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ラブライブ!~夕陽に咲く花~

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第3話 和菓子屋さんの看板姉妹

夕陽が沈み、街灯が灯るいつもの道。昔からなにも変わらない風景。
小さなときから隣同士手を繋いで10円を片手に握りしめ、駄菓子屋に行ったあの街並み。

思い出の駄菓子屋は二年前に無くなっちゃったけど、僕たちにとって大切な町。
 僕と花陽は昔と変わらない様子で手を繋いで歩いていた。
 



「ところでどこの和菓子屋さんに行こうとしてるの?この辺りに和菓子屋さんなんて...........」
「ここを右に曲がると老舗の和菓子屋があるんだよ。」



凛と別れた後、僕は花陽と一緒にとある和菓子屋に向かっていた。
その和菓子屋は僕が中学生の時に初めて妹と訪れて以来、二か月に一回の頻度でやってきている。
でも、その時はいつも一人、あるいは妹と行くことが多かったので花陽と訪れるのは初めてだ。



「ここのお店はお饅頭が絶品で手ごろな値段だから近所の人たちに人気なんだよ。」
「そうなんだぁ〜。あ、でも春人くんお金は?さっきのクレープでほとんど使ったんじゃないの?」

大丈夫だよ、と言ってカバンからお金の入った封筒を見せて、妹から金をあずっていることをアピールする。
納得そうに頷く彼女は正面を見て、何かを見つけたらしく指をさす。





「あれ......かな。春人くんの言ってた和菓子屋さんって。」






 花陽の指さす先は約100メートル先に見える赤色の看板。その看板の枠をライトで照らし、夜でも文字が見えるように親切な作りとなっていた。赤い屋根の一軒家は周りを笹で囲い、玄関の上に暖簾がかけられている以外どこからどう見ても普通の一軒家に変わりはない。
 中までの構造は知らないけども多分一階はテナントで二階からはリビングだとか台所とかになっているのだろう...




 店の前までやってきて僕たちは一度止まる。
ふと、見上げた先の暖簾にはこう書いてあった。








『穂むら』......と。


















───第3話 和菓子屋の看板姉妹───














 横開きの扉を開けて、最初に目に留まったのはガラスケースで保管された数々の和菓子と白い割烹着を着た1人の店員さんもとい女子高校生。次に目に留まったのは外の景色を見ながらゆっくり寛げる軽食コーナー。
 ライトブラウンの髪を頭の右側で束ねていて、いつも明るいその子は珍しく真剣そうな目つきでレジと紙を交互に見ている。歳は僕より一つ上の先輩。


「あ、いらっしゃい......って、はるとくんだ!」
「お久しぶりです高坂(こうさか)先輩。」





彼女の名前は高坂穂乃果(こうさかほのか)。花陽と同じ音ノ木坂学院の二年生で、この店『穂むら』の看板娘の一人。
両親が忙しい時、或いはお小遣いを稼ぎたい時にこうして店番をしているらしい。

「久しぶりだねはるとくん、元気にしてた?」
「まぁ......お陰様で」
「そういえば今年から高校生だね!どこの高校に通ったの?」



近くの男子校です、とだけ答えて店内に入る。そして後ろからもじもじと僕の背中に隠れて付いてくる幼馴染が一人。当然気付いた高坂先輩はレジとの格闘を終え、割烹着を脱ぎながら花陽に尋ねる。



「あれ?後ろの女の子は?音ノ木坂の制服だよね?もしかして彼女?何年生?」
「ふぇ?え、えっと...その、私は......」







初対面の女の子に遠慮なしにグイグイ質問してくる高坂先輩は一種のナンパしてくる若い男の人、もしくはお酒で酔った中年おじさんみたいになっていた。
 それに対し相手は僕や凛を相手にしてもたまにオドオドする花陽だ。当然初対面の、しかも同じ高校の先輩を相手にしちゃうとどんどん言葉が小さくなって喋れなくなってしまう。その気持ちはわからなくもないけど、やっぱり僕の幼馴染は極端だ。



「........っ」



 結局花陽は高坂先輩にペコリと軽くお辞儀をしただけで自分の名前を一文字を言えずに僕の後ろに隠れてしまった。高坂先輩はそんな花陽をあまり追求せずに「そっかー。恥ずかしがり屋さんなんだね~」とだけ言って後片付け作業に戻る。


「すいません先輩、この子極度の人見知りでして...前に少し名前を出した幼馴染の小泉花陽って言います。あと、彼女じゃありませんよ」
「そうなんだぁ~!よろしくねはなよちゃん!」
「ほら花陽ちゃん、先輩に挨拶しなきゃ失礼だよ?」
「え?いや、でもぉ...」

後ろで隠れている花陽を前に連れ出す。ちょっとかわいそうだけど成長した彼女を見たいだけ、僕の本心はそんな感じ。

「こ、こいず..み...はな..よ、です。」
「初めましてはなよちゃん!私、高坂穂乃果っていうの。音ノ木坂学院に通う高校二年生だよ!よろしくねっ!」





......うん、やっぱり改めて思う。
高坂先輩すごくフレンドリーな方だなぁ......と。
 張りのある澄んだ声で自己紹介し、花陽の前に来て握手を求める。


「......よ、よろしく...お願いします...」

最後の「お願いします」が高坂先輩に聞こえたかどうかわからないくらい小さい声だったけど頑張って先輩と交流できたことは素直にうれしかった。



 
「ところではるとくんはこんな時間にどうしたの?」
「ええと、妹に頼まれたいつものお饅頭を...」
「おお!ありがとうございます!危なかったねはるとくん、もうすぐ店じまいするところだったよ。」




花陽に質問しながら割烹着を脱いでる時点でなんとなくそんな気がしてた。今日の決済や店の掃除とかで忙しい時に来ちゃって申し訳ないなと思いつつも、お饅頭を買って帰らないと妹に叱られる僕がいる。
 高坂先輩が”穂むら”名物”穂むら饅頭”を一箱分詰めて紙袋に丁寧に入れるその姿は、やはり長年手伝いをしているせいかとても様になっていてカッコいいと思う。



「......」
「もうすこし待っててね。お金払ったら帰るから。」
「...うん、ごめんね春人くん」



完全に委縮しちゃった花陽を撫でながらしばらく待つ。
 ブレザーを脱いだ音ノ木坂の制服姿の高坂先輩は紙袋と小さな箱を持ってやってくる。


「はい!こちらが”穂むまん”です!おまけとして二人分のもあるから仲良く食べてね♪」
「ありがとうございます。でもいいんですか?僕、二人分も払うお金持ってないですよ」
「大丈夫大丈夫!はるとくんにはいつも贔屓にしてもらってるからね〜。お母さんも『春人くんに〜』って言えば許してくれるよ♪」



高坂先輩は妹へのお土産と僕達へのおまけを渡し、






「ねぇねぇ今から私の部屋に来ない?すこし遊ぼうよ!」



....やっぱりこの先輩はいきなりすぎてすごい人だなぁ......
多分これが高坂先輩の良いところだ、と思う。
 持ち前の太陽のような笑顔で相手も笑顔にさせ、人々を引き付ける女の子。優しくてあったかくて、子犬のような可愛い先輩はたまに見せる甘えっぷりに実は僕もドキドキさせられたりする。自覚はあるけど女の子からの好意に鈍い僕だから高坂先輩の行動が狙ってしているのか、それとも素でしているのかわからない。初めてここを訪れた時もそうだった......
 









直後、左手に鋭い痛みが走る。




「い、いたいです花陽ちゃん。」
「......駄目だよ春人くん」







 僕の左手を抓った犯人、花陽は小さく僕にしか聞こえない声量でそう注意し、両頬をぷく〜っと膨らませ、尚且つ上目遣いで少し怒っていた。......いや、嫉妬していた。
 僕の思考が読まれたのかな?僕の幼馴染はいつからそんな超人じみた能力を得たのか気になるけど、




「.....いくら可愛い先輩に家にお誘いされたからってそんなニヤニヤな顔してたら恥ずかしいよ?」
「...え?あ、うん。ごめん。」





...花陽を超人扱いしてしまったことが恥ずかしい。
僕の思考を読んだわけではなかった。花陽は高坂先輩のお誘いに僕がニヤニヤしていたと思っているらしく、それで抓っていたらしい。ニヤニヤしていた理由はどうあれ、確かに女の子の前でニヤニヤ顔は良くないね。




「先輩、お気持ちは嬉しいですけど、もう辺りも暗いですし花陽ちゃんも送っていきたいですので今日のところはこのへんで...」
「えぇ〜そんなぁ〜...。私はるとくんともっとお話ししたいよ〜。ゆきほ(・・・)もはるとくんと遊びたいってこの前言ってたのに......」
「そうなんですかぁ。でも本当にすいません」




「えぇ〜!?」と、高坂先輩の心底残念そうな落ち込み具合に心が痛む決断だったけど、時間も時間なので穂むら饅頭の代金を支払う。
今、高坂先輩の口から零れた雪穂(ゆきほ)というのは先輩の妹の名前だ。僕の一つ下の女の子で今年から高校受験という大変な時期になる。初めて穂むらを訪れたときに店番をしていたのが当時まだ小学六年生の雪穂で『小学生なのにすごくしっかりしてる子だなぁ〜』と感心したことがある。

姉の高坂先輩が天真爛漫な性格で、妹の雪穂は温和勤勉な性格という正反対なのに仲の良い姉妹は彼女たちくらいじゃないだろうかな?

 

──────そういえば雪穂ちゃんはどこを受験するつもりなのかなぁ...?
少し関わりがある以上ちょっとは気になってしまう。
だけど......



ちらりと花陽を見る。


「......」
「...?」


...うん、今日は帰ろう。
暗いから雪穂の進路については後日日を改めて聞くとして目的の物も買えたことでここに残る理由もないし...。
 高坂先輩はスリッパの音を立てながらお金をレジまで持っていき、丁度受け取れたことを確認して「ありがとうございました!」とチェーン店の店員顔負けスマイルで僕たちをおくりだす。




「じゃあ、帰ろっか?」
「っ!うん!」



さっきまで気まずそうにしていた花陽は喜色満面に浮かべてずっと繋ぎっぱなしの手をさらに強く握る。


その時、













「おねーちゃ〜ん!お母さんが呼んでたよ〜」
「え?」






 店の奥から高坂先輩似の眼鏡をかけた少女がやってきた。先輩より身長が低く、ショートヘアに白い薄着に青のショートパンツというラフな普段着がよく似合うこの子こそ、さっき噂してた高坂雪穂本人だ。
 雪穂は僕たちがいることを知らないのか、普段の口調で姉である高坂先輩に要件を伝える。





「お姉ちゃん先月の精算表また書き間違えたでしょ。全然貸借一致してなかったからね!お母さんカンカンだよ?」
「あ、あはは~ごめんごめん。ああいう細かい作業するのが苦手で...」
「もうしっかりしてよね?私までお小遣い減らされそうなんだから〜」




 妹に怒られる姉。姉が妹の面倒を見るというのが良いんだ!と、クラスメートが語っていた事があったがそれだけが正しい論じゃないと思う。僕は高坂姉妹のようにちょっとドジな姉を支える妹っていう仲良しな姉妹もいいと思う。僕も妹とか弟がいたらなぁ、と考えないこともない。いや、やっぱり欲しいかも。雪穂みたいな高性能を誇るうえに、愛嬌もあって気遣いもできる妹が欲しい...と。




 一家に一人、雪穂ちゃん、みたいに...。







 というのはあくまで妄想の世界の話。
残念ながら僕にも妹というのはいる。いや、残念ではないけど...妹が中学生になってから少しあたり触りが強くなった妹。
 だから心のどこかでは雪穂みたいな妹が欲しいと思ってるのかもしれない...
決して『雫』のことが嫌いというわけではないけど......

  



「それよりゆきほ〜」
「なによ?」
「まだ玄関にお客さんいるんだからその格好で出てこない方がいいと思うよ?」
「え?」






 


 そして初めて、雪穂は玄関前で立ち止まってる僕を見る。静寂は体感で十数秒くらい。声をかけた方がいいのかわからないのでとりあえず手を軽く上げて「こんばんは♪」と、笑顔で挨拶をする。うん、挨拶は大事。
 








「は、はははははははるとさんっっっっ!?!?!?!?!?!?!?なななんでこ、ここにいるんですか!?い、いるなら声かけてくださいよ!?ああ!私春人さんの前でなんて格好してるの!?」
「ちょっとゆきほ〜!キャラ壊れてる!落ち着いて落ち着いて!!」
「これが落ち着いていられる状況じゃないでしょ!なんでもっと早めに教えてくれなかったのお姉ちゃ〜ん!ああもう、春人さんに恥ずかしいところ見られたぁ〜!ち、ちょっと私着替えてくる!!」
「あ、あははは.....大変そうだねゆきほ。」





 僕の存在に気づいた途端、真っ赤になった雪穂はいつもの冷静さを失い無実の姉にすら噛みついて奥へと消えていった。あんなに乱心になった雪穂は初めて見た。
 高坂先輩も苦笑いをしながら雪穂が消えた通路を眺めて、





「いやぁ〜ごめんねはるとくん。ウチのゆきほ、はるとくんに一目惚れしちゃってて...家で君の話すると舞い上がっちゃう子なの。」
「......それ、本人の前で言ってもいい内容なんですか?」
「...あ、」



 家であたふた着替えている妹をよそに、ちゃっかり妹の好きな人を本人の目の前でバラしちゃう姉。聞いてはいけないことを聞いてしまった僕はこういう時どう反応したらいいの?


「.....今の聞かなかったことにしてね?」
「...はい。」



 やってしまったとばかりに舌をペロッと出して誤魔化すけど、雪穂の不憫さにちょっとばかりかわいそうな気持ちになる。これを雪穂ちゃんに言ったら高坂先輩とっても怒られるんだろうなぁ...と、思いながら僕は「あ、はは...」と、苦笑いと雪穂へ同情の意を送る。









「...流石春人くんだね。」
「流石?何が?」




雪穂が現れてからずっと無言だった花陽が漸く言葉を発する。



「だって私の知らないところでいろんな子から好かれているんだもん。ちょっと妬けちゃうなぁ...」
「あ、でもそれを僕に言われても...」


今回は間違いなく妬いている花陽は拗ねた感じで呟く。
 僕は何も悪くないのに女の子絡みの話になると花陽も凛もいつも拗ねるから困る。だけど拗ねる理由もわからなくもないから弁解したくてもできない。だから拗ねたときの対処法としてしばらく放っておくか、二人を褒めると沈静化する。ということを最近知った。




「でも大丈夫。そんな春人くんも私は...す、好きだから」
「え?あ、ありがとう...?」



と、考えていた矢先に花陽がモジモジとそう言うからなんか僕も恥ずかしくなってくる。





「ゆーきほ〜!!なにしてるのぉ〜!早くしないとはるとくん帰っちゃうよ〜っ!!」
『ま、待ってお姉ちゃん!今行くから〜!』




 甘い雰囲気を漂わせる僕たちを他所に廊下に向けられた先輩の声が店全体に響く。遅れて奥から雪穂の焦燥の声が聞こえて、トントンタンという階段を下りる足音を鳴らして服を着替えた彼女が現れた。
 赤いフレームの眼鏡を付けて知的さを感じさせ、小悪魔っぽいイラストが左側にプリントされた藍色のパーカーにジーンズを履いていて、さっきまでの無防備姿の雪穂も可愛いけどこういった年相応の私服姿もいつもと違った彼女の魅力も再発見できていいと思う。






「こ、こんばんは春人さん。さっきはお見苦しいところを見せてしまってすいません...」
「ううん、気にしないでいいよ♪雪穂ちゃんの意外な服装も見れたし。」
「ち、違いますよ!あれは...その...楽な格好だったから...」
「うんうん♪そういうのあるよね。僕も家にいるときは薄着だから」



 雪穂は照れながらも会話をとても楽しんでいる。そんな爛々とした妹と対照に姉の高坂先輩は「なんかいつものゆきほじゃない」と驚愕を露わにしている。




「ところで、その...後ろの方は?」


雪穂は花陽に視線を向けて問いかける。





「こ、小泉花陽です...えっと、春人くんの幼馴染、です。」
「お、おお...春人さん幼馴染いたんですね...」
「そうだよ〜言ってなかったかな?」




言ってませんよ!と、強めの口調で言われたから頑張って思い出そうとするけどちょっとめんどくさいので「そういえばそうだね。」と言って適当に流した。
 僕はよくおっとりマイペースな奴とか言われるけど、たまにめんどくさいと思っちゃう男の子なのである。
携帯を開けて時計を確認する。さっき出ようとしてから10分は経ってる。流石に帰らないと...



「ゴメンね雪穂ちゃん。本当にそろそろ帰らないと花陽ちゃんのお母さんに心配かけちゃうし、僕も妹が待ってるから...」
「え〜っ!?も、もう帰っちゃうんですか?」

雪穂も先輩同様の表情で落ち込む。姉妹ってこうも似るもんなんだなぁ~と、呑気に考えながらドアに手をかける。

「また今度来たらお邪魔するって高坂先輩に伝えてあるから、その時にゆっくりお話ししよ?」
「え!?ほんとですか!絶対ですよ!やったぁ〜楽しみ〜♪」
「もうゆきほちょっと落ち着いて。じゃあはるとくん、気をつけて帰るんだよ〜」
「ほら、花陽帰ろ?」







 僕と花陽が外に出ると二人はわざわざ玄関から出てくる。二人の見送りを受けながら僕たちは軽く頭を下げてすこし肌寒い夜の町を二人並んで歩き出す。
 




..........そう言えば結局雪穂ちゃんの進路聞くの忘れたけど....まぁ、いいか♪













 道中、手を繋いだままの僕たちはさっき高坂先輩から頂いたおまけの袋を開けて花陽に差し出す。


「はい、花陽ちゃんもどうぞ。」
「わぁ、ありがとう♪」


お饅頭の真ん中に『ほ』と書かれた名物お饅頭をパクリと一口食べる。しばらくもきゅもきゅと口を動かし、飲み込んでから


「...うん、すごくおいしいね」

と、優しく笑う。それにつられて僕も一口。



「......そうだね。やっぱりおいしい。」






 餡子ぎっしりで飽きのこない甘さの穂むら饅頭を口に頬張りながらの食べ歩き。”穂むら”から家に着くまでのいつもの道を僕は中学の時『穂むらロード』と名付け、一日の終わりにちょっとした幸せを感じられる僕だけの楽しみ。それを今日は大好きな花陽と一緒に食べ歩きができるのも新たな幸せ。ここに凛もいたら、もっと幸せを感じられるのかもしれない。




「僕ね、実はこの道に名前を付けてるんだよ」
「え?どんな名前なの?」
「それは『穂むらロード』っていうんだよ。穂むら饅頭を食べながら帰宅までのひと時が幸せになる道。そんな意味を込めて中学の時に名付けたんだぁ〜」
「うわぁ...!すごいね春人くん。なんか私まで幸せを感じちゃう。」
「この道で饅頭食べる幸せを花陽ちゃんにも分けてたいって前から願ってたから今日は来てよかったなぁ〜」



ありがとね、という呟きはどこか寂しさを孕んでいて......どうして花陽は心配してるのかわからなくて......そんなわけないのに...。









「......」
「......」
「......大丈夫だからね、花陽ちゃん」
「ふぇ?」









「僕はもう、何処にもいかないから。何年も、何十年も、君の隣でずっと支えているからね。」
「......」










 花陽からの返答はなかった。だけど、手にこもる熱気と安心しきった笑みが花陽の不安を和らいでくれたようだ。
...そうか、きっと僕と高坂姉妹のやり取りで、僕が花陽の前からいなくなるんじゃないかって思ったんだろう。


──────ずっと君を見てたからわかる


泣いてる時も、笑っている時も、怒っている時も。
僕は花陽の傍に居たから...
君が僕の事を一番わかってくれているように、僕も君を一番わかってるんだ。


「そんなに心配しなくても大丈夫だからね?」
「......うん!」








ただ、僕はさっきの言葉をもう少し言い換えれば良かったと後悔する事になるのは随分後の話だ........
花陽の中で誤解を産んだまま話が進んでいるとも知らずに....








 気が付けば、あっという間に花陽の家に着いた。ちなみに僕の家はその隣。
十何年も通っている道なので、もう見慣れたものだ。
あの後もとりとめのない会話をしながらここまで来たけど、不思議と心地が良かった。
 ”安心感”とか”幸福感”がそれだけ僕の中で大きなものになっているらしい......。


「明日は凛ちゃんの家でいいんだよね?」
「う、うん...」
「そっか。ほら、家に着いたよ」
「...うん」
「??」




 いつもなら、笑顔で手を振って『バイバイ!』って言ってくれるのに今晩は一向に手を離そうとしない。
僕がすっと手を離そうとすると子供のようにまた手を掴んでくる。



「どうしたの花陽ちゃん。まだなにかあった?」
「え、えっと...ね?そのぉ...」



もじもじと。何か言いたそうにしている。



「あ、あのね!...お願いがあるの」
「お願い?いいよ、何でも言って」
「じ、じゃあ...すこししゃがんで欲しい...な?」
「......?いいよ。」



僕は言われるがままに花陽と同じくらいか、すこし高めまで腰を折る。
...あ、野良猫がこっち見てる。あれがもし凛ちゃんだったら、「なんか春くんおバカなことしてるにゃ〜」って毒舌を吐くんだろうなぁ〜。


 そんな呑気なことを考えている僕。
花陽はというとなぜかさっきから微動だにしない。
 言うだけ言っといて放置されていこの空気。これが世間一般で言う『放置プレイ』っていう”新しい遊び”なのだろうか。遊びだって聞いたから面白いものだと思ってたけど、なんかよくわからないなぁ〜。












「春人くん、これからもよろしくね♪」















ちゅっ

















花陽の言葉の後に続き、僕の右頬に花陽の頬のような柔らかい感触が残る。
「バイバイ!」と真っ赤な花陽がパタパタと家に入る後ろ姿を見て初めて、花陽にキスされたことを理解できた。












「...え?」










冗談のように軽いキス。

されたところをさすりながら、






「......おやすみ、花陽ちゃん」







らしくなく鼻歌を歌いながら家の扉を開ける。
















「ただいま〜。」
 
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