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和-Ai-の碁 チート人工知能がネット碁で無双する

作者:笠福京世
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第二部 北斗杯編(奈瀬明日美ENDルート)
  第35話 最強初段 vs 最強女流 後編

case 4 「倉田厚」

 一柳棋聖や緒方十段を跳ね除けてオレが日本チームの団長となった。
 緒方十段は5月から始まる本因坊戦の挑戦者の可能性が高いしな。日程的に無理だったろ。
 一柳先生は棋聖位の権威が云々って上に渋られたみたい。
 まあ今行われてる十段戦の五番勝負が終われば緒方碁聖でオレが倉田十段だ。ぐふふ。

 にして思い出したら腹が立ってきた。安太善のやろー。

 オレのことを「日本の安太善」だって?オマエが「韓国の倉田」のくせに!
 ムカついたから「ネットの早碁でアマチュアに負けたヤローが」って言ったら――
 平然と「和-Ai-とは公開対局で借りは返すつもりですよ」とかぬかしやがる。

 「てめーじゃ無理」って言ったら「じゃあ倉田さんは負けるのが怖くて和-Ai-とは戦わないんですか?」ときやがった。

 あーあの「フフン」という憎たらしい顔を思い出すとマジで血圧が上がってきたじゃん。

 北斗杯で一泡どころかボコボコにしてやって「ヘヘン」ってやってやるどころか、アイツの顔面を「ぐぬぬ。」って顔にしてデジカメで写真に撮ってから碁ちゃんねるに晒してやる。
 ↑よいこはゼッタイに真似しないでください。

 あと他人様のハンドルネームにケチつけやがって!
 「atsuponってどういう意味ですか?」って言われても通訳さんが困るだろ察しろよ!!
 あれは妹弟子が登録した名前だからオレが自分で設定したハンドルネームじゃねえの。

 オマエなんかAnTaiShanってそのまんまじゃねかー。フーフー。ぶちまけたら少しスッキリしたな。

 マジでオレ様ほど北斗杯での勝ちにこだわってるプロ棋士っていねえんじゃねーの?

 とりあえず大将は塔矢で確定だ。日本の若手棋士で高夏永と戦える力量と実績があるのはアイツだけ。あとは奈瀬女流がオレに勝ったときの力が発揮できるんだったら勝ち星が計算できる。

 一時期は失恋したか何か知らんけど調子悪かったし負けてないよな?

 ん?いつの間にか塔矢が目の前から消えてるぞ。

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case 5 「塔矢アキラ」

 進藤と奈瀬女流の対局が別室で並べられている。

 ここまで勝ってるのは白石の進藤だ!

 しかし、この手は戦いを避けた柔軟な手だが、少し残念だ。
 白は地合い充分とみて安全に進めている。
 白のスベリに黒はツケる。この法則は変わらない。

 白が黒の二間ジマリの甘さを指摘する手を放つ。
 良い手だ進藤!上辺に向けた黒の勢力も、これでちょうど消せる。
 左辺の眼の心配は、それほどないと感じる。

 やはり何処かsaiを感じる打ち回し、ボクの生涯のライバル!

 黒は強気な打ち込みの後は、厚い手、自然な手が続いていると思う。

 ……突然中央が黒地っぽくなってきた。

 ボクなら右辺の白は3線を這って守るのではなく高く打つのだったと後悔しそうだ。

 このタイミングで黒が上辺のスソを守る。白からここに打つチャンスはなかった。
 白は上辺はもう入れないと見て利かす。白の花見コウだが、一応黒も抜き返す。

 黒は右辺を受けないで軽く見る。

 どこかでボクが敗れたsaiを軽くみるような在り方を感じる打ち回し。

 進藤の白石がボクの気持ちを代弁するように反発し右辺を膨らませながら中央を消す。
 黒は上辺をヨセながら左下の白一団を狙っている。奈瀬女流は盤上からじっと目を離さない。

 白の進藤はツラい受けだ。黒の地合い有利がハッキリしてきた。

 またダメを打たされた。白がボロボロに損をしてる。進藤!!

●〇●〇●〇●〇●〇●〇●〇●〇●〇●〇●〇●〇●〇

case 6 「和谷義高」

 オレは越智に敗れた。中盤までは良かったのに……オレがリードしてたのに調子に乗りすぎた!
 プロの世界での一年の差。手合いの経験の差が出た。

 優勢な碁と勝ち切る碁は別物だと教えられた。ちくしょうっ。

 たぶん進藤も同じ思いだろう。序盤は明らかに優勢。
 けど奈瀬には何一つ焦りなんてなかったはずだ。

 序盤の優勢なんか中盤と終盤でいくらでもひっくり返る。隙が無い。
 石たちが躍動する奈瀬の碁に倉田七段も魅入っている。

 黒が打ったのは気持ちのよい仕上げの手だ。安全かつ分かり易い。
 白を囲わせ、自分もキレイに囲った。盤面では15目くらい黒がよさそうだ。
 もはや作る差ではない無いので白は投げ場を求めた。
 黒の奈瀬はしっかりとトドメを刺す。下辺の白が死んだ。

 進藤は逆転の望みをかけて隅の眼を狙うが、奈瀬は隅を相手にせず中央の囲いを補強する。事実上の試合終了宣言だ。

 ノータイムで打たれたので、死活が読めていたかどうかは少し気になるところだ。

 進藤が投了を告げる。

 進藤が下を向いてる。アイツの気持ちが伝わってくる。
 手合いをサボった訳は詳しく聞いてないが、2カ月間は碁に一切触れていなかったという。
 復帰してからは好調だが、いずれにせよ進藤は足を止めた時期があった。

 奈瀬も天元戦で負けた後は明らかにヤバいくらい気落ちしてた時期があった。
 けど何かに縋るように何かを手放さないように碁を続けていた。
 走れなくなっても足を引きずってでも意地でも歩みを止めなかった。
 二人がプロになったのは同期だが昨年の春の2カ月の差が盤上でも明らかになった。

 段位、実績、評価、地力、執念、様々な差が二人の間に立ちふさがる。

 それは進藤が対局の前に語ったAiとsaiの差を表すように……。

●〇●〇●〇●〇●〇●〇●〇●〇●〇●〇●〇●〇●〇

case 7 「越智康介」

 布石の段階で低くもぐれば相手の石を厚くして損になるというのが、ボクが院生のときにプロ先生から指導碁で教わった従来のセオリーだ。

 この碁で奈瀬は早々に隅をエグッた後にセオリーを無視し厚くなった外の石を攻めていった。
 「無理が通れば道理引っ込む」みたいな打ち方で割と自然に優位を築いていくのは、もう呆気に取られるしかない。今までボクが習って培って来た地に辛い碁が真っ向から否定される。

 要するに、ボクには見えない価値、有利になる要素が盤上にあるんだ。
 突飛に見える手も奈瀬にとっては「あるセオリー」に沿った作戦なのかも知れない。

 対局の後に奈瀬が進藤に宣言する。

「私も秀策は好きだよ。心の師匠が好きな棋士だからね。それなりの思い入れもあるよ」

「だから天元の次に本因坊のタイトルが欲しいと思ってる。私、進藤より先にタイトル取るつもりだよ」

 七大タイトルを取った女流は今まで一人もいない。挑戦者になった女流棋士さえいない。
 けど奈瀬は入段初年で天元戦を一番下から勝ち上がり本戦出場を果たした。
 天元戦11連勝の活躍は、全日本早碁オープンを11連勝で優勝した東堂シオンに匹敵する。

 後一歩で史上初のタイトル挑戦者。そして奈瀬に勝った石橋先生が天元のタイトルを取った。
 だからそこ三大リーグ入りを果たした女流が今まで誰一人いないとしても彼女の言葉には重みがある。

 奈瀬の言葉を笑うくらいなら、自分が奈瀬より上だと盤上で証明すればいい。

 そんなこと口先で言える資格のある棋士はこの場では塔矢アキラくらいじゃないか。

 ボクらはこの先ずっとどっちが強い?どっちが弱い?と言われ続ける世界にいる。

 そこに男も女も年齢の上下も関係ない。あるのは強さの上下だけ。建前はそうだ。

 香川いろはと戦う前のボクには“しょせんは女流”だとか侮りがあったのは認めるさ。
 けど弱かったら、結果が出なかったら、それが“理由”にされる世界だ。

 ボクだって“まだ一つ下だから”と言われてきたんだ。
 勝てば年少と褒められ、負ければ年少と侮られる。結果でしか“理由”を覆すことができない。

 一つ年上で一年だけプロの世界で先輩の塔矢アキラが本因坊リーグ、名人リーグ入りで史上最年少。
 年寄りが負けたら“老い”が理由にされ、若者が負けたら“経験不足”が理由にされる。

 僕らは結果にレッテルを貼られて生きていく。そのレッテルを剥すには力しかない。

 やって来た塔矢はボクの対局なんか見向きもせず進藤と奈瀬の許に向かった。
 あいかわらずだけど、ずっとアイツに甘くみられてるのは気に入らない。

 肩を並べて北斗杯で一緒に戦う人間だと認めさせたい。

 今のままだと塔矢にも奈瀬にも……奈瀬に敗れた進藤にも社にさえ及ばないと思われてしまう。

 前に進むなら周囲を納得させるだけの“力”が必要だ。

 けどボクには力が足りない。力が欲しい。


 力が欲しいなら……力が欲しいなら……手に入れてやるさ!

 ボクは誤魔化さずに真正面から壁にぶち当たる。

「お願いします! どちらが強いか、どちらが弱いか、白黒はっきりさせて ボクは上に行く!」

 それが“若さ”の特権だって、おじいちゃんが言ってた。 
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