ラブライブ!~夕陽に咲く花~
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第4話 僕と彼女の小さな思い出
ただいま〜。」
「ん?あ、お帰りおにぃ〜」
僕が家に入ると出迎えてくれたのは高橋雫、今年の春から中学三年生の僕の大切な妹だ。僕より圧倒的に頭がいい彼女の目指す高校は例のUTX高校らしい...
そんな自慢の妹は風呂から上がったばかりで髪がまだ湿っていて、僕と同じ藍色の髪に艶がある。雫は肩より下まで伸ばしたそれを櫛でとかしながら玄関前をうろついていた。
「買ってきてくれた?頼んだヤツ。」
「うん、”穂むら饅頭”でよかったよね...はい、これ」
「やったぁ!ありがとおにぃ♪」
雫は嬉しそうな顔で櫛をピンクをベースにしたパジャマのポケットにしまい、お饅頭を受け取る。
雫の好物は穂むらのお饅頭って言うくらいだから今彼女の心のテンションは高いだろうなぁ...と考えながら、
「あまり夜遅くに食べないようにね?」
「わかってるよ〜、じゃあその妹のデブ化を阻止するの手伝うと思って饅頭一個食べていいよ〜」
と、言って雫はガサガサ紙袋からお饅頭の入ったケースを取り出し、その中の一個を僕に勧めてくる。
欲しい気はするけど僕も帰り道花陽と一緒に食べてきたわけで、
「あ〜うんゴメンね雫。僕帰り道花陽と一緒に穂むら饅頭食べてきたんだよ....」
「.........え?」
僕がそう言った途端、雫はガキーン、と効果音が流れそうな感じに固まる。
どうしたのだろうか...。
固まった衝撃で手から零れ落ちたお饅頭たちを僕は拾いながら声をかける。
「雫?大丈夫?」
「.........」
「...雫?」
「ふぇ!?う、うん...大丈夫......大丈夫だよ」
大丈夫、とか言ってるも妙に青ざめていてふらふらしている。
不安に思いつつもとりあえずお饅頭を渡し、足取り悪い彼女の階段を上る後ろ姿を見守る。
「雫...具合悪いの?」
「......また、おにぃと花陽さんが...一緒に...」
「......雫?」
僕の質問に答えることなく何かブツブツと言いながら自分の部屋へ入ってしまった。
最近こんな妹を見ることが多くなった気がする。どうしてああなったのかはわからないけど多分受験勉強とかで忙しくて色々考えることがあるんだろう。
「お疲れさま、雫」
既に自室に行った妹に労いの言葉をかけ、僕はようやく靴を脱ぐ。
───第4話 僕と彼女の小さな思い出───
リビングでテレビ番組を見ながらゲラゲラ笑うお母さんを横に夕飯を食べ、その後お風呂で一日の汗を流してさっぱりした僕は自室で一人黙々と勉強をしていた。
こうして家に帰ってすぐ勉強を始めると頭が良いように思われがちだけど、実際僕はそうではない。
中学の時も定期考査の全体順位なんて下の中だったし、受験ギリギリまで第一志望の合格可能性は危うかったくらいだ。僕だって勉強したくてしてるわけでは無い。本心で言うと投げ出したい。
だけど、花陽も凛も僕よりも成績が上な分置いていかれたくないって思ったし、何よりも勉強できなくて二人に恥ずかしい思いをさせたくないっていう考えの方が強かった。
だから今もこうして勉強してる。
「う~ん......ここってどう解くんだろう...」
春休み自分で買った市販のテキストとにらめっこする。同じような問題を前に解いたことがあるけど僕の脳みそは中々忘れっぽく、しかも覚えるのに時間がかかり、人の何倍も勉強しないと伸びないのだ。
だから少しでも勉強から離れるとたいへんな事になる。
人の脳みそは忘れっぽくなっていると前にどこかの学者はそう言っていたが僕の脳みそはどうなのでしょうか...と、聞きたいところである。
「うん?電話?」
突然、ベッドの枕元に置いてある旧式の携帯が音楽を発する。
丁度勉強も行き詰ってたところだったから、僕はうんと背伸びをしてベッドに行く。
パカっと携帯を開いて液晶画面を見る。
「......凛ちゃんからだ。どうしたんだろう」
相手は幼馴染の星空凛。僕はすぐさま電話に出る。
「もしもし。どうしたの凛ちゃん?」
『春くんこんばんは〜!今大丈夫かにゃ?』
「うん大丈夫だよ〜。どうしたの?」
『んっとね、今何してるかな〜って...』
「特に何もしてないよ〜。さっきまで勉強してたけど飽きちゃったからベッドでゴロゴロしてた。」
言葉通りベッドに横になりながら話し続ける。
それにしても...電話越しに聞こえる凛の周りの音がやけに騒がしい気がする。
なんていうか、人の話し声とかそういうのじゃなくて車の音だとか電車の音だとか......
凛の家の周りってそんなに騒がしいところだったかな?と疑問に思ったことを口に出す。
「凛ちゃんは今何してるの?もしかして外にいたりする?」
『え?そうだよ〜今外でランニングしてるんだにゃ〜♪』
「そうなんだぁ。でも暗いから心配だな、僕がそっちに行こうか?」
凛の日常の日課は”ランニング”だ。中学の部活動は陸上部に所属していて主に長距離を専攻していた。
引退してからもずっと続けてきたランニングを辞めることなくずっと続けているらしい。
そんな彼女に日課に付き合う僕も花陽も然り、凛の走る姿は大好きで、彼女の”人を魅せる走り”で幾度もの大会を制覇しているのを間近で見ている
「うん来てほしいにゃ!いつもの公園にいるから待ってるにゃ〜!」
「わかった、花陽も連れてそっち行くから————」
「わわわっ!ま、待って!」
準備をしようと電話を切りかけたところで凛から静止の声がかかる。
「う、うん?なに?」
「え...と、ね?か、かよちんは今勉強で忙しいって言ってたから来れないって。だ、だから春くんだけでいいにゃ!」
「そ、そうなんだ。じゃあすぐそっちに行くから無理しないでね?」
「わかったにゃ!すぐ来てね〜!」
妙に焦燥した凛の声がした。何に焦ってるかはわかんない、けど急いで欲しいのかもしれないと僕は考え、電話を切った後軽く身支度を整えパジャマの上からカーディガンを羽織って外へ飛び出す。
昨日の夜は春のうちむれていたアスファルトから生温かい風が吹いている夜だった。だけど今日の夜は少し違くてドアを開けた途端思わず肩がすくむほど、春寒の夜風が肌に刺激を与えてくる。
数分走っていつもの公園が見えてくる。途中の道ですれ違った人たちの足音も人声も、春の暗闇の空に吸われて、音が尖ってきこえず、やわらかい円みを帯びてきこえる。
いつもの公園の中央をライトで照らされ、その下に見覚えのあるオレンジ髪の少女がタオルで汗を拭きながら僕の到着を待っていた。
「お待たせ凛ちゃん〜!」
「あ!春くん遅いにゃ!りんを何分待たせるんだにゃ!」
「ご、ゴメン...」
僕の家の近くの公園だからそんなに時間は経ってないと思う...せいぜい1、2分くらいだ、
僕は軽く頭を下げて謝り、途中自販機で買ってきたスポーツドリンクを渡しながらねぎらいの言葉をかける。
「はい、お疲れさま凛ちゃん♪今日はどれくらい走ったの?」
「ありがと!んーと...3、4キロかなにゃ〜。今日はりんの家の近くの神社の方を通ってからここの公園に来たから少し時間かかったけど。」
そっかぁと、反応して僕は凛の隣でしゃがむ。凛はスポーツドリンクを開けて乾ききった喉を潤す。
「凛ちゃんは高校でも陸上続けるの?」
「もちろん続けるにゃ、だってりん体動かすの大好きだし、みんなの前で思いっきり走るときの雰囲気とか、熱気とか、目つきとか、大好きなんだ〜」
「僕もいつも観客席で楽しそうに競技場を駆け抜ける凛ちゃんの姿大好きだから...凛ちゃんに陸上やって欲しいかな。」
「そう...かにゃ?えへへ、春くんにそう言われたらすっごく嬉しいにゃ」
凛は照れ隠しにドリンクを一気飲みし、「ぷはーっ」と豪快に声をあげる。改めて凛をマジマジと見つめる。
上はライトグリーンのタンクトップに白のTシャツに、トーナルグリーンのサエサルパンツを着ていて、いつもはなにも手をかけないストレートの髪を左側でちょこんと結ってまとめている。
これが凛の運動するときの格好らしい......
なんてことを考えていると凛が地面の石を蹴りながらポツリとつぶやく。
「...ねぇ春くん。春くんはりんたちが中学二年生の時の関東大会の事覚えてる?」
「関東大会......あぁ、うん。覚えてるよ」
中学二年の関東大会。この大会を勝ち抜けば全国のキップを手に入れることができる大切な大会。
この時の凛を忘れるわけがない。一年に一回の大きな試合。凛はこの時から東京の代表選手になるかもしれないと委員会や様々な選手の注目を集めていた。先輩後輩からの期待の声、顧問のハードルを上げる発言、観客席から聞こえる彼女への称賛の声。
別に凛は『全国大会に絶対行く』とか、『みんなの期待に応える』だとかそう思っていなかった。
ただ、ただ純粋に走ることを楽しみたかっただけなのだ。
───走る場所はどこでもいい。ただ大きな青い空の下で長い長い道を風を切るようにただひたすらに走りたい
彼女はそう言っていた。だから彼女にとって”期待”だとか”責任感”だとか”威圧”は余計なモノだったんだ。
今まで感じてこなかった”期待”という重圧
その期待に応えなければならないという”責任感”
部活の顧問の”威圧”
凛も走ることを”楽しんで”やっていて、気楽だったその気持ちがすべて押しつぶされて表情が固くなっていき、自分のコースに向かった時には既に”いつもの凛”ではなかった。
だから彼女はいつもの走りをすることができずにその大会は幕を下ろした。
結果は言うまでもなかった。結果の話をして彼女を傷つけたくなかった。
「多分、あの時りんの事を春くんがちゃんと見てくれてなかったら...りんの隣に春くんがいなかったら今日まで陸上やってなかったと思うんだにゃ...。それにりん、ずっと春くんに言ってなかったことがあるんだよね。」
「言いたかったこと?」
「うん!」
〜☆〜
りんは...私は......ただ走りたかっただけ。
遠く青い空のそのまた遠い太陽が陸上競技場を、りんが走るその道を温める。
程よい風がりんの体を吹き抜け、女の人の英語だと思う合図が響く瞬間。
そしてパン!っと音が鳴るのと同時にみんな一斉に走り出すときの空気...
りんは大好きだった。走る理由は人それぞれでもコースに入った時から感じる「勝ちたい」という気持ちも「楽しみたい」という気持ちも十人十色に目つきが違うあの時も。
りんはどちらかというと「楽しみたい」という気持ちの方が強い。
一位を取るのも自己ベストを更新するのも興味は無い。
純粋に走りたいだけ。
『星空、期待してるぞ!絶対全国行けるからな!』
『見て!あの子が今すごいって噂の星空凛ちゃんよ!』
『君が星空君だね。我々委員会の方も期待してるからな』
みんなどうしてりんに期待するの?
会場ですれ違う他校の知り合いも観客さんも偉い人も...
別に他の人でいいじゃん!なんでりんなの!?
期待されることに慣れていなかったりんは関東大会で楽しく走るなんでできなかった。変に足が重く感じられいつもは絶対考えないことや焦りだとか...みんなと一緒に走ってるはずなのに置いていかれ、次々と抜かれ、気が付けばりんは”独り”で走っていた。
自分でもこんな気分を味わうのは初めてだった。
───楽しく、なかった。
『星空にはがっかりだ。』
『星空凛ちゃんって子、期待されてたけど大したことなかったね。』
『次はがんばれよ?』
みんながみんな勝手に期待して、ハードルあげて...その期待に応えられなかったら今度は手のひらを反すようなみんなの態度。
結果はもちろん決まってた。大会が終わり、部活のミーティングの後もりんはこうしてベンチに座ったままずっと泣いてる。
...りんは本当は”泣き虫”だ。
”スカート”を履いた時、バカにされて『女の子らしくない凛』って言われた時も、こうして一人泣いていた。
こうでもしなきゃ...”りん”は”凛”でいられなかったから...
時刻は午後の四時を過ぎたばかり。
観客も選手も帰り、静まり返った陸上競技場の選手控室でりんは一人蹲っていた。
水道の蛇口からぴちょん、ぴちょん、と音がする中りんは嗚咽を発することなく静かに...泣いていた。
「......春くん...かよちん...」
りんは、今日りんの走ってる姿を見にやって来ている大切な、大切な幼馴染の名前を呼ぶ。春くんとかよちんは幼稚園の頃からずっと一緒で、りんよりも長い時間を過ごしてきた。だけどそんなこと関係なく一緒にいることができるのは二人の幼馴染が春くんとかよちんだからだ。
でもきっと、今日のりんの姿を見てがっかりしてるだろうな...
いつものように走れなかったし、楽しめなかった。二人は今、どんな気持ちでいるんだろう......
怒ってるかな?悲しんでるかな?今会いに行って確認してみたい。でも、会いに行きたくないと躊躇っているりんもいる。
それはきっと、二人が”悲しんでる顔を見たくないから”というりんのちょっとしたわがままからきているのかもしれない......。
だから今は、”今の自分”を二人には見せられない。
そんな時、誰かの足音が一人分...違う、二人分選手控室の方に近づいてきた。
春くんとかよちんかな...?と、りんは考えたけどこんな時間はほとんど帰っている人が多いだろうし、もしかすると警備員が徘徊を始めたのかもしれない。
これだと警備員のひとに迷惑かけちゃうにゃ、とりんは疲労の体をゆっくりと動かしてロッカーの中の着替えを取り出す。
───もう、走るの辞めようかにゃ...
何度も脳裏をよぎった決断を自分に言い聞かせるように反芻する。
別に本当に走ることを止めるわけじゃない。選手として一人の部員としてこの”大きな舞台”で走るのを止めようか...ただそれだけのこと。
”ここ”じゃなくても別の場所で走ることだってできるし...
でももし、もしりんが陸上を辞めたら...二人はどんな顔をするだろうか。
「悲しむ...に、決まってるにゃ。」
どんなに付き合いが短くても男の子だろうと女の子であろうと、春くんもかよちんもりんの大切な幼馴染。
ずっとりんを応援し、見守ってくれてた二人だからこそ、りんにとってこの決断はありえない。
「......っ」
そんな答えの出ないことを考えながら、私服に着替え、汗のついた服をそれぞれ別々に小分けして最後にまとめてスポーツバックにしまう。靴も専用のシューズからりんのお気に入りのスニーカーに履き替える。
「帰ろう...今日は疲れたにゃ...」
肩を落としたまま、扉を開ける。
そして目の前には......
「お疲れさま、凛ちゃん。待ってたよ。」
「大丈夫?ずっと来なかったから具合悪いんじゃないかって心配したよ?」
「...春くん、かよちん」
春くんもかよちんも、いつもの雰囲気で、いつもの笑顔でりんを迎えに来てくれた。
「さぁ、行こうよ凛ちゃん。約束のラーメン、食べに行くんでしょ?」
「え?でもそれは......」
「トッピングもつけるんでしょ?メンマとチャーシューともやしと...コーンと...なんだっけ?」
「味付け卵二つにゃ!!!それにメンマともやしは増し増しに決まってるにゃ!!!」
「ふふっ、凛ちゃん元気だね♪」
「元気って...え?」
かよちんに指摘されて初めて気付く。りんはさっきまで落ち込んでたのにラーメンの話を持ち掛けられてすぐにテンションが上がってしまった。
これを”ゲンキン”っていうのかにゃ?りんは勉強嫌いだからわかんないけど...多分単純なんだと思う。
春くんはりんににっこり微笑んで「ほら、行こ?」と先頭を歩きだす。
「ね、ねぇ春くん、かよちん」
「なぁに?凛ちゃん」
「......ゴメンね?」
「どうして謝るの?」
...りんが謝る理由はきっとりんが言わなくても春くんはわかってる。かよちんもわかってる。かよちんは凛を見て目を閉じながら様子を見守っている。
「凛、走れなかった。かよちんと...春くんを悲しませちゃったにゃ。他の人の気持ちに応えられなかった。ゴメンね...二人とも、ゴメンね。」
「凛...ちゃん」
「......」
涙を零した。泣いたのは...多分”あの日以来”
零れた涙は頬を伝い、ポツリポツリと床に後を残していく。
春くんは微かに笑みを浮かべてりんの前に立ち、優しく髪を撫でる。
「泣かないで、凛ちゃん」と声を発した春くんは全然悲しそうな表情をしていなかった。
「凛ちゃんがその大会で優勝するとか、優秀選手に選ばれるとか、僕にとってはそこまで重要じゃないんだ。多分きっと花陽ちゃんもそうだと思う。もし凛ちゃんがそういうの目指してるって言うのなら話は別になるけど...凛ちゃんは”走ることが大好き”だってことを僕たちは知ってるから...僕はそんな凛ちゃんを見るのが好きなんだ。」
「春...くん?」
「凛ちゃん」
ぎゅっと。
りんの後ろからかよちんが抱きしめてくれた。
「私はね、凛ちゃんが楽しそうにいろんなところを走ってる姿を見るのが大好きなんだ♪」
「そうだよ凛ちゃん。今日はたくさん人からの”期待”だとかで精神的に辛かったかもしれない。でも僕は、小学生の時からずっと見てきた”星空凛”っていう可愛い女の子はいつも明るく元気で、くよくよ悩むより体を動かすことが大好きで...可愛い女の子なんだ。」
「...可愛くなんて、ないよ」
”可愛い”という言葉にかぶりを振りながら否定する。
「僕や花陽ちゃんは凛ちゃんの事を可愛いって思ってる...それは誰にも否定させるつもりもないし...できれば、凛ちゃん自身にも否定してほしくないかな。でも僕には強制できないし、多分肯定させる権利もない。だけど僕は凛ちゃんには笑っていられる場所にいて欲しいんだ。」
「笑っていられる、場所?」
「うん、もしそれが”走ること”じゃないって言うなら、僕は否定しない走ることを続けるかそうでないか。僕はどっちでも構わない。花陽ちゃんがここをどう思ってるかはわかんないけど...多分きっと後ろの花陽ちゃんもこう言うと思う。どうかな?花陽ちゃんは」
春くんはりんを抱きしめるかよちんに向けて会話を託す。
「...うん!私も春人くんと同じ!私、凛ちゃんの笑う顔が大好きだよ♪」
「かよ...ちん」
「でしょ?だから僕達の願いはそういうことなんだよ。だから凛ちゃん...僕たちからのお願いを...もう一度聞いて欲しいな?」
───一番楽しくて嬉しくて、笑っていられる、そんな場所で...ずっと笑顔でいて欲しいな?
春くんのお願いは明確で単純で...とても心がポワッて温かくなるお願いだった。
だからりんは迷うことなく答えは出すことができたんだ。
───わかったよ...春人くん
りんが”私らしく”いるために、ずっとずっと心から笑っていられるために。春くんとかよちんは教えてくれた。
相手の事とか、そういうのも大事だけど...なによりも優先することは”自分が思いっきり楽しくいられる場所”
「ほら、帰ろ?」とりんの手を引っ張る幼馴染の春くんとかよちん。
嬉しさのあまり、
「よーし!!!今日は春くんの奢りでラーメン食べにいっくにゃ~~~!!!!」
〜☆〜
「...ははっ、懐かしいね。あの時だけだったよね、僕の事を初めて”春人くん”って呼んでくれたの。」
「は、恥ずかしいからそんなところ掘り返さないで欲しいにゃ。」
「はは、ゴメンゴメン」
懐かしさと、むず痒さのあまり鼻頭を触りながら物思いにふける。
あの時の凛は大勢の人からのプレッシャーに負け、不安そうな姿で走っていた。それは観客席から見ていた僕と花陽にも明らかに見て取れた。
だから僕はあの時言ったんだ、”ずっと笑顔でいて欲しい”って。
「それでね、春くん。言いたいことがあるんだよね」
「最初に言ってた話だね。」
「あの時は嬉しさと...まぁいろいろあって言うの忘れてたんだけど」
そして凛は話しながら飲んでいた空のスポーツドリンクを公園のごみ箱に捨て、くるりと振り返った彼女は、
「あの時...ううん、”あの出来事”から...ずっとりんを見守ってくれててありがとね!春くん!!」
「...うん!どういたしまして♪」
”夕陽”のようにキラキラした可愛い笑顔で凛はそう言った。
なんとなく...その笑顔は”あの出来事”のあとに見たソレと同じように見えた。
「ひゃっ!」
「うわっ、寒い...」
ひゅうっと、僕たちの間を夜の春風が吹き抜ける。僕はそこまでではなかったけど、凛はこの肌寒い中その格好で走って、恐らく汗が引いて体が冷えてしまったのだろう。
風がやんだ後もプルプルと体を震えさせていた。見るに堪えかねなくなった僕はパジャマの上に着ていたカーディガンを凛にかけてあげる。
「あ、ありがと...。」
「どういたしまして。運動してる凛ちゃんの体調管理をするのも僕や花陽の務めだからね、気にしないで」
「でも春くん、パジャマだから...春くんの方こそ風邪ひくにゃ。」
「大丈夫だよ、こう見えて頑丈だから。」
心配させまいと適当にそれらしいことを言って話を逸らす。
だからと言って僕も寒くないとは言い切れない。あまり長居はできないみたいだ...
「よし!!春くん、体を温めるために今からラーメン食べに行くにゃ!それにりん走ったからお腹減ったにゃ!!」
「え、えぇぇぇ!!??ま待って!僕お金そんなに持ってきてないよ!!??僕パジャマだよ!?」
「だいじょーぶにゃ!りんの常連のお店ならすこし安くしてくれるからきっと春くんも気に入ってくれるにゃ!」
僕はそういうことを言ってるんじゃないよ...
...でも、さっきまでの暗い表情から一変して目の中に星を出すような勢いで笑っている。
やっぱり凛ちゃんはこっちの方が凛ちゃんらしいなぁ、と思いながら
「いっくにゃーーーーーー!!!!!!」
「待って!待って!うわあぁぁぁぁぁぁぁっ!」
お腹の中の夕飯と「これからラーメン入るけど大丈夫かい?」と相談しながら、凛に成されるがままに公園内を後にする。
僕の幼馴染、星空凛はとっても女の子らしくて...元気な少女だ。
...もう少し、人の話を聞いては欲しいけど
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