英雄伝説~菫の軌跡~(零篇)
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第8話
エリィの自室に向かったロイドだったが、部屋にはエリィはいなく、エリィを探し回り、その途中屋上に来た。
~夜・特務支援課~
(………あ……………)
屋上に出たロイドは外を見つめているエリィに気付き
「ロイド……?」
ロイドの気配を感じたエリィは呟いた。
「ああ……どうしてわかったんだ?」
「何となく、かな。何となくだけどあなたが来るんじゃないかってぼんやりと思っていた。」
「そっか……」
エリィに近づいたロイドはエリィの言葉に静かな笑みを浮かべて頷いた後エリィの隣に移動して外の景色を見つめた。
「綺麗だな………あっちに見えるのは……IBCビルか。」
「多分、大陸全土を見回してもこの街ほど夜景が綺麗な所は無いんじゃないかしら。だけど………街の明かりが増えれば増えるほど星の光は見えなくなる………女神の慈愛の証たる、清らかな星の光は………」
ロイドと共に夜景を見つめていたエリィは複雑そうな表情をした。
「………エリィ………」
「昼間のこと……覚えているでしょう?ルバーチェ、黒月、そしてダドリー捜査官が言ったこと。」
―――てめぇらが何をしようがこの街の現実は変わらねぇ………ましてや俺達をどうこうする事など不可能ってことをな。
―――ふふ、あくまで”ビジネス”の競争相手としての話ですよ。クロスベルは自由な競争が法によって保障されている場所………何か問題でもありますか?
―――この、正義が守り切れない街で一定以上の秩序を保ち続けること………殺人などの重犯罪を抑止し、犯罪組織や外国の諜報機関から可能な限り人と社会を守ること……その努力がお前達にわかるのか?
「あれが、この街の闇……クロスベルという自治州の真実よ。帝国と共和国の狭間に生かされ、誇りも持てず、嘘と欺瞞にまみれ……諸外国から集まる富によってかりそめの繁栄と享楽に溺れる………誰もがそれを仕方のない事と諦め、日々の忙しさに追い立てられる………私達はそんな街で生きている。」
「そうか………エリィは……諦めたくないんだな?」
エリィの話を聞いたロイドは重々しく頷いた後尋ねた。
「………………………父と母がいたの。」
「え………」
そして唐突に話し始めたエリィの言葉を聞いたロイドは呆けた。
「ふふっ、こういう言い方すると亡くなっているみたいだけど。二人とも今も元気よ。もっとも離婚して、それぞれ帝国と共和国で暮らしているけど。」
「そうなのか………」
エリィの話に相づちを打ったロイドはエリィの過去を聞くために静かに続きを待った。
「父は元々、共和国の人だったの。この街に来て、母と出会い……マクダエル家に入ることで政治家としての道を志した。そして議員になってすぐにこの街の歪んだ現実に気付いた。正義感の強い人だったから何とかしたいと思ったんでしょうね。何年もかけて、粘り強く様々な改革案を打ち出していった。」
「……凄いな。」
エリィの話を聞いていたロイドは口元に笑みを浮かべて感心したが
「ううん……結局、父の改革案は潰された。帝国派、共和国派……どちらから排斥される形で。」
エリィは首を横に振って真剣な表情で答えた。
「信じていた同志に裏切られ、友人を無くし、政敵に嘲られ……祖父もクロスベル市長という中立的立場から父を助けられず………父は……クロスベルそのものに絶望してしまった。そして議員を辞め、妻子と別れてカルバードに帰る道を選択した……」
「あ………」
「母は父を引き止められず………かといって、幼い私を連れて父について行く事もできず………そして離婚は成立して……父はいなくなってしまった。母は父を恨んだみたいだけど……やっぱり愛していたんでしょうね。父のいないクロスベルに住むのが辛くなってしまったみたいで……親戚のいる帝国に身を寄せてしまった。そして私は……祖父に引き取られる事になった。」
「……………………」
「……私が政治の道を志そうと思ったのはその時からよ。別に父の仇を取ろうとかそういうつもりじゃなかった。ただ、納得がいかなかったの。あんなにも幸せだった家族が何で壊れてしまったんだろうって。」
「………………………」
「祖父の助けもあって……私は各地で留学をしながら政治・経済などを学んでいった。でも、勉強すればするほどクロスベルの置かれている状況は困難なものである事に気付いたの。結局は帝国と共和国………この二大国の持っている重力にあらゆる正義と利害は絡め取られ、歪みを余儀なくされてしまう。私は”壁”にぶつかった。」
「………”壁”か。」
「ええ………父もそうだったけど、祖父も感じているであろう”壁”。ねえ、ロイド。クロスベル自治州の政府代表って、誰だか知ってる?」
「それは……マクダエル市長じゃないのか?」
エリィの質問の意図が理解できないロイドは目を丸くして訊ね返した。
「ううん、正確には『クロスベル市の市長』と『自治州議会の議長』の2人よ。つまり今だと、おじいさまと帝国派のハルトマン議長という人がクロスベル政府の共同代表なの。これは自治州法で定められているわ。」
「そうか、不勉強だったな………でも、どうしてそんなややこしい体制になってるんだ?」
「決まっているわ。―――同格の代表が2人いたら政治改革が起こりにくいからよ。」
「そんな………!……いや、でも……確かにそうなるのか……?」
エリィの説明を聞いて驚いたロイドはすぐに気を取り直して考え込んだ。
「ええ、トップが2人いた場合、どちらかが改革を起こそうとしてももう片方が必ず足を引っ張る……これはもう、政治力学としてそうなるのが歴史の必然なのよね。70年前……帝国・共和国双方の承認を受けて創設されたクロスベル自治州……その時、自治州法を定めたのは両国の法律家だったそうだけど……今にして思うと、まさに”呪い”ね。」
「………………………」
「私は……途方にくれてしまった。政治の世界にそのまま入れば、その呪いに必ず蝕まれてしまう………だから、父とも祖父とも違う別の切り口が欲しかった。」
「それが……警察だったのか。」
「ええ、政治とは別の視点で様々な歪みが観察できる場所。そこでの経緯は、いずれ政治の世界に入った時の武器になると思った。父が失敗し、祖父がなし得なかったクロスベルの改革………それを実現する手掛かりになるんじゃないかと思ったの。」
「そうか………」
「……でも、やっぱりそれはただの逃げだったのかもしれない。今日、あった出来事は、どれも予想の範囲内だったけど……想像以上に重たく、冷たかった。それを突き付けられて……またしても途方にくれてしまった。結局私は……自分一人で何もなし得ないのかもしれない。父と母に見捨てられた……幼い少女のままなのかもしれない。」
「………………………」
複雑そうな表情で呟いたエリィの言葉を聞いたロイドは黙ってエリィを見つめた後
「―――それで、いいじゃないか。」
「……え………」
静かな笑みを浮かべてエリィを呆けさせた。
「エリィはさ、完璧すぎるんだよ。全て自分が、一度も失敗しないでやり遂げる必要がある……そんな風に思っているんじゃないか?」
「そ……そんな事は………」
「……確かに今日は色々とヘコまされることが多かった。でも、そんなのは働いていれば当たり前の事なんだ。そして……今日乗り越えられなかった”壁”は明日には乗り越えられるかもしれない。」
「”壁”………」
「この場合の”壁”ってのは脅迫状の事件のことだ。一課が出張って、俺達の手を離れかけているこの事件………できれば一課とは別に独自に動いて追ってみたい。」
「ええっ………!?で、でもこれ以上、私達ができる事なんて………」
ロイドの決意を知って驚いたエリィだったがすぐに不安そうな表情で弱音を口にした。
「一課は一課で大したものかもしれないけど………それでも、警察の論理でしか動いていないのは確かだと思う。ひょっとしたら別の切り口で事件が追えるんじゃないか………そんな気がしてきたんだ。」
「ロイド………」
「そう、さっきエリィが言った話に似ているだろ?これでもし、俺達が大金星を上げることが出来れば……エリィが目指そうとしている事だって決して不可能じゃないか?」
「…………………………」
ロイドに語りかけられたエリィは呆けた表情をし
「もちろん、今回の事件とクロスベル全体の大きな問題は一緒にはできないかもしれない。でも………俺達に必要なのは”壁”を乗り越えるための力だ。こういった小さな”壁”を一つずつ乗り越えていければ………いずれ巨大な”壁”を乗り越えられる力だって手に入れられるんじゃないか?」
「…………………………―――この2ヵ月、一緒にいて何となくわかった。貴方もまた私と違った悩みを抱えている。それなのに……どうしてそんなに前向きでいられるの?」
ロイドの揺るがぬ信念を知ると複雑そうな表情で考え込んだ後、ロイドに訊ねた。
「……俺はそうだな……目指している人がいるから前に進めているのかもしれない。それはそれで……問題なのかもしれないけれど。」
「……そう………でも私は……貴方ほど強くないみたい。少し……疲れちゃった………」
「…………………………」
「……本当は昔のことなんて、話すつもりはなかったの……でも………何だか耐えきれなくなってしまって………このままじゃ、本当にあなたたちの足を引っ張るかもしれない……だったら、いっそ……もう……」
エリィがロイドから視線を逸らして、外の景色を見ながら弱音を吐いたその時
「―――エリィ。」
静かな笑みを浮かべたロイドが片手をエリィの肩に置いた。
「……あ………」
「俺には……俺達にはエリィが必要だ。射撃の腕、交渉センス、政治経済の知識とバランス感覚………この街を相手にするにはどれも必要不可欠だと思うんだ。」
「………で、でも………」
ロイドの話を聞いたエリィは言いよどんだが
「いや……違うな。それも確かにそうだけど、そんな事よりも前に………エリィが側にいてくれたら俺はそれだけで嬉しいんだ。」
「え………」
ロイドのまるで告白のような言葉を聞いて頬を赤らめてロイドを見つめた。
「バラバラな俺達だったけどこの2ヵ月で呼吸も合って来た。忙しい毎日に翻弄されながらも食事当番なんかも決めたりして……お互いの得意分野に関してはもう何も言わずに信頼できるしな。そんな仲間がいるっていうのはそれだけで嬉しいもんじゃないか?」
「………あ……………」
「……俺達は若造だ。世界を甘く見るにも、絶望するにもまだ早すぎる。力を尽くして、やれることをやって何度でも諦めずに挑戦して………それでも駄目なら……その時はみんなで考えればいい。俺は勿論、ランディやティオ、レンもきっと力になってくれる。ああ見えて課長だって色々根回しをしてくれているし………ツァイトなんていう変わった助っ人も来てくれたしな。エリィ――――君は一人じゃないんだ。」
「…………………………ふふっ……一人じゃない………か。………そうね。そんな当たり前の事を………私は忘れていたのかもしれない。――――ありがとう、ロイド。私自身の問題は簡単に解決するものではないけれど………それでも少し、気が楽になった気がする。」
「そっか………」
「ふう……それにしても。青春ドラマみたいな台詞はともかく、少しびっくりしちゃったわ。」
「う………クサイのは承知してるよ。でも、ビックリしたって?」
溜息を吐いた後呟いたエリィの言葉を聞いたロイドは呻いた後、尋ね
「だ、だって………私が必要だとか、側に居てくれて嬉しいとか………てっきり告白でもされているのかなって……」
尋ねられたエリィは頬を赤く染めて答えた。
「へ………」
エリィの言葉を聞いたロイドは呆けた後
「なっ!?い、いや!別にそんな意味じゃ………!」
エリィに告白同然の言葉を口にした事に気づくと慌てた様子でエリィから離れた。
「あら………?私なんか、告白する価値すらないっていうことかしら?……そうよね。レンちゃんみたいな可愛らしい女の子がいるから、私なんか価値はないわよね。」
エリィは真剣な表情でロイドを睨んで指摘した。
「そ、そうじゃなくて………というか、そこで何でレンが出てくるんだよ!?何度も言っているようにレンとはただの知り合い同士だから!………ああもう………エリィ、からかってるだろ!?」
「ふふっ……お返しよ。でも貴方、ちょっと気を付けた方がいいわね。天然っていうか……凄く女たらしな所があるから。」
慌てている様子のロイドにエリィは微笑みながら答えた。
「ちょ、ちょっと待て!ランディならともかくなんで俺がそんな………」
「……自覚がない所がまたタチが悪いというか………はあ……参ったわね………まさかあんな言葉だけでこんなに気分が変わるなんて…………」
「え………」
エリィにジト目で見つめられたロイドは何の事かわからず呆け
「な、何でもありません。その―――課長への報告を任せてしまってごめんなさい。脅迫状の捜査だけど………何かプランはあるのかしら?」
「いや、今のところは。ただ結局のところ……全ては”銀”の狙いだと思う。それを探る糸口が無いか、明日、みんなで話したいかな。」
「わかったわ。おかげで今夜は……ゆっくり休めそうな気がする。お互い頭をすっきりさせてミーティングに臨みましょう。」
「ああ………!」
エリィの言葉にロイドが力強く頷いた。
「………………」
「エ、エリィ……?」
しかしエリィにジッと見つめられたロイドは戸惑い
「えっと……レンちゃんが来てからずっと気になっていたんだけど、ロイドとレンちゃんは一体どういう経緯があって知り合ったのかしら?」
「へ………何でレンの事が気になっているんだ?」
エリィの質問を聞くと呆けた表情で訊ねた。
「あら、私でなくてもティオちゃんやランディも気になっているわよ。――――”特例”で規定年齢に達していないにも関わらずあのアリオスさんと同じA級正遊撃士であると同時に”八葉一刀流”の皆伝者………一課の刑事を目指しているロイドとは何の接点もないもの。」
「ハハ、確かに…………えっと………レンとの出会いについては色々と複雑な事情があって詳しい事は話せないんだけど……俺は特務支援課に配属される数か月前に”古代遺物”が関係する事件に巻き込まれて、そこでレンやエステル達と出会ったんだ。」
「”古代遺物”………!と言う事はもしかして七耀教会の”封聖省”に所属している”星杯騎士団”に事件の詳細を第三者に言わないように口止めされているのかしら?」
「へ……エリィは”星杯騎士団”を知っているのか?」
エリィの口から出た予想外の組織の名前を聞いたロイドは目を丸くして訊ねた。
「ええ、アルテリアに留学していた時”星杯騎士団”に所属しているシスターと知り合いになったの。」
「そうだったのか………理由は未だわからないけど、俺はとある”古代遺物”が関係する事件に巻き込まれたんだけど……そこで俺同様その事件に巻き込まれたレンやエステル達を含めたいろんな人達と出会って、力を合わせて解決に導いたんだ。ちなみにその中にはリベールのクローディア王太女殿下や帝国のオリヴァルト皇子殿下も含まれているんだ。」
「ええっ!?リベールやエレボニアの王族の方達が巻き込まれた事件なんて、世間で有名になって当然の事件よ……!?」
「ハハ、巻き込まれ方が色々と特殊だったお陰で第三者にはわからなかったから、有名にはならなかったんだと思う。俺達の前に立ちふさがる強敵達との戦い……様々な立場の人達との出会い……不慮の事故で巻き込まれたとはいえ、あの事件は未熟な俺にとって貴重で得難い経験になったよ。」
驚いている様子のエリィに苦笑したロイドは懐かしそうな表情で”影の国”での出来事を思い返していた。
「そうだったの…………えっと……その、結局レンちゃんとはどういう関係なのかしら?」
ロイドの話を目を丸くして聞いていたエリィは先程見た光景――――レンと小声で何かを会話している様子のロイドを思い出したエリィは様々な思いを抱えてロイドに訊ねた。
「ハア……ランディといい、何でレンと俺が付き合っているみたいに見えるんだ……?さっきも言ったようにレンとはその事件で知り合った知り合いの一人なだけで、よくて同じ苦楽を共にした仲間だから。」
「あら、さっきも私達を目の前に内緒話をしていたんだから、そう見られてもおかしくないわよ?」
疲れた表情で溜息を吐いたロイドにエリィは真剣な表情で指摘した。
「へ………それっていつの事だ?」
「……アルカンシェルからの帰り道でユウナちゃんと別れた後内緒話みたいな事をしていたじゃない。」
「ああ………あれはレンとユウナの関係が以前と比べると大分改善されている様子だったからそれを聞いていたんだ。」
「レンちゃんとユウナちゃんの関係が改善されたって……あの二人、そんなに仲が悪いのかしら?見た所そんなに仲は悪くなさそうだったけど………」
「………俺もあまり詳しい事は知らないけどエステル達の話によるとあの二人は様々な事情があって姉妹仲は最悪だったそうなんだ。さっき話に出た事件に俺が巻き込まれた時に二人も巻き込まれたのだけど……その時も互いの干渉は最小限にして、二人が仲良く会話している様子なんて見た事が無かったんだ。エステル達の話によるとその状況でも前と比べると随分マシになっているって言っていたな………」
エリィの疑問にロイドは複雑そうな表情で答えた。
「そうだったの………いつか互いに仲良くできる日が来るといいわね……」
「ああ……それにレンとユウナは俺が巻き込まれた古代遺物の事件で苦楽を共にした仲間だったし、俺は血が繋がった家族は兄貴も含めてみんな亡くなっているから、双子の姉妹の二人には互いに仲良くなって欲しいと思っているんだ……まあ、二人からしてみれば”余計なお世話”だろうけどね。」
「…………当人同士にそのつもりがないとわかっていてもやっぱり、妬けちゃうわね…………」
「エリィ……?」
自分の話を聞いて疲れた表情で呟いたエリィを不思議に思ったロイドは不思議そうな表情でエリィを見つめた。
「………………」
「え、えっと……?」
そしてエリィにじっと見つめられたロイドが戸惑ったその時
「(私だってまだ2ヵ月だけどずっとロイドと苦楽を共にしたんだから、幾らかつて苦楽を共にした人が相手でも絶対に負けられないんだから……!)…………ん。」
なんと決意の表情をしたエリィがロイドの頬に口付けをした!
「!!!!???」
頬に口付けをされたロイドは混乱し
「ふふっ、今のは元気づけてくれたお礼よ。それと……その……頬でも誰かにキスをするのは貴方が初めてだから………そ、それじゃあお休みなさい……!」
混乱しているロイドに頬を赤く染めながら微笑んだエリィはロイドから視線を逸らして呟いた後真っ赤にした顔を俯かせてロイドから走り去って行き
「……………」
一方ロイドは口付けをされた頬を手で押さえ、放心していた。
「クスクス♪まさか出向初日の晩にこんな急展開になるなんて、レンも予想できなかったわ♪うふふ、エリィお姉さんがあんな大胆な行動に出たのもレンが支援課に来たお陰なのだからレンに感謝してよね、ロイドお兄さん♪」
するとその時扉からからかいの表情のレンが現れてロイドに近づいた。
「レ、レン!?い、一体いつから見ていたんだ!?」
「うふふ、ロイドお兄さんがエリィお姉さんの部屋を訪ねてエリィお姉さんがいない事を確認した後どこかに行った様子に気づいた後、監視カメラでエリィお姉さんが屋上で一人で物思いにふけている所を確認した時からだから最初からになるわね♪」
「か、監視カメラ!?…………あ。」
レンの口から語られた驚愕の事実に驚いたロイドは周囲を見回した後扉の上に設置されてある監視カメラらしきものを見つけると呆けた。
「ま、まさか課長に報告をして解散した後に設置したのか……?」
「ええ♪――あ、最初に言っておくけど何も二人のラブシーンを録る為にわざわざ設置した訳じゃないわよ?”特務支援課”は下っ端相手とはいえ既に”ルバーチェ”に2度も喧嘩を売っているから、防犯の為にレンが自腹を切って”善意”で設置しただけなんだからね?」
「ラ、ラブシーンって……あ、あのなぁ……そういうのじゃないってわかっていて、からかうなんて趣味が悪すぎるぞ………」
レンの説明を聞いたロイドは脱力した後疲れた表情で指摘した。
「エリィお姉さんも不憫ねぇ………自分の気持ちをロイドお兄さんに知って貰うために頬とは言え、勇気を出してキスまでしたのに、自分の気持ちが全然伝わっていないなんて。」
「う”っ………そ、それよりも!まさかとは思うけど俺達の部屋にも監視カメラを設置していないだろうな!?」
呆れた表情で溜息を吐いたレンの言葉を聞いてエリィが自分にキスした時の出来事を思い出したロイドは顔を真っ赤にして唸り声を上げたがすぐに気を取り直して無理矢理話を変えた。
「うふふ、さすがに他人のプライベートを犯すような場所には設置していないわよ。」
「と言う事はそれ以外の場所には監視カメラを設置しているって事じゃないか………ハア……後で課長に報告して、監視カメラ設置の許可を貰ってくれよ……勿論許可を貰えなかったら設置した監視カメラは全て君が回収する事。」
「はいはい、わかったわよ。」
「”はい”は一回。―――それよりも今回の脅迫状の事件で君に聞きたい事がある。」
「レンに?何かしら?」
「………”Ms.L”として”銀”を雇って”銀”と接した事がある君なら今回の事件の真相に何か気づいているんじゃないか?」
「………………ふふっ、良い所に目を付けたわね。面白いものを見せてくれたお礼にいい事を教えてあげるわ。―――あの脅迫状は”銀”が出したものじゃないわよ?」
「へ………何でそんな事がわかるんだ?」
レンの口から出た予想外の答えに呆けたロイドは不思議そうな表情で訊ねた。
「うふふ、”黒月”の支部長さんがわざわざ”銀”の事を教えてくれたじゃない。『影のように現れ、影のように消え、狙った獲物は決して逃がさない』って。そんな人がわざわざ脅迫状なんてものを出して”獲物”自身に警戒させるような意味不明な事をするかしら?」
「!言われてみればそうだな…………でも、それだとイリアさんに対する脅迫状はどういう事なんだ……?」
レンの指摘を聞いて目を見開いたロイドは真剣な表情で考え込み
「その脅迫状が”囮”で本命がいる可能性もあるでしょう?例えばアルカンシェルの新作の公演に”イリア・プラティエでない誰かが暗殺された場合”、この場合の犯人は真っ先に誰が思い浮かばれるかしら?」
「!!”銀”という”囮”に目を向けさせて、”犯人”がイリアさんでない誰かを殺害する可能性もある………そういう事か……!…………でも、その場合一体誰が狙われるんだ?」
レンの説明を聞いたロイドはある仮説が頭に思い浮かべた後レンに訊ねた。
「………うふふ、ここまで”ヒント”を出してあげたのだから、後はロイドお兄さん次第よ。―――第一これ以上ヒントを出してロイドお兄さん達の成長を阻害するような事になれば、どこかの誰かさんから文句を言われるかもしれないしね。」
しかしレンは意味ありげな笑みを浮かべてロイドの質問に答えず、静かな表情で呟き
「へ…………」
「それじゃあレンも今夜はこれで失礼するわ。お休みなさい(グッドナイト)。」
自分の言葉を聞いて呆けているロイドを気にせず、上品な会釈をした後その場から去っていき、レンが去って行った後少しの間考え込んでいたロイドは明日に備えて休むために部屋に戻って行った。
~黒月貿易公司~
「―――以上が今週の成果です。連中が投入してきた軍用犬がいささか厄介ですが………”銀”殿さえいれば、戦力面での不足は補えるかと。」
一方その頃、ツァオは東方風の男から報告を受けていた。
「ふむ、わかりました。市内での体制はこのまま継続。あとはそうですね………アルタイル市に派遣した人員を半分ほど呼び戻してください。」
「承知しました。それではツァオ様。お休みなさいませ。」
「ええ、お疲れ様。ふう………困りましたね。長老方の助けを借りるのはさすがに後が恐いですし………やれやれ……”銀”殿がもう少し協力的だと助かるんですが。」
東方風の男が去って行くとツァオは溜息を吐いた。するとその時
「……契約分はきちんと働いているつもりだがな。」
何と何もない空間から黒衣の男―――”銀”が現れた!
「おお……いらしてたんですか。いやはや、失言でしたね。」
突然現れた男に気付いたツァオは動じる事もなく、口元に笑みを浮かべて答えた。
「フン………わざと聞かせたのだろう?相変わらず喰えない男だ。」
「いやいや、貴方ほどでは。ところで今宵はどのようなご用件で?軍用犬への対処をする気になっていただけましたか?」
「あの程度、お前の部下どもで何とかできるだろう。私が相手をするのはガルシアを始めとするルバーチェの主力のみ………そういう契約だったはずだ。」
「やれやれ、つれないですねぇ。何やら”アルカンシェル”に拘ってらっしゃるようですが………ここの警察はなかなか優秀だ。こちらへの面倒事は困りますよ?」
銀の答えにツァオは溜息を吐いた後、目を細めて銀を見つめながら忠告した。
「クク、心配は無用だ。それよりも………”特務支援課”、どう感じた。」
「ふむ………用件というのは彼らについてでしたか。そうですね―――興味深い若者たちでしたよ。特にリーダーらしき、ロイドさんがいいですねぇ。自分の力不足を痛感しながらもひた向きに前に進もうとする………カンも悪くないようですし、なかなか好みのタイプです。」
「お前の趣味は聞いていない。他のメンバーはどうだ?」
「フフ、これがまたなかなか興味深い面々でして。マクダエル市長のお孫さん………相当な政治センスをお持ちのようで参謀役と言ってもいいでしょう。エプスタイン財団の娘さん……魔導杖そのものも興味深いですが特殊な資質を持っているようです。赤毛の彼は………フフ、これは私のカンですが我々と似たような匂いがしますね。そして最後に”剣聖”の娘さん………フフ、最年少”八葉一刀流”の皆伝者にして最年少Sランク正遊撃士になる事が噂されている程の遊撃士としての実力もそうですが”Ms.L”としての財力、人脈を考えればその気になれば状況を変えられるまさに”化物”と言ってもおかしくないとてつもないお嬢さんですね。フフ、一体何を考えて遊撃士を休業して”特務支援課”に出向したのやら。」
「………なるほど。………………………」
ツァオから”特務支援課”の話を聞いた銀は考え込み
「しかし……どうしてまた彼らに興味を?」
「なに………少々、試したくなってな。この私の―――”銀”の依頼を託すのにふさわしい相手であるのかを。」
ツァオの疑問に静かな口調で答えた。
そして翌日、朝食や朝のミーティングを済ませたロイド達は今後の捜査についての話し合いを始めた―――――
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