人理を守れ、エミヤさん!
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
戦術の勝、戦略の勝
戦術の勝、戦略の勝
ぎょろりと蠢く無数の目。波動となって肌を打つ桁外れの魔力量。そそり立つ肉の柱を見上げた俺の所感は、巨大な魔物から感じる威圧感への戦慄と――得体の知れない、正体不明の既知感だった。
この魔力を、俺は知っている気がする。
それがなんなのか、すぐには思い出せず。慎重に、足元から突き出てきた異形の柱の出方を窺う。
ちょうど、柱を隔てて向こう側に立つアルトリアがこちらを見た。首を横に振る。仕掛けるな、側にいるネロの護衛に専念しろ、と視線で制する。
「……マシュ。大丈夫か?」
青白い顔の少女。盾の英霊のデミ・サーヴァント。人面大樹となった者達の死の衝撃は抜けきっていないようだ。
俺は、マシュを気に掛けたわけではない。いや心情的には心配で堪らなかったが、死への感傷は自分で処理できるようにならなければならない。そうでないと彼女は誰かに依存して、その在り方を歪めてしまうだろう。
故に俺の言葉の意味は、マシュを戦力に数えてもいいか、という冷酷な質問。ここで踏ん張れないようなら、俺はもうマシュに土壇場で信頼を寄せることはできなくなる。安定した戦力こそが鉄火場で必要とされるからだ。そこに情の介在する余地はない。アニメや漫画にありがちな、劇的な成長と爆発的覚醒を期待するのは馬鹿のすることである。
「だ、大丈夫、です。マシュ・キリエライト、いつでも行けます」
「……マシュ。死に慣れろと言うつもりはない。たが少しでも無理をしているなら……」
「大丈夫です! わたしは……先輩のデミ・サーヴァントですから……!」
必死の形相で俺を見るマシュ。その意識はこちらに向いて、他への注意は逸れた。
「……そうか。なら守りは任せる。頼むぞ」
「はい!」
表情を少し明るくしたマシュを横に、俺はちらりと魔物の柱を見た。
今、俺の守りの要であるマシュを、わざと言葉で揺さぶり、守りを薄くしたのだが……この柱はまるでそれに釣られず、沈黙を保ったまま目を頻りに動かしていた。
無数にある眼、その一つがオルタから視線を逸らさないでいるのに俺は舌打ちする。
マシュの守りが薄くなったところで俺を狙えば、オルタに横から仕掛けさせるつもりだったのだが……厄介だ。敵の知能を見極めるべきだろう。
アルトリアとネロへの警戒は薄い。防御に専念する必要があると知っているのか……
俺を凝視する眼は多い。が、逆にマシュはまったく注意を払われていない。マシュを側から離さないと察している……?
次いで、警戒されているのがオルタだろう。
現在、戦力として浮いているのがオルタだ。決定打を放てる攻撃力をも併せ持ち、この場では最も自由度の高い運用が可能である。
つまりこの魔物は敵の脅威と戦力を冷静に推し量れる知能があるということ。過小評価はできない。否、あの切嗣を仕留めたことから考えるに、侮れる相手でないのは自明だった。
「……」
睨み合う。睨み合うことで俺は、違和感を覚えた。
敵から感じる殺意が薄い。敵意はある、しかし知性があるのに、ここで仕留めるという気概が感じられなかった。
……あの、眼。
まさか……こちらを見定めようと……?
――その直感に、鳥肌がたった。
これは意思と高い知能を持ち、そして切嗣を時間をかけずに仕留められる力を持ちながら、こちらをこの場で倒す必要はないと考えている可能性が高い。
油断しているのではない、大上段に傲慢な構えをしているのでもない。純粋に、これは威力偵察をしに来ただけだ。
つまり……こちらを確実に屠れる戦局を選べるだけの余力が……『退路』があるということ。後がない俺達とは違う、万全の戦力をいつでも投入できる確実さを持っているということだ。
俺はこの時、はじめて『敵』の大きさを――この人類史焼却の裏に潜む巨大な『影』を見た気がした。
『――こちらでアサシンの脱落を確認した。霊基復元には一日かかる。士郎くん、いったいそちらで何が起こって――って、なんだその醜悪な化け物は?!』
カルデア管制室のロマニから通信が入る。アサシンの脱落を、霊基一覧で確認できたからだろう。
俺はロマニには、必要がない限り通信を入れるなと言ってあった。例えば強力なキャスターのサーヴァントが敵側にいた場合、なんらかの干渉を受けてしまうかもしれないからだ。
『それに……この反応はレフ?! そこにレフ・ライノールがいるのか!?』
混乱したような叫びに、思わず眉を顰める。
「落ち着け。ここにレフはいない。ソイツは始末したはずだ。遺体もカルデアで確保して、頭の天辺から足の先まで解剖し解析している最中だろう」
『いやでも、これは確かにレフから検出されたものと同じ反応が……なんだ? これは……そんな!?』
信じられない! とロマニが喚いた。
『レフから検出された反応は弱すぎて分からなかったけど、これは伝説上の悪魔と同じ反応だぞ!?』
「……なに? どういう意味だ?」
『言葉通りの意味だよ! 人間ともサーヴァントとも違う、第六架空要素の反応がその柱からはする!』
――第六架空要素。それは人の願いに取り憑きその願いを歪んだ方法で成就せんとする存在。
悪魔に憑かれると、人を構成する要素に異変が起こり精神が変容。最終的には肉体も変化して異形の怪物と化すという。
言ってみれば、人間に寄生する幻想のウイルスのようなものである。
「……なるほど。ということは、レフはあの時これに変身するつもりだったのか」
レフだけでなく、同一の反応を発するものがここにあるということは、他にもこの柱がある可能性が出てきた。
そしてレフのいた所とは別の特異点に柱があったということは、人類史焼却の暴挙は組織的なものであるということになる。
冬木でレフが、ローマでコイツが。ならフランスにも柱があったのかもしれない。俺達が遭遇しなかっただけで。そして、これから先の特異点全てにも。
「……ゾッとする話だ。なあおい。お前もレフと同じで、人間が変身した奴なのか?」
曖昧に、引き攣りそうな顔を誤魔化すように笑い、目の前の柱に問いを投げる。
その眼が、測るように俺を注視した。
「だとしたらなぜ人類史の焼却なんて馬鹿げたことに荷担する? 愚かに過ぎる、傲慢に過ぎる。人の歴史を途絶えさせようとするばかりか、なかったことにしようとするとは。増上慢も甚だしい、そうは思わないのか?」
――その眼に、微かに苛立ちの光が走ったのを俺は見逃さなかった。
確証はない、しかし確定したと判断する。奴はレフと同じ人間だ。いや今は悪魔かもしれないが、かつて人間であったことは間違いない。
つまり、人間に通じる駆け引きは、コイツにも通じるということ。それは、光明になり得る。
「……」
眼光が、鋭くなる。意識が更に俺に向く。
何か俺の言葉に含むものがあるのか? なんであれ――好機。
左手に魔力を通す。そして、更に言葉を続けながら念じた。
(令呪起動――)
「神にでもなったつもりか? それとも人を粛清することに大義でも見い出したのかな? いや人の未来に絶望したアトラスの錬金術師の可能性もあるか……」
(システム作動。――のサーヴァント、――を指定)
「だとすると更に度し難い。己の手前勝手な絶望に、人類全てを巻き込もうとするなど餓鬼にも劣る。ああ、流石にそれはないか。人類を滅ぼそうとするほどの悪党が、そんなちっちゃい輩な訳がない。だとすると他に考えられるのは……誰かに唆された道化かな」
冷淡に語りかけ、嘲笑する。
何か、柱が反応する寸前。令呪は作動した。
(宝具解放、ノータイムで最大火力を発揮し、敵性体を討滅しろ)
「――卑王鉄槌の息吹よこれに」
瞬間。
「『約束された勝利の剣』!!」
指令通り一瞬にして臨界にまで達した黒い聖剣が、黒い極光を迸らせる。
横合いから殴り付ける究極斬撃。反応は間に合わず直撃した。
『容赦ないな!?』
ロマニの突っ込みに肩を竦める。
これで決まればいいが――
まあ、そこまで甘くないか。
俺は苦笑する。
柱は吹き飛んだ。しかし、俺の眼は確かにそれを見た。
いずこかへ消えていく人の影。その手に輝く聖杯の魔力。
あたかも消え去るようにして、それはこの特異点から去っていった。
「――しくじった。俺のやり口を知られたのに取り逃がしたか」
まあ、いい。こちらにも収穫はあった。
敵は人だ。得体の知れない謎が一つ解けた。
そして敵が人間となれば、これほどやり易く、そして手強いものはない。
俺はやれやれと嘆息し、皆にバイクに乗るように促した。まだやるべきこと、成さねばならぬことは残っている。
消費した令呪も、あと二時間ほどで補填される頃合いだ。火力の面では不足はない。
あれが持っていた聖杯がなんなのか、気にはなる。神祖ロムルスに埋め込まれているのではなかったか? それとも……他の特異点の聖杯か?
なんであれ、本番はこれからだ。俺達はなんとしても、帝都ローマで待ち構える神祖を討つ。敗北は許されない。俺達の戦いはこれからなのだから……!
「――え、もしかしてこのノリで余もいかねばならぬのか?」
その疑問に、バイクに同乗していた騎士王は重々しくうなずいた。
ページ上へ戻る