渦巻く滄海 紅き空 【上】
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百十二 驚天動地
前書き
遅ればせながら、あけましておめでとうございます!!
昨年はお世話になりました。本年もどうかよろしくお願いいたします!!
凄まじい悪寒が奔った。
机上の書類の山をうんざりと眺めていた五代目火影たる綱手はぶるりと身震いした。彼女の傍らに控えていたシズネもまた、寒そうに腕をさする。
「おかしいですね…冬でもないのに」
昼間は暑さすら感じる時期。
肌寒くなる時間帯でもないのに寒気を覚えた二人は訝しげな表情で顔を見合わせた。
ふと窓の外に眼をやると、つい寸前まで晴れていた空がどんより曇っている。窓を開けて雨かと天を仰ぐが、降る気配はなく、ただ冷気だけが流れていた。
「風邪のウイルスでも流行りだしたのかねぇ…」
窓から外を俯瞰して、自分達と同じように寒そうにしている里人を認めた綱手は、部下である医療関係者に注意を呼びかける。了承した部下が火影室から出て行くのと同時に、机上の書類が何枚か落ちて、シズネが慌てて窓を閉めた。
落ちた書類を気だるげに拾い上げた綱手は、ふとその内の一枚に視線を落とし、ひそやかに眼を細める。
「綱手様?……ああ、木ノ葉厳重警戒施設についての書類ですか」
犯罪者が収容される施設の名を目にしたシズネが顔を顰める一方で、綱手は囚人達の名にざっと眼を通す。
木ノ葉隠れの里ではない外部の者達の名前の内、死亡したと明記されている人間に、彼女は目を留めた。
「ススキ…?出身は……鬼の国か」
「巻物を窃盗しようとした容疑で捕らえられていた者ですね。鬼の国に引き渡す手筈になっておりましたが、その者は既に施設で自害…。その件で、同盟国である鬼の国との国交に聊か罅が入ってしまった…と書類には書かれていますね」
綱手の後ろから、書類の一通りの内容をすらすら読み上げたシズネが険しい顔つきをする。
窓を閉めたのにもかかわらず、再びぶるりと身を震わせた彼女は話題を変えるようにわざと明るい声を上げた。
「ところで!どうしてますかね、ナルちゃんは…。修行、はかどってますかね?」
波風ナルの名前を耳にして、難しい顔をしていた綱手の表情が一変する。
「そうだねぇ…」と口許を緩ませて、椅子に腰を下ろした彼女の眼は遠くを見ていた。
「師弟一緒での修行だからねぇ…案外自来也のほうが手こずってるかもねぇ」
アイツは昔から要領が悪いところがあったから、と過去を懐かしんで、綱手は書類の上で頬杖をついた。木ノ葉厳重警戒施設内死亡者覧の一箇所が肘で隠れる。
肘の下、鬼の国のススキの隣にミズキの名があった。
「ぶえっくしょん!!」
「うおわっ!?キタナイってばよ、エロ仙人!」
盛大にクシャミをした自来也の隣で、波風ナルは飛び上がった。
さりげなくススス…と距離を置かれ、自来也は「お前…師匠に対してキタナイとはなんだキタナイとは」と弟子を非難する。
「だってここじゃあ、エロ仙人だってオレと同じ弟子みてーなもんじゃん!」
あっけらかんとそう言うナルの前で、自来也はガックリと肩を落とした。
妙木山。
龍地洞・湿骨林と並ぶ三大秘境の一つであり、数多の蝦蟇が棲まう里。
現在、波風ナルと自来也は、この妙木山でそれぞれ仙術の修行を行っていた。
もっとも自来也のほうは既に仙術を会得しているのだが、仙人モードになると身体の一部がどうしても蛙化してしまう。よって今までは、見た目から女子に嫌われるという理由から仙術を使うのを敬遠しがちだった。
そこで、これを機に少しでも完璧な仙人仕様になれるようにと、ナルと共に修行しているのだ。この術をマスターすれば、モテるようになるかもしれないというのも魂胆にあったりなかったりする。
一方のナルは仙術を一から教わらなければならないが、中忍本試験で日向ネジとの試合に勝つ為に、自然エネルギーを取り込むといった初歩には馴染みがある。よって意外にも呑み込みが早かった。
そんな二人は今、木ノ葉を離れ、二大仙人であるフカサクとシマの夫婦蛙の許、修行に励んでいた。
「誰かワシの噂でもしてるのかのぅ~」
ズビッ、と鼻を得意げにこすった自来也をナルは胡乱な眼つきで見やった。
「エロ仙人エロ仙人。周りをよく見てみろってばよ」
「んん?」
服袖をくいくいっと引っ張るナルに促され、自来也が辺りを見渡すと、里で暮らす蛙達が皆、寒そうにしている。寒さからか、目の前でこてんと気絶する蛙まで出てくるほどだ。
ポカンとする自来也に、ナルがけろりと指摘した。
「ただの風邪だってばね」
「……………」
妙木山の外から冷気が流れ込んできたのか、肌寒さを感じた自来也はじろりと弟子を見やった。周囲の者が寒がる中、一人けろっとしているナルに「お前はなんともないのか?」と訊ねる。
「オレ?ぜんっぜん!!」
エロ仙人よりオレのほうが鍛えてたりして~?とニシシと笑う生意気な弟子に、自来也は意趣返しに言ってやった。
「バカは風邪ひかんと言うしのぉ」
「そーそー!バカは風邪ひかない…って、誰がバカだってばよ!?」
ムキ―!と怒るまだまだお子様なナルに叩かれながら、自来也は早く仙術の修行を終わらせようと誓う。見聞を広めるには旅に出るのが一番だ。いくら強くなる為とは言え、妙木山に籠り切りでは、井の中の蛙のようになってしまう可能性もある。
もっとも、自来也の危惧は他のところにあった。このまま妙木山で修行を続ければ、自分はナルに師と認識されず、兄弟弟子とされてしまうかもしれない。
それだけは避けなければ三忍の矜持に関わる。仙人修行を終わらせて、一刻も早く旅に出よう。
自分を始め、妙木山で暮らす蛙共々、木ノ葉の里に住む人々も悪寒を覚える中でナルだけが唯一平気である現状に疑問を抱かないまま、自来也は決意を新たにしたのだった。
木ノ葉隠れの里・妙木山に寒波が訪れる前、鬼の国の一角では、香燐が最初の犠牲者だった。
【魍魎】の魂を封じていた地下神殿。その神殿がある遺跡は、鬼の国の奥地にある。
遺跡が築かれているその谷底で、再不斬達は数多の幽霊軍団を相手にしていた。白と君麻呂が張った結界内に閉じ込めた武人の一掃の為である。
僅か七名であるにもかかわらず、着々と幽霊軍団の数を減らしていた最中、ソレは唐突に起こった。
「ダーリン…!?」
「お、おい……?」
その場の誰よりも逸早く異変に気付いたのは、感知能力が優れた香燐だった。
一声上げたかと思うと、何の前触れもなく意識を失う。急に崩れ落ちた香燐を、多由也が咄嗟に支えた。
「なんだ、どうした」
「わっかんねぇ。突然気を失いやがった」
水月の問いに、困惑げに答えた多由也を見て、再不斬が顔を険しくさせる。「しかも気絶間際にナルトを呼びやがった、この眼鏡女」という多由也の付言に、ハッと再不斬は眼を見張った。
弾かれたように、周りの面々に注意を呼び掛ける。
「おいお前ら!気を引き締めろ!!」
「は?急になに……」
刹那、烈風が吹き抜けた。
物凄い冷気を伴った一陣の風が谷底を通り過ぎたかと思うと、密集していた幽霊軍団が次々と音を立てて崩れ去った。一体一体が地面に倒れ、青銅の破片が飛散する。あれだけの強靭な造りの像が単なる風で瓦解していく。
妙な現象に疑問を抱く間もなく、凄まじい悪寒が再不斬達を襲った。意識が遠のく。
「ぐ…っ」
両腕を交差させ、チャクラを全身に廻らせて気を張る。幽霊軍団の武人達のようにバラバラになる意識を辛うじて繋ぎ留める。
刹那の風がようやく通り抜け、谷底に静けさが戻る。
なんとか凌いだ再不斬はようやっと肩の力を抜いて、辺りを見渡した。案の定、気絶した少年少女達に溜息をつく。
注意したにもかかわらず、気を張らなかった故に、香燐同様、気を失っているのだ。
倒れ伏した彼らの息があるのを確認してから、再不斬は改めて周囲に眼を走らせた。
自分達を取り囲んでいたあれだけの幽霊軍団が、あの一瞬で全壊した事実に、ただただ息をつく。
ややあって、武人の成れの果てである青銅の山をガラガラ崩して、人影がふらふら立ち上がった。自分と同じく辛うじて凌いだらしい少年の姿に、片眉を吊り上げる。
「…な、なんだよ……今の……」
頭を押さえながら這う這うの体で此方に歩いて来る水月に、再不斬は珍しく「ほう…?」と感嘆の声をあげた。次いで思い当る節があったのか、顎を撫でる。
「…ああ、そうか。お前は俺と同じ出身だったな」
「どういう意味だよ」
青銅の山を踏み越えて再不斬の傍に来た水月は、くらくらする頭を押さえた。なんとか気絶するのは防げたが意識は朦朧としている。
それだけ強烈なナニカに襲われたということだが、水月にはソレが何なのか判別できなかった。
「俺とお前が気絶せずに済んだのは、今のと同じモンを一度経験したからにすぎねぇってことだ」
「はぁ?今のって…さっきの風か?そんなの、」
覚えがない、と言おうとした水月は、やがて眼を見開いた。
「え…まさか。昔、水の国で一斉に集団気絶した原因不明の大寒波のことか…?でもアレは」
言い淀む水月に、皆まで言うなとばかりに再不斬は手を振る仕草をする。
いつかの中忍試験では、みたらしアンコのみを特定して身動き出来ぬほどのものだったが、コレは常軌を逸している。昔のあの時でさえ、霧隠れの里どころか一国に影響を及ぼしたのだ。
今回のは隣国にまで影響を与えているのではないか。
再不斬の予想は果たして、正しかった。今まさに、気絶までもいかないものの、鬼の国を越して近隣の火の国にまで、あの一陣の風は届いていた。
冷気を伴った単なる風が幽霊軍団を蹴散らし、人を気絶にまで追い込むだろうか。いや、アレは…――。
深刻な表情で再不斬は彼方を見た。
その視線の先は、白達が鬼の国の巫女を送り届ける手筈となっていた沼の国の祠。仮にもし、あの寒波の発生源が沼の国からだったとしたら、影響は一国だけにとどまらない。
昔のあの時以上に増大しているソレを身に染みて感じ取った再不斬は、愚の骨頂だ、と呻いた。
「誰だ、アイツを怒らせた馬鹿は」
一陣の風。アレに伴っていたのは冷気ではない。
殺気だ。
遠くにいる人間までもを気絶させるほどの殺意。
ソレの発生源であるナルトに、再不斬は思いを馳せる。足元に散らばる青銅の欠片が乾いた音を立てた。
沼の国の祠。
【魍魎】の肉体が封じられている洞窟の中、満ちるのは濃厚な殺気。
眼に見えるほどに黒々とした殺意がナルトの全身から迸るのを、紫苑はただ見ることしか出来なかった。否、息をするのがやっとだったのだ。
「俺の身体は、俺の…――うずまきナルトのものだ」
普段、感情を表に出さないナルトの怒りがビシビシと伝わってくる。鈴の結界が無ければ、紫苑はとっくの昔に気を失っていただろう。
それほどの重圧と殺気が洞窟の中、渦を巻いていた。
ただの人間ならば即座に気絶する状況下で、紫苑が意識を保てるのは、ひとえに彼女が巫女だからだ。強大な魔物【魍魎】を封じる力を持つ巫女であり、更には鈴の結界があるからこそ、彼女はナルトの傍にいることが出来る。
しかしながら、鈴による強固な結界の中にいながらも、紫苑は喘いだ。魚のようにパクパクと口を開閉するのを繰り返す彼女と同じく、殺気を向けられている黄泉もまた、口をあんぐりと開けたまま、硬直していた。
『た、たかが人間風情が…そんな馬鹿な…ッ』
驚愕の響きを伴った【魍魎】の声が、黄泉の口から這い出る。カタカタと自然に震える指で、妖魔【魍魎】を身に宿した黄泉はナルトを指差した。
『な、何者だ…ッ!?』
顔を俯かせ、無言で佇んでいたナルトがゆるゆると目線を上げる。金の前髪の陰間から覗く蒼の双眸が、かつて大陸を蹂躙した魔物を震え上がらせた。
「…―――ただの、忍びだよ」
【魍魎】の器である黄泉が、ナルトに気を取られている間、紫苑はハッと己の為すべき事を思い出す。魔物を封印さえすれば、この場は終わる。ナルトの殺気もきっと、治められる。
紫苑は封印の儀式に集中し始めた。封印の紋章が施された石の祭壇の上、彼女はひそやかに呪文を唱える。
まずは【魍魎】の魂を、肉体が封印されている棺から遠ざけなければならない。その為の結界を張ろうと、紫苑は腕をピンと伸ばした。鈴の美妙な音が鳴り響く。
足元の封印の紋章。
その四隅に埋め込まれている宝石が、紫苑の呪文に呼応して眩く光り出した。紫苑の足が僅かに浮き、ややあって封印の紋章が明るさを帯びる。
石の祭壇に描かれた紋章が円を描いて結界を張った。やがて、巫女の詠唱により、祭壇の中央がせり上がってゆく。封印の紋章が輝くにつれ、石の祭壇に沈んでいたモノが徐々に姿を現した。
それこそが、妖魔【魍魎】の肉体が封じられし棺だった。
己ほどの強大な力を宿す魔物が、何故、こんな子ども一人に慄くのか。
ただの忍びだと、ただの人間だとのたまう少年を前に、黄泉は喚いた。
『冗談も休み休み…ッ』
「煩いな…―――少し黙れ」
不意に、黄泉の身体が引っ張られるように宙を舞う。
刹那、黄泉の口は遠く離れていたはずの少年によって塞がれていた。何が起きたのか、黄泉も、黄泉の中にいる【魍魎】も理解出来なかった。
ただわかっているのは、今、黄泉の口はナルトの手で押さえられている。
黄泉の顔を掴んでいるその手は、子どもらしく小柄で細い。にもかかわらず、大の大人である黄泉が渾身の力で外そうとしても外せない。顔の下半分を掴んでいる手は、黄泉がどれだけ暴れてもビクともしない。
黄泉はおそるおそる目線を上げた。己の口を物理的に黙らせた少年の眼が見下ろしている。その瞳の蒼を見た瞬間、黄泉の全身が粟立った。
愚かな奴だと冷たく光る、蒼の双眸。
何の感情も窺えない、絶対零度の視線。
途端、黄泉の身体の穴という穴から黒煙が立ち上る。
黒々とした靄が、黄泉の口を取り押さえているナルトの指間をすり抜けてゆく。ナルトの手から逃れようと寸前まで暴れていた黄泉の腕がぶらんと垂れ下がった。
「抜け殻か…」
既に死んでいる黄泉に視線を落とし、ナルトがチッと舌打ちする。
【魍魎】が黄泉の身体から抜け出たのだ。
妖魔の器となった男の哀れな最期を見て、ナルトは眼を細め、やがてパッと手を離した。あっさりと小さな手から離された死体が音を立てて床に崩れ落ちる。
つい先ほどまで言葉を発していた黄泉の身体は朽ち果てており、その手は干からびていた。
物言わぬ骸を前に、ナルトは周囲に視線を走らせる。
黄泉の中にいた闇が、紫苑の張った結界の傍で蠢いている。どうやら結界に阻まれて近寄れないらしい。
すぐさま【魍魎】目掛けて駆けようとしたナルトの身体に、何の前触れもなく、激痛が奔った。
声も無く呻いたナルトは、己の中で暴れる零尾を抑える。【魍魎】の闇に触発されたのか、暴走する黎明を体内で宥めていく内に、ナルトもまた平静を取り戻した。
洞窟に満ちていた殺気が徐々に薄れてゆく。殺意を抑え、ナルトは人知れず自嘲した。
「……本当に愚かなのは、俺自身なのかもしれないな…」
零尾の抑制に気を取られていたナルトは、次の瞬間、【魍魎】の狙いに気づいた。咄嗟に、結界を張ったことで若干気を抜いている紫苑を呼ぶ。
だが、既に遅かった。
【魍魎】の肉体を封じている棺を前に、呪文を唱えていた紫苑の背中に、急に何かがもたれかかった。
悲鳴を上げて座り込んだ彼女は、動くはずのないソレを呆然と見つめる。紫苑の耳に、【魍魎】の勝ち誇る声が響いた。
『フフフフ…焦ったな、巫女よ。結界を張る前に、辺りをよく見ておくべきであった』
「………ここに、入り込む為…?」
紫苑の張った結界は、【魍魎】に対しては絶対の力を誇る。だが、それ以外にはさほど効果しないのだ。
今し方、結界を抜けて中に入り込んだソレは、ナルトに変化していた黄泉の部下の一人。
黄泉の朽ち果てた肉体を捨てた【魍魎】は、つい先ほど死んだ人間の中に入り込み、そして己を阻む結界内に侵入したのである。
死体とは言え、人間を器にした【魍魎】が結界を通過するのは容易いことであった。
封印の紋章が施された床の上でゴロリと横たわった骸が、突如、弾ける。中からは、ナルトの手から逃れた黒い闇が立ち上った。死体を突き破って現れた【魍魎】を眼にして、紫苑は咄嗟に棺へ駆け寄る。
肉体が封印された棺の上に身を投げ、彼女は自らの身体で【魍魎】の侵入を防ごうとした。
魂に肉体を取り戻させるわけにはいかない。
しかしながら、巫女の願いむなしく、紫苑の身体は軽々と棺から引き剝がされた。
黒い瘴気として渦巻いた【魍魎】は暴風と化して紫苑を易々吹き飛ばす。結界内に入るのに利用した死体が【魍魎】の風で結界をすり抜け、外へ転がり出た。
だが同様に吹き飛ばされた紫苑は、結界に阻まれた。バチバチとした強い衝撃が彼女の背を強かに打って、紫苑は叫び声を上げる。
それは巫女もまた、【魍魎】と元は同じ存在である事実を露わにしていた。
巫女と魔物が元は一つであり、善と悪、陽と陰に分かれた存在だという黄泉の戯言は、真実だったのだ。
『一度張った結界からは我らは出ることは出来ぬ。そう…どちらかが一方を取り込むまでは…』
そして皮肉にも、紫苑が張った結界により、ナルトが結界内へ助けに来ることは出来ない。
もっとも零尾を体内で食い止めていたナルトに紫苑の救助を求めるのは酷だろう。【魍魎】に加えて零尾まで暴走させてしまうわけにはいかなかった。
棺の真上に陣取った【魍魎】がせせら笑う。
結界に弾かれた激痛に耐え、紫苑はキッと【魍魎】を睨み据えた。
「わ、私の力がお前に勝てば…ッ」
『フフフ、そうだな…。取り込まれるかどうかは互いのチャクラに掛かっておる。逆もしかり。お前のチャクラが我より勝っているのならば、我は再び封印されるであろう。だが、お前にソレが出来るかな?か弱き巫女よ』
世界を滅ぼすほどの絶大な力を持つ魔物と、巫女と言ってもただの人間である紫苑を比べるまでもない。
虚勢を張る紫苑を一笑に付して、とうとう【魍魎】は己の肉体を封じる棺に手をかけた。
棺がゆっくりと開く様を、紫苑は床に伏したまま、唇を噛み締めて見つめる。結界による衝撃で、まだ身体が痺れていた。
『今こそ…還してもらおう――――我が肉体を』
哄笑と共に、【魍魎】は紫苑を更に絶望へと突き落とした。棺の蓋が勢いよく閉まる。
四隅にある宝玉の輝きがみるみるうちに消えてゆき、石の祭壇に施された封印の紋章も光を失う。そこでようやっと、紫苑の結界は解かれた。
残されたのは、ただ項垂れる巫女のみ。
「私は…なんてこと…。今まで…何の為に……」
紫苑の脳裏に、今まで巫女の身代わりとなって死んでいった者達の姿が次々と過ぎる。
それが全て無駄死にだったこと、そして己が仕出かした失態に、紫苑は力なく頭を垂れた。
やがて、あちこちで落盤が起き、洞窟全体が激しく揺れる。
次いで、紫色を帯びた黒く巨大な柱が、突如として地面を突き破って現れた。それはまるで生き物のようにヌルヌルと蠢き、龍のように鎌首をもたげる。
広大な洞窟のそこかしこから現れたその奇妙な存在が、【魍魎】の本体であり肉体のようであった。
八岐大蛇など目ではない、複数の頭を持つ龍のようなソレが、紫苑の許へ向かおうとするナルトの眼前に立ちはだかる。一匹の巨大な龍が口を開けてナルトに襲い掛かった。
「邪魔だ」
パァンッ、と龍の頭が弾け飛ぶ。
何もしてないはずなのに、ナルトがそう一言口にしただけで、漆黒の龍の一体が胴体から真っ二つに引き裂かれた。
まだ頭に血が上っているらしい、と頭を振ってナルトは自身を諫めた。改めて己の殺気を抑える。
カタカタと震え、青褪めた紫苑がゆっくりと後ろを振り向く。ナルトと目が合って、彼女の瞳からぽろり、涙が零れた。
「…ナルト……」
【魍魎】を封じるどころか肉体を取り戻させてしまった。妖魔を封じる為に磨いた術や技の全部が徒労に終わった。
巫女の存在意義すら失ってしまった。
「私は…お前に守ってもらう価値など…無かった」
その一言を最後、紫苑の足元の地面が無くなった。
石の祭壇が裂け、地が割れる。
叫ぶ間もなく、裂け目の中へ紫苑の身体が飲み込まれてゆく。その割れ目はどこか、巨大な龍の口を思わせた。
そうして何事もなく、閉ざされてゆく地面の亀裂。
巫女を取り込んだ漆黒の龍の鳴き声が、溶岩湧き立つ洞窟の中でこだまする。
その声の響きは、【魍魎】の声音と同じだった。
後書き
大変お待たせ致しました。
矛盾する箇所が多々あるでしょうが、ご了承願います。まだ映画の全貌が上手く掴めてなくて(←今更)
だいたいにおいて捏造ばかりですが、どうかこれからもよろしくお願い致します!
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