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人理を守れ、エミヤさん!

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第二章「栄華失墜皇帝グラウディウス」
  逝くは死線、臨めよ虎口






 湿りを帯びたざらつきが、ぺろりと頬を舐めた。

 敵意はない。反射的に防御しようとする本能を律して、俺はうっすらと目を開き苦笑した。

「キュー……キャーウ」

 そこにいたのは、白い毛玉のようなリス……に見えなくもない猫。この場合、魔猫とでも言うべきか。寝起き特有の倦怠感に包まれながらも、俺はその小動物――フォウの頭を柔らかく撫でた。
 気持ちよさげに目を細める様に平和を感じ、か細い声で言う。

「……なんだ。随分と久し振りに感じるな、お前と会うのも」

 確か……特異点Fに飛ばされる前に会ったきりだったはずだ。以来、一度も見ていなかったのに、こうして寝起きに顔を見せに来るとは気まぐれな奴、と呆れてしまう。
 まったく……今日はお前に構ってはやれないというのにな。そうぼやいて、また暇があったら飯作ってやるからな、と語りかける。フォウ! と嬉しそうにしているのを見ると、人の言葉を理解しているようで、やはり動物とは思えないほど賢いなと思った。

「おはようございます。よく眠れましたか、先輩」

 扉がスライドし、部屋に入ってきたマシュがそう挨拶してきた。眼鏡に白衣姿の彼女には、俺の部屋への入室をいつでも許可してある。というよりも、基本的に俺は誰に対しても来る者拒まずだった。
 扉が開くとフォウはマシュに向けて飛び付き、慣れたように受け止めたマシュに「フォーウ!」と挨拶でもするように声をかけ、そのまま部屋から去っていった。
 微笑しながらそれを見送ったマシュに、俺はベッドから降り立ちつつ応じる。

「……まあ、思ったよりは寝れたかな」
「……? 何かあったんですか?」
「少し。昨日の晩、マシュ達が就寝してからサーヴァントを一騎召喚することになったから……それ関係で寝るのが遅れたんだ」
「え? サーヴァントを召喚したんですか?」

 驚くように目を見開くマシュ。入念な話し合いの末に取るべき戦法、コンビネーションの訓練をアルトリアと行なっていたマシュである。いきなり新しいサーヴァントを呼ばれても困惑するしかないはずだ。
 俺は頭を掻きながら事情を説明する。……ついでに俺が喚んだサーヴァントについても。

「それは……なんというか、因果なものですね」

 マシュは微妙そうな顔をしつつ、なんとも言い難そうに言葉を濁した。
 俺、マシュ、キャスターのクー・フーリンの三対一で戦い、なおも圧倒された相手である。及び腰になりそうな気持ちも分からないでもないが……。

「……いえ、彼女はアーサー王の別の側面とはいえ、同一人物のはず。戦力としてとても頼りになるでしょう。ですよね、先輩」
「ああ、その認識で間違いない」

 寧ろ俺との戦略的な相性は、本来のアルトリアよりも良さそうなのがなんとも言えない。

「後で会うことになるだろうが、彼女のことはオルタと呼べばいい。一応、それは周知してある」
変化(オルタ)……分かりました。以後、黒いアルトリアさんのことはそのように呼称させていただきます」

 了解の意を示したマシュは、時計を一瞥し、律儀にスケジュールを述べる。

「この後の予定は、朝食を頂き、そのあと管制室でブリーフィングを行なった後、第二特異点へのレイシフトとなります。頑張りましょう、先輩」

 勿論、最大限の努力を誓う。俺は黙って頷き、礼装一式を纏うと部屋を後にする。

 ――朝食を平らげて管制室に向かうと、そこにはすでにレイシフトメンバーは揃っていた。

 ガラスのように脆く、静電気のように乾いた空気が漂う中、俺は嘆息しつつ、持ち運ばれていた装備を点検する。
 ドゥン・スタリオン号と、ラムレイ二号。前者について敢えて触れず、生まれ変わった武器庫――サイドカー付きの軍用バイクに解析の魔術をかけ、その性能を改めて把握し、どこにも不調がないのを確認する
 『勝利すべき黄金の剣』五本と『赤原猟犬』と『偽・螺旋剣』を二本ずつ。一日で己の負担にならない投影宝具の量産数はそれが限界だった。無理をすれば倍までいけただろうが、そんなことをすれば後に響く。投影が本分とはいえ、それにかまけるばかりでマスターとして動けなくなるのでは本末転倒であろう。
 ラムレイ二号のサイドカーに投影宝具を積み込み、前もって干将と莫耶を投影。それを背部の鞘に納めて吊るしておく。黒弓は武器庫だ。さて、と辺りを見渡すと、互いを完全に無視するように顔を背け合い、重苦しい空気を醸すアルトリアとオルタを見た。

 俺と共に管制室まで来たマシュは、その空気の重さに何も言えずにいた。俺も出来たら何も言いたくないが、リーダーとしてそれはできない。意を決して、二人に声をかける。

「アルトリア、それからオルタ。これから出向く戦場では勝利が義務となる。分かっているとは思うが無駄な諍いを起こすなよ」
「無論です」「当然です」
「……」

 生真面目な声音に、重く威圧感のある声音。声質は同一なのにも関わらず、どちらが発言したかははっきりと識別できた。
 秩序をよしとする騎士王。暴虐をもって圧政を敷く騎士王。互いが己の側面であると認め、同じ自分だと知るからこそ相容れぬのだろう。
 だが共に轡を並べて戦いに赴く段となり、連携を必須とされる中、己達の軋轢を表面化させて場を乱すほど二人とも子供ではない。互いに声を掛け合うことはないが、自分同士ということもあり連携に支障を来すことはあるまい。だが、念は入れておく必要がある。

「もし二人がいがみ合い、作戦実行の効率が下がると判断したら、リーダーとして、マスターとして非のある方を令呪で自害させ、カルデアに帰還させるつもりでいる。異論はあるか」
「……ありません。その時は令呪を使うまでもない。己の不始末は、この手で決着をつけます」
「如何様にも、シロウ。私は貴方と共に戦うと誓った身。その盟約がある限り、私がシロウの重荷となることは決してない。……ああ、どんな非道な作戦でも、私は受け入れられる」
「……っ!」

 ぎり、と歯噛みするアルトリア。何かを言いかけ、しかし口をつぐんだ。
 俺は嘆息し、オルタとアルトリアの間に立つ。二人ともが距離を置いていたから手招きした。
 青い騎士王、黒い騎士王は怪訝そうにしながらも、俺の左右を固める形で近づいてくる。あくまで互いが視覚に映らないよう、俺を間に挟んで。
 俺はオルタの額を小突いた。

「くっ……シロウ、何を? 謂れのない罰ならば私も黙ってはいませんが」
「煩い。無意味にアルトリアを刺激する言い方をしたからだ。いいか、お前がリーダーのチームじゃない。俺がチームリーダーだ。圧政による指揮ではなく、和による結束を旨としている。昨日もそう言ったはずだな? オルタ。頼むから、俺の顔を潰すような言動は慎んでくれ」
「……了解しました。シロウの言うことです、従いましょう」
「よし。それじゃあ、二人とも友好の握手を」

 思いっきり嫌そうな顔をする二人だったが、アルトリアもオルタも逆らわなかった。
 手を重ねる両者の間から抜け、俺は出来る限り柔らかく言う。

「うん。こうしてみると、ちょっと仲の悪い双子の姉妹って感じだな」
「っ……。シロウ、その表現には頷けません。私とこのオルタは鏡合わせの同一存在。決して姉妹などではない」
「同意する。仮に姉妹だとしても、こんな出来の悪い()の面倒は見られない。撤回を要求しますシロウ」
「! 誰が妹です。貴女は私の側面でしかないのだから、私が姉でしょう!」
「フン。同じ国を治め、同じ結末を経たのなら、その精神性によって上下は明らかにするべきだ。他のつまらない戦いならいざ知らず、このグランドオーダーに於いてくだらぬ綺麗事を並べ、シロウの足を引っ張りかねない貴様よりも、私の方が遥かに優れていると判断できるが」
「何を! これが人理を守護する戦いであるからこそ、秩序だった行動と理念は不可欠だ! 無法の罷り通る戦いなどあるものか!」
「どれだけの悪逆を為そうとも、それは無かったこととして修正される。ならば何を躊躇う必要がある。敵ごと国を焼き払おうが、勝てばいいだろう」
「それは無道だ! 人理を崩さんとする輩と同列にまで堕ちる気か! 自分だけではなく、シロウまで巻き込んで!」
「……」

 ……姉妹呼びは、さすがに軽率だっただろうか。
 何やら激論を交わし始めた二人に嘆息し、しかし仲裁はしない。
 離れた俺を見て、戸惑ったようにマシュが聞いてきた。

「あ、あの……止めなくていいんですか?」
「止めなくていい。互いを無視して険悪になるよりも、言いたいことを言って睨み合う方が遥かに健全だ。それに、ああして意見を言い合うのは良いことだからな、レイシフトするまでは放っておいてもいい」

 ああしていると、どこかで折り合いをつけることも出来るだろう。そうなれば、少なくとも俺の懸念した令呪を使っての自害もさせずに済む。
 そう言うと、マシュはなるほどと言って頷いた。
 ややすると規定の時間となり、管制室にロマニ・アーキマンとダ・ヴィンチがやって来た。

 ロマニは憔悴した顔色に変わりはない。寧ろ酷くなっていたが、この間のように錯乱はしていなかった。落ち着いた物腰で、俺たちを見る。

 対し、ダ・ヴィンチは今にも死にそうだった。休養の必要のないサーヴァントとはいえ、その精神は生前となんら変わりのないものなのだから、ここ数日間の激務にはさしもの天才も根を上げそうなのだろう。
 特異点でも使える通信機の開発、ラムレイ二号の新設、宝具専用に魔力を貯蔵しておける礼装の開発、回収した聖杯の解析にとダ・ヴィンチをはじめとした技術部はてんてこまいだ。

「やあ、おはよう」
「おはようロマニ、ダ・ヴィンチ。……首尾は?」
「……おはよぉ。回収した聖杯は技術部が解析中……んで宝具の使用にも耐える魔力貯蔵型礼装はまだ。たぶん完成は四日後かな……」
「そうか。それじゃあ、通信機は?」

 言うと、寝不足な目をしたままだらしなく笑い、ダ・ヴィンチは得意気に一つの魔力計を取り出した。
 そしてわざわざ紐に通し、俺の首に下げてくれた。

 これは? 目で問うと、彼は力尽きた亡者のように力なく言った。

「懐中時計型通信機……っていうのは見たまんま過ぎてアレだけど。要は、外付け念話装置だよ」
「……?」
「あー、士郎くんに分かりやすく言うとだ、冬木式の聖杯戦争の時みたく、マスターとサーヴァント間の繋がりを利用した、遠距離での会話を可能とする優れものさ」
「それは……凄いな。通信可能距離は?」
「互いが生きてたらどこでも繋がるよ、理論上はね。だってさ、互いを繋ぐレイラインが電話線の役割を果たすんだから。まあ、その外付け装置が破壊されたらダメだから、一応強度には気を使ったけれどね、サーヴァントとかの攻撃を受けたら壊れるから。そこは気を付けて」
「……首に下げてるものを破壊されるなら、俺も破壊されているだろうし、気にすることでもないな」
「あははー、かもねー。……あ、ダメだこれ。ごめんちょっと休ませ、て……」

 ばたり、と電池の切れた人形のようにその場に倒れ伏すダ・ヴィンチ。相当に無理をしていたようだ。さすがに回収した聖杯の解析までしているとなれば、今回のレイシフトに付き合わせるわけにはいかないだろう。今ぐらいは休ませてもいい、と俺は思う。しかし、ロマニは割りと容赦なく言った。

「レオナルドはすぐ起こすとして……」
「……」
「実動部隊として今回君達を支援するのは僕とレオナルドだ。気は遣わなくていいよ? 無理してるのはレオナルドだけじゃない。みんなそうだ。特に、きみたちはね」
「……まあ、ロマニがそう言うなら」
「ああ――レイシフトの準備は整っている。今回君たちが向かうのは一世紀のヨーロッパだ。より具体的に言うと古代ローマ。イタリア半島から始まり、地中海を制した大帝国だよ」
「一世紀の古代ローマ、か。著名なのはカリギュラ帝とネロ帝だな」

 こういった話には即食いついてきそうなダ・ヴィンチは、完全に沈黙している。いたたまれない気分になるが、構わずロマニは続けた。

「良いかな士郎くん。転移地点は帝国首都であるローマを予定している。地理的には前回と近似のものと思ってくれても構わない。存在するはずの聖杯の正確な場所は不明。歴史に対して、どういった変化が起こっているかも不明だ」

 ふむ、と腕を組む。頭の中でざっと計算し俺は訊ねた。

「……その転移地点は変更できるか?」
「む、出来なくはないけど、なぜだい?」
「いや……これは俺の経験則だが、いきなり人の集まる地点に突入してもろくなことにはならない。俺としては首都ローマより離れた――しかし離れすぎてもないブリタニア辺りが望ましい。どうだ?」
「……出来なくはない、とは思う。けどそこまで警戒することかな?」
「人あるところに災禍あり、だ。本当ならすぐにそういった場所に飛び込むべきなんだろうが、今回はそのセオリーを外した方がいい」
「……それは勘かな」
「ああ。勘だ。第六感的なものじゃなく、あくまで計算と経験から来るものだが」
「……」

 はぁー、とロマニは嘆息した。自分は文官、武官ではない。ならこういった現場の意見は尊重するべきだろう。それに、なんの考えもなく言ってるわけでもなさそうだし。仕方ないな、とロマニは頷いた。

「いいよ。ただし、十分時間はもらう。設定を変えるのもスイッチ一つで、というわけにはいかないからね。その間なにもしないわけにもいかないし、ブリーフィングを終わらせておこうか」
「ああ、頼む」
「作戦の要旨は前回と同じ、特異点の調査、修正。そして聖杯の調査および入手、または破壊だ。人類史の存続は君たちの双肩にかかっている。今回も成功させてくれ」

 ロマニは窶れた顔で、しかし静かに、強く言った。

「そして……。無事に帰ってくるんだ。いいね?」

 了解、とマシュと声が重なった。

 しばらくの沈黙の末、ロマニはレイシフトの設定の変更を終えたのだろう。何も言わず、無言で俺達にコフィンへ入るよう促した。

 ――アンサモンプログラム スタート

 ――霊子変換を開始 します

 ――レイシフトまで後 3、2、1……

 ――全工程 完了(クリア)

 ――グランドオーダー 実証を 開始 します






 
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