人理を守れ、エミヤさん!
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影分身の術なのか士郎くん!
人理崩壊まで、あと八日。
急いては事を仕損じるという。焦らずじっくりと腰を据え、休める時に休んでおく。
仮に次の特異点の定礎を復元できたとしても、それはあくまでも急場を凌いだことにしかならないのだ。
戦いはまだ序盤。七つの聖杯を回収するのに、まだ折り返し地点にも来ていない。焦っていては必ずどこかで破綻する。
俺はゆっくりと風呂に入って湯船に浸かり、風呂上がりに医療スタッフの男性を呼んだ。全身を揉みほぐして貰い、丁寧に体の疲れを落とす。
「僕たちは、大丈夫ですよね」「貴方なら信じられますよね」――医療スタッフの男性は頻りに俺に対して訊ねてくる。彼だけじゃない、俺とすれ違ったカルデアのスタッフは、口を揃えてそう聞いてきた。
本来プロである彼らが、こうも取り乱したりはしないだろう。しかし人理崩壊までのタイムリミットがはっきりとして間近に迫っていると、流石に平常心を保てないでいるらしかった。なんでもいい、確証がなくても良い、とにかく安心が欲しくて堪らないのだ。
そんな状態でも、自分達の職務を決して投げ出さずにいるのには素直に頭が下がる思いだ。俺は何度でも言った。大丈夫だ俺に任せろ、なんとかするのが俺の仕事だ、と。
なんの根拠もないその言葉にも、彼らは安堵する。少なくとも一つの特異点を二日も掛からずに攻略した実績は信じられたのだ。
「……責任は重大だな」
分かりきっていたことをぽつりと呟く。
真っ暗で無音の空間に設定したシミュレーター室で座禅しながら、震える精神を鎮め統一する。
己の内側に籠り、投影魔術を行使。投影宝具を量産し何時でも使用できるようにしておくのも、大切な下準備である。
俺の本分は戦うことでも、ましてや狙撃することでもなかった。こうして武器を造ること――それこそが俺の本領なのだ。これを怠ることは出来ない。充実した武装は必要不可欠だ。
俺は今、主に選定の剣の投影、量産に励んでいる。ペースは二時間に一本。かれこれ三本目になるか。
偽螺旋剣も、赤原猟犬も、極めて強力な剣弾だが、流石に火力ではアルトリアの使うカリバーンには及ばない。最大火力を発揮する彼女の武装を整えるのはマスターである俺の役割だ。人理守護のために真価を発揮している聖剣はともかく、アルトリア自身の霊基はかつてよりも脆弱なのである。全力にはほど遠い性能しか発揮できていない彼女のためにも、霊基再臨し霊格を高めねばならない。
が、今はそんな余裕はなかった。故にこうして今、出来ることをしているのである。
聖剣は切り札として用い、それ以外の時は俺の投影したカリバーンを使って貰う。そしていざという時のために、ダ・ヴィンチに魔力を貯めておける礼装を製作して貰っていた。
令呪を使うわけにはいかない状況と、俺から魔力を引っ張るわけにはいかない状況で聖剣を使用せざるを得ない時、その使い捨ての礼装で魔力を賄うのが狙いだ。現在ダ・ヴィンチ率いる技術部は急ピッチで開発に勤しんでくれていた。
……こういう時に、所詮己は贋作者なのだと痛感する。
剣製に特化し、防具や布、小道具なども剣の倍魔力を使えば投影できるとは言え、無から何かを作り出すことは決してできないのだ。
贋作とは真作ありきのもの。偽物が本物に劣る道理がなくとも、真作なくして贋作はあり得ないことを深く心得ねばならない。
それにしても通信機、ラムレイ二号ときて、魔力を貯めておける礼装と、随分便宜を図って貰えている。事態が事態だ。マスター足る衛宮士郎の要求にはなんでも応じる、カルデアが一体となってマスターを支えると言ってくれた。
それは、素直に喜ばしいことだ。そして彼らの期待と尽力に、なんとしても応えねばならないと思う。
俺は取りうる戦術、想定すべき事態をアサシンの切嗣と密に話し合った。彼の思考は俺と似ているとはいえ、冷酷なまでの合理的な思考力は彼の方が上であった。故に、彼の意見は参考になる。無論アルトリアやマシュともミーティングを重ねた。百戦錬磨にして常勝の王であるアルトリアは元より、元マスター候補のA班であるマシュの頭脳も侮れないものがある。彼女たちの考えと、自分と切嗣の思考、戦術を擦り合わせ、より成功率の高い作戦を組み上げていくのは大事な作業だ。
俺達はチームだ。能力で言えば、アルトリアがチームリーダーを張るべきなのだろうが、リーダーは俺である。意見を取りまとめ、決定したことにはチーム一丸となり従わせるし、俺も従わねばならない。
俺の考えるリーダーシップは、ワンマンの単独トップではないのだ。あくまで皆の意見を纏め、チームの方針を決定し、定められたルールを順守させ、責任をしっかり取ることがリーダーに求められることだと考えている。
幸い今のところ俺のチームはルールをきっちりと守る面々で固まっている。切嗣だけは特例として汚れ役も担うため、ルールの外側を行く時はあるが、それはあくまで伏せておくべきこと。彼に独断を許すが、その所業の責任は俺に帰することを弁えておく。
技術部に依頼して装備を整え、旨い飯を食って気力を充たし、緻密に作戦を練って、互いの命が全て己の命であると意識する。そうして、俺の一日は過ぎていった。
「……なに?」
夜となり、後は充分な睡眠を取るだけとなった。
明日、遂に問題の特異点にレイシフトする。満足に寝られるのは今日を逃せばないかもしれない。これより七日間、最悪不眠不休の日が続くことも覚悟していた。
合理主義の権化である切嗣にも、今日だけは眠るようにしっかりと伝えてあったし、アルトリアやマシュも同様だ。リーダーであり、唯一生身の人間である俺が夜更かしするわけにはいかなかった。
いかなかったのだが……。
「やあ士郎くん。召喚可能の霊基一覧に歪みが生まれてしまったようだ。念のため、英霊召喚システムのテストをしたい。至急英霊召喚ルームに来てくれ」
――などと天才に通信を入れられてしまったら、流石に無視するわけにはいかなかった。
思わず、なに? と反駁してしまった。明日はレイシフト当日であり、新たに召喚するサーヴァントも決まっていた。ランサーのクー・フーリン、その全盛期である。
彼をどのように運用するか、どんなふうに作戦に組み込むかは、アルトリアらと話し合って決めてあった。前提として彼がいることは俺達の中の共通認識であるのだ。今更召喚システムに歪みとか言われても大いに困る。かなり困る。命に関わるほど困った。
仮に、システムが正常に復旧したとしても、システムのテストをするということは、サーヴァントが召喚されて増えるということ。正直、別枠のサーヴァントが来ても運用に支障が出るし、もし万が一にも問題のあるサーヴァントが来てしまったら、さらに頭の痛い問題になってしまう。
……仮に、あの英雄王が召喚されたのなら、これほど心強いことはない。特異点の人理定礎復元も大いに楽になるのだが。まあ、流石にそんなご都合主義は期待するだけ無駄である。
そも贋作者にして道化である俺の召喚に、英雄王が応じるとはとてもじゃないが思えない。
「勘弁してくれ、今問題なんて起こったら致命的だぞまったく」
頭が痛い。が、文句を言ったところで何が変わるでもなし、俺は仕方なしに指定されたルームに向かい、システムのテストに付き合わされることとなった。
そこで、俺は眩暈を感じる。 ――ああ、もう……今から波乱の予感しかしない。
メンテナンスの後、テスト的に起動した英霊召喚システム・フェイト。
ダ・ヴィンチ謹製の呼符を用いての召喚に魔力が高まり、目を焼く光と共に顕現したのは――いつか見た、黒き聖剣の王その人だったのである。
「どうしました、シロウ。盟約により、召喚に応じ参上しました。さあ、雑魚どもを蹴散らしに参りましょう」
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