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小ネタ箱

作者:羽田京
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オリジナル
  第2話 王国の内憂

 
前書き
ソ連はVRMMO産なので様々な強味をもっています。
この世界には魔法はありますが、スキルシステムは存在していません。
ソ連は魔法もVRMMO式なので異世界魔法とはまた異なっています。
 

 
「竜騎士の3割が未帰還だと!?」


 御年60歳になるアルメイラ国王ダリウスが、珍しく大声を上げた。周囲の廷臣たちも驚きを露わにしている。
 煌びやかな玉座の間では廷臣たちの好奇の視線にさらされながら、二人の竜騎士が膝をついて報告をしていた。
 

 ソビエト連邦なる亜人国家の都市を襲撃したのが5日も前のことである。
 本来なら意気揚々と凱旋するはずだった。


 だが、現実は1個飛竜大隊250騎のうち3割強にあたる90余騎が戻ってこれなかった。これは由々しき事態である。
 飛竜大国であるアルメイラ王国は2000頭の飛竜が常備されている。損害でいえば僅かといえたが、飛竜の育成には7年かかる。
 しかも失われたのは精鋭飛竜大隊であり、その補充が困難なのである。来る帝政連盟との決戦に向けて軍備を増強している最中であり、手痛い出費といえた。


 同時期に試みた上陸作戦も失敗しており傷は浅くない。



「あれだけの精鋭です。調教と訓練にかかる時間を含めれば、戦力の補充にはまあ2年ほどかかりましょうな。とはいえ、それをはるかに超える損害を相手に与えているのでしょうねえ? 先に戦力が枯渇するのはあちらでしょう」


 財務大臣の問いに襲撃部隊隊長のロット・クロフォードは神妙な顔をして頷く。


 実は実際の損害比はさほど変わらない。クロフォードたちの願望が戦果を "多少" 誇張させていた。むしろ脱出したパイロット全員が生還しているソ連側の圧勝といえなくもない。
 数で拮抗する実戦経験豊富な王国竜騎士相手によく健闘したといえよう。


 ソ連側の損害は撃墜67、修理不能18だった。王国は知る由もないが、全力稼働しつつあるソ連は3日で戦力の補充を終え更なる増産を続けている。
 ちなみに、総力戦体制を整えた後のソ連では、戦闘機が一つの工場で1時間に3機製造されることになる。全土で昼夜問わず生産され続け、最盛期では1か月に7000機を超える航空機が生産されたという。


 その姿を鋭く見据えながら、白くなった髭を撫でつつダリウスは言い放つ。


「だいたい奇襲攻撃など余は聞いておらぬぞ。交渉による貿易の拡大が余の方針であったはず」

「お言葉ですが陛下、亜人ごときに交渉など必要ありませぬ。生意気にも国を名乗っておりますが、所詮は亜人。蛮族の集落程度恐れるに足りませぬ」

「殿下。その亜人程度にしてやられたのではありませんか?」

「亜人どもとの交易はこちらの黒字でした。その金で増強した軍備でもって、貿易により弱体化した彼奴らを一網打尽にするのが方針だったはず。まだまだ搾り取れるのですから、帝政連盟との情勢が不穏な中、余計な行動は控えるべきだったのです。いたずらに戦を仕掛けるだけが戦争ではありません」


 若き偉丈夫が反論するものの、口々に諫められ悔しそうに黙り込む。彼こそが王太子ガルミウスであり、今回のレニングラード奇襲を企図した張本人だった。


 現国王ダリウスは文治の王である。先代と先々代が武断の王であり、小国だったアルメイラの版図を一気に広げた。広大な領土を引き継いだダリウスは武勇にこそ優れなかったものの、内政の才に秀でていた。急速な拡大によって生まれた国内の歪を取り除くことに腐心し、半ば成功しているといってよい。
 その功績は先代と比較しても劣らない。


 だが、それを分からないものもいる。武断の王が二代も続いたのだ。その家臣たちも必然武断的になっており、内政を優先させる国王を弱腰と声高に批判したのである。


 見識ある者たちは、ダリウスの手腕を高く評価していたが、それは少数派だった。飴と鞭で巧みに反対派を分断しやりこめたあたり、ダリウスは決して内政だけの人ではない。しかし、それを台無しにしたものがいる。


 ――――王太子のガルミウスだった。


 若く威風堂々とした佇まい。軍才に秀で正しく先代の血を引いていた。半面、驕り高ぶり慢心する傾向にあり、ダリウスにはまだまだ未熟と思えた。
 そのガルミウスは、父であるダリウスの治世を惰弱と批判し、公然と敵対し始めたのである。


 愚かなことだとダリウスは思う。ガルミウスはダリウス唯一の男子であり、後継者争いとは無縁なのだ。黙っていれば至尊の座が転がり込んでくるのだからなぜ悪戯に騒ぎを起こすのか。
 その危うさを危惧しているからこそ、ダリウスは息子に王座を譲っていないのだが、当のガルミウスは気づいていなかった。父を権力の座にしがみつく俗物と断じていたのである。


 急拡大した領土はダリウスの治世で繁栄し、その国力を飛躍的に高めた。南部で国境を接する帝政連盟との決戦に備え軍事力を高めていたのである。
 帝政連盟は後継者争いに揺れ、帝国は内乱の兆しがあり、連合は斜陽である。


 このままつつがなくガルミウスが引継ぎ、その軍才を思うままに発揮すれば、王国は大陸に覇を唱えることができたかもしれない。
 事実それだけの素地は整っていたし、ダリウスと側近たちはその青写真を描けていた。しかしながら、ガルミウスたちにとっては、あまりに迂遠すぎ理解されることはなかったのである。


「クロフォード卿の意見を聞こう」

「"竜母" による初めての実戦で慣れなかったのです。荒れ海を越える航海で疲弊してしまい満足な実力を発揮できなかった。まさに悲劇といえましょう」


 竜母とは開発されたばかりの新兵器である。巨大な船に竜舎と滑走路を設けただけだが、それは革命的な発想といえた。海戦でも上陸作戦でも活躍するだろうと期待されている。
 数年前海洋国家の連合が世界で初めて戦力化に成功したのだが、その報告を秘密裏に受けた王国軍部が、試行錯誤の末にようやく完成させたのである。


 王国とソ連は陸続きであるが、死の森――ソ連側通称西部大森林――が横たわり往来はできない。ゆえに、500年以上の長きに渡り両者は接触しなかったのだが、3年前に偶然発見された海路により、王国はソ連を「発見」したのである。
 以来、ソ連側が指定した港町「デジマ」を介して細々とした貿易が続けられてきた。


 発見当初、王国上層部では、すぐさま攻め滅ぼすべきとの声が上がったものの、発見者の猛反対により頓挫した経緯がある。ソ連の首都モスコーに賓客とした招かれた彼は、ソ連と戦うべきではないと国王に直言したのである。


 それにより貿易のみの関係が3年も続いたのだが、不満分子によって発見者は既に更迭されている。なにせ「あれは、黄金都市だった」とか「1億クロネの夜景だった」とか法螺を吹いたのだ。
 誰も信じるわけがない。国王の幼馴染でなければ、処刑されていたかもしれない。


 とはいえ、飛竜が主力の王国では、攻め手に欠けるのも事実だった。飛竜基地から直接襲撃するには遠すぎたのである。だからこそ、表面上は貿易を続けつつ、得た金で十分な数の竜母を用意してから一気に攻め滅ぼすつもりだったのだが……。


「それに加えまして、完成したばかりの竜母3隻のみではいささか戦力が心もとなく」

「ふむ? 練度不足に戦力不足かね? 計画では竜母3隻で十分な戦力だったはずではないか」

「それは上陸し拠点を確保できてさえいれば、の話です」

「なんだと!? 陸戦隊のせいだと申すか! 貴様らがデジマではなくレニングラードとやらを襲撃したせいで、陸戦隊は撃退されたのだぞ! どれだけの犠牲が出たと思っておる!」

「ほう? 亜人ごとき空からの援護など不用と仰ったのはどなたでしたかな?」 

「なにぃ! 負け犬風情がほざくか!」

「そうだそうだ。亜人相手に1個飛竜大隊などそもそも過分な戦力であろう! にもかかわわらず、おめおめと負けおって」

「やはり隊長たる卿の責任が重く……」


 議論が噴出するが、セオリー通りに上陸拠点であるデジマを攻めなかった飛竜隊の旗色が悪い。


 唐突な出兵とはいえ、近々出征する予定だったのも事実だが、時期が早すぎた。まだまだ準備不足だったのだが、点数稼ぎをしたい王太子派によって無理やり作戦が決行されたのである。
 しかも計画通り海と空からデジマを攻略するのではなく、いきなりレニングラードを奇襲したのは、王太子の案である。戦果の拡大を狙った暴走の典型的な例だった。


 クロフォード自身は王太子派ではなかったが、次期国王の覚えを目出度くさせようと思う程度の野心はあった。越権行為とはいえ、それを指示したのが次期国王なのだ。逆らう者は少数だった。
 そもそも後継者争いなど存在しないのだから、国王と王太子の争いなど滑稽でしかない。しかし、文治派と武断派の派閥争いが絡むことで、事態は複雑な様相を呈していた。


「お、お待ちくだされ! 敵主力を誘い出すという意味において、われらは立派に役目を果たしました。それだけではござりませぬ。亜人どもの摩訶不思議な飛竜に虚を突かれたのであります!」

「レイリア嬢がクロフォード卿を庇いたいのは分かるが……例の "鉄の鳥" とやらかね? そのような眉唾を信じるとでも? 馬鹿馬鹿しい。鉄の鎧を纏った飛竜であろうよ。小賢しくも竜騎士を育成していたようだが、戦を知らぬようだな。飛竜に鎧を着せるなど所詮は亜人の浅知恵か」

「は、その通りかと。このクロフォード、次は遅れは取りませぬ」


 飛竜に鎧を纏わせる試みは過去何度もされてきたが、それは逆効果であると既に結論づけられていた。飛竜の持ち味はその素早さにあり、それを殺す行為は巴戦で不利になるだけであった。
 もともと飛竜の鱗は並の弓矢や魔法など跳ね返すのだから、鎧など必要ないともいえる。


(本当にそうなのだろうか)


 副官のレイリアは冷静になって考えていた。公爵家の姫でありながら竜騎士となった変わり種である。姫様のおままごとと風当たりは強かったものの、その才能は確かでありクロフォードにも将来を嘱望されていた。
 先任の副官が帰らぬ人となったため、急遽抜擢されていたのだが、才覚よりも公爵家に恩を売りたい政治的な理由が多分にあった。本人は気づいていない。


 とはいえ、レイリアがクロフォードを庇う形になったため、クロフォードへの追及は収まった。正しい形で彼女は役に立ったのだ。本人は不本意かもしれないが。


 若く柔軟なレイリアだからこそ落ち着いて考えることができたのかもしれない。奇妙な鉄の鳥は明らかに速度と火力でこちらの飛竜を上回っていたように思える。クロフォード隊長たちがプライドから認めることができないだけだ。亜人ごときに負けたというショックが大きすぎたのだ。
 しかし、直面する現実を認識すらできずに相手と戦うことなど、目隠しして争うようなものではないか。


(亜人国家というのはフェイクで、裏で人間が支配下にある亜人を戦奴隷として使っているのではないか。だとすれば支配者階級の人間とどうコンタクトをとるかが鍵だな)


 彼女もまた、無意識に亜人を見下しており亜人風情が異なる "文明" を築いているなど創造の埒外だった。


(コブロス殿によればソ連の亜人は超能力をもつらしいが……鉄の鳥もその一種とか? 馬鹿馬鹿しい。魔法か何かだろう。エルフは魔法に長けると聞く)


 "すきる" と呼ばれる超能力をもつという情報もあったが、信じるものなどいない。


 この世界には魔法が存在するが、魔法とは言うほど便利なものではない。
 魔法使いの血筋に生まれ、厳しい修行を経たものだけが魔法を使えるようになる。魔法先進国である帝国の魔導軍は大陸最強と誉れ高いが、頭数を揃えるのは難しい。
 飛竜の戦力化とて容易ではないが、王国の竜騎士が質と量で帝国魔導軍をいずれ圧倒するだろうと王国軍人は予測していた。


 VRMMOなど存在しないのだからスキルシステムを想像できないのは当然だが、たとえ存在していたとしても現実化しているなど思うまい。
 当初は「サイエンス&ファンタジー」のアバターだったレーニンだけがスキルを持っていたのだが、彼の血が混ざることでこの世界の住人もスキルが使えるようになったのだ。
 スキルスクロールの助けもあり、いまやソ連人民は誰もがスキルを持っている。


 お転婆で比較的柔軟な考えをもつとはいえ、良くも悪くも王国貴族な彼女は、その枠外で思考することができなかったのである。せいぜいよく品種改良された飛竜を少数もっているのだろう。特殊な魔法を使っているのだろう。レイリアでさえその程度の考えだった。
 祖国が負けるとは微塵も思っていなかったのである。


 ソビエト連邦という異文明の脅威を正しく認識するのは、すべてが手遅れになってからであった。いや、もうすでに手遅れだったのかもしれない。


 ――――眠れる赤熊を目覚めさせてしまったのだから。 
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