水の国の王は転生者
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第七話 王太子の秘薬作り
前書き
今回から、一人称から三人称に変更になります。
ある日のトリステイン王宮。
ジョルジュ・ド・グラモンはマクシミリアン御付の執事セバスチャンに伴われてマクシミリアンの私室へ向かっていた。
ここ数年、ジョルジュは王太子の遊び相手という事でグラモン伯爵が王宮へ登城するさいに一緒に着いて行っては、よくマクシミリアンの相手をしていた。
ジョルジュとマクシミリアンは供に10歳、幼い事からよく遊びよく学ぶ、そういう訳で二人は親友関係と言っていいだろう。
「今、殿下は何をされている?」
「殿下は水魔法の練習を兼ねて秘薬の作成をされてます」
「そうか分かった」
当初、マクシミリアンの魔法の授業は広く浅くの内容だったが、今では水魔法一本に絞っている。
そのおかげか、水のトライアングルまで到達し、あと数年もせずにスクウェアにも手が届くところまで成長していた。
(僕と同い年でトライアングル・・・マクシミリアンの様なメイジになりたいな)
あこがれとちょっとした寂しさを感じつつ、ジョルジュたちはマクシミリアンの私室へ足を進めた。
☆ ☆ ☆
所変わってマクシミリアンの私室。
マクシミリアンの私室は以前の地味な雰囲気とは大きく様変わりした。
所々に秘薬入りの小瓶の置かれた棚があり、棚にはそれぞれ『傷薬』や『栄養剤』に『殺虫剤』などが書かれた張り紙で分類してあった。
だが、部屋のスペースを最も多く占領しているのは『感染症』の棚だ。
感染症の棚には百を超える小瓶が置かれているが、実のところ完成品は三割程度で他の七割は完治はせずに症状を抑える程度の未完成品である。
そうして今日も秘薬作りをするマクシミリアン。
スクウェアスペルに到達すれば治らない病気など無い・・・そう信じて。
「・・・むむむ」
なにやら唸りながら本と小瓶を交互に見るマクシミリアン。
現在、研究中の秘薬は『悪い虫だけ殺す殺虫剤』である。
「イル・ウォータル・・・」
秘薬の小瓶を左の手のひらに乗せ、右手に持った杖を振るいながら水のスペルを唱えた。
すると・・・。
ぼふんっ・・・という音と共に白い煙が噴き出した!
「おっと」
すかさず小瓶に蓋をかぶせる。
「ふふふ・・・完成だ!」
無色透明の液体が入った小瓶を天高く掲げる。
「ダニやゴキブリ、ノミにシラミ、蚊にカメムシなど家中のいや~な虫をまるごと退治! 名づけて・・・バ○サン!」
あまりのハイテンションに歌でも歌いそうな雰囲気だ。
「以前作った殺虫剤にディテクトマジックを加える事で悪い虫だけを狙い撃ち!」
マクシミリアンはあらかた騒ぐと妙に冷静になった。
「・・・ふぅ」
鼻をポリポリと掻きながら、誰もいないことを確認する。
「・・・何やってんだろオレ」
バル○ンの小瓶を『殺虫剤』の棚に収めようとするとノックの音が聞こえた。
「どうぞ、開いてるよ」
入室を促すとジョルジュが入ってきた、後ろにはセバスチャンが控えている。
「こんにちはマクシミリアン」
「やぁ、ジョルジュこんにちは」
「今日は帝王学の講義はいいの?」
「ああ、大丈夫大丈夫、今日は無いよ」
後ろに控えていたセバスチャンは一礼すると下がってドアを閉めた、室内にはマクシミリアンとジョルジュの二人だけだ。
ちなみにマクシミリアンはジョルジュに、公式の場所以外は自分のことを呼び捨てにすることを願い出ている。
「今日は何の秘薬を作ってたんだい?」
「ああ・・・これ、殺虫剤だ」
棚に収めようとした殺虫剤をジョルジュ見せる。
「うう、また殺虫剤かい?」
「何なら、また殺虫剤を撒きに行くかい?」
思わずジョルジュは顔を青ざめた。
あれは何ヶ月前だったか、二人で王宮を抜け出してブルドンネ街やチクトンネ街に足を運び、手製の殺虫剤をばら撒いて回った時の事を思い出したのだ。
その後、こっぴどく叱られた事は言うまでもない。
全方位で叱られた時の恐怖が蘇ったジョルジュは涙目になりながらマクシミリアンに抗議した。
「ぼぼ、僕はこの間みたいなことは絶対嫌だからね! 絶対イヤだ!!」
「大丈夫大丈夫、今度はちゃんと許可を取るから」
「そういう問題じゃないよ!」
散々わめき散らすジョルジュに辟易したのかマクシミリアンは話題を変えた。
「あー・・・ところで今日は何して遊ぶ? またチェス?」
グスグスと鼻をすすりながらジョルジュは・・・
「チェスで!」
と、八つ当たり気味に叫んだ。
・・・ちなみに殺虫剤の効果はあり、トリスタニアからノミやシラミといった害虫は激減した。
☆ ☆ ☆
さすが武門の家系のグラモン家を言うべきか。
チェスのルールを覚えたばかりのジョルジュはマクシミリアンにいいように弄ばれていたが、ここ最近はメキメキと力を付け勝率を五割近くに戻していた。
「あははは、今日も勝つよー」
一転、上機嫌になったジョルジュ、先ほどの半べそが嘘のようである。
「はいはい、お相手しますよ」
と、少々投げやり気味のマクシミリアン。
(まぁ、接待ゲームみたいなものか)
あきらめてジョルジュの相手をすることにした。
ジョルジュのプレイスタイルは攻撃よりも防御を好んだ。
そのためマクシミリアンはジョルジュの組んだ配置を破るために苦心し『ここぞ』という戦機を嗅ぎ取る嗅覚が抜群に鋭くなり、ジョルジュもマクシミリアンの思考の隙を突いた攻勢を防ぐのにさらに慎重になり抜け目無くなった。
他人から見たら、とても10歳児同士とは思えない対局は数時間続いた。
結果は1勝2敗でマクシミリアンの負け越しだったが、ジョルジュは上機嫌なのでこれで良しとすることにした。
(10歳児に負けるのは悔しいけどね)
その後もジョルジュは事あるごとにチェスの勝負を挑んでは激闘を繰り返しお互いの実力を高め合った。
☆ ☆ ☆
そろそろいい時間なのか、ジョルジュが帰り支度しようと席を立つとノックの音が聞こえた。
『殿下、よろしいでしょうか?』
「セバスチャンか、どうしたんだい?」
『アンリエッタ姫殿下が殿下とお会いしたいと、こちらに来ておられまして』
「ああ、ちょっと待っててくれ」
マクシミリアンは入室をいったん保留すると秘薬を棚に納め、すかさず指を鳴らした。
パチン、と室内に小気味好い音が響く、すると部屋中を占領していた秘薬の棚がズズズと音を立てて奥に引っ込み、秘薬の棚があった場所の床から別の棚がせり上がった。
新しく現れた全ての棚には本がぎっしり詰め込んであり、中には日本語で書かれた本も見受けられた。
「これはいったい・・・」
ジョルジュが呆れたようにつぶやいた。
「この部屋はね『魔法』の部屋なのさ」
「いままで何もこの部屋へ来たけど、こんな仕掛けが有ったなんて・・・」
「僕も最初はこんな装置いらないと思ってたけど、アンリエッタが出入りするようになってからは、この装置はよく利用するようになったよ、イタズラされたらいろいろとヤバイ秘薬もあるしね」
と、肩をすくめる。
「まぁ、いつまでも姫様を待たせるのも悪いし、僕はそろそろ帰るよ」
「そうか、それじゃジョルジュ、またな」
「また来るよマクシミリアン」
そう言って退室するジョルジュと入れ違いにアンリエッタが入ってきた。
「おにーたまー!」
「おおっと」
可愛らしいドレスに身を包んだアンリエッタがフライングボディアタックを仕掛けてきた。
避ける訳にもいかないため、そのままアンリエッタの小さな身体を受け止める。
「ぐぶぶっ」
いくら3歳児の身体でも10歳児の身体で受け止めるのはキツイ。
しかも兄の苦労など分からないのかアンリエッタはマクシミリアンの身体にしがみ付きながらキャーキャーと騒いでいる。
「ア、アンリエッタ、今日は何をしようか?」
「えーとね、ごほんよんでほしい」
「そうか、本を読んでほしいのか」
「うん!」
元気一杯なアンリエッタを下ろして、本棚に向かう。
(アンリエッタが好きそうな本は・・・と)
今年で3歳になるアンリエッタ。
愛すべき妹が好きそうな本を探すが本棚に置いてある物は、ほとんどが秘薬用の魔道書か地球の実用書や辞書など御堅い本ばかりで児童書など数えるほどしかない。
しかもその児童書もあらかた読み尽くしてしまったため、ネタ切れになってしまっていた。
(・・・イーヴァルディの勇者か、前にも読んであげたけど今日はこれで我慢してもらおう)
マクシミリアンは本棚からイーヴァルディの勇者を取り出す、すると、後ろからアンリエッタの声が聞こえた。
「おにーたま、これなーにー?」
(なんぞ見つけたか!?)
あわてて振り返るとアンリエッタは机の上に乗っかって皮羊紙で出来たレポート用紙をベタベタと触っていた。
「ダメだよアンリエッタ、それは大切な物なんだ」
杖を振るいレビテーションでアンリエッタを浮かして机から引き離す。
「ヤダヤダッ! ヤーダー!」
空中で駄々をこねるアンリエッタにマクシミリアンは優しく諭した。
「いいかい? アンリエッタ、これはね嘆願書といって、父上・・・おとーたまにお願いするために必要なものなんだよ」
「たんがんしょ?」
「そう、とっても大切な物なんだ、よい子だからイタズラしないでおくれ」
そう言って、アンリエッタを床に下ろした。
すると、アンリエッタはジッとマクシミリアンを見る。
少し不機嫌そうだ。
「むー」
「お願いだから」
「むぅー」
「ね?」
「わかった、いいこだからイタズラしない」
パッと花が咲いた。
「ははは、よい子だなアンリエッタは」
マクシミリアンはアンリエッタを抱き寄せると、ぷにぷにの頬っぺたに軽くキスをした。
「さ、本を読んであげようか」
「うん!」
部屋の中央にあるソファに腰掛けるとアンリエッタも続いて隣に座った。
「イーヴァルディの勇者でいいよね?」
「『いいばで』でいいよ」
(いいばで・・・って)
アンリエッタの頭を撫で。
内心、突っ込みながら本を読み始めた。
☆ ☆ ☆
アンリエッタに本を読んで聞かせて、しばらく経った頃。
「ん?」
ふと、我に返ると隣で本の朗読を聞いていたアンリエッタは寝息を立てていた。
「あらら、寝ちゃったか」
くーくーと寝息を立てるアンリエッタの髪を手櫛ですいて頭をなでる。
「だれか!」
呼び鈴を鳴らすと部屋の外で待機していたセバスチャンが入ってきた。
「アンリエッタが寝てしまったから戻しておいてくれないか?」
「ウィ、殿下」
セバスチャンは一緒に待機していたアンリエッタ付の女官にアンリエッタを任せるように指示を出した。
すやすやを眠るアンリエッタを起こさない様に抱きかかえた女官はそのまま退室した。
「他に何か御用はありますか?」
「いや、今はいいよ。下がっていい」
「では、失礼します殿下」
一礼すると、セバスチャンも退室した。
一人残されたマクシミリアン。
部屋を戻すためにイーヴァルディの勇者を本棚に返し、指を鳴らした。
今度は本棚が床に引っ込んで部屋の奥に収納されていた秘薬棚が本棚があった地点に進んだ。
ちなみに秘薬瓶がひっくり返ることは無いように作られている。
本まみれの私室が一転、秘薬だらけの部屋に変わった。
先ほどアンリエッタに本を聞かせてやったソファにドッカリと座ったマクシミリアンは嘆願書の事を思い返した。
嘆願書の内容は新農法や新肥料の作成法などが書かれてあり、その対価にどこかの領主に封じてほしい・・・という旨だった。
(王太子といってもある程度自由にできる資金があるわけじゃない)
秘薬の材料も父王に頭を下げて調達したものだった。
(トライアングルスペルじゃ、ほとんどの感染症の類は完治はできないけど、予防なら可能だ。
そのための殺虫剤散布なんだけど・・・こういった目に見えない成果では理解されない可能性が高い)
事実、王宮をはじめトリステイン中に殺虫剤を撒いて回っても、害虫駆除という観点からは感謝されても感染症の予防という観点では理解されていない。
だからこそ、領主になって手腕を発揮したほうが手っ取り早く名声と権力を得ることができる。
・・・そうマクシミリアンは考えていた。
(世知辛いけど、やっぱり金と権力が必要だなぁ・・・)
内心、ため息をつく。
大貴族を相手にそれなりに立ち回るには今のマクシミリアンはあまりにも非力だ。
(どうも父さんは、オレを次期国王として鍛え上げるつもりのようだけど。
当然といえば当然か・・・こちらとしても望むところだけどね)
とは言え、不安が無いわけではない。
マクシミリアン自身、将来、トリステインをどういった国にしたいのかビジョンが見えてこないのだ。
最初、真っ先に頭に浮かんだのは、選挙ポスターに書いてあるような『綺麗事』ばかりで、実際、政策として行うにはどうにも不安だった。
(少しずつ、少しずつ未来のトリステイン像を構築していこうか)
いずれ背負う巨大な責任にマクシミリアンは思わず身を震わせた。
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