もう一人の八神
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新暦79年
異世界旅行 ~カルナージ~
memory:35 明日に向けて
-side 悠莉-
女湯での騒動の後、出てきた面々の中で頻りに両耳を気にしながら料理をしているセインが目に入る。
セインから視線を戻して、ふかふかのタオルでイクスの頭を包んで、湿った髪を拭く。
「ふ~ん、だから夕飯を作ってるんだ」
あの後どうなったか聞いてみると、どうやらルーがセインに対して交換条件を出したらしい。
今夜と翌朝のごはんを作ってくれれば、温泉での出来事を水に流して、尚且つ一泊できるようにシスターシャッハに取り計らうという内容。
そのため、エリオと手伝っていたが、セインから台所を追い出されてしまった。
「ん~。そうですよ~」
まるで猫の甘い鳴き声のような返事をする。
「イクス、かゆいところは?」
「気持ち良すぎて、いつまでも続けてほしいくらいです」
「さすがにそれは無理だな」
自分の髪を拭く時よりもやさしく、イクスの髪から余分な水分を拭き取る。
せっかくのきれいな朱髪を傷めつけないように注意して、根元から毛先まで流すように撫でていく。
「ん~っ。ん~♪」
「猫なで声」
「悠莉が上手だからいけないんです。このまま寝てしまいそうになります」
「別にいいけど、イクスの分の夕飯がエリオやスバルさんの腹の中に消えてなくなるけど…いいの?」
「……本当にありえそうです」
料理が二人の中に収まっていく光景が容易に浮かび、揃って苦笑する。
「まあ、さっきのは冗談にせよ、寝てもいいよ。夕飯が出来上がった頃に起こすから」
「そこまで甘えられません。今の状況で満足しておきます」
「この際とことん甘えたら? 約束の件もあるし」
「魅力的な提案ですから、自制しないと止まらなくなってしまいますよ?」
目を細めて気持ちよさそうに身を任せてくる。
実にご満悦な様子だ。
「私がダメになってしまうのは悠莉が何でもいうことを聞いてくれるからなんですから」
「そこは仕方ない」
慎ましげな反論をイクスに対して、すかさず返事をする。
「結局のところ、兄ってのはかわいい妹の世話を焼きたいんだよ。ライだってそうだろ?」
「……。だから私は悠莉から離れられなくなっていくんです」
イクスの口からぽつりと漏れた。
どこか文句を漏らすように零しながらも、声音は嬉しさに満ちていた。
髪から余計な水分を拭き取り、最後にさっと流していく。
イクス物足りなさそうにしているけど、やり過ぎて髪が傷んでしまったら元もこもない。
「これでよしっと。次はドライヤーで乾かさないと」
「ゆーりっ」
ぎゅっ。
「イクス? いきなりどうしたのさ」
タオルを取った瞬間、イクスが両手で抱きついてくる。
不意打ちを食らってしまい、さすがに動揺したけど、受け止めた。
「こうしてると温かくて気持ちいいんです」
「そりゃお互い風呂上がりだしね」
「そういう意味じゃなくて……ぶうっ、悠莉いじわるです」
「冗談だから。ほら、そう引っ付かれたら髪を乾かせない」
イクスの湿った髪を軽く撫でてポンポンと叩く。
頬を膨らませながらも、イクスは嬉しそうに離れて背を向けた。
そして、ドライヤーとブラシを手にして、ドライヤーのスイッチを入れようとした時、
「悠兄ぃとイクスここにいたんだ」
「今、大丈夫ですか?」
リオとコロナがやって来た。
「リオにコロナ、どうした?」
ドライヤーでイクスの髪を乾かしながら尋ねる。
「夕ごはんができるまでお話ししたいなと思って……」
「あっ、イクスずっるーい! 悠兄ぃに髪乾かしてもらうなんてっ」
「ふふふっ。これが妹の特権というものですよ」
しばらくイクスとリオのじゃれあいをコロナと眺める。
それから各々椅子に座って自然な流れで会話に入った。
話題はというとつい先ほどの温泉での出来事について。
「―――で、ウヌースたちがセインさんにやったんです」
「はぁ……今回は両耳の四つ折りとくすぐりなのか。イクスそういうの好きだね」
「別にそういうつもりはないです。あ、ちなみにちゃんとした名前は満漢全席の刑と君が泣くまでこちょこちょをやめないの刑ですから」
呆れ顔でイクスを見ても本人は気にした様子もなく、むしろ胸を張っていた。
いつも○○○の刑というイクスのオリジナルが出来上がると、その実験台としていつもライが餌食になっている。
なぜかタイミングよく来るもんだからと狙っているのでは?と思ってしまう。
しかし本人はその気はないというのは困ったものだ。
「でもでもイクスまで影のゴーレム作れるんだ……あたしも頑張ったほうがいいのかな……?」
「たぶん細かい魔力制御が苦手なリオには向かないよ? それよりも自分の長所を伸ばした方がいい。あとイクスは作ってないし。ただ私が創造した影ウサギを召喚してるだけだから」
「創造できないわけではないんですけどね。召喚と操作の魔法の方が得意ですから」
以前持ってたマリア―ジュの能力の副産物で得意なのらしい。
とはいえ、感情に左右され、普段は魔力が極端に少ないせいで出せる数は少ないとのこと。
「でもでも! コロナとイクスだけ悠兄ぃとお揃いなんてズルいよぅ」
「お揃いって……」
拗ねるリオにイクスは笑みをこぼした。
「そうは言いますが、リオだって私たちにはない悠莉とのお揃いがあるじゃないですか」
「……それって?」
「さっき使って見せたじゃないですか。……リオの体術ですよ」
「あっ」
「確か絶招炎雷炮でしたっけ? その技の次に繰り出した逆鱗」
「あの空中での回し蹴りのような踵落としは本当にすごかったよね」
その光景を思い出し、苦笑いを浮かべるコロナ。
ちらりと料理中のセインを見るのも忘れない。
「ですから、ね」
「……うん!」
リオは納得できたようで、元気に頷いた。
「それで思い出したんだけど、リオが温泉で大人モードになったんだって?」
「明日のために頑張ったんだよね」
「うん! 元々ある身体強化魔法の術式をいろいろ書き換えて。……お兄ちゃんに少し教えてもらったけど」
「……へぇ~、ライが」
なるほどなるほど。
だから身体強化魔法について調べていたのか。
無限書庫に出向いたり、姉さんたちに聞いたりしてたことはライの威厳のためにも言わない方がいいか。
「ちょっとリオの大人モードを見てみたいな」
「だ、ダメ! 悠兄ぃは明日までナイショ」
「どうして?」
「だって…試合前に驚かしたかったんだもん……」
「なんじゃそりゃ。……それなら明日まで楽しみにするさ」
「ユーリさんは明日の試合にでるんですよね」
「もちろん。去年と違ってキレイに人数が分けれるみたいたがら楽しめそう」
「チームっていつ分かるの?」
「夕飯の時だとさ。ノーヴェさんが発表するってなのはさんとフェイトさんが」
スターズとライトニングの模擬戦後も空を飛んでいた二人はイクスが来る少し前に帰ってきた。
温泉に向かうところを呼び止めてそのことを聞いておいた。
「ま、誰と一緒のチームになるかその時わかるから……いや、ホント楽しみだ」
去年の同様に自分自身の本気をぶつけ合える数少ない機会であるから自然と心の底から笑みが浮かぶ。
それを見て三人とも驚いているようだったが、次第にやる気に満ちた表情に変わった。
「もしかしたら悠兄ぃが敵かもしれない……。うぅ〜ッ、想像するだけでゾクゾクしてきた!」
武者震いをしながら目を爛々と輝かせるリオ。
「そうだね。去年は負けっぱなしだったから、今年は絶対に勝ちますから! 師匠ッ」
力拳を作って宣言するコロナ。
「私も始めてなので頑張って……」
「その話待ったッ!」
二人に続くイクスの言葉にセインが待ったをかけた。
「セインいつの間に……。てか、待ったってなにかあんの?」
「その様子じゃ聞いてないかー。イクス、自分で伝えるって言ったんだからちゃんと言っておかないとダメだぞ!」
何を話しているのかわからない私とリオとコロナにシュンとしたイクスがポツリポツリと話した。
なんでも、私が家を出発したその日に熱を出して倒れたらしく、本当ならイクスの参加は中止にする予定だったらしい。
だけどこればっかりはイクスが譲らず、話し合いの結果、安静を条件に姉さんたちから許可をもらったようだ。
「イークースーぅ?」
「……ごめんなさい」
「まあまあユーリさん、イクスも悪気があったわけじゃないですし」
「そうだよ。それに悠兄ぃに伝えなかったことだって、心配かけないようにしようってしたわけで」
イクスを援護する二人。
イクスも反省しているようで頭を下げて謝罪の言葉を口にしている。
「はぁ……、風邪ひいてるなら引いてるってと言ってくれないと。別に風邪引いたからって怒って家に戻すなんてしないんだからさ」
「……本当にごめんなさい」
「うん。ところでセイン、このことなのはさんとフェイトさんには?」
「メンバーに数えないようにしてもらってる。だからイクス、明日は私たちと一緒にみんなを応援しようね?」
頷くイクスを見てパンッと手を叩く。
「はい、それじゃこの話はここまで」
ひと段落ついたところで、
「そういや、セインはイクスのこと言うためだけにここに来たの? リビングにみんな集まって続々と料理が並べられてるけど」
そうリビングに視線を動かすとせっせと動く大人組の姿がある。
それを見てリオとコロナはあわてて立ち上がる。
「お、お手伝いします!」
「あ、あたしも!」
と、リビングへと駆けて行った。
「……ああ、ごめんごめん。準備できたから呼ぼうとしたんだっけ」
「そんじゃ行きますか。イクス」
「はーい」
-side end-
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