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【ユア・ブラッド・マイン】~凍てついた夏の記憶~

作者:海戦型
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流氷の微睡み4

 
 事件から2日後、聖観学園にはやっと日常らしいものが戻ってきていた。

 静かな廊下を歩くリックとルーシャの足音だけが響き渡る。ホームルーム前に廊下ではしゃぐ不真面目な学生はここにはいない。まして特組は人数も少ないし校舎の場所も少し特殊だ。

 と――前方に世話の焼ける二人の生徒が教室にも入らず待っていた。

 古芥子美杏と古芥子美音、双子の姉妹。
 リックとルーシャの生徒であり、2日前の事件で助けに入るまで時間がかかってしまった子供たち。美音は普段のへらへらした薄い笑みが剥ぎ取られ、警戒半分臆病半分といった顔でこちらを睨む。その背中を美杏が優しく撫でて後押ししているようだった。

 やがて、美音が前に出て上目遣いにこちらを睨みつける。

「どうした」
「……美音、大人なんて嫌い」

 拒絶。事件の時も大人を否定する言葉を言っていたが、成程、と思う。

「猫被りもいい加減疲れたか」
「そうやって分かった風な事言うのが嫌い。都合が悪いと煙に巻くのも、社会のルールを子供より一杯知ってるからってそれを自慢するように行動や心を否定するのも、勝手に話進めるのも、勝手に捨てるのも、人の為だと言って強情になる自分に酔ってる所も、嫌い。全部嫌い」

 やっと素直になったな、とリックは思う。
 最初からだ。それこそ入学する前、顔を合わせる前から既に美音は大人嫌いだったのだろう。美杏はそこに寛容な姿勢だけ見せることは出来るが、心の底では美音に同意しているだろうと予想する。その強烈な不信感の理由は、そのまま家庭の問題に直結している訳だ。

 彼女の両親は、双子がOI能力に覚醒した時点で二人の保護者としての責任を放り出した。
 髪の色が変わって気味が悪い。OWだかなんだか知らないが訳の分からないことばかり言う。それが世間体の悪さか、理想とする家庭や子供の在り方との乖離か、とにかく当人たちにとって耐えがたい「何か」を生んだのだろう。

 彼女たちは親に、大人に捨てられ、そして拾われた。
 拾われた先で何があったのか、リックは把握していない。ただ、親への不信感から大人への不信感に思想がシフトしている事は感じていた。もしもこの世界に双子以外のOI能力者がいなかったら、この子たちは子供だけの王国でも作ろうとしていたかもしれない。

 リックには分かっていた。二人がリックとルーシャに見せる態度や笑顔は全て飾り付けたものであることを。それを指摘することは簡単だったが、上から押さえつける指導は二人のような生徒には逆効果でしかない。ずっと彼女たちが本音を言う時を待っていた。

「大人はいつだって身勝手で、子供が本当に辛い時や怖い時、困ってる時に何もしてくれない」
「そうかもな。俺も大人だ、大人の悪いところは山ほど知っている。だから最低限、子供を守る事にだけは手を抜くまいと決めている」
「そんなこと言って、助けに来るのが遅れたッ!!」
「すまない」

 リックは二人に頭を下げた。言い訳する気などなかった。
 二人が暁家の二人と共にテロリストと交戦してからリックが到着するまでの時間は、あの場の四人にとって途方もなく長く感じた筈だ。異常を認識してから全速力で現場には向かったが、こちらが全速力だったことと子供が感じた恐怖は別のものだ。自分を正当化する理論たりえない。BISも非常時の為の代物であり、本当は生徒が使うまでもなくリックが事を片付ければ要らないものなのだ。

「万一のことを想定していたつもりなのに、全然ダメだった。今回お前らが怪我をしなかったのは奇跡みたいなものだと思っている。そして奇跡に二度目はない」
「……ちょっとリック、私にも責任があると思うんですけど?一人だけ悪者顔してすごい疎外感を感じましたけどー?」
「お前にGPSを任せた俺の失態だ」
「それ優しさが一番つらいってやつだからねッ!?んん、おほん!とにかく、私も最善を尽くせませんでした。ごめんなさい」

 リックに合わせてルーシャも頭を下げる。
 頭を下げただけで下がる剣呑はそうそうない。謝罪そのものには意味がない。
 ただ、己の失態をそれとして受け入れているという、大人特有の意志表示だ。それは子供には意味のない、或いは分かった風になっている卑怯な行いにも映るだろう。そのうえで、リックは顔だけ上げた。

「お前らが望む大人には、俺たちはなれないかもしれない。だが、お前らが俺の生徒である限り、俺は理想を追うことも守ることも諦める気はない。だから……虫のいい話だが、俺たちにもう一度チャンスをくれないか」
「ずるい言い方。二度目と言えば次は三度目とか言い出すじゃん、大人って」
「そうだ。こんなものは自己満足だ。大人はそれでしか自分のやることを示せないのかもしれない。お前が許す気も何もないといった所で、結局俺たちはお前らを守り続ける」
「……………」

 子供の怒りに理論も理屈もない。大人の怒りとて時折そうだが、子供のそれは込められたエネルギーの強さが大人とは違う。実際の所、リックは美音が今後一切こちらを信用してくれないかもしれないという予想さえ抱いていた。
 それでも行動しなければいけないのが大人であり、教師だ。
 行動しない大人は大人とは呼べず、何もしない教師は教師としての職務を全うしていない。
 どちらにしろ、茨の道しかない。それがリックの道だ。

 美音は俯いて、手を微かに震わせる。

「美音」
「うん……」

 美杏にまた促され、美音は前に出た。

「美音、大人のことは信用できないし許せない」
「ああ」
「大人なんて何もしてくれないと思ったから」
「ああ」
「先生が助けに来て、暴れてる私を抑えてくれて、全然嬉しくなかった」
「ああ」
「すごく……すごく、胸が締め付けられて苦しかった。こんなことまでしてくれる大人は初めてだったのに、その大人に子供の嫌な所、駄目なところばっかり見せた。先生もまた美音たちをきらいになって見限るんだと思った。今も……自分勝手な美音たちに頭を下げる先生を見てて、胸が痛いの」

 それは「わかる」などと安易に同意を示すことの出来ない、彼女だけの世界。
 OWなどなくとも誰もが心に抱く自分だけの認識だ。

「先生。ううん、先生たちにお願いがあります。美音たちにもう一度だけ……」

 そこで一度言葉を区切った美音は、今度は美杏に促されることなく言い切る。

「もう一度だけ、大人として先生を信じさせてください」
「……お願いされなくても、守って見せるさ。だから次からは遠慮なく俺を呼べよ」
「完全に信頼した訳じゃないんだからね……き、期待を裏切らないでよ!?」
「大人の意地を見せてやる」

 美音の頭を優しく撫でると、美音は黙ってそれを受け入れた。
 美杏もどこか物欲しそうな顔をして近づいてきたので、同じように撫でる。
 二人はしばらく無抵抗にリックの手を受け入れ、そしていつもの能天気そうな顔に戻った。

「じゃ、ホームルーム急ごうよ先生!みんな待ってるよ?」
「大人の遅刻はカッコ悪いぞ~!!」

 双子が息ぴったりにリックの両手を引っ張る。その顔は張り付けた笑みというよりは、構ってほしくて悪ふざけしているように見えた。

「って、何でリックだけ引いて私は引かれないの!?」
「そこはそれ、助けたのはあくまでリック先生だし?」
「あれあれ~?ルーシャ先生ったらもしかして妬いてる~?」
「くっ、今ほど生徒が憎いと思ったときはない……!!リック!休み時間に二人の倍は私を愛でてよね!?」
「対抗意識を燃やすなバカタレ」

 と、廊下の物陰から更に見覚えのある生徒が現れる。
 エイジ、エデン、悟、永海だ。事の成り行きをずっと見ていたらしい。

「先生ずるい。私が先に大人論争を二人に吹っ掛ける予定だったのに!」
「エデン、目的と優先順位が倒錯してる」
「やれやれ、お前らの為にわざわざ四人をデバガメしたんだから昼は奢れよ。割に合わん」
「これでようやく一件落着ってか?っとと、急いで教室に戻らないと先生に叱られるかも!者ども急げ!あの暴力教師より先に教室へ走るのだぁ~~!!」
「廊下を走るな!……まったく、元気な奴らだ」

 リックが笑う。つられて周囲も笑顔になり、悟まで呆れたように笑った。

 ここに至ってようやく静観学園の日常は復活したのであった。
  
 

 
後書き
これにてようやく静観襲撃編、完結です。
次からの展開はまだぼんやりとしか決めてないので、もっと練ってから書こうかなと思います 
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