| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

ラブライブ!~夕陽に咲く花~

しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

第13話 気づいた本音、残った疑問

 
前書き

最近りんぱなが本編に登場してなくて寂し 

 







闇。
 僕の部屋は月明かりに照らされることなくただ真っ暗で、それはバイト帰りの先の見えない並木道を歩いているような錯覚にさえ陥ってしまいそうな恐怖を与えてくる。


闇。
 それはある意味、僕...というか花陽や凛、音ノ木坂に在籍するすべての生徒にとって、存続というのは”生きる”か”死ぬ”かの瀬戸際の案件で、先の見えない真っ暗な世界に半分突っ込んだような気分になる。



でも、僕の部屋には明かりがある。
 電気が欲しいときはいつでも電気を入れることができる。パチンとスイッチを入れるとそこに広がるのはいつもの僕の部屋。
部屋で干していた先日の服は綺麗に畳まれていてベッドの上にちんまりと置かれている。「自分で畳むって言ったのに...」と珍しく僕は愚痴る。僕の母親は過保護すぎて困ったものだ。
 続いて視線は机に移る。ダークブラウンにカラーリングされた木製の机は僕が中学二年生の時に初めて駄々をこねて母親に買ってもらったのだ。受験の時に机が無いのは困るし、何より居間で勉強すると必ず妹の雫がちょっかいをかけてきて集中できないからだ。
 今では傷とか鉛筆の芯の色で薄汚れているけど、それなりに使い続けてきた証だ。
その机の上には一枚の写真が立てかけられている。それを手に取りかぶった誇りを取り払ってほほ笑む。




μ`s
 音ノ木坂学院に突如現れた救世主たちだ。
高坂穂乃果、南ことり、園田海未が魅せる初めてのライブは明後日。
彼女たちが希望だ、”光”だ。僕はそう思っている。何かが変わる。そんな予感を僕は感じる。僕ではなく、花陽や凛がきっと変わる。今まで踏み出せなかった一歩を踏み出せると。






───だから、僕は...







─── 第13話 気づいた本音、残った疑問 ───







 翌日。
僕は高校が終わった後、花陽と凛を向かいに行くついでに音ノ木坂の外観を少しだけ見ておこうと思って、約束の二十分前に音ノ木坂に来ていた。
 長い階段を上ってまず最初に見えるのは左右にそびえる大きな桜の木。これは僕たちがいつも通学路として歩いている道にある桜よりずっと大きい。樹齢は一体...どれくらいなのだろうか。そういうことに全く知識のない僕は、ただただ君臨する桜の木に圧巻されるだけだった。


 続いて目先を真ん中に。
そこには赤レンガで建設された校舎がある。よく目を凝らしてみると汚れがついていたり、ひびが入っていたり、はたまた一階には苔のようなものまで生えている...気がする。
でもそんな汚れは”長年の味”だ。風情があっていい校舎だなっと僕は感心した。

 それと同時にもうすぐ”廃校”になるかもしれないという現実に何とかしなくてはいけないと焦りを覚えた。

他でもない、花陽と凛の為に。




 さらに視線はちらほらと窺える生徒たちへ。
女子高というだけあって歩いている学生は女の子ばかり。
背の高くて美しい雰囲気の女の子もいれば、小っちゃくて小動物のように愛嬌のある女の子。元気のあってその大きな声が僕にまで届きそうな女の子、様々だ。

 そんな時、一人の女子生徒が視界に入った。
黒くて長い髪を左右に分けてツインテール風にしている小さな女子生徒。
どこかで見たことがあるような気がする。





まぁ、そんなことは置いといて。
正直、正面からだけだとどんな学校なのかわからない。グラウンドだとか講堂だとか...そういったものを見てみたい。だけど一つ疑問が残る。




「これって...僕が入ったらアウトかな?」



そう。由緒正しい女子高なのだから異分子である僕が入ったら大騒ぎになること間違いなし。
 現に僕は正門前で立っているけど、警備室にいる警備員さんが僕が侵入するのを今か今かと待ち望んでるかのように睨んでいる。蛇に睨まれた蛙とは...多分このことだ。多分。



「さて、こうなることがわかってたらこんなに早く来なかったのになぁ」


 完全に僕の想像力不足だった。
時間まで余裕があるため一気に暇になってしまった僕は正門から少し離れたところにあるベンチに腰掛け、大きくあくびをする。


「ふぁぁ~...んっ?」



 何やら外野が騒がしくなったような気がした。
あくびのせいで出てきた涙を拭い、周りをキョロキョロと見渡すと音ノ木坂の女子生徒が僕を見て黄色い声を上げていた。
 騒がしくなった原因はこれだ。だけど、僕の何を見て騒いでいるのだろうか...。もしかして女子高の近くに男子の僕がいるから不審者と思われているからか!
それは非常にまずい。ここで僕が不審者と誤解されたままだと幼馴染の花陽と凛にあらぬ被害を被るかもしれない!


 ちなみにここまでの思考はたったの2秒。
咄嗟に立ち上がり、僕は不審者じゃないということを説明しようとする。



「あ、あの!僕は決して怪しいものじゃ———」



 あまりにもテンプレ的な弁明の入り方に、もう少し効果的な話の入り方があったはずだと自分の順応性の低さにちょっぴり後悔する。
だけど、事は僕の予想していたものとは別の方向へと進むのであった。




『ねぇあの人誰かな?かなり格好いいんじゃない?』
『だよねだよね!!しかも背が高いし!』
『誰かの彼氏さんなのかな?まさかお迎え!?いいなぁ~私もああいうカレシ欲しい!!』



 僕を見た女子高生は何種類かの褒めているような言葉を異口同音に並べる。
また...ですか?と、僕は中学時代の地獄の毎日を思い返していた。すると、三人の女子高生は好意的で興味ありげな目をしながらゆっくりと僕の方に近づいてくる。
 なんていうか...餌を求めて涎を垂らしながらにじり寄ってくる狼を連想させる光景だった。
僕は一歩後ずさる。



「あ、あの!!」
「はいいっ!?な、なななんでしょうか!?」


 緊張もあって返事が裏返ってしまった。
そんなことはお構いなしに女の子は更に寄ってくる。怖かった。




「あの、音ノ木坂学院に何か用ですか?」
「あ、いや。僕は―――」
「もしかして彼女さん待ちですかぁ~?」




か、彼女待ちって...。
 真っ赤になった僕を見て女の子たちはくすくすと笑い始める。
照れくさくてそっぽを向きながらポリポリと頭をかく。どうにもこういった容姿を褒められるのは得意じゃない。よくイケメンだとか、カッコいいだとか背が高いだとか。
 確かに背が高いことに対して否定するつもりは無いし、自分でもそう思っている。
でも僕の容姿は普通だと思っているし、イケメンなんて全国を、或いは世界中を駆け巡ればごまんといるんだ。
もしかすると、他の男子と勘違いしているんじゃないのかな?





...まぁ、ここにいる男子は僕しかいないから間違いなく僕を指して言っている。



「あ、あの...一年生の小泉さんと、星空さんって女の子をご存じないですか?」
「え?あーごめんね?その子たちのことはわかんないや」
「で、ですよね...すいません」
「でもでもぉ~♪もしかしてその子たちが彼女さん?二人?やっぱりモテモテなんだね~!!」




 リボンの色からして僕の一つ上...二年生の先輩だろう。
かなり早口で途中、何を離したのかよくわからなかったけど...スルーした。
僅かに警戒心を感じているけど、そもそもこうして話しかけてくる以上そこまでではないだろうし、高坂先輩や花陽、凛じゃない別視点からの情報も得られるかもしれない。

少し緊張するけど、アクションを起こしてみることにした。


「あのさ、今の音ノ木坂ってどんな感じなんですか?」
「え?どうしたの急に」
「え、いや。まぁちょっと気になりましてですね」


 わからないといった表情で、首をかしげる。
あずき色の髪をした先輩(?)は特徴的なお団子を揺らして尋ねる。


「知ったところで...どうするの?」
「え、いや...別に何もしませんよ。ただ、噂になっていたもんでして」
「ふ~ん。そうだね、廃校っていう問題に向けて生徒会も動き始めているという話は聞いたことあるけど始まってすぐに頓挫しているみたいだね!」
「まぁあの生徒会長、かなり音ノ木坂(ここ)に思い入れあるって噂を聞いたことあるからよっぽどショックだったみたいだからね~」



思い入れ...多分昨日東條先輩が言ってた絢瀬先輩の祖母がどうたらこうたらって話で間違いない。
 三人の中で一番背が小さい先輩は、髪の先を白いシュシュで二つに纏めている。三人の中で一番”男”に対して警戒心を持たずに無邪気な笑みを浮かべて話しかけてくれる。


「他には...何かありませんか?」
「あとは私のクラスでスクールアイドルを始めたっていう三人組がいるんだ!」
「三人組...」



 やはり目の前の女子高生は二年生で高坂先輩の同級生だということが判明した。
だけど、今まで聞いた話は割と僕も知っている情報で、特に何も得られそうにない。
生徒会もやはりたった一日ではなんら進展は得られそうにない。




「でも最近穂乃果の口から男の名前を聞くようになったよね?」
「あ、そういえば今日もずっと話題にしてたよね」
「男の....名前?」
「背が高くて、容姿がとても優しそうなイケメンで~」





 なんだろう。別に焦る必要はないのに額からじわりと汗がにじみ出てきたのを感じた。
高坂先輩が誰のことを指しているのか直感で、というよりそれは僕自身じゃないのか?と錯覚さえしてしまう。
自惚れだと思いたいところだ。



「名前は確か....高橋、なんとか君」
「なんとかって、それわかってないのと同じだとヒデコ...」



―――僕だ。高坂先輩は一体女子高で何をおっしゃっているのですか?僕はとっても不安なのですが。




「穂乃果の彼氏だって噂になってるよね」
「え?違うよ!海未とことりと穂乃果の三人の彼氏でしょ?」
「え~!?何それ!!三股!!サイッテー!ね?君もそう思うでしょ?」
「そ、そそそうですね。ははっ、ははは....」



 もう噂は尾ひれ以上なことを添えるようにして広まってるのですが...僕はもう二度と音ノ木坂に足を進めることはできないそうで、溜息を零すことしかできなかった。


「そういえば、君の名前はなに?年下?年上?あ、私は二年のフミコです!」
「ミカです!よろしくね!」
「ヒデコです!!」
「あ、え!?いやぁ...僕は」



そう言われ、言葉に詰まる。
今先輩方の目の前にいる男子は、実は今『サイッテー!』といって罵った高橋くんなんですよ~!なんて言えるわけがない。


「もしかして、君は恥ずかしがりやさん?」
「え、恥ずかしがりやといいますか...」
「ま~ま~っ、おねぇさんに話してごらん?痛いことしないから♪」


 完全に狼だ。ミカさんが頬を染めて僕の体をつんつんとつつく。
嫌な雰囲気がプンプンと匂い出した。やはり、女の子は怖い



「あ、あの...僕は―――」
「そこでなにしているのかしら?」




 ここから逃げ出したい一心で震えていたら、音ノ木坂の正門の方から聞き覚えのある綺麗な声が聞こえ、目だけをその声のしたほうへ動かす。
「やばっ!怒られる!」と三人は目くばせしたかのように足元に置いてあった鞄を拾い上げ一目散に逃走していった。


取り残された僕と......生徒会長の絢瀬絵里先輩は対面する。


「...」
「...」


暫し沈黙が訪れ、ピリピリした空気を最初に砕いたのは絢瀬先輩の溜息だった。


「はぁ~。一体君はここで何をしているのかしら?生徒から『正門前に男子高校生がいる』という話を聞いて急いで駆けつけてみたら...」
「す、すいません絢瀬先輩。お久しぶりです」
「久しぶりね。で、なにしてたのかしら?」
「それは...」










~☆~







「...なるほどね。でもそういうことは今後控えてもらえるかしら?生徒の不安を高めるようなことをされるとただでさえ、廃校問題で生徒の間で大騒ぎになってるのよ。余計なことをしないでもらえるかしら」
「はい...すいませんでした」




 生徒会室。
僕は事情聴取という名の尋問を受けていた。
絢瀬先輩の隣には何食わぬ顔で資料に目を通すのは東條先輩。


「ところで高橋くんはスクールアイドル...μ`sとの関わりがあるのかしら?」
「え、えぇ...まぁ。お手伝いしてますから」
「なら貴方にも伝えておくわ。その活動、今すぐやめなさい」




 声のトーンを下げて、冷徹な口調で宣言する。
やめなさい...それはつまりスクールアイドル活動の停止。それは音ノ木坂のこれからを奪うことになるかもしれないというのに。果たしてそれは正しい判断なのかな?
僕にはわからない。


「どうしてですか?やっぱり、部員の人数が足りないからなんですか?」
「それは関係ないわ。貴方たちの活動が音ノ木坂学院のプラスになるとは思わないからよ」
「そう...ですか」


―――プラスにならない。

 スクールアイドル活動がプラスにならないと、高坂先輩たちの努力を否定されたことが悲しかった。僕の中の絢瀬先輩という”カタチ”が今の発言で壊れかけていることが悲しかった。
 この時の僕は、一体どんな顔をしていただろうか。よくわからない。
多分、何の表情もしていなかったと思う。







「それに貴方はここの生徒じゃないでしょう?貴方が高坂さん達のお手伝いする理由、無いと思うんだけど?」
「っ!ぼ、僕にだって理由はありますよ!」



 つい、言い返してしまった。ダメだ。落ち着かなきゃ...ここで大騒ぎしたところでメリットは無いんだから。
僕がこの時脳裏に浮かんだのは廃校を目の前にして悲しげな表情をしている花陽と凛の姿だった。
 ダメだ。二人をこんな表情にさせたくないんだ!
僕は一つ大きな深呼吸をしてもう一度絢瀬先輩をしっかり捉える。






「...もしかして、この前神社で会った時に隣にいた二人の女の子の事かしら?」
「......僕は、あの子たちを泣かせるわけにはいかないんです。この廃校が、彼女たちを悲しませるかもしれないとわかっていて、僕に何ができるのか考えたんです」
「それが、あの子たちのサポートをすることってこと?」
「はい」




 僕は間髪入れずにそう答え、絢瀬先輩は顔を渋める。
しばらく考え込んだ後、先輩は体勢を変えてもう一度僕の瞳を見つめ直す。



「君の気持ちはよく分かったわ。でもあの子たちの活動はこれ以上は私は許さないし、当然君が関わってくるのもこれ以上は認められないわ。貴方は音ノ木坂(ここ)の生徒じゃないのだから赤の他人のはずよ。他の高校の心配をしている暇があったら自分の高校生活を見つめ直しなさい」
「ぐっ!で、ですが———」
「いい?この問題には貴方が関わるべきじゃないの?これは先生方と私たち生徒会の問題よ」
「で、ですけど......」



 これ以上僕には反論ができなかった。
何かがおかしい。僕が初めて出会った時の絢瀬先輩はもっと笑顔が多くて優しく、聡明な生徒会長というイメージがあったのに今はそのイメージをまったく感じられない。
 廃校という危機に雁字搦め(がんじがら)にされている頼りない生徒会長にしか僕には見えない。
やはり...絢瀬先輩にとって音ノ木坂には特別な思い入れがあるようで、守らなきゃいけないから必死なんだ。

僕が行動するソレとは重みなんて全然違う。


そう思った。







「まぁまぁえりち、そうカッカせんの。まだ高校一年生なんやから。えりちの気迫に怯えとるで?」




 さっきまで完全に空気と化していた東條先輩がポツリと絢瀬先輩を宥める様に言った。
一瞬にしてギスギスだった空気は冷え切ってしまった。


「彼にも彼なりのやるべきことがある。生徒代表として、仮令それが他校の生徒だとしてもそれは応援してあげるべきちゃうの?」
「それは行き過ぎよ希。しかも彼のやろうとしていることは廃校に直接かかわるかもしれないことなのだから応援なんてできるわけないでしょ?」
「廃校廃校って....じゃあえりちは何のために頑張ってるん?」
「もちろん決まってるわ。お婆様の大切なこの学校を守るためよ!」
「じゃあ君はどうなん?高橋春人くん?」
「えぇっ!?」



 トントン拍子に話が進んでいき、途中から話についていけなくなりそうなのをなんとか必死についていく。
そして急に話を振られ、変な声が無意識に飛び出してしまった。
何の意図をもって僕に話を振ったのだろうか....?


でも、僕さっき理由は———」
「あーウチ作業して聞きそびれたんよ。だからもう一度、話してくれへん?」




あからさまな棒読みな東條先輩に僕はじっと先輩を見つめ、そして、頷く。





「僕がこうして音ノ木坂学院の廃校問題に関わろうとしたのは———」




”すべては幼馴染の星空凛、小泉花陽のためだ。せっかく第一志望校に入学できたのに廃校という仕打ち。彼女たちのことを考えると悲しくなる、辛くなる。きっと笑っている顔も見ることができなくなる。ダメなんだ。彼女たちは笑顔と...一生懸命何かに夢中になってるときの顔が一番輝いているんだそれが奪われると考えると、嫌で嫌で胸が張り裂けそうで。もうそんな辛い思いをしてほしくない、ずっとずっと笑っていて欲しい。やりたいことに夢中であってほしい。一生懸命であってほしい。だから、彼女たちの笑顔が見られるなら僕は僕にできることを粉骨砕身の覚悟でやり抜く”と。





「―――これが僕が関わる理由であり....覚悟です。仮令絢瀬先輩に否定されようと、嫌われようとも何ら揺らぎません!!」




 僕はそう断言した。それと同時に僕は気づいたんだ。
正直、僕の行動原理はあくまで”花陽と凛の笑顔を守るため”が前提だとばかり思っていた。そこには僕のやりたいことなんて考慮されていないということも知っていた。それでいいと。




違う。そうじゃなかった。










———あの子たちの笑顔を僕が求めていた(・・・・・・・)んだ。



 そう考えると、僕の今までの人生で彼女たちのために行動してきた原理の引っ掛かりも解ける。
それに気付けただけでも今日ここで先輩方に連行されてよかったと思えてきた。



「...だってさ。えりち」
「なんで私に言うのよ」


 絢瀬先輩は変わらずしかめ面で。
東條先輩は嬉しそうににっこり笑っている。




「とにかく...これ以上の行動は禁止します。どんな理由でもそれは一時の感情任せで、この問題は解決しないわ。いいかしら?」
「...ですが」




 反論しようにも言葉が出ない。何を言っても無駄かもしれないというのもあるけれど、単に言葉が出てこなかったのだ。




「はい、わかりました」


だけど当然納得ができるわけない。



「さぁ、私はまだ仕事が残っているの。暗くなる前に早く帰りなさい」








 四の五の言わさず、僕は退出させられた。
「失礼しました」と一言告げて僕は廊下へ。扉が閉まると同時に大きなため息がこぼれる。





「はぁ...、絢瀬先輩、いったいどうしちゃったんだろう。もしかしてあれが本心だったのかな?」




 だとしたらかなりのショックである。
なんていうか...失礼だけど、かなり頭が固いようで言葉だけでは通用しない。
かといって行動も制限されてしまった。やはり、音ノ木坂内で噂として広まったのがまずかったのかもしれない。
 とりあえず、二人との待ち合わせ時間は既に過ぎてるから連絡を入れようと携帯を開く。
メール、不在着信に一件ずつ届いていた。

『どうかしたの?私たち待ち合わせの場所にいるんだけど』


というメールに対して『ごめんね?ちょっと用事があって遅れちゃった。今からそっちに行きます』と打ち込んで携帯を胸ポケットにしまう。




「春人くんはなにやら吹っ切れたような感じやったね」
「ふぉぉっ!?ってと、東條先輩でしたか。びっくりさせないで下さいよ~」






 耳元で囁かれ、僕は思いっきり前に飛び跳ねる。
ドキドキと鼓動が早くなった胸あたりを抑えながら僕は一歩後ろに足を引く。
...何をされるかわからなくて怖かったからだ。



「そんなに怯えなくてもええんよ?ウチは君と話がしたかっただけなんやし」
「話...ですか」
「そ、さっき聞いた春人くんの理由とえりちの理由の”違い”について」


 何が言いたいのかさっぱりといった感じで僕は眉を(ひそ)める。
そんな僕には目もくれず、後ろで手を組みながら先輩を僕の前を歩きだす。



「結論から言うと、えりちと春人くん...あ、待って!今春人くんの面白いあだ名浮かんだ!」
「...へっ?」



 話が急すぎる。
僕と絢瀬先輩の理由の違いについて話すはずだったのに唐突に”あだ名”と言われてこけそうになった。




「あだ名....ですか」
「そやで!ウチの生徒会長はえりちって呼んでるんやけど、”エリーチカ”ってお婆様から呼ばれてたらしいんよ。だからえりち」
「そう、なん...ですか」
「で、春人くんは今日から”ハルーチカ”、略して”ハルチ”。どや?」
「ハルチ....」



『どや?』と言われてもなんとも言えない。
多分絢瀬先輩のあだ名をそっくりそのまま引用しただけなんじゃあ....。





「ま、まぁそれでいいんじゃないですか?ちなみにどうしてそう名付けたんですか?」
「えりちみたいで呼びやすかったからや」
「あ~....はい」



僕はこれ以上言及するのを止めた。

 


「えりちと、ハルチの話した理由に大きな差は無いんよ」
「え?あ、あぁ。大きな差ですか」
「うん。二人とも大切な誰かの為に音ノ木学院を守るために活動しているということ。そこに大きな違いはまったくないんよ。でも二人は違うんよ(・・・・・・・)


 
 絢瀬先輩は祖母の大切な母校だから。
僕は幼馴染が通っている大切な高校だから。
 絢瀬先輩にも思うことがあって行動を起こし、僕にも僕の動く理由があって行動する。
では、一体何が違うというのだろうか....?




「それはなんやろうね」
「東條先輩はわかっているのですか?」
「勿論。君は誰かの為に必死になれる。多分そこはえりちに近しいものがあると思うんよ。でも、ハルチはえりちと違う。それが何か...わかる?」


僕は数秒考えた後、首を左右に振る。
僕と絢瀬先輩の間には近しいものがある。それはいったい...




「さ、着いたで」
「え?」



 気が付けばもう昇降口前に僕らはいた。
東條先輩は夕焼けをバックにしてもう一度言う。



「君はえりちに似ているけど、違う。それはなんやろうね~」
「....」
「それが明日、ウチと会うまでの宿題!ええね?」
「は、はぁ...」



 僕が情けない返事をすると、「それと~」と言って更に話を続ける。
登場先輩が不意に、くるりと僕の方に振り向く。。




「春人くんは...高校生活、楽しんでる?」
「いきなりですね。なんでそんなこと聞いてくるんですか?」
「ええやんなんでも。それより、どうなん?」


 迫られて、僕はふと考え込む。
その時間は多分十秒もかからなかったと思う。
顔を上げた僕の顔を見て、先輩はどうしてか喜んでいた。





「楽しいです。楽しんでいられる状況じゃないですけど、こうして目標を立てて必死になる。全力になれる。それがすごく充実していて...いいえ、充実しています」
「ほほぉ?そうなんか...お気楽やね、ハルチは」
「いや。なんか...すいません」
「ええってことよ。ウチはむしろハルチに期待しているんやから」




 どうも先ほどからの東條先輩の言動の意図がつかめない。
高橋春人と絢瀬絵里。
僕たちは似ているけど、何かが違う。



僕は頭に靄を残したまま、スリッパと靴を履き替える。
最後に、お見送りしてくれた東條先輩に一礼して音ノ木坂から離れていく。








 正門前には花陽と凛がいた。
凛は待ちくたびれた様子で。
花陽は嬉しそうに満面の笑みを浮かべて。

















今日は、μ`sファーストライブ前日。













 
 

 
後書き
本番当日。

桜が少しずつ散りはじめ、僅かに緑の葉っぱが顔を見せるそんな時期。



副会長の東條希の強引な後押しにより、音ノ木坂前まで来れたものの、そこは女子高。
当然ためらう主人公高橋春人。

少し遅れて講堂に入ると春人は予想だにしない光景を目の当たりにした。

リーダーは...
大和撫子風の女の子は...
ふわふわした女の子は...

賭けに敗北した、これが現実だった。
だから春人は...春人も決めた。





「だめですよ...貴女達は、まだ何もしていません!」



それは高校生活が始まって一か月経った後の話



次回、ファーストライブ開幕


 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

感想を書く

この話の感想を書きましょう!




 
 
全て感想を見る:感想一覧