ソードアート・オンライン -旋律の奏者- コラボとか短編とかそんな感じのノリで
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憂いの雨と陽への祈り
紅色と桜色
2人の少女は睨み合う。
片方は紅色の少女。 牽制するように右手を小刻みに動かしながら正対する少女の様子を伺う。 表情は余裕の笑みだが、しかし纏う空気はピリリと引き締まっていた。
対するは桜色の少女。 牽制を完全に見破り、紅色の動きを視線だけで制している。 こちらも表情は余裕そのもの。 いつもの緩い笑顔でいるが、瞳に浮かぶ妖しい光だけは擬態を飛び越えて外界に噴出していた。
「――――っ」
短い息と同時に紅色の右手が一直線に獲物へと伸びる。 しかし桜色の左手もまた動き出していて、獲物に到達する前に叩き落とされてしまう。
そもそもAGIでは紅色の方が圧倒している。 しかし状況が拮抗しているのは桜色が防戦にのみ集中し、なおかつ獲物が僅かに桜色に寄っているからだ。 初動を視認して紅色の手の軌道を先読みし、その進路に自身の手を侵入させることによって完璧に防いでいるのである。
このまま続けても防ぎ切られてしまうだろうが、そこは紅色も単調な動きで勝てるとは思っていない。 叩き落とされた右手がテーブルに落ちる一瞬の刹那、オブジェクト化していた1枚のコインを弾き上げる。 右手に隠し持っていたそれは桜色の顔面に向かって一直線に飛翔した。
人間は顔に向かってくる物体を優先的に対処する習性がある。 それは生存競争をしていた時代の野生的な防御行動。 致命傷を避けようとする反射に等しい行動を、しかし桜色は意志力によって完全に封殺した。 防御行動の隙こそが最大の致命だと直感で選び取った。
「です!」「うげ」
漏れた声はほぼ同時。
コインを防いでいる隙を突こうと企んでいたのだろう。 高速で動いた紅色の左手の進路に桜色の右手が立ち塞がる。 しかも叩き落とすつもりではなく、掴み取って無力化する腹積もりなのが明白な気配だ。
単純なパワー勝負になれば紅色に勝ち目があるはずもない。 それを理解して桜色は叩き落としよりも捕獲を優先した。 紅色も理解し、瞬時に手を引いた。
もっとも、それこそがフェイントなのだが。
紅色の侵略を完全に阻んだと油断した桜色の眼前でテーブルに落ちていた紅色の右手が動く。 霞むような速度は今までの比ではない。 桜色の油断を誘うために加減していたスピードが、今、全力で解放された。
もらった。
勝利の確信に頬が吊り上がった紅色は、だがその表情を保てたのは一瞬だけだった。
ガシリ、と。
右の手首が掴まれる。
たったそれだけ。 桜色にわざわざ力を入れた気配はない。 普通にただ掴んだだけなのだろう。
しかし、本当にたったそれだけの力で、紅色の右手はピクリとも動かなくなった。
圧倒的な筋力差。 理不尽なまでの数値差が、紅色の敗北を決定づける。
「あっはぁ!」
左手で紅色を掴みながら桜色が笑う。 それは笑みと呼ぶには余りにも破壊的だが、そんなことを指摘する者は誰もいない。 決定された勝利を、しかし油断すればそれすらも覆されると知っているのだろう。 桜色の右手が一直線に獲物へと飛来した。
片腕が掴まれた状態で紅色に抵抗の術などあるはずもない。 いや、たとえ両腕が使えようとも、桜色のパワーに抗えはしないだろう。 今までの拮抗は桜色が守勢に回っていたからでしかなく、攻勢に出られてしまえば敗北は必定だった。
ここまでかー
負けて悔いなしとは言わないが、小細工を弄しても負けたのは事実。 悔しくはあっても潔く負けと認め、ため息を吐く。
最後まで油断せずに高速で突き出された桜色の右手が獲物を容赦なく掴み取り、そして……
「あ……」「あー!」
そのまま有り余るSTRによって獲物を握り締め、それだけでそれは耐久値を全損させて消滅してしまった。
「うがー! 最後のマフィンになんてことすんの⁉︎」
「昂りすぎちゃったですよー。 シィちんが抵抗してなかったらこんなことにはならなかったのです」
「盗人猛々しい!」
「盗人猛々シィ?」
「ちっがーう‼︎」
先程までの張り詰めた空気も瞬間で霧散する。 シィはアマリの右手から溢れるマフィンだったものの残滓であるポリゴン片を見てガックリと肩を落とした。
「ユーリ特製のマフィンが……マフィンが……」
「また作って貰えば解決です」
「そう言う問題じゃねー……」
呆れた調子を隠そうともしないシィと、それを受けてもまるで気にしないアマリ。
この2人がどうして一緒にいるのかと言うと、互いのパートナーが2人連れ立って出掛けてしまったからだ。 2人が外に出ると聞いた時はアマリも一緒に行くものだと思っていたが、予想に反してアマリはシィたちのホームに残ることを宣言した。 ユーリが給したおやつを余程気に入ったのか、あるいは他に思惑があるのか、真意はシィにはわからないものの、かと言ってアマリに対して含むものはない。 そんな事情で残された2人は何故か仲良くおやつ争奪戦をかなり真剣に繰り広げていたわけだ。 最後のマフィンがアマリの手によって粉砕されて終結となったが。
「あーもうっ、どうしてアマリちゃんに勝てないんだろ……。 AGIなら私の勝ちだよね?」
「です。 私はのーきんしじょーしゅぎですから」
「なにそれ頭悪そう」
「フォラスくんが褒めてくれるのです。 『アマリは良くも悪くも脳筋至上主義だよね』だそうですよー」
「普通に脳筋至上主義って言えるんかーい」
あとそれ、褒め言葉じゃないから。
呆れた調子で机に突っ伏してアマリを見上げる。 キョトンとした表情が一瞬で緩くなり、それだけで感情がなにも察せられなくなってしまう点が非常に惜しいが、アマリは言うまでもなく美少女だろうとシィは思う。
白い肌。 垂れ目がちの榛色の瞳。 全体的にほっそりとした身体のラインは女性的な肉付きが薄いものの少女的には羨ましくも思う。
自覚しているのかしていないのか、実際に彼女はシィの知る限り非常にモテていた。 既婚者であるから誰も積極的なアプローチをかけることはなかったし、話し掛けられてもその悉くを無視していたからどうなることもなかったにしろ、一定以上の人気があったのも事実。 その内面は相当に危険物だと言う点は、実のところそこまで広く露見していないのだ。
(でもまあ……)
良い子ではあるんだよねぇ、とは声に出さない。
シィから見たアマリは十分に良い子だ。 それはフォラスがシィに対して好意的であり、それに紐付けてアマリが友好的だからこそではあるが、シィはそう思っている。 そして良い子であっても善良ではないとも、同時に思ってはいるのだ。
「どうしたですか? 私の顔をじろじろ見て……はっ、まさか……」
「それはないから」
「うにー、残念ですー」
さすがに観察しすぎたのだろう。 アマリに不審な顔をされたので即座に話題を振ってみる。 とは言え、その話題もシィとしては非常に気になっていた事柄なので、あながち逸らしたとも言えないのだが。
「その服ってさ、フォラスが作ったんだよね?」
「です。 私の服はフォラスくんが全部作ってくれてるですよ」
「それ、ちょっと見せてくれない?」
「うに?」
ひょいと首が傾いた。
彼女の相棒であり旦那でもあるフォラスは必要に応じて情報を開示することを厭いはしないし、沈黙することによって周囲に危険が及ぶような種類の情報は躊躇いなく公開している。 だが、それに反するように、その根底にある行動規範は秘密主義の一言に尽きる。
必要に応じて開示すると言うことはつまり、必要でないのなら絶対に開示しないと言うこと。 周囲に危険が及ぶ可能性があるのなら公開すると言うことはつまり、危険がないと判断すれば絶対に公開しないと言うこと。
アマリはフォラスの相棒であり妻だ。 そんな彼女がフォラスの行動規範を真っ向から侵すとは考えにくい。
服を見るとはつまり、使われている素材を公開すると言うことに他ならない。 それだけで見れば直接的な害があるわけではないものの、レシピと言うのは数多の挑戦と失敗の結晶だ。 多くの生産職プレイヤーにとって、それは軽々に公開できるような代物ではない。 ましてついこの間まで攻略組に身を置いていたプレイヤーの装備品だ。 相当に高性能であることは容易に想像できる。 だからこそシィも興味を抱いているのだが、十中八九断られる前提で言っただけのことである。
「いいですよー。 ご要望とあらば戦闘服も見せてあげるです」
しかし、アマリの返事は快諾。
それどころかシィがさすがに図々しいかと自重していた欲求まで満たしてくれると言う。 見せてほしいと申し出た当人であるシィですら目を丸くして返答に窮してしまうほどの快諾である。
「『その代わり良い素材の情報があったら教えてよね。 最前線近くの情報はあっても中層以下で採取できる素材の情報は少なくってさ。 だから、それでイーブン』だそうです」
「って、フォラスが言ってたの?」
「です」
「あの腹黒、後で絶対泣かす……」
アマリに伝言を頼んでおいたと言うことは、シィのお願いを事前に予測していたと言うことになる。 しかも伝言の内容は明らかにフォラスの側がマイナスになる提案で、だ。 中層以下で採取される素材の情報が少ないなどとそれらしいことを言ってはいるが、そんな理屈で騙されるシィではない。
1層から順に攻略していくアインクラッドはその構造上、全ての層が最前線であったのだ。 例えば50層だって去年は最前線だった。 最前線の情報を集め続けているフォラスは、言い換えれば往来が可能な層全ての情報を持っていると言うことになる。 層の解放に同機して新たな素材が見つかることもあるが、それにしたって情報屋に聞けば済むことである。 要求する対価としては些か以上に軽すぎるだろう。
もちろん実際に裁縫スキルを持っているシィの情報は、情報屋の持つそれとは実感と鮮度が違う。 違うが、しかし、それで釣り合いが取れるものでは断じてない。
そんな取引を持ちかけてきた理由は皆目見当がつかないものの、言い知れない敗北感を抱いたシィが悔し紛れに恨み言を口にしてしまうくらいには破格の取引である。 シィに否があるはずもなかった。
「腰抜かすくらいレアでマイナーで高ランクな素材の情報を送りつけちゃるって言っといて!」
「お任せです」
のほほんと右手を挙げて強気な伝言を受け取り、アマリは緩やかに笑ながらストレージから戦闘用装備一式を取り出した。
「あ、これだけはフォラスくん製じゃないので除外ですー」
「へえ、その胸当ては別の人が作ったの?」
「です。 でもこっちは内緒ですよー」
「それはいいけどね。 じゃあ、ちょいと失礼」
それもそうだろうと納得する。 服飾装備を見せてもらえるだけで破格なのだ。 それ以上は望まないし、そもそも鍛治スキルを持っていないシィにとって金属系の装備品は興味の外だった。
時に驚愕の声をあげ、時に感嘆の息を漏らし、時に呆れたような苦笑を浮かべて次々に鑑定していくシィ。 そんなシィを眺めているアマリの目が冷たく乾いていたことに、シィはまるで気がつかない。
現在の興味は目の前にある服飾装備にのみ向けられていた。 だからだろう。 普段は気がつくはずの敵意に、シィは全く気がつかなかった。
ペキペキ、と。
アマリの右手が奏でる不吉な不協和音にさえ、気がつかなかった。
気がつかなかった。
後書き
平和なお茶会です(断言
と言うわけで、どうも、迷い猫です。
スーパー平和なお茶会でしたね! でした! 不穏な空気なんて欠片もなく、お菓子の取り合いとファッショントーク。 いやー女子力高いなぁ(白目
いえね、この2人、実を言うともう少し険悪にバチバチやる予定だったんですよ。 具体的にはこう……
「穿て、抉れ……あ、ごめん、元から抉れてたっけ(嘲笑」
「ぶっ殺す」
とか
「そのおっぱい貰い受ける! あ、貰ったら本当はビィちんなシィちんがエィちんになっちゃうところでした。 うに、反省」
「よし表出ろ」
とかね!←おい
でもまあ、それをやりたい気持ちはあるけどやったらやったで修復不可能なレベルで険悪になるだけでなく、ギャグ次元なのにリアルな殺し合いに発展しそうだからボツということで。 ここはいつもの脳内補完と相成りました。
次は男子会の続きをやって、それで今度こそコラボ全編が終了……なのか? 兎にも角にもそんな感じです。
ではでは、迷い猫でしたー
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