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小ネタ箱

作者:羽田京
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オリジナル
  第1話 偽レーニン・イン・フレイム

 
前書き
ロシア人は自分の名前を都市につけるの好きですよね。 

 
「レーニン廟、焼かれたんだってね……じゃあ安置されていたレーニンの遺体も……」


 暗い顔ですがるように問いかける少女カリニー、いつもの笑顔はなかった。クレムリンに用意された一室に、発足したばかりの新政府の要人が集まっていた。
 目下の話題はレーニン廟の焼失についてである。ソ連最西部にある大都市は「レーニンの街」を意味するレニングラードといい、そのランドマークがレーニン廟だった。


 レーニン廟はそもそも召喚されたモスコーに付属された施設である。中心部の "赤の広場" にあるが、存命中のレーニンが「自分の名前の墓など恥ずかしいからいらん」と主張し、共同墓地にした。
 ところが、レーニンの死後、レーニン廟の建設を望む声が予想以上に大きかったため、建設中のレニングラードの中心にレーニン廟が置かれることになったのである。


 なお、モスコーの共同墓地は "ヤスクニ" と名付けられ、死後の魂が宿る場所として信仰の対象となった。
 とくに活躍した偉人は、クレムリンの壁とヤスクニの間にある「英雄墓域」に埋葬される。


「戦火に焼かれ建物は倒壊したそうよお。まず見つからないでしょうねえ」


 気だるそうに答えるリベヤにも、いつものような軽薄な空気はなかった。スターリン、カリニー、モロフィ、リベヤらはレーニンとともに時代を駆け抜けた。その嘆きは筆舌しがたい。
 国境を守るジュイコーやヴァシレスといった最古参の将軍たちも気持ちは同じだろう。スターリンが権力を奪取しなければ、軍がクーデターを起こす可能性さえあった。


 レーニン廟とは、ソ連を建国した偉大な指導者レーニンを祀る霊廟である。「ソ連のすべてを作った男」と言われ、死後300年経ついまも神聖視されている。
 およそ500年前、転移魔法の失敗により大陸にふらりと現れたレーニンは、偶然難破した奴隷船をみつける。死にかけていた亜人奴隷の子供たちを救ったところから建国伝説は始まった。


 レーニンは無限の物資をもち、超常の魔法を扱ったという。この世界ではありえない "奇跡" だった。神の奇跡だと口々に称える亜人たちに向かって、いつも謙遜していたという。
 

「だって、これゲームの力だし」


 レーニンにとっては、奇跡など児戯に過ぎないということだろう。とくに有名な逸話は、「モスコー召喚」である。身一つしかない亜人たちは住居をどうしたか。レーニンの答えは、魔法の力で一夜にして巨大都市モスコーを召喚することだった。


「インベントリにあった『一分の一スケール都市シリーズ:1941モスクワ』が役に立つ日が来るとは思わんかった」


 たった500人の子供が暮らすには大都市モスコーはあまりにも巨大すぎた。モスクワ市庁舎の対面にあるホテル・モスクワで共同生活をしていた記録が残っている。
 その後の人口爆発は、「人であふれたモスコーの姿がみたい」という素朴な欲求が原動力になったのは間違いない。


 現在500万人が暮らすソ連の首都モスコーは、ほぼ当時の姿をそのまま残している。ライフラインは完備され旧通貨「ゴールド」を消費することで機能する。まさに魔法の力だが、いまだその仕組みはわかっていない。
 

 レーニンが残した "ぶい・あーる" というキーワードが鍵だと学者たちは考えている。


 最早入手不可能な「ゴールド」の備蓄が減り、新通貨「ルーブル」への移行。技術の発展に従い、魔法のライフラインに頼らなくなった。科学の勃興である。いまのモスコーは科学の力で動いている。
 それでも建国からモスコーレベルのテクノロジーを会得するのに500年以上の時を要した。
 ゼロから築いた文明。襤褸切れしかもたない無学な子供とその子孫たちの執念の結果である。


 当時のクルチャ科学人民委員は「われわれはようやく1941年に追いついた」という謎の言葉を残している。


 さらにレーニンがもたらした様々な知識は文明を飛躍的に発展させた。
 日本語、イデオロギー、義務教育、基本的人権の尊重、健康で文化的な最低限度の生活、マンガ、ラノベ、エロゲなどなど多方面にわたる知識は驚嘆すべきものだった。
 そのなかでも、魔法と迷信が支配する暗黒世界から科学と人が支配する新世界へのパラダイムシフトは、ソ連の根幹をつくったといってよい。


 世界最高最強の魔法使いが、その優位性を捨ててまで推奨した新しい科学という力。
 血統によって決まる魔法の才能では、差別をうむ。レーニンはそれを見越していたのである。
 わざわざ伝統を破壊する必要などなかった。奴隷の子どもたちにはそもそも伝統などなかったのだから。


「魔法より科学のほうが強いっしょ。いや、おれ高卒のオタクだからよくわからんけどさ」


 コーソツという職業がなんなのかはいまだに議論が分かれているが、レーニンの謙虚な人柄をうかがえるエピソードといえよう。オタクとは知識人のことだと判明しており、インテリたちはこぞって「私はオタクである」と名乗った。


 ソ連に宗教はない。大陸の一般的な宗教は聖光教だが、その聖光教に迫害された亜人の集まりであるソ連が神を信じる道理がなかった。
 そもそもこの国は科学的社会主義を掲げており宗教との折り合いが悪いこともあり、無神論者がほとんどである。


 その代わりがレーニンだった。街角のいたるところに彼の銅像が立ち、学校の教室には必ず彼の肖像画がある。都市のメインストリートの名前はレーニン通りがほとんどだ。
 ソ連人にとっての神は、レーニンだった。だが、共産主義の守護者たるレーニンは自身の神格化には最期まで否定的だった。


「いやだから俺は神じゃないってば! 拝まないでよ……え、うん、そうそう! 共産主義だから神様はだめなんだよ! 絶対理性がなんとかかんとか?」


 そのレーニンの遺体が防腐処理を施され安置されているのがレーニン廟である。ガラスケースの中には綺麗な遺体が横たわり、一目拝もうと訪れる人は後を絶たない。いわば、巡礼地だった。


 レーニン廟の焼失は、異教徒がカーバ神殿を焼き討ちしたようなものだ。長命種の多いソ連ではレーニンと共に生きた人物は健在だし、若者にとっても身近な伝説である。ある意味、神以上の影響力を持っているといってよい。
 ソ連に与える衝撃は計り知れないだろう。


 レニングラード全体に戒厳令が敷かれているため、レーニン廟焼失に市民は気づいていないが、いずれバレるだろう。バレたとき、ソ連民はどうするか。怒り狂うことは間違いないが、どう行動するかが読めなかった。


「軍事パレード?」

「レーニン廟焼失を伝えた後、モスコーで軍事パレードを開く」

「同志書記長殿、そんなお遊びをしている場合ではないと思いますが」

「必要なことだ。軍の力を人民にみせねばならん。このままでは血気はやった連中が独自に国境を越えかねん。無策で突撃すれば死者がでる。王国のクズどもがどうなろうとかまわんが、一時の狂乱で失っていいほど人民の命は軽くはない。軍の士気向上の意味もある。だろう、トゥハフ?」

「ああ、だからこその軍事パレードだ。軍が健在であることを示さねばならない。軍が王国に報いを与えることができると信じ切れなければ、愛国心から暴走し多くの人民が犠牲になろう」

「あはは、そうなれば我々もただではすまないでしょうねえ。ここで弱腰とみられれば歴史上初めての革命が起きかねないわあ。でも、情報の秘匿はもう限界ですよお。明日にでもレーニン廟のことを発表したほうがよいでしょうねえ」


 王国への報復は既定路線だ。問題は人民の怒りをどうコントロールするかだ。下手に暴発させれば、敵に利するだけである。史実ソ連と違って、人命を重視する姿勢は、レーニンの日本人気質を受け継いでいた。
 この日、夜遅くまで会議が続けられた。


 翌日、政府からの重大発表によりソ連全土は怒りに満ち溢れた。


 ――――アルメイラ王国討つべし


 歴史が転換点を迎えた瞬間である。 
 

 
後書き
ゲートが太平洋の日本側に開いていて、王国と日本の外交官が接触したあたりにソ連が殴り込んできてあーだこーだします。よくある話ですね。

王国のデータ:人口900万人 動員兵力30万人
飛竜2000頭 戦竜1000頭

ソ連(動員後)のデータ:人口1億人 動員兵力1000万人
航空機10万機 戦車5万両 
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