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儚き運命の罪と罰

作者:望月
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第十一話「決着をつけよう」

 
前書き
無印最終回です…長かった!

この続きは完全オリジナルですがリリなのです。なのはとか影も形もありませんがリリなのです。オリキャラ沢山でてきても「リリなの」は「一応」続きます。 

 
ドキドキと言う胸の鼓動が私の脳の裏側で響いている気がする。それだけ大きい音だった。

一ヶ月前の私なら夢にも思わなかっただろう、私が...『フェイト』がまさか母さんと戦おうだなんて。強く決意した筈なのにじわじわ湧いてきた。親不孝者だとは思うし寂しい気持ちにはなるが嫌悪感とは違う気がした。
そうさせるきっかけを作った少年...リオンはソファーに座っていた。何だか懐かしい光景だ。本当はたかが数日振りなのに...そう思ってフェイトは「久しぶり」と思ったのが人生初めてだと知った。それだけこの少年は自分にとって大きな存在なのだろう。大きな存在、と言っても今のフェイトにとって確かな存在はアルフとプレシアとバルディッシュと彼しかいないのでなんとも言えない部分はあったが。
アースラを脱出したリオンと顔を合わせたのは今から一時間くらい前。会ってリオンに母を倒す意思を伝えると彼はさっさと行こうと言った。それ自体には私は賛成したけどその前に...(ここ)には寄りたかった。この一件がどう転ぶかは正直私には見当もつかない。でもきっと当分はこうしてアルフと彼と私でのんびり過ごすことも叶わないのだと考えるとどうしてもここには来たかった。そう言うと彼もそう思っていたようにあっさり承知した。
アイスキャンディーを片手に小難しい顔をして本のページをめくる彼を見て、フェイトは暖かい気持ちになった。

(もしかして、母さんが欲しいものもこれなのかな?)

お母さんに、アルフに、彼に、バルディッシュに、そしてもう今はいないリニスにアリシア、全員揃って仲良く暮らせたらそれはどれ程に幸せなのだろう。
だが、それは夢に過ぎないのだ。そして夢はいつかは覚める物だ。
リオンが彼女に教えた...何よりも悲しい真実だった。フェイトには今でも自分がどうして生きているのか、と言う疑問が渦巻いていた。

(でもその事を恨んだりはしないよ、リオンさん)

真実を知らずに生きることは間違いだと思うから。だからフェイトはリオンに名乗った。「私はフェイト・テスタロッサです。」と。リオンは眉一つ動かさず脱獄の際に付いたであろう埃を青い服から払った。

(でもそう思うと...やっぱり親子だね、母さん)

きっとプレシアにはいなかったのだろう、真実を真っ向から突きつけてくれる人が。それにプレシアが夢見ているものはフェイトの夢に限りなく近いものだから。そう考えて、フェイトは少しだけこの世界が嫌いになった。
あまりにも無情な事にフェイトとアリシアは同じ場所には存在できない。むしろアリシアが死んだからこそフェイトがいて、アルフがいて...今に繋がるのだから。

(でも、私はアリシアにはなれない)

どう足掻(あが)こうと、人間は自分以外の何者にもなれない。
プレシアには愛されないだろう。仕方ないと割り切るには難しい事だったがフェイトの胸中は諦念に近いもので満たされていた。だが同時にこうも思った。この一件に決着をつけられるのは...プレシアを守れるのは...

(私しかいない...)

今一度強くそう思ってバルディッシュを握りしめた。その心が伝わったのかリオンは文庫本を閉じて立ち上がった。

「もういいのか?」

「うん、行こう。母さんの所へ。」

「そうかじゃあ...『フェイト』。」

一文字一文字確かめるように、リオンは名前を呼んだ。

「足は引っ張るなよ。」

「うん...!」

差し出された手を強く握って立ち上がり、光が部屋を満たした。
次の瞬間には、魔法少女『フェイト・テスタロッサ』が金の映える黒いバリアジャケットと得物を握りしめ、

「アルフ、お願い。」

「任せとくれよ、フェイト。リオンも。」

眼を瞑ると淀みないアルフの詠唱が響いた。
開けた時には、馴染み深い家具は消え...

「時の庭園...」

呟いて、フェイトはそのとてつもない重さを噛み締めた。

「怖気づいたか?」

「まさか...これは武者震いだよ。」

「そうか。」

そう言ってリオンはフェイトの肩に手を置いた。フェイトはにっこり笑って微笑み返した。少し気まずそうにリオンは顔を背けた後シャルティエを鞘から抜き放った。

「リオンさん?」

確かに母さんとは戦うけどまだ抜刀しなくても...

「よく見ろ、どうやら歓迎されてないらしい。」

「えっ...」

リオンがシャルティエの切っ先を向けた先を見ると、そこには時の庭園を守る傀儡兵や自動機械やらがわらわらと隊列を組んでいた。

まるでプレシアがフェイトを拒絶するみたいに。

「そんな顔をするな。」

リオンは軽く一閃した。

「体を温めるにはちょうどいい...くるぞ。」

その言葉と同時に自動人形一体の足から上がゴトリと落ちた。




結果を言えば、フェイトはその恐らく全部で50体はいただろうそいつらの内、アルフと合わせても5体しか自分の手で倒す事はできなかった。

爪竜連牙斬(そうりゅうれんがざん)!!」

その掛け声と共に腕から先がぼやけるほどの速さでの目にも止まらぬ連続攻撃が放たれ、空には自動機械の破片が吹雪の如く吹き乱れ色を満たし、空間を埋め尽くす。
その中にありながらリオンの剣術は抜群の輝きを...殺気に満ちながらそれでいて一種の芸術作品のような輝きを放っていた。
舞うように、踊るように、
その一挙動が今また機械を潰し、両断し...

シャルティエを鞘に収めたのと同時に、最後の一体が倒れた。

「ふぅ...片付いたか。」

「余裕でしたね、坊ちゃん。」

「ああ、あの程度で僕達を止めようなどとは片腹痛い...どうした、二人とも。」

目をパチクリさせながらアルフは言った。

「アンタ...あんなに強かったんだね。知らなかったよ。」

少々困ったような顔になって肩をすくめた。

「それはどうも...と言いたい所だが、あれで褒められても全力を出してない身としては微妙だな。」

晶術も使っていないし、とシャルティエが付け加えた。

「それにこんな所で全力を出すわけにはいかないだろう?本命はあの中にいるんだ。」

フェイトとアルフは思わず顔を見合わせた。あれで全力じゃない...確かに言うとおり晶術は確かに使っていなかったがあの口ぶりだと剣術の方も例外ではないようだ...全く底知れないとはこの事を言うんだねと半ば投げやりにアルフがぼやいた。

(スピードには自信があると思ってたけどあれは...じゃあ他は比べるまでもない)

圧倒的、と一言ではきっと済ませられない差を確かにフェイトは感じた。
俯いていたとき、軽くポンと肩を叩かれた。

「…お前も鍛えればあれ位にはなれる。」

「えっ?」

そう言って振り向くと、彼はスタスタと時の庭園の内部に向かって歩いていくところだった。

「わ...私そんなに顔に出てかな?」

彼らしくぶっきらぼうだったが、あれは確かに気遣いだった。
思わず立ちすくんでいるとアルフが不思議そうな顔でフェイトの顔を覗き込んだ。

「フェイト?」

「あ、なんでもないよ。」

アルフには今のは聞こえなかったらしい。

「行こう。置いてかれちゃう。」

「あ、ああ。そうだね。」



歩いていてリオンは思わず苦笑いをしていた。思わず口をついて出てしまった言葉だったのだがリオン自身、らしくもないと思っていた。

(でも存外に悪い気はしないな...)

思えば今だかつてリオンは自分より年下と共に戦う事は余りなかったかも知れない...いや一人いたがあれはウッドロウにべったりしていたので自然に対象から外した。それにフェイトとリオンのように近い戦い方をしていたわけでもない。素早さに物を言わせての撹乱、力よりも技、『相手より先に』を重視する戦闘方針。とは言え並べればフェイトの技は彼女が赤面するであろう程に未完成だったが。それもあるのかも知れない。リオン自身は今までそういう経験が皆無だったからこそ知る由もなかったがリオンがフェイトに感じたのは『兄心』だった。

さて、いよいよ時の庭園内に入って見渡すとさっきとは比べ物にならない数の辺りを埋め尽くす敵、敵、敵

(三下とは言えよくもまあここまで揃えた物だ)

と考えている間にもう一発目の魔力弾が飛んできた、振り返ることもなく魔力弾を斬って潰す。

「目障りだ...消えうせろ!」

そう言ってリオンは体のばねを利用して超高速のスタートをきる。

幻影刃(げんえいじん)!」

駆け抜け、すれ違いざまにシャルティエを振る。手には確かな手応えがあった。続けて今度は飛び上がってなぎ払う

臥竜閃(がりゅうせん)臥竜滅破(がりゅうめっぱ)!!」

その後リオンの着地を狙っているのだろう敵が彼の影の辺りに攻撃を集中させようとした。
それを見てリオンはフッと笑った。

「あさましい考えだな...シャル!」

「了解です!」

「「デビルスピアー!!」」

同系統の晶術である『デモンズランス』よりは細く威力も低い...が、それでも彼らを打ち滅ぼすには充分な槍だった。まとめて串刺しにされて、着地したリオンに蹴飛ばされ、沈黙した。
続いて少し離れた傀儡兵にダッシュして急接近し切り上げる。

空襲剣(くうしゅうけん)!」

そうしている間にフェイトはもう到着した...そしてその狂戦士(バーサーカー)っぷりを見て絶句した。既に辺りには敵の残骸で小さな山ができていた。

「こりゃあ助けはいらないねぇ。今更だけど。」

そう言っているそばからさっき空中に打ち上げた敵を蹴落として地上に叩きつけているのが見えた。ガシャン!という音を立ててなにやら怪しげな煙をだして停止した。もう二度とあの自動機械は動けないだろう。

臥竜斬月(がりゅうざんげつ)!」

今度は孤を描くような連続斬り。ふとフェイトは思った。

(一体どれ程の数の技があるんだろう?)

今回はいつもに増して沢山の技を使って戦っていたが、そうでなくても戦闘で使うと言う意味の技は...フェイトにとっては魔法だが実戦で命を託せる様なそれは片手で数え切れる位だろう。

「これで終わりだ...!」

その声にハッとなって再び戦局を見ると残り僅かとなった傀儡兵と自動機械は一箇所に集まって最後の抵抗としてリオンに一斉攻撃をしていた。それを最低限の動きで避けて

「リオンさん!?」

「アイツ、何するつもりだよ!?」

彼の俊敏で華やかとさえ言える剣術から一転、なんとその集団に突撃して行ったのだ。流石に無茶だ、と思ってフェイトとアルフはそんな声を上げた。あれでは流石のリオンもいい的だー
その時、魔方陣のような物が敵の足元に現れた、そして

「喰らえ...魔人滅殺闇(まじんめっさつえん)!!!」

シャルティエとダガーを一閃してその魔方陣?から強烈な紫色の炎が表れた。瞬く間に傀儡兵や自動機械は炎と斬撃に飲み込まれ...
収まったときには跡形もなく、消えていた。

「フェイト。」

「…あ、はい。」

思わずの圧倒的な力に目を奪われていたフェイトは少し返事をするのが遅れた。
それを見たリオンが溜息をついて軽くフェイトの頭を叩いた。

「しっかりしろ、もうここは戦場なんだぞ。」

「す、すみません。」

「ぼおっとするなよ。今は僕が全て倒したからいい物の、もし何体か残っていたらどうするつもりだったんだ。敵は僕たちの事情など構ってはくれないぞ?」

「・・・・・」

フェイトは俯いてしまった。こういう所は昔彼女に魔法を教えたリニスを思い出させた。

「ちょ、ちょっとアンタ。それは言いすぎじゃあ...」

「間違った事は言っていないだろう...まあいい。道は開けた。行くぞ二人とも。」


そう言って、プレシアのいるであろう最深部へ一行は足を進めた...


「おのれ...リオン・マグナス!!」

プレシアはリオンの顔を見てそう怒鳴った。
その態度だけでリオンは察した。本当は下手に出て隙を伺う算段を立てていたが...寧ろこっちの方がフェイトもきっぱりケリをつけられるだろう...そう思って、一歩前に出た。

「秘密と言うのはもう少し巧く隠す物だ、プレシア。」

「余計な事を...!それで一体何をしに来たと言うの!?」

リオンは目を閉じてフェイトを前に押した。

「フェイト」

名前だけ呼んで軽く肩を叩いた。神妙な顔で頷いて静かな足取りで歩いていった。

「母さん。」

プレシアはそんな彼女を嘲笑(あざわら)うに唇を吊り上げた。

「フェイト、アレを見たんでしょう?あなたも知ったとおりあなたは私の娘じゃないのよ!」

その後も聞くに堪えない罵倒がリオン達の耳を(えぐ)った。
それにたいして一言一言の言葉のナイフによる蹂躙にフェイトはただじっと耐えていた。

「それで?何をしに来たと言うの?アリシアの出来損ないが。」

フェイトは顔を上げた。確固たる意思を持ってこの舌戦での反撃の火蓋を切った。

「母さんの...私たちのしてきた事に決着をつける為、ここに来ました。」

プレシアは今度ははっきりと嘲笑の色を見せた。

「決着?私を管理局にでも引き渡そうと言うの?」

そう言ってフェイトに杖を向けた。

「止められるとでも思っているのかしら、あなたも愚かねフェイト。私はあなたのそんな所が大嫌いよ。」

アルフが飛びかかろうとしたのをリオンが目で制した。

「例え母さんが私のことを嫌いでも、私はあなたの娘です。」

フェイトの言葉は強い響きを持っていた。
心に決めていたのだろう、例え何を言われても怯まないと。

「母さんの血と...半分は同じ血が私の中には流れている。」

「血が何だというのかしら?身の程を知りなさい、このお人形。私の血が流れていようと私の知った事ではないわ。そんな物はただの遺伝子でしかない。本当の意味で言う私の娘はアリシアしかいないわ。」

「でも娘です。私はあなたの言う本当の意味であなたの事を『母さん』だと思っている!」

リオンはにやりと笑った。プレシアが怯んだのは明白だったからだ。
一瞬言葉に詰まって、でもそれすら認めたくないかのように杖を振った。雷撃がフェイトに襲い掛かった、普通ならフェイトには決して防ぐ事はできないー

フェイトは無傷で雷撃の光の中からまた一歩プレシアに近づいた。

「なに...まさか、リオン!?」

当の本人は剣を鞘から抜いてすらいなかった。

「馬鹿な...」

「母さん。」

「黙れ。」

「母さー」

「うるさい!もう喋るな、口を開くなぁ!」

既に口調にも余裕が無くなって来ていたプレシアは血を吐きながらフェイトに向けて雷撃を放った。本来なら魔力量や技術の差もあり、決してフェイトに防ぐことはできない筈なのにフェイトが無造作にバルディッシュを振るうだけでその攻撃を全て弾かれた。
プレシアは血走った眼でフェイトを睨みつけた。

「なんで...なんで防げる!?このアリシアの出来損ないがぁっ!」

プレシアの命は砂時計の砂が落ちていくように、確実に減っていった。
だからだろうか、リオンにはそれらの叫びがプレシアの断末魔に聞こえた。
時間が無いことを悟ったリオンはフェイトを下がらせた。

「プレシア、どの道お前に逃げ場はもうない。」

「一体、何の根拠があって!」

聞かれてリオンはシャルティエを天井に向けて一閃した。

「根拠?決まっているじゃないか、今のお前では僕達に勝つことはおろか、逃げることすらできないからだ。」

プレシアはその声に答えずリオンが斬ったことによって開かれた空間を睨みつけた。

「なんで...時空管理局がこんな所に!?」

リオンはリオンで上を見上げて渋い顔になった。

「遅かったじゃないか、管理局と言うのはノロマ軍団なのか?」

「もっと速く来て欲しかったと思うならもっとわかりやすくこの座標を伝えて欲しかったかな、なのはの家のケーキ屋のチラシの裏に小さく書かれても中々解るものじゃないぞ。」

そう言ったのはクロノ・ハラオウン。シュタッと言う音をたてて着地してそのデバイスをプレシアに向け、更にその後ろからも続々と武装管理局員が続いた。

「リオン・マグナス...!」

憎々しげな口調でプレシアは吐き捨てた。

「この裏切り者!」

リオンは笑った。同じ様なことを、より強く言われても自分の心しだいではこの様に軽くなるのかと思って、
この状況、プレシアにとって間違いないことを突き付けた。

「観念することだな、プレシア。フェイト一人倒せないお前に未来はない...大人しく投降しろ。」

シャルティエを突き付け冷酷に言った。間違いないこと………



その筈だった、なのにプレシアは高らかな声で笑い出した。

「なにが可笑しい?プレシア。」

「クックック...あなたの失策を笑ったのよ。」

唇の端からたれた血をぬぐってプレシアはそう言った。

「失策だと?」

「ええ、失策よ。…まあ悪い策ではないわね。私の戦力を削って管理局の連中が入り込みやすい状況を作って私を捕らえる
...中々に上策とも言えるくらい...
けどあなたは失策したわ。」

そう言ってプレシアは懐からジュエルシードを取り出した。

「プレシア、貴様何を。」

「六つだけでは心許(こころもと)ないけどまあ仕方がないわ。」

狂気で満たされた眼でリオン達を見た。ジュエルシードは激しく輝いた。

「私はアルハザードに行って、アリシアを取り戻す。」

グニャリと景色が歪んだ。

「プレシアぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

そう叫んでもう我慢がならないといった様子でリオンが止めるのも間に合わずアルフが拳を振り上げてプレシアに襲い掛かった。笑いながらプレシアはアルフを吹き飛ばした。その勢いのまま轟雷が一閃、フェイトとリオンに襲い掛かった。

「ガハッ!」

「キャアア!」

ドゴォン!

そんな爆音と共に壁がぶち破られた。リオンは開けた空間の中にあるものを見てギョッとした、そこにあったのは妙な入れ物の中に...フェイトが浮いていた。

「違う。」

自分にも言い聞かせるように否定した。

「フェイトじゃない、と言うことはあれは...アリシア・テスタロッサか?」

「坊ちゃん、後ろです!」

ハッとして振り向いたが...時既に遅し、二発目の雷が襲い掛かった。咄嗟の反応で防御したがそれでもその凄まじい勢いに思わず倒れた。その余波でアリシアであろう少女の入っているポッドが砕けた。顔をしかめて見ると、そこには既に理性を完全に失った双眸が獲物を品定めする獣のように覗き込んできていた。本能的な危険を感じて抜け出そうとしたリオンを容赦なく踏みつけた。

「死ね、死ねええ!!」

「ガッ、グゥ...プレシアァ...!」

ドスドスという鈍い音をたてながらリオンを踏みつけた。リオンは既に血塗れだった。彼女の口から垂れる血で。もはや猟奇的とさえ言える顔をしたプレシアはもはや言葉にすらなっていない叫びを上げながらリオンを攻撃した。時折、後ろからフラッシュの様な魔力光が煌いて、なお不気味に見せた。

「お前が...オマエがああああああ!!!!」

辛うじて、人の言葉として聞き取れたのは『死ね』とそれだけだった。
おそらく意識が朦朧(もうろう)としているのだろう。さっきまではギリギリ意識を保っていたが...なぜいきなり、と思う間もなく足が降り注ぐ。

「アガッ...止めろぉっ!」

何とか足を掴んで押し返し、地面に手をつきながら立ち上がってホッと一息ついて辺りを見渡した。

「フェイト...!」

彼女はアリシアと二人羽織になって倒れていた。

「立てるか?」

「大丈夫...です。」

弱々しいながらもハッキリとそう答えてちゃんとリオンの手を握って立ち上がった。
だが、彼らに落ち着く暇などなかった。

「うわぁぁぁぁ!?」

「きゃぁぁぁぁ!?」

凄まじい勢いで下に引き寄せられるように感じたリオンは咄嗟の判断で近くの壁にシャルティエを突き刺した。フェイトの手をしっかり握った体勢で揺られることになった。

「話には聞いていたが...これが次元震か...!」

「リオン・マグナス!?」

「ハラオウン執務官!?無茶です、規模がでかすぎます!」

「だが、このままではあの二人が...!」

リオンは歯を食いしばって耐えた。流石の彼でも片手だけで...しかも手で直接掴んでる訳じゃないのに宙吊りの体勢で二人分の重さを支えるのは厳しい。

「リオンさん!?放して、このままじゃあ。」

「うるさい、黙ってろ!シャル、晶術は使えるか!?」

「駄目です!なぜか晶力が拡散してしまって...」

「くそっ!」

そんな予感はリオンもしていたが...それでも魔法とは違うと言う事で一縷(いちる)の望みだったのが絶たれたのを知ってリオンは歯噛みした。だが、それだけでは悪いことは終わらなかった。

「ウグッ!クゥ...」

リオンは左手が燃えるような激痛に(うめ)いた。上を見上げると、プレシアがその長い爪でありったけの力をこめて引っかいていた。

「ヴォオオマァエエエ!!!」

「がっ...プレシア...」

「悪あがきは止めるんだ!坊ちゃんから手を放せ!」

「リオンさん!?母さん、止めて!」

リオンの手の皮は破れ、血が幾つもの枝の様に糸を引いて漏れた。傷を抉られるたびリオンの左手の痛覚が悲鳴をあげた。シャルティエは冷静な彼に似合わず怒鳴り、リオンは苦痛に満ちた呻き声を上げた。

「母さん...止めろおおおおおお!!!!」

そのフェイトの絶叫から一拍遅れて手を抉る感触は消えた。それでも痺れるような痛みが駆け巡っていたが。歯を食いしばって痛みに耐えながら、上を見上げた。
プレシアの顔からは、狂気が吹き飛ばされていた。代りに驚愕で満たされていた。

「それは...そんな馬鹿な...」

「プレシア...何を?」

プレシアはまるで子供が嫌々と言うように、何度も首を振ってこちらを見た。その表情から驚愕も消えた後...最後にプレシアの顔を支配した感情は諦めだった。

「そう言うこと...だったのね。」

まるで、悪い夢でも見たかのような口調で呟いた。

「どういう意味だ、プレシア。」

そう尋ねたのに対しても力なく笑って応じるだけにとどまった。
とてもさっきの気が狂った様子からは想像もできないほど、静かな口調でプレシアはリオンに告げた。

「リオン・マグナス。良い事と悪い事をそれぞれ一つ...教えてあげるわ。」

「なに...?」

「あなたもフェイトも...この次元震に巻き込まれて虚数空間に落ちても、死ぬ事はないわ。」

「なんだと...どういう意味だ?」

「それが良いこと、ということよ。その代わりに...あなたはこの次元世界で大きな敵を作る事になる。」

「敵?」

「そうよ。」

短く答えて、プレシアは泣きそうな顔になって微笑んだ。

「さよなら、リオン・マグナス。地獄と言う物が本当にあるのなら...またいつかそこで私達は会うことになるでしょう。その時あなたから聞ける土産話を楽しみに待つ事にするわ。」

「だからそれはどういう意味だと聞いている!」

そう言ってプレシアはシャルティエの刃を掴んだ。手から血が出るのも構わずにそれを抜いた。

「なにをするんです!?」

「なんのつもりだプレシア!」

その時プレシアの背後から(オレンジ)色の弾丸が駆けて来るのが見えた。弾丸は何かを叫んでいた。

「リオン!フェイトォ!」

それを聞いてアルフだとわかった。まるでスローモーションの映画のように、プレシアはゆっくりとシャルティエを放した。
支えを失ったリオンとフェイトは虚数空間に落ちる、落ちる。
アルフがそれを追う様にこちらに飛び込んでくるのさえ、おそろしく遅く見えた。

「坊ちゃん!」

シャル、と呼び返そうとした。
リオンはシャルティエとフェイトの手を握ったまま虚数空間に落ちていった...
その様子をみながらプレシアがぽつりと呟いた。

「私は人生の賭けに負けたのね...ごめんなさい、アリシア...フェイトも...」

そしてまたプレシアも追う様に、虚数空間に身を投じていった。




P.T事件と呼ばれる一連の事件は終結した。 
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