで休む。体を休め、その後に南東へ更に進むぞ」
「は!」

 カーターが敬礼すると、兵士達もそれに倣って敬礼してくる。苦笑いを浮かべそうになりながら答礼し、腕を下ろすと彼らも敬礼を解いた。

「カーター、見張りの選抜を任せる。それと難民達の休む場所も取り決めろ」
「は!」
「お前達も今日は休め。明日は最低限、見れる程度に鍛えてやる」

 散れ、と手振りで示すと彼らは散っていった。黒馬をどこにやるか考えるも、俺から離れようとしなかった。顔を擦り付けてくる黒馬に笑うしかない。
 名前、考えてやらないとな……死線を共に越えたからか、それともパスを通じているからか、妙に愛着が湧きつつある。

 と。難民達の中から一人の少女が出てきた。いつぞやの少年の妹の片割れだ。まだ五歳程度だろうか。慌てて兄妹達が追いかけてくるも、捕まえるより先に俺の前にまで来た。
 その手には、薄汚れたトランプが握られている。遊び道具だろう。俺に渡したいのではなく、持っていたのをそのまま手にしているだけのようだ。

「おじさん」
「……お兄さん、だ」
「おにーさん」
「ああ」

 たどたどしく話しかけてくる少女に、俺は目線を合わせるように地面へ片膝をついた。
 愛くるしい少女の様子に、相好が緩む。彼女は質問してきた。

「おにーさんの、おなまえ、なんていうの?」
「――さて。前に名乗ったと思うが」
「まわりがうるさくてきこえなかったの」

 そうか? 俺が名乗っていた時は静かだったはずだが。聞いてなかっただけで、これは拙い言い訳なのだろう。俺は微妙に笑む。

「そうか。なら仕方ないな。俺の事は好きに呼べばいい。野郎連中みたいに『BOSS』でもいいぞ」
「や。おなまえ、きかせて」
「……」

 手強い。沖田より何倍も。

「……お嬢ちゃんが、名前を考えてくれ」
「わたしが?」
「ああ。どうせ名乗ってもすぐ忘れちゃうだろう?」
「そんなことないもん! みれい、おにーさんの名前ぐらい、おぼえれるもん!」
「そうかそうか。でもなるべく覚えやすい方がいいよな? だからお嬢ちゃんが考えてくれ」
「むぅ……」

 少女は難しそうに悩んだ。むーむー呻く少女に苦笑する。意地悪が過ぎたかな。でも、名前思い出せないしなぁ。誰かに『俺の名前ってなんだ?』と訊くのも間抜けみたいで嫌だしな……。
 悩んでいると、少女はパッと目を輝かせた。何やら思い付いたらしい。トランプを襤褸の箱から出して、それから無作為に一枚を選び出した。それは、ダイヤのジャックだ。

「おにーさん、ヘクトール!」
「えぇ……?」

 トランプの絵柄の由来を知ってるなんて偉いなと誉めてやろうかと思ったが、その名前負け感に俺は貌を顰めてしまった。
 その反応に少女は不満そうに頬を膨らませる。

「ヘクトールなのー!」
「いや、それは……せめて別のにしてくれ。その名前は俺には重すぎる」
「……もんくばっかり。しかたないなぁ」
「はは」
「じゃあ、ジャックね」

 一気に安直になったなと頬が更に緩む。
 しかしトロイアの英雄と同じ名前でないだけ、それでいい気がした。

「わかった、じゃあ俺はジャックだ。身元不明(ジョン・ドゥ)ってのも味気ない」
「おにーさんはジャックね!」
「ああ、格好いい名前をありがとうな」
「えへへ……」

 頭を撫でてやると、嬉しそうに笑顔を咲かせた。
 大人連中が疲れてる中、やたらと元気である。馬車の中にいたのだろう。まあ、子供だからな。
 少年がなんとも言い難い表情でこちらを見ている。そんな彼が言った。

「……名前は分かったけどさ、アンタって大陸軍じゃないんだろ。BOSSなんて呼ばれてさ」
「そうだな」
「じゃあさ、アンタの部下も、大陸軍じゃねぇだろ」
「……そう、なのか?」

 腕組みをして首を捻る。
 その理屈はおかしい。近くの兵士を手招きで呼んで訊ねた。お前らは今も大陸軍だよな? と。
 すると彼は苦笑して答えた。「いえ、今はBOSSの部下です」

 えぇ……。

「ほらな!」

 少年が得意気に言う。

「アンタら、どんな軍なんだよ。そこんところはっきりしてないと、なんか気持ち悪いんだけど」

 生意気だなこいつ……慎二を思い出しちまったぞ。この時々イラッと来る感じが似てる気がする。
 まずいな、このままだとひねくれワカメになってしまうかもしれん、それだけは阻止しなければ。
 しかし……組織名か。難しいな。だがまあ、いいだろう。どうせ大陸軍に合流するまでだ。適当に名付けて流してしまおう。
 俺は適当に、今はまだ存在してないはずの言葉を捻り出した。

「そうだな……なら『人類愛(フィランソロピー)』なんてどうだ?」















 
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