人理を守れ、エミヤさん!
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挨拶代わりだねジャックさん!
『貴様ぁ……! 名を名乗れ、覚えてやる……!』
――いずれ知る。それまで精々、生き恥を晒せ。
『いいだろう、貴様はこの私を出し抜き勝利した。ならばこれより私は、貴様に焦がれる。なんとしても殺してやるぞ、是が非でもこの手で潰してやるッ! 私に殺されるその時まで、この大地で見事生き抜いてみせろ、英雄ッ!』
この身を縛るのは聖杯である。サーヴァントである我が身には、抗う術はない。だが戦わずして軍門に下らされた屈辱は忘れられるものではなかった。いつか必ずその喉笛を噛み千切ってやると猛き女王は報復を誓っていたのだ。
己を召喚した者への忠節、義務、義理。そんなものは無い。確かに機械的なまでに殺戮に興じる狂王は強き者だ。ペンテシレイアよりも強い。しかし、だからと言って王を名乗る者に強制的に従わされるのは、アマゾネスの女王として認められたものではなかった。これで召喚者が人間ならまだ良かった、だが相手もまた王である。ならば雌雄を決し、優劣を定め、上下を明確にしなければならないのが王というものである。
であるのに、あの狂王は。女王は。対等な王として同盟を結ぼうとすらせず宣ったのだ。
『それ。本気で言ってるのかしら?』
『――阿呆。テメェは狗だ。オレの言う通りに動いてりゃいいんだよ。王の格? 器を競えだと? くだらねぇ……そんな戯れ言に付き合ってられるか』
『あはははは! 傑作ねクーちゃん! この女、ある意味私達ケルトより野蛮だわ! 素直に服従なさいなアマゾネスの芋女。さもないと……消すわよ?』
笑い者とされ、聖杯の律する鎖に縛られる屈辱は、憤死するに値する。なんとしても、なんとしても、殺してやると殺意を抱いた。
だが時はまだ来ていない。今は雌伏の時だ。今だけは大人しく従っていてやるとも。
故に今は、己を打ち負かした強者に拘ろう。名を告げようともしなかった、自負と確信に満ちた誇り高い英雄を打ち倒そう。白髪に眼帯。その精悍な面構えは目に焼き付いた。焼き付けた。
所詮は非力な人間などと侮りはすまい。そも、この進撃は本来、フィン・マックールやディルムッド・オディナと敵を挟撃するためのものだった。ペンテシレイアは一切の情報を忌々しい狂王らに伝えてもいないのに、奴らはサーヴァントの存在を察知して殲滅に向かう作戦だったのだ。
フィン・マックールは素晴らしい智謀の持ち主だったらしい。顔を合わせた事はないが。伝承からするに武勇も相当のものだろう。――それなのに、本来挟撃するはずだった地点には何もおらず。フィンのその軍勢は姿を見せなかった。
それはつまり、フィオナ騎士団もまた敗れたのだ。あの眼帯の戦士に。
昂った。それでこそと犬歯を剥き出しにし、蹂躙する敵として定めるのに不足はないと思えた。
戦ったのだ。そして敗れた。あの男はペンテシレイアをただの敵として見た。そして勝利したがこの命を獲るよりも取るに足りない雑魚を救うのを優先した。それを傲慢などと蔑みはすまい。奴はこの身に勝ったからこそ、選択の自由があったのだ。その権利に噛みつくのは負け犬よりも惨めである。野良犬の所業だ。
ならば次こそは、何を於いても殺しておいた方が良かったと後悔させる。再戦とはそういうものだ。雪辱を晴らす戦とはそういうものなのである。沸々と煮え立つ戦意がある。雑魚どもの痕跡を辿れば、必ず奴にかち合うと確信していた。
河と森に挟まれた地形を見た時、ペンテシレイアは笑みを浮かべたものである。
――来る、な。
偉大な軍神の血が教えてくれる。戦士としての本能が報せてくれる。
あの男は掛け値なしに英雄だ。そして英雄とはこうした“”機“”を逃しはしない。このペンテシレイアの目に狂いがなければ、必ず此処で仕掛けてくる。
「全軍、止まれ」
ペンテシレイアが指示を出すと、一万もの戦士団は静止した。
穢らわしい女王が無尽蔵に召喚した戦士であり、本来なら縊り殺してやりたいが、ケルト戦士の勇猛さはアマゾネスの女戦士にも劣らない故に指揮官として我慢はしよう。率いる戦士に罪はない、というにはこの戦士らはあの女王に近すぎるが、どうせあれを殺せば消える傀儡でしかないのだ。好きに使い潰してやればいい。
ペンテシレイアは思案する。罠があるか、と。しかしフィオナ騎士団を相手取った後ならば、奴にそれを用いる余裕と時間はあるまい。突き進めばいい、とは思うが。その思考停止はあの憎たらしいほど素晴らしい雄敵への侮辱となる。真に打ち倒すべき敵に、手を抜くなどアマゾネスの名折れだろう。
故に慎重に、しかし大胆に、そして不敵に進撃するまで。ペンテシレイアは軍を二つに割った。五千を先に森に向かわせ、索敵させる。斥候としては数が多すぎるが、少数ならそのまま音沙汰なく消息を絶つだろうと考えたのだ。ペンテシレイアに深傷を与えた女剣士の事を忘れてはいない。五千とはそのまま、あの男と女剣士への評価でもある。
その間にペンテシレイアは、残り五千を率い河と森の間に進む。此処で攻撃してくるならそれはそれでいい。奇襲があるならそれを蹴散らしてくれる。逃げるなら森の中にしか道はないが、その森には五千の戦士団を送り込んだのだ。挟み撃ちにされるだけである。
さあどうする。この地形を利用しないのか? そう嗤うペンテシレイアは――
「っ?」
――予想を、良い意味で裏切られた。
前方に人影がある。森に潜まず、河に潜らず、地に伏せず。屹立する剣の如き男が立っていた。
「は――」
不意打ちをしない。堂々と迎え撃つように、その白髪の男は黒弓を構えていた。
くすんだ金色の、鷹の眼光。浅い夜の闇に在ってなお爛々と光っているようにも魅せる気迫。単騎で万の軍に相対し、なお劣るものかと放たれる覇気。
「はは、ハハハハハハ! なるほど、そうか。そう来るか――楯構え! 進めッッッ!」
男が番えるのは大剣のような漆黒の矢。爆発的に高まる赤い魔力は魔剣のそれ。ペンテシレイアはそれが己を照準していると確信した。
心底愉快だった。人間の身で宝具を使う、それはいい。しかし如何なる算段があるかは知らないが、単騎で万軍に対峙する胆力は見上げたものだ。それでこそ英雄、一度はこの身を下した男。生前ならば種を絞ってやるのも考えたかもしれない。生憎と生前は自身に釣り合う種と巡り合った事はないが……ああ、それは今はどうでもいい。
胸が踊る。戦いとはそうでなければ。だが女剣士の奇襲は二度と通じんぞ、と口の中で呟く。軍略もまたペンテシレイアの力だ。吼える、軍神咆哮。傀儡どもを鼓舞する為ではない、ひとえに沸騰せんばかりに熱される、この血の猛りを抑える為に。
男は進撃してくる五千の戦士団、その迫力に気圧されもせず狙いを絞り、定め、そして魔剣を放つ。
「――赤原猟犬」
超速で飛来する魔剣。ペンテシレイアはにやりと嗤う。ハッ! 気合いを込めて鉄球を振り切り、魔剣の軌道を逸らした。後方に弾かれたそれにアマゾネスの猛き女王は怪訝さを抱く。いつぞやのように、炸裂させなかった? 身構えてはいたのだが……。
しかし次の瞬間、後方で反転した魔剣が再度ペンテシレイアに襲い掛かる。僅差で気づいたペンテシレイアは反転し、腰の剣を抜き放つや弾き飛ばした。剛力を誇る女王の腕が痺れ、剣に皹が入り、取り落としてしまう。
それは魔剣フルンディング。射手が狙い続ける限りいつまでも襲い掛かり続ける呪いのそれ。片腕では弾くには至らない、生半可な迎撃では止められない。ペンテシレイアは舌打ちした。唸りを上げて襲い掛かって来る魔剣を両手の鉄爪で受け流した。体の芯まで痺れるかのような威力。男が呟く。投影開始と。――河の流れが変わったのに、魔剣に狙われているペンテシレイアは気づけない。
男は第二射に移る。あらかじめ地面に突き刺していた螺旋状の剣を抜き取り、それを弓に番えた。その間もずっとペンテシレイアだけを見ている。女王だけを狙っている。故に狙いは雑で良い。ペンテシレイアは三擊目を弾き返した。そしてそのまま指令を発する。
「進め! 距離を詰め、斬り潰せ!」
元より戦士らは突き進んでいた。丸楯を構え、弓兵を殺さんと。戦士らは天を衝かんばかりの気勢を発し雄叫びを上げている。
男は意にも介さず螺旋剣を弓に番え、放つ。「偽・螺旋剣」と真名を解放して。
空間を捻切りながら飛翔する剣弾。楯を構えた戦士らを、その楯ごと抉り貫き周囲を纏めて殺傷しながら進む。しかし百を殺した辺りでケルト戦士らは驚異の武威を発揮した。ある程度威力が死んだのを見て取るや、数人掛かりで楯を寄せ集め、螺旋の剣弾を上空に逸らしたのだ。瞬間、螺旋剣が自壊し、莫大な魔力を秘めた爆発を起こす。それは多数の戦士を巻き込んで、軍勢に風穴を空けた。
ペンテシレイアは『赤原猟犬』の五回目の迎撃で業を煮やし、神性を呼び起こした。赤く光る瞳、黒く染まる眼球。増幅した怪力にものを言わせ、鉄爪を振りかざし渾身の一撃で魔剣を粉砕する――寸前。ペンテシレイアは本能的に飛び退いた。爆光。
「がぁぁァァアアア――ッッッ!!」
螺旋剣の雑な射撃とは違い、赤原猟犬に狙いを絞っていた男はペンテシレイアが本気で迎撃しようとしたのを見て取るなり、即座に投影宝具を自壊させたのだ。
しかしペンテシレイアの回避は間に合った。げに恐ろしきは闘争の化身足る神の血を引く女王。間に合わないはずの回避を間に合わせ、全身に壮絶な火傷を与えた。幼げな美貌は激痛に歪む。しかしペンテシレイアは血の混じった唾を地に吐き捨て、寧ろ戦意を更に高める。よくもやってくれた、次はこちらの番だ。そんな貌。
宝具の投射にはそれなり以上の溜めが必要なのは分かった。ならば射たれる前に接近するまでの事。軍は進撃している。その後を追うようにペンテシレイアも駆け始め――その優れた眼力が異常事態を察知した。
河の水が途絶えている。
河が何かに塞き止められているかのような……。ぬかるんだ土の見える河の跡に男は移動し、悠然と構えて戦士団の接近を待ち構えている。ペンテシレイアは激怒した。ケルト戦士の余りの能無しさに。報告ぐらいしろ馬鹿者どもが! 罵倒して即座に離れる。所詮は傀儡、元々低い知能がコノートの女王に乱造されて猿になったか!
「壊れた幻想」
爆発は、男の後方から。河の流れを無理矢理塞き止めていた三本の『虚・千山斬り拓く翠の地平』が破裂したのだ。
それによって濁流が押し寄せる。ペンテシレイアは目を見開いた。余りにも水流が激しい。ほんの数十秒程度、塞き止められていただけの濁流とは思えない。水の流れを変える某かの仕掛けがあったのか。
無数の宝具を惜しみ無く炸裂させているのだ。それにあの螺旋剣は以前も見た。という事は、宝具を生み出す異能をあの男は持っていると見て良い。ならば、水の流れを変える程度の宝具、生み出しても不思議ではなかった。
男は素早く離脱していく。しかし下手に数の多い戦士達は思うように逃れられず、結果として濁流に呑まれてしまった。荒れ狂う河の流れに、男は次々と剣の宝具を撃ち込んでいく。そしてそれがケルト戦士らの方へ流れていくのを見計らって、全てを起爆した。
「――やってくれる。今ので二千は死んだか」
男は即座に森に逃げ込んでいく。一度も白兵戦を行わず、射撃と奇策による小細工のみに徹して。
だが……。
「そちらは袋小路だぞ。逃げ道はない……さあ、どうする? 雑魚に討たれるか、私に殺されるか……末路を選んだようなものだぞ」
手負いの女王は、しかし全くそれを問題としているふうでもなく。ケルト戦士らを先に行かせ、自身もまた嬉々としてそれを追った。
――傀儡など幾らでも殺せ。だが私は見たぞ。酷い顔色だった。……どれほど持ちこたえられる?
ペンテシレイアに兵の被害を気にする了見はない。幾らでも使い潰してやろうと残忍に嗤った。
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