水の国の王は転生者
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第六話 アンリエッタ誕生
トリステイン王国はまもなく誕生する新たな命にお祝いムード一色だ。
オレもようやく七歳になり、身長も大分高くなったが、魔法に関しては水と風のラインのままだ。これには王立図書館に入り浸っての勉強や地球から流れてきた書物の閲覧などで忙しかったと弁明させてほしい。
そう、地球から流れてきた書物・・・このハルケギニアには書物のほかにも、様々な物が流れてきているらしい。そういうのを総じて『場違いな工芸品』と呼ぶそうだ。
王立図書館に保管されている地球の書物は漫画からグラビア雑誌に専門書など様々な種類があった・・・エロ本もあった。ちなみにある日、エロ本をパラパラと流し読みしていた所を司書に見つかり後日、両親にこっぴどく怒られたことがあった。
また七歳になってオレはようやく両親から私室を持つことを許された、といっても寝室ではまだで三人一緒に寝ている・・・近々、四人もしくは五、六人になるかもしれないが。
とにかく念願の私室だ、リラックスできる空間てすごく大切だね。内装はいうとあんまり豪華すぎると落ち着かないという事で、それなりに質素な内装にしてもらった。
上機嫌でヴァリエール公爵家のカトレアからの手紙を読む・・・カトレアからの手紙といっても代筆だけど。二年前のヴァリエール公の誕生パーティー以来、会って無いがこうやって文通を続ければお互いの絆も深まるだろう・・・とは父さんの言。まぁ文通も良いかな。
ちなみに手紙の内容は・・・
『新しく動物を飼い始めた』
『部屋の窓から見える花壇が花を咲かせた』
『仲良くしていたメイドが結婚してやめてしまった』
『評判の水メイジに治療してもらったが治らなかった』
『病気を治してオレとどこかに出かけてみたい』
『両親や姉に囲まれて幸せなこと』
『早く自分で手紙を書けるようになりたい』
などが書かれていた・・・
手紙を読み終えるとオレはイスを深めに座り直した。
「う~ん」
返事はどういう風に書こうか・・・
やっぱり、新しく生まれる弟か妹の事は外せない、父さん曰く数日中には生まれるらしいけど。後は王立図書館で見つけた本の事とか、最近聞いたマンティコア隊に語り継がれる伝説の鬼隊長の事とか、後は・・・そうだな。
いろいろ手紙のネタを考えているとノックがした。
「はい、どうぞ」
入室を許可すると、おそらく二十代前半ぐらいのメイドが入ってきた。
「失礼します殿下、まもなくミラン様がお越しになる時間です」
「ああ、今日はミランが来る日だった。ありがとう、すぐに行くよ」
「え? あ、はい・・・失礼しました」
そう言ってメイドは慌てた様子で退室した。
まさか王族に『ありがとう』と返されるとは思ってなかったらしい。両親や他の貴族にもよく注意されるが、別にお礼くらいいいと思うんだけど・・・
それはそうとミランの事だけど、二年前の襲撃事件で右足を失う重症を負った事でグリフォン隊を除隊せざるを得なくなった。そのため持っていたシュヴァリエの称号は除隊したことで剥奪されてしまった。
元々ミランは弱小貴族の三男坊で土地なんて持ってない。魔法衛士隊を除隊したため普通の騎士として再仕官する様になるみたいだけど、なにかと体面にこだわるトリステインが隻脚の騎士の仕官を許すかどうか・・・
平民を妻にしているという事で隊内での評判が悪かったと聞いているから再仕官は認められずそのままトリステインから追い出される可能性も十分高い。無職になっても当然というべきか失業保険なんて有る分けないし、飼育に何かと金がかかることから手持ちのグリフィンを手放したと後で聞いた。
収入といえば、奥さんがトリスタニアで花屋をやっているらしいが、命の恩人でもあり、平民を差別しない事から何かと好感を持っていたミランを無役にするのも気が引ける。何とかできないかと父さんに相談したら魔法の講師として雇ってもらえるようになったが、シュヴァリエへの復帰は認められなかった。
ちなみに前任のバレーヌ先生は栄転という形で次の任地にホクホク顔で旅立った。少しは残念そうな素振りをすると思ったんだけど、オレは都合のいい出世の踏み台だったらしい・・・かなりヘコむ。
気を取り直して授業を受けるため部屋を出る。途中、何人かの女官やらメイドが慌ただしく歩いていたことを見ても、母さんの出産が近いことを感じさせた。
魔法衛士隊の練兵場はどこも埋まっているため、室内練習場っぽい部屋を使うことになっている。
練習場へ向かう途中で一人の貴族とその後に続く取り巻きらしき貴族連中が視界に入った。
「あいつらはたしか・・・」
先頭を歩く貴族を思い出そうと頭をひねると該当する貴族がヒットした。
「たしか・・・リッシュモン・・・伯爵だったか?」
ここ数年で頭角を現してきた貴族だ、けっこう優秀らしいがちょっと腑に落ちない所もある。
噂だから何ともいえないがリッシュモンをプッシュする連中に宗教関係者が多い事がどうも引っかかった。これは日本人特有の宗教観が作用したのかもしれない、前世のオレは無神論者をいうより日本型仏教徒だった、正月にお盆にクリスマスとそれぞれ祝ったり楽しんだりしたし、ちゃんと墓参りもしたり気が向いたら仏壇に手を合わせたりした。ようするにオレにとっては始祖ブリミルも八百万の神々の一柱なのだ。
・・・まぁ、オレの宗教観なんぞどうでもいい。
つまり教会の権力を笠に出世していくリッシュモンはとてつもなく胡散臭く思えるのだ。
肩で風を切りながら歩くリッシュモン。何もかもが上手くいく・・・そんな時期なんだろう、うらやましい事だ。
(こういう先入観は良くないのは分かるのだが・・・)
どうしても警戒してしまう。オレは無言のままリッシュモン一派が通り過ぎるのを待った。
味方にするにしても敵対するにしても、今のオレには王太子としての権威しかなく権力は持ってないんだ、これではリッシュモンの相手にならない。
情報のソースが噂だけってのも問題がある。優秀な密偵を部下にほしいな。
室内練習場に着くとすでにミランが到着していて、杖を突きながらにっこりと笑ってこちらに近づいてきた。ちなみに杖は魔法の杖としても使用できる。
「ごめん、ミラン待たせたね」
「こんにちは殿下、私も今着たばかりです」
「そうなのか、それじゃ早速始めようか」
「はい殿下」
さっきも言ったけどミランは二年前の襲撃事件で片足を失った。
そのせいか激しい運動をしなくなり以前のような筋肉モリモリマッチョマンが細くなってしまった。
以前、細くなったことや魔法衛士隊を辞めた事などを気に病んでないか聞いてみたら。
『あの体型を維持するのにかなりの額の食費が掛かりまして、隊を辞めたら浮いた食費の分、生活が楽になりましたよ』
と、おどけてみせた。
・・・そんな事言うなよ。
エリートの魔法衛士隊を辞めさせられて平気な筈ないだろ?
まぁ、そういうやり取りがあった訳で、オレとしても何とかミランの力になってやりたいと思ったわけさ。
「・・・殿下、準備はよろしいでしょうか?」
「ああ、ごめん・・・すぐに始めよう」
まず水と風のラインスペルの復習・・・次に土と火のドットスペルの練習と続くのだが。
土の系統はドットスペルを成功させていたが問題は次の火の系統だ。
・・・オレは火の系統が苦手だった。
「殿下、もう一度です」
「分かってる。・・・ウル・カーノ!」
火の系統の基本的な術、『発火』のスペルを唱えたが何の反応もない。
「ウル・カーノ!」
「・・・」
「ウル・カーノ!!」
「もっとイメージを明確に」
・・・分かってるよ、集中、集中。
・・・深呼吸して。
「イメージ、イメージ・・・」
マッチ一本を擦って小さな火を灯すイメージ。
「ウル・カーノ!!」
・・・が、火は点かない。
「・・・殿下、今日はここまでにしておきましょう」
「ああ、分かったよ」
結局、『発火』は失敗だった。イメージは完璧だと思ったんだけど、うまくいかない。
「殿下、気を落とされないよう・・・日々鍛錬です!」
「そうだね、ありがとうミラン」
ミランは慰めてはくれたけど、やっぱり悔しい。
魔法の授業が終わると次は剣の修行だ、最初の頃は魔法の授業のみで剣の修行はプログラムに含まれてなかったし、当然というべきかミランは大反対した。
だが、オレも負けてはいない。
「剣術といっても、別に剣さばきの上達だけが目的じゃないよ、俊敏な足運びを学べば入浴中や首脳会談といった杖を持ち込めない状況で賊に襲われても、逃げるなり抵抗するなりとそれなりに動けるよ」
「かと言って、王族に・・・しかも次期国王へ剣術とは。いろいろ問題でしょうし、他の者たちも黙ってはいないでしょう・・・それに無駄ではないでしょうか?」
「世の中に無駄な努力とか、無駄な技術なんて存在しないよミラン。一見無駄な技術でもめぐりめぐって思わぬところで役に立つものさ」
「・・・はあ」
「次は・・・というか、こっちが本命なんだけど」
「何なんでしょうか?」
「実はね、美食と運動不足が祟ってさ、将来とってもグラマーになるんじゃないかと心配なんだよ」
「それは・・・」
太った王様なんてかっこ悪いから、グラマーな王様よりもスリムな王様のほうが国民の支持も高そうだしね、良くも悪くも人間は見た目で判断するから。
ミランは不満そうだったが基礎的な剣術を教えて本格的な訓練は様子を見てから・・・という事で約束してくれた。
残るは両親の説得だけど、痩せてた方が国民の印象も良くなると説得したら意外とすんなりOKがもらえた。母さんは心配そうな感じだったが、父さんは『むしろ当然!』といった雰囲気だったのが以外だった。
貴族については、すでに父さんの許可を得ているから放っておく事にした。
剣の修行とはいえすぐに剣を触らせてもらえるわけじゃない、まずは基本、ここ数ヶ月体力づくりばかりやっている。
とはいえ七歳児の身体であるため、お遊びみたいなトレーニングでヘロヘロになってしまう。
オレは動きやすい服に着替えて、室内練習場を延々と走っていた。
窓からは西日が差し込み直接、陽の光が当たることで息も絶え絶えに走るオレをさらに不快にさせる。
「殿下、あと二周で終わりです。もう少しの辛抱ですからがんばって下さい」
返事をするのもおっくうでなんとか『うん』と返すだけで精一杯だった。
走り終え、クールダウンのストレッチをしているとミランが不思議そうな顔をして話しかけてきた。
「殿下は以前から運動後に、見たこともない体操をされますが、なにかの儀式か何かなのですか?」
「ああ、王立図書館で見てね・・・こうやって身体を伸ばしたりすると疲れが取れ易くなるそうだよ」
「それはよい事を聞きました、今度私もやってみますかな」
「別にいいけど、あんまり激しいと逆効果だから、気をつけてね」
「なるほど気をつけましょう」
そうやって和気あいあいと雑談していると『そろそろ時間です』と言ってミランは帰っていった。
・・・風呂に入ろうか。
疲労と汗まみれの身体を引きずる様に、室内練習場を出て風呂場へ向かった。
・・・・・・
動きやすい服のままで風呂場へ向かう途中。
さすが王宮というべきか、廊下には照明の魔法のランプが所狭しと置かれていてまるで昼の様だ。
経費節約とランプの数を減らしても問題なさそうだが。
・・・それよりも今は風呂だ。剣の修行をする様になって分かったんだけど、実は汗っかきな体質でトレーニング後に風呂に入るか水魔法で汗を洗い流す日課になってきた。
それにトレーニング後にひとっ風呂浴びてビール・・・は無理だから牛乳を一杯ってのが、ここ最近の楽しみだ。
「~♪」
む、知らず知らずのうちに鼻歌を歌ってたらしい。
そのまま鼻歌を歌いながら廊下を歩いていると何やら騒がしくなり、女官やらメイドが小走りから明らかに走ってる者がいた。
「何事だろ? どこぞの貴族が階段から落ちたのかな?」
などと、ほざきながらその光景を眺めていると、お付の執事のセバスチャンがオレを見るなり走りよってきた。
「探しましたぞ殿下」
「やぁ、セバスチャン何かあったのかい?」
まず目に付く白髪頭に立派なヒゲ、痩せ型ノッポの初老の男・・・まさに執事!
「国王陛下より取り急ぎ王妃殿下の下へお越し下さるよう仰せでございます」
「母上の所へ? うん、分かったよ」
「ウィ、殿下」
いよいよ子供が産まれるようだ。
風呂はあきらめて母さんのところへ向かった・・・
母さんはここ数日、いつでも出産に対応できるように別室で寝泊りしている。
別室前に着くと多くの貴族やら女官やらが居て、父さんが玉座のような豪華な椅子にどっしり座っていた・・・ここは廊下だろ。
「父上、母上の容態はどうでしょう?」
「おお、マクシミリアンか、もう間もなく産まれるそうだ」
そうして隣にある子供サイズの玉座モドキに触れ『ここに座りなさい』と着席を促した。
「・・・はい父上」
とりあえず玉座モドキに座って辺りの様子を伺うと、緊張した空気が別室前に漂っていた。
・・・・・・
待つこと三十分、進展が無いようなので体操服?から代えの服に着替えておく。
すると別室内がにわかに慌しくなった!
『おお!?』
『御生まれに!?』
周りの貴族たちが活気付く。
・・・・・・
別室内でなにやら聞こえる
『・・・ぁ・・・ぁぁぁ・・・』
子供の泣き声!? 産まれた!?
周りの貴族たちも一斉に歓声を上げ、にわかに廊下が騒がしくなる、すると別室から中年の女官が出てきてうやうやしく頭を下げた。
「マリアンヌ王妃殿下、無事女児を出産されました」
おおおおおおおおおおお!
歓声がさらに高まり隣に座っていた父さんは我慢の限界が来たのか別室へ突入した。
『トリステイン王国万歳!』
『トリステイン王国万歳!』
『トリステイン王国万歳!』
ところどころで万歳三唱が聞こえる。
無事、妹が生まれた事で緊張の糸が切れたのか力が抜けてしまい背もたれに身体を預けた。
別室内では父さんと母さんの寸劇が行われているんだろう、嬌声のようなものが漏れ聞こえる。
「そうだ」
カトレアへの返事の手紙は新しく生まれた妹の事を書こうかな。
・・・・・・
「・・・さて」
オレも新しい家族に会いに行こう。
力の抜けた身体を引き締めなおすと玉座モドキから立ち上がり別室へ足を進めた。
・・・後に新しく生まれた妹は『アンリエッタ』と名づけられた。
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