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【ユア・ブラッド・マイン】~凍てついた夏の記憶~

作者:海戦型
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流氷の微睡み3

 
前書き
体調が悪ぅござんす。よって短いでござんす。 

 
 
 日本皇国鎮守六天宮――通称、六天尊。

 それは神代の血を保証し、守護する事を使命とした集団。
 この集団は軍にも警察にも政府にも干渉することの出来ない存在であり、六天宮に仕えること、六天宮の人間としてこの世に生を受けたという事は、天孫に人生を捧げるに等しいことだ。彼らの役割はあくまで天孫を守護する事であり、天孫を脅かす存在を排除する事にこそある。

 故に彼らはあらゆる社会の問題に興味はないし、あらゆる軍事行動を肯定も否定もしない。必要なときだけ動き、必要な活動をする。血と伝承と統治を繋げ、六つの神器を管理し、天孫より勅あらば首をも差し出す。
 その活動を知る者は少ない。天孫直属のいくつかの組織以外では真実はほぼ知られていないため、表向き六天宮は日本有数の大きな神社程度にしか世間に捉えられていない。

『――して、此度の出来事について貴様はとんと関わっておらぬ、と』

 天掛家によって作られた訓練道場、その中心に座る朧に、厳かなる声がかけられる。

「はっ」

 道場内は既に異界とでも呼ぶべき空気に満たされ、全ての戸と鍵が閉められている。
 朧の横には相方である天馬が、自分と共に膝をついて目の前の声の主を見つめている。
 六天宮の職人が魔鉄にて作成した『投影機』によって映し出されるのは、天掛神宮の宮司である朧の父――或いは「遺伝子上の血縁」と呼ぶべき存在、天掛(あまがけ)尊士(たけし)。互いにあるのは親子の情ではなく、「宮司」と「継承者」であり、一般家庭に存在するような親子関係も親子の情も存在しない。

『返答だけなら何物にも出来よう。されど貴様は既に継承者の身。決して小さくはない此度の事件に無関心とも取れるぞ』
「はっ」

 諾諾と従う朧を見ながら、内心で天馬は舌打ちした。
 学校に帰った後の自分たちに何ができよう。有事であるが故の情報統制とて敷かれていたし、学校も軍も警察も把握できないテロリストの目的など学生に分かりようもない。だというのにこの男は……と思うが、ここで天馬が声を荒げた所で朧にたしなめられるだけだ。「出来ることは一つくらいあった筈であるが故、此度の責はこの朧に」、などと言うのだろう。

 率直に言って、凡俗と呼ばれる世界に育った天馬にとって天掛の人々は決して快い存在には思えない。非人間的だと思う事さえある。それは心の温度差、積み重ねてきた覚悟の違い、そして――。

「テロリストは撤退しました。なれば特組を狙っているという可能性は尽きず、次の襲撃もあるやもしれませぬ。これから一層、備えてまいります」
『……こちらでも彼奴等の狙いは調べる。仮にも天孫直轄の学園を襲撃した輩となれば、黙っている訳にもいくまい』

 巌のような男はそこで初めて視線を朧から天馬に移す。
 気遣いではない。責める訳でもない。ただ、どこの者とも知れぬ珍妙な存在を胡乱気に見つめるような、そんな顔だった。

『継承者たる貴様の言を信じてこそ任せたが、そこな男が使い物にならぬようならば即刻引き剥がすと言った事、忘れてはおるまいな。継承者にとって鉄脈術など条件に入らぬぞ』
「お言葉ですが、我ら幾星霜の歴史を重ねた天掛流において『斬った』のは初代様と天馬のみ。実績で言うならば、既に彼の名は――」
『もうよい。ふん……まぐれでなかった事を祈っておるよ、元天掛流道場門下生……落ちこぼれの凪原天馬よ』

 込み上げる不快感に耐えられず、天馬はとうとう口を開いた。

「その落ちこぼれに尻を拭わせたのはどこの誰だ?」
「天馬、それは」
『それだけの大口が効けるのなら、次に会う頃には私から一本取ってみせるのだな』

 最後に、岩の如く動かなかった口元を微かに吊り上げた天掛(あまがけ)尊士(たけし)の姿を最後に映像と音は途切れた。

「……訓練、始めようぜ」
「天馬……そうだな。余りある気力に精神を振り回されるなよ」

 互いに木刀を構え、腹の底に力を入れて大地を踏みしめる。
 朧。小柄な体躯からは想像もできない神業的な剣士を追いかけると決めたのは天馬で、それを受け入れたのは朧だ。そこにたがえる意志などありはしない。それでも、落ちこぼれというあの言葉が、どうしようもなく天馬のプライドを抉った。

「天馬」
「なんだよ」
「見返すぞ、あの男を」
「当たり前だっ!!」

 あの夏に放った一撃に、一歩でも近づくために。



 = =



 その日、リック・トラヴィスは若干不機嫌だった。
 テロ問題の後処理も十分に面倒だったのだが、それ以上に彼を不機嫌にさせていたのが先ほどの職員会議だった。

『君の独断で入れた課外授業が今回の無用な被害を生んだのではないかね?』
『テロリストを逃がしたことで学園の威厳が失墜するとは考えなかったのか?』
『君は外国人だったね。君が手引きしたのではないのか?』
『これだから外国人を雇うなどと……』
『学園長、もはやこれ以上特組などという制度を存続すべきではありません』

 生徒の身を案じることは、この国では咎らしい。そう告げてやった。

 リック・トラヴィスは静観学園の教職員内では嫌われ者、或いは鼻つまみ者として扱われている。
 正規の職員試験を通さず教師となったこと、特組という特質的なクラスを任される程度に学園長から信用を受けていること、当人自身が桁外れな能力を持っていること……しかしもっと根本的な所にある感情は、やはり「なぜ日本の学び舎に外国人がいるのだ」という部分に集約されている。

 日本皇国という国は、世界に現存する最古の国である。その統治のあり方についても頂点の天孫家が一度も途絶えることなく存続しているというのは極めて異例であり、またラバルナ帝国と敵対することなかったために日本人というメンタリティを一度も害されたことがない。
 故に、外国人が日本人のコミュニティを訪れれば歓迎するが、コミュニティに入ることは嫌う。超国家でないが故に異国を受け入れる土壌がないのだ。

 パートナーであるルーシャの扱いはもっとひどい。「リックが製鉄師だからおまけでついてきた」という認識しかされておらず、嫌われる嫌われない以前に対等な存在だと思われていない節がある。彼女自身は強かであるのでその立場を利用しているが、同じ外国人教諭である彼女に対してだけヘラヘラするというのは、ジェンダーと魔女の二重差別に他ならない。リユニオン(北アメリカ大陸を中心とする新興超国家)なら訴訟まっしぐらだ。

 しかし、思う所はあれどリックは今のこの職場を嫌ってはいない。なので若干不機嫌程度で済んでいるし、そもそも自分がここからいなくなれば困るのは自分たち以外だ。国に尽くしている振鉄階位から首輪を外すことの意味ぐらい連中も多少は心当たりがあるらしい。

「ところでリック」
「なんだ」

 隣を歩いていたルーシャがこちらを見上げる。

「私たちの口座から電子決済で400万円くらい引かれてるんだけど。防犯グッズ購入費として、ちょうど事件が起きた当日の時間帯に」
「……あの時間に火事場泥棒する余裕があり、自衛手段に乏しく、なおかつ俺たちの口座番号を盗み取って決済に使えるほど情報処理能力に優れた、恐らくは製鉄師。」
「……犯人見つけたりだね。共犯は魔女かな?」
「どうかな。言い出しっぺに聞けば分かる」

 数分後。金の出どころを突き詰めたリックの手によって悟の脳天に拳が振り下ろされた。

「人命と事件の早期解決を優先したまでだ。使えるものを使って何が悪い?」
「だからといって黙って抜くな。犯罪行為だぞ。パクったものは後でこっそり報告すれば俺のポケットマネーじゃなくても学校の予算から金を引っ張れるんだ」
「文句の理由はそっちかよッ!?」

 なお、内訳によると強化外筋スーツが300万円と最も高かったという。
  
 

 
後書き
実際問題この世界の日本って多分第二次大戦とか経験してないから、無知から来る外国人に対する偏見は凄そう。

リユニオンは前につぶやきで勝手に作った超国家です。アメリカ母体なので超国家時代に自由と民主主義を前面に押し出しています。 
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