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SAO--鼠と鴉と撫子と

作者:紅茶派
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8,未来を変えろ

 
前書き
そもそも彼らが何できたかを考えれば、やっぱりチートは致し方ない。
リアルビーター、ココに推参。 

 
「テャァァ」
掛け声と共にライトエフェクトの赤い光が輝きを放って伸びていく。
片手用曲剣基本技<リーパー>が相対していた<ルインコボルト・トルーパー>をあっけなく切り裂いた。
断末魔を上げ、爆散していくコボルトなど歯牙にもかけず、血を拭うように愛刀を振るったあと、刀を収めた。

「……お疲れ様、見事なもんだ」

俺は驚きと賞賛をもってこの勝利を称えた。それくらい、今の戦闘には価値がある。
普通のソードスキルであればいくら第一層とはいえナーヴギアのAIに補足される。最悪の場合には、躱されてカウンターを食らうはずだ。
それをコボルト兵が出来ないのかといえば、そうじゃない。

出来ない理由はたった一つ。

ーー単純明快、ヤヨイの剣速が速すぎてモンスターの認識AIが追いつかないのだ。

システムアシスト任せではない自身でのモーション。
一般的にアシストに乗ることで攻撃をするのがソードスキルなのに、彼女は自分で動くことでアシスト以上のスピードを獲得している。
システム外スキルとして考案こそされたが、マスターしたものはほとんどいない筈だ。

それを経った一週間でモノにするとは……天性のものを感じずにはいられない。

まるで運動後のような晴れやかな顔のヤヨイにタオルでも投げ渡したい気分だが、持ち合わせはないし、このナーヴギア内では汗はかかない。
せめて気持ちだけ、サムズアップで表してみた。

「ありがとう、どうやらコツが掴めてきたようだ」
「ヤヨイ、どこまでレベリングできた?」
「7レベルかな。まだまだクロウくんには届かない」

いやいや、βテスターの俺についてこれてる時点で化物だから、という心からのツッコミは胸にしまう。
ヤヨイの性格上、そんな言葉かけたら「追いつくまでレベリングする」とか言いかねないのだ。この負けず嫌いは。

ちなみに俺のレベルは9。攻略組の平均レベルが13だから、ログインした日から考えれば、差は詰まってきたといっていいだろう。

右手を振り、メニューを見ると既にお昼すぎにまで差し掛かっていた。
このままレベリングに勤しんでもいいが、待ち合わせをサボるわけにもいかない。

なんせ、呼び出したのはあの鼠だからだ。

「そろそろ、帰ろう。アルゴとの待ち合わせに遅れちまう」
「ああ、そうだな」

そう言って、二人して迷宮区をあとにする。

40分ほどの帰り道は対した障害もなく、僕らはアルゴとの待ち合わせである「トールバーナ」へと到着した。






待ち合わせのレストランでは、既に「鼠」のアルゴが隅のテーブル席の方に陣取っていた。
使い慣れた布のフードはレストランの中でも健在で、それが彼女の掴みどころのない印象を際立たせている。

「ヤァ、クロちゃんにヤー嬢。一足先に頂いてるヨ」
手元にはこのレストランで出る500コルのフレンチトーストが1つ。高いけど、美味しいんだよなぁ。あれ。

「俺も同じ物を頼むわ。ヤヨイは?」
「では私も同じ物を。それと、私のことはきちんとプレイヤーネームで呼んで欲しい」
「ヤー嬢はヤー嬢なんダよナ。それにオイラだって知らなかったんダ―ヨ」

アルゴは、言葉を切って俺とヤヨイの顔を交互に見比べ、
「二人共、言い捨てで呼び合う中にいつの間になったんダ?オネイさん、ヤいちゃうナ」

「ッッナ」
狼狽し、言い淀むヤヨイを見て、ケタケタと笑い声をあげるアルゴ。からかわれたのが分かったのか、ヤヨイは剣の柄を握り締め、プルプルと震えている。

この警官の抜刀条件は知らないが、まあ圏内だし大丈夫だろう。

「アルゴ、あんまにからかうなよ。それに言い捨ては俺が言いやすいから頼んだんだ」
「クロちゃんは引っかからないから面白くなーいンだよナ。まあこれ位にして、本題に入ろうカ」

「……ああ、そうだな。見せたかったのはこれなんだ」

俺はアイテムストレージから、あの時に拾った謎の短剣<メリッサ>を、ヤヨイは白色の本を取り出す。

「これが、遅参組が初めから持っていたっていうアイテムか……最初三人だったのに、何でアイテムは2つなんダ?」
「俺のストレージには何一つ入っていなかったんだ」
「もしかしたらリスクを考えて協力者の立場のクロウにはしなかったのかもしれません。ソフトに改竄のあとがあれば最悪の場合、リンクスタートと同時に即死する可能性も否定できない状況でした」

俺も、後日初めて知ったが、あの時使ったソフトにはカーディナルシステムでも気付かれないほどの些細な改造を組み込んでいたらしい。
その僅かな改造で二人が持ち込んだのが、怪剣「メリッサ」と書籍アイテム「アインクラッド生態目録」だ。

メリッサの方は持ち込んだレイズさんが死んだ今となっては機能は謎のままだが、ヤヨイの持ち込んだ本は読めばすぐに分かった。
HPから使用スキル・行動パターン・弱点を記載したもので、75層までの全モンスターの情報が記載してある。

当然、二人ではこのユニークアイテムをどう扱えば最もよく使えるかも分からず、情報のプロにお越しいただいた次第である。


アルゴはひとまず、俺の短剣の方を手にとって眺め、続いて白色の本をリズミカルにめくっていく。
俺とヤヨイはその間に一層ではかなり美味しいと触れ込みのフレンチトーストを堪能していく。ふんわりとした食感と滑らかな舌触りは黒パンで過ごしていた身分にとっては極上の食感だ。
お金はクエストで手に入れた「アニールブレード」を二人して売却したため、余裕がある。
食しか娯楽のないアインクラッド生活。これくらいの贅沢しないとやっていけない。

食べ終わって、アルゴの方を見ると、先程とは打って変わって一点を見つめていた。
驚いたような顔を浮かべ、先程とはあり得ないほど入念に読み込んでいく。

しばらくして、アルゴは顔をあげ、言葉を選ぶように話し始めた。

「クロちゃん、この本は誰にも見せない方がイイかもしれナイ」

辺りを軽く確認してから、ほんの1ページを指す。そこには俺も見たこともない牛型のモンスターが描かれている。

「アステリオス・ザ・トーラスキング、というモンスターだそーダ。これがおととい倒された2層のフロアボスだったんダ」
「っはぁ!!だってベータの時はバロン将軍だっただろ?」
「オイラもクエストでコイツの存在を知った時には驚いたナ。だけど、バロンだけじゃなく、一層のコボルト王も武器が野太刀に変わっていたそーなんだヨネ」

まぁ、オイラの情報も間に合ったしチャクラム使いの奮戦もあって何とか切り抜けたんだけどサ、とフレンチトーストの最後の一切を平らげながらアルゴが事も無げに言ってのけた。

つまり、ことボス戦に関してはもうベータテスターの知識は役に立たないって事か。それは攻略の柱のはずのベータテスターのメリットを完全にぶち壊す変更だな。
これからの攻略プランの変更をシミュレートして俺が唸っていると、

「話を戻すけど、この本は違うんダヨ。全ての情報が正しく乗ってイル。裏は取れないから公開が出来ないのはネックなんだよナ」
「なるほど。ここまでの情報だとさすがにバレそうだな。独占すれば俺は確実に攻略組に追いつけるし…」

「……話が分からないんだが、独占とはどういうことだ?凄い情報なら公開すればいいのでは?」
「500コルでいいゾ?」
ヤヨイが助けを求めてコチラの方を向いてくる。しょうが無いので、情報屋のお株を奪うことにした。

「まず独占ってのは、この本の情報を使えば、素早く穴場の狩場で安全にレベリングができるんだよーー」

攻略組の使う狩場は二種類に分類される。経験値が良い狩場と金回りの良い狩場だ。

前者はリポップが早いとか単体の経験値が高い、戦いやすく倒しやすい狩場で素早いレベリングを安全に行える場所。プレイヤーのレベルが低い時に使われる。
後者はドロップ品やクエストの有無、入手コルの多寡で判断できる。装備の強化が必要なとき・レアドロップを狙うときは主にコチラの出番だ。

攻略組ならこの狩場を行き来して、装備もレベルも揃えることになるが、もしその狩場を全て知っていたら?
いや、未攻略の最前線でいち早く穴場の狩場を独占してしまったら?
誰も持っていないレアドロップをこの情報のお陰でドロップできたら?

情報を持つものは莫大なアドバンテージを持つことになる。
世界で一人だけ、攻略本をもってゲームを行うようなものなのだ。

それこそ最近はやりのビーターというやつだろう。

「だけど、情報の出処は話せない。アルゴにとっちゃそりゃ死んだ情報も同然だろ」
「どうやって知ったかは教えないけど、ボスの弱点だけ教えるゾーなんて誰も信じないだろうナ」
「私たちの事も全て話して公開すれば問題ないのでは?」

「いや、それはダメ。嫉妬深いネットゲーマーに目をつけられたらそれこそPKの対象になりかねない」
「外部からの救出がないと分かれば、始まりの街の人達は全員自殺しそーなんだよナ」

きっとヤヨイの根は強くて清い。彼女のような人が幽閉されているのならいいが、ネットゲーマー達の大半はどちらかと言えばそのカテゴリじゃない。

特に、解放を願って未だに引きこもる始まりの街の大半の住民は。


ふと、守れなかった彼の最後が目に浮かぶ。キラキラとしたポリゴン片が俺の目の前を通り過ぎた気がした。

俺たちは、全力で救える命を救いたい。その為には、残酷な真実は伏せておいたほうが無難だろう。

「だが、それでは攻略はどうなる?折角の情報なのに活かせないというのか?」

「「う~~~ん」」

俺もアルゴも二人して唸ってしまった。

言い回しをいじれば、皆の未来を変えろってことになる。
しかも周りには起こる未来を教えないで、だ。

よく、アニメやなんかで口に出来ないもどかしさを描いているが、その気持がやっと分かったような気がした。

こういう時、そのアニメではやる方法はたいてい1つ。

「俺らで、ボスを確実に止めるしか無いよなぁ……」
「そうだナ。βテストとの変更点が出た時だけ、フォローが出来ればいいんだが……」

そう言って、断言できない。
きょとんとした顔で、ヤヨイは何を悩んでいるのかが分からないようだ。

「何を迷う?要するに、私達が強くなればいい。違うのか?」

「まあ、なんて言うか、はっきり言うとだな……」

意を決して、俺は白状した。



「俺、ボス戦には一回しか行ったことないんだよ」 
 

 
後書き
壮大なタイトルとは裏腹に超地味な説明回です。読みにくかったとおもいます。文才がなくて申し訳ない。

やっぱり後から攻略を任された身としては何かしらのアイテムは必要だよねっていう考えから、それが浮かびました。

「アインクラッド生態目録」や「メリッサ」も既存のアイテムの予定です。
アーガスが後付けで作ったアイテムだとカーディナルシステムにはじかれる可能性が高いので。

裏設定ですが、このアイテムを送り込む実験の為に第二話で登場した壊れたSAOのソフトは費やされた形です。

また、SAOソフトにはプロダクトIDがあり、SAOではその10000までしかリンクを許可しないという設定。
これにより、追加ログインは初期ロットの一万本に限られます。

以上、本編には一切関係ない設定でした。 
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