問題児たちが異世界から来るそうですよ? ~無形物を統べるもの~
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一族の物語 ―交わした約束― 人類封鎖試練
これと言った前触れもなく、唐突に向けられた魔導書。放たれた光。常軌を逸した眩しさは彼らに対してすら視界を封じることを強制した。瞼を閉じ、ソレ越しに届く光が弱まって。網膜に焼き付いた光の奔流が収まった後、再び瞼を開くと……そこにあるのは“ノーネーム”の一室ではなく。
《俺がいた、外界か……?》
知っている場所ではない。そのはずなのに、どこかなじみ深さを感じる、そんな世界が広がっていた。十六夜はさらに情報を集めようと周囲を見回し、そこに飛鳥と耀がいることに気付く。
何が起こっているのかはわからない。しかしこの状況を引き起こしたのがヤシロであることは間違いなく、彼女は主催者権限を保有する元魔王である。警戒するに越したことはない。そこまで思考して集まるよう声をかけ―――
《…………!?》
られない。口を開き、声帯を振動させたはずなのに。そこから放たれるはずの音は、ささやき程度にすら出てはくれない。
既に術中にはまっている可能性がある。咄嗟に拳を握りこの世界を砕こうと、
『そんなに警戒しなくても大丈夫だよ』
したところで、脳内に声が響いた。耳を介さず、脳内に直接届けられた声。その違和感に顔を歪めながら、しかし拳はおろさない。横目に見れば、警戒を解いていないのは二人も同様だった。
『もう、だから大丈夫だってば。言っちゃえばこれは読書をしてるのと変わらない、自分が知らない世界を手繰る行為なんだよ?知るべきことを言葉じゃなくて映像として教えてあげようって言ってるんだから、大人しくご視聴ください』
そこまで聞いて、ようやくヤシロの意図をつかんだ。先ほど言っていた、『鬼道一輝を連れ戻す』ことの意味。ここに入る直前彼女が言っていた『人類封鎖試練』なる聞き覚えの無い言葉。一輝に関わっているのだろうという推測だけはたつそれらについて教えようと、即ちそう言うことだろう。
であるのならば、聞くしかない。誤魔化しようもなく自分たちは一輝を連れ戻すつもりで、彼女の言を信じればそこに付随する責任を知らない状態。挑戦者の責任として、それは知らなければならない。拳を解き、おろして、深呼吸を一つ。
『ようやく落ち着いてくれた。それでは改めまして、この場に関するルールをお伝えさせていただきます。
一つ。この情景は時代としては逆廻十六夜がいた頃より、ちょっと先の未来。鬼道一輝の人類封鎖試練がクリアされた場合に辿るifです。
一つ。お兄さんたちはあくまでも読者であり、この世界に干渉することも、干渉されることもできません。大人しく、私が起こすまでご観覧のほどを。
一つ。ここは可能性の未来ではありますが、ディストピアとアジ=ダカーハが倒された今。『鬼道一輝』の保有する主催者権限がクリアされた場合、確実に訪れる終末の未来です』
丁寧な口調で行われる、舞台設定の説明。今目の前に広がっている世界が何の世界なのかを、明確に示された。主催者権限を介しているわけではないので確実とは言い難いが、それでも真実であると考えていいだろう。
『私から皆様へ行う説明は以上になります。それでは皆様、しばしのご観覧を』
告げられる開幕。しかし、だからと言って目の前で何かが変わるわけでもない。自分が知ってる風景の中で、自分の知っている乗り物が動き、自分の知らない端末を弄る人間がいる。自分のような規格外がいるわけでもなく、歴史に名を残すような事件が起こる気配もない。全体を俯瞰してみる自分の視点で何も見つからないのだから、本当に何もないのだろう。
《いや、そんなはずはない》
何もないはずがない。何せ今見せられている世界は『終末の未来』なのだ。発生する結果は終末に間違いない。ではその起点はどこだ。一体何が原因となってその事態にたどり着く。どれだけの時間コレを見せられるのかはわからないが、無意味なものを見せられている可能性はない。どこかで何かが始まっているはずだ。ひとかけら程度の情報すら見過ごすまいと目を凝らす。とたん、上空から俯瞰する形だった視界が地上へと近づき、最終的にはそこを歩く人間と同じ高さになった。
自分からはそこを歩く人間が認識できるが、相手からは一切認識されない。触れることすらなく、自分をすり抜ける形で歩き去っていく。そんな不気味極まる情景。しかし、そこに立ったことで違和感に気付くことが出来た。
『……何だ、これは』
逆廻十六夜は、そこに歩く人間の表情に気付いた。この上なく奇妙な表情。面倒なことがあるのか顔をしかめている少年も、何か嬉しいことがあったのか浮かれた様子のサラリーマンも、子供を連れて歩く父親も。特売でもあったのか両手にパンパンになった買い物袋を抱える主婦も、クレープ片手に談笑しながら歩く女子高生の集団も、立場があるのか顔を隠して歩く女性も。それぞれ全く異なる状況、待ったル異なる表情を指定ながら、しかし全員が同じ表情を下地に張り付けている。
それは形容するなら、何かに対する恐怖だ。何か自分を害しうる存在を知っていて、それが牙をむく可能性は低いと理解しながら、それでも拭いきることのできない恐怖。
だが、それは何だ。何がそんな感情を与えている。改めて周囲を見回し、それだけの要因を与えるものが無いことを再確認する。確かに、人一人を死に至らしめるだけの要因はそこら中にある。道を走る車は容易にそれを成すだろうし、ゴミを漁っている野良猫やリードを付けられ散歩中の飼い犬も、その気になれば人間を噛み殺せる。しかし、それは可能であるという事実があるだけで、恐怖するだけのものがそこにあることにはつながらない。日常の一風景でしかないものに対して、そこまでの恐怖を抱くことはない。しかしこれだけ探しても要因になるだけの物がないのだ。一体何が起こって、どうなってこの事態にたどり着いた……
混乱が混乱を生み、要因がより一層の矛盾を発揮する。普通ではない、何かが起こっている異常な世界であることだけは確信できたが、ではその異常が何なのかについて掴みきれていない。もっと広い範囲で、それこそ地球全体を見渡すようにして確認しようと上空へ意識を……向ける、その寸前。電子音と悲鳴が、十六夜の耳を叩いた。何事かと音源へ視線を向け、原因であろう少女を発見する。誰にもぶつからないのをいいことに、少女を囲むようにして形成されている人の輪をすり抜けてその傍へたどり着く。
『これは……』
悲痛極まりない悲鳴故に通り魔にでもあったのだろうかと考えていた十六夜だったが、そこにうずくまる少女には何の外傷もなかった。五体満足な体で、右手を額に当てながら左手首へ視線を注いでいる。何があるのかとそちらへ視線を向けると、そこには腕時計のような電子機器。しかし時計版はなく、それに該当する部分は今真っ赤に光り、耳障りな電子音を鳴らしていたが。
ここまで組み合わされば、大まかにだが現在の状況をつかむことはできる。何かしらの作用によって手首の機械が作動し、それが少女にとって死に近いレベルの出来事だったのだ。
さて、それならばこの機械が光っていることが何を意味するのか。人垣を形成する者たちは触れてはならないものにただ視線を向けるだけだったので、なんの参考にもならない。発現することが禁忌であるような態度は、情報源となることを期待するだけ無駄だろう。彼女と楽しそうに談笑していた少女達ですら涙を流してこそいてもその態度なのだから。
であれば、注意すべきは子の少女だ。追い詰められパニックになった人間は、それ故にいくらでも情報を吐き出す。さあ、どんな言葉を紡ぐ。いかなる怨嗟を、いかなる弁明を繰り広げるのか。
「違う、違うの!私は何も悪いことは考えてない。だってこれくらい誰だって考える、ちょっとは想像することじゃない!」
「コレを考えてるのは私だけじゃなかった!誰だって考えることで、だから、だから!」
「お願いします、ごめんなさい考えました!でも考えただけなんです!」
「ちょっと想像して、それで絶対無理だって思って、でもそれでスッキリして!その程度のことなのに!」
「お願い、お願いだから許してください!助けてください!なんでもします、もうあんなことは考えません、この気持ちだって抱きません、だから、だから!」
「お願い、お願い、お願い、お願い、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
「お願い助けて、お父さん、お母さん……!」
悲痛極まりない、文脈すら失っていく、懇願にすらならない文字の羅列。しかし懇願を受ける側は機械でしかなく、非常に赤く光り、無情に電子音を響かせる。
そして。
「私、悪い子じゃ」
ない、と続けることもできず。手首のデバイスから電流が流れて、その意識は奪われた。ビクンッとなったのちに支えるものを失い左側へ倒れていく。結局最期まで何かをしたわけでもなく、おそらくは何かを『考えた』と言うだけの理由で彼女は倒れた。倒された。感情を持たない機械によって討伐された。
何だこの異常な世界は。そんな思考を走らせようとして……バタン、と。何か重い本を閉じたような音で、意識を叩き戻される。
「ここ、は……」
目を開けば、そこに広がっているのはなじみ深い風景ではなく、最近毎日のように見ている風景。“ノーネーム”の本拠、
「気になってるかもしれないから伝えておくと、あの後あの子は警察っぽい組織の人に拘束、回収されてそのまま死刑になる、って流れなんだけど……どうする?そこまで視る?」
「……いや、それはいい」
カットしたということは、さして重要ではないということ。そうでなくとも流れを聞くだけで嫌気がさすような内容だ。
「あれが、一輝君のギフトゲームをクリアしたら訪れる未来、と……そう言うのね?」
「まあそう言うも何も、事実だしねぇ。見ただけだと理解しきれてないかもしれないし、はっきり言葉で教えておくね」
そう言って、少女は何が起きていたのかを説明する。
「まず、あの捕まっちゃった女の子。彼女が何をしてああなったのかって話なんだけど……ぶっちゃけ、何もしていません」
「何もしてないのに、あんなに叫ぶような扱いを……死刑になるような扱いをされた?」
「うん。では何ゆえに死刑という結果にたどり着いたのかと言えば……『想像しちゃった』、ってのが原因かな」
想像した、それ故に処刑された。それはつまり、思考に対してすら制限が存在するということだ。
「あの手首についてたデバイスは、そう言う機能を持ったものなの。リアルタイムで本人の思考を読み、危険な思考を持ってしまったかどうかを判断する」
「持ったからって即処刑、ってのは無茶苦茶だろ」
「うん、この上なく無茶苦茶だね。だから、処刑までいくのはもうワンステップ挟むよ」
もうワンステップ。たったの、ワンステップ。それだけの差で、命を絶たれてしまう真実。
「その差は、その想像が実行をしようと言う意志のもとに成り立っているか。九割以上の確率で実行されかねない場合においてのみあの状態になって、電流で気絶させられて、処刑されます」
この場合、反応すべきはどこなのだろうか。
そこまでの精度でもって判別できるシステムが開発されている事実か。
はたまた、それでもなお実行前に処刑されてしまうシステム化。
あるいは、そんなシステムを受け入れてしまっている社会の方か。
「……それにしたって、無茶苦茶だろ」
口を挟むべき場所はいくらでもある。それ故に、十六夜は発言をためらわない。
「そもそもとして、その想像が……思考が危険であるかの判断が曖昧だ。何を持って善とし、何を持って悪とするのか。誰かに対する嫉妬だって黒く悪質なものから自らの向上心である善良なものまである。そこの判断ができない以上、そんなシステムが根付くはず……」
そこまで言って、まさかと言う可能性にたどり着く。そう、今のままでは決して成り立たないシステムであることは間違いない。だが、成り立たないはずという点は問題ではないのだ。なにせ未だ到達せざる極地であったとしても、そこは大した問題ではない。なにせ、そんな試練の具現こそが『試練』と名付けられる存在であり。
「まさか、そうなのか?さっき言ってた鬼道一輝の主催者権限ってのは、保有している試練ってのは、そういうことなのか?」
「いやだなぁ、そんな曖昧な言い方をされても分からないよ?」
分かっているだろうに、はぐらかすように。自分の口で言わせようと、ヤシロは促す。
そして。誘われたのなら、答えなければならない。口の中が渇き、言葉は空を切って……それでも、紡ぎきる。
「アイツが預かる試練ってのは……『善悪の完全な定義』、か?」
「大正解。それこそがお兄さんの保有する人類封鎖試練。ゲームがクリアされ、人類がその試練を乗り越え、獲得した瞬間。人類史の崩壊が確定するクリアされてはならない試練の一つです」
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人類へ与えられた試練、『善悪の定義』。
本来、箱庭世界がどのような結果をたどったとしても。試練として発生することこそあったとしても人類封鎖試練として確立することはあり得なかったはずの試練。
なぜなら、それを完全に定義するために必要な情報が箱庭世界には足りていなかったのだから。
そも、善悪を定義するのならば。そのために必要になる要素は三つ存在する。
一つ目は、善の定義。このような存在は善であると、ここから先であれば善であるという明確な定義。その心の在り方が正しいのだと明言できるような、そんな存在。
二つ目は、悪の定義。このような存在は悪であると、ここから下であれば悪であるという明確な定義。その心の在り方は討伐されるべきものなのだと断言できるような、そんな存在。
そして、三つ目。それは、境界の定義。人類が明確に善と悪に二分できるはずもなく、それ故に協会の存在が必要になる。ここにいるものはどっちつかずなのだと、そのあいまいさを肯定する要素。
箱庭世界には、この三つめが存在しなかった。より明確に言えば、発生することが不可能であった。
一つ目の善を定義する者は、箱庭に封印される形で存在していた。絶対悪の魔王・三頭龍アジ=ダカーハ。絶対的な悪となること絶対的な善を定義する存在。
二つ目の悪を定義する者は、箱庭に縛られる形で存在していた。外界における裁判の象徴・正義の女神ユースティティア。自らを善に固定することで、絶対的な悪を定義する存在。
しかし、三つ目の境界を定義する存在。これだけは箱庭には存在しておらず、それ故に人類封鎖試練が発生することもなかった。本来の歴史であれば確実に発生していなかったそれ。しかし、この歴史ではそれを定義できるだけの存在がいる。
それが、鬼道一輝と言う存在。世界にとって『自らを救う存在』という善性の者であり、人類にしてみれば禁忌の果てに発生した悪逆の徒であり。そんな霊格を獲得し、それに最も適した存在。鬼道一輝の在り方は、境界として君臨するに足る存在であった。
こうして、箱庭の世界にその試練を構成する三要素が揃った。しかも揃うだけでは飽き足らず、『鬼道一輝』という個人の下へ集約された。三つの定義は、一人の人間に託される。
こうして発生したのが、より厳密に言えば発生しようとしているのが人類封鎖試練・善悪の定義。その発生は確定している存在。
では次に。何ゆえにその試練が人類を終末へと導くものなのか。それも、『クリアされたら人類が滅びる』という、ある種人類最終試練とは真逆の試練として確立しているのか。それはこの上なく馬鹿々々しい、下らない理由からだ。
もし仮に、善悪が完全に定義されたのならどうなるのか。善と悪の似分だけではなく、境界の存在も含めた『完成された定義』。その定義が間違いない以上、人を裁くのにそれを用いるのは当たり前の流れである。
なにせ、誰かの意志によって決まる定義でもなく、神などと言う不確定な絶対存在によるものでもない。完全に、完成された定義なのだから。
そうして、世界から『悪』はなくなって行く。初めはその行いから、正しくない存在を消滅させられ。最後には、思考に対してすら裁きを下して。訪れたるは完全なる管理社会。思考レベルで管理される人類に成長が訪れるはずもなく、成長無き人類史など、変化なき人類史など。
そんなもの、終わっているのと何が違うのか。
そんな結末を預かる存在を、貴方たちは自らの下へ連れ戻そうという。そんなことをすれば巻き込まれるのは確実で、そんな人類の終わりに加担しなければならない存在となる未来。それを受け入れ、生きていく覚悟はありますか?
そう、少女は。人類封鎖試練・終末への恐怖は。この上なく面白そうに笑い、挑戦者たちへと問いかけた。。
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