水の国の王は転生者
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第五話 真夜中の襲撃
ヴァリエール公爵家滞在の日程を終えトリスタニアへ帰ることとなった国王一行は、五日間の日程を来たルートとは別ルートの貴族を歴訪しながら帰ることとなった。
ヴァリエール公爵家を出発して三日目、国王一家の乗る馬車内では両親は相変わらずワインを飲みながら談笑を続け、オレはジュースを飲みながらぼんやりと窓の外を眺めていた。
しばらくぼんやりしていると。
「そうそう、マクシミリアン、カトレアちゃんは可愛かったでしょ?」
「え?」
「何言ってるの、ヴァリエール家のカトレアちゃんよ、パーティーの時、バルコニーで何を話したの?」
「それは、是非私にも聞かせて欲しいな」
なんと父さんも参戦してくる。
「何を話したかって、それは・・・カトレアが好きなものとかさ」
「ふむ、で?」
「カトレアちゃんは何が好きなの?」
「それは・・・動物が好きっていってた。インコと犬を飼ってるってさ」
「なるほど、マクシミリアン今度カトレアに手紙を書いてあげなさい」
「ほほほほ、仲良くしてあげてね」
この空気を何とかしたいと思っていたら、思わぬところから救いの手が現れた。
『陛下、よろしいでしょうか? 陛下』
「ほ、ほら、父上、隊長さんが呼んでるよ」
「なんだ、いいところなのに」
父さんは隊長と話すべく席を立って小窓を開けた。
「何を話してるんだろう?」
「何かしらね。あ、マクシミリアン、ジュースのお代わりは?」
「いただきます」
その後、お代わりジュースを飲んでいると父さんが帰ってきた。
「どうしたの? 父上」
「ああ、この先の廃棄された砦にトロル鬼やオーク鬼が数十頭、棲みついたと報告があってな」
「まぁ、怖い」
「どうするんですか父上、放っておくんですか?」
オレとしては近隣住民のために是非とも退治しといてほしい。
「無論、退治するようにグリフォン隊に命令した」
そう宣言するやグリフォン隊が数十騎離れていった。
「・・・陛下、護衛の半数近くが離れていきましたが」
「これだけの戦力を投入すれば夕方までには帰ってくるだろう」
(まぁ、敵を過小評価して戦力を小出しにして逆襲を食らうよりはいいかも)
そう、父さんの判断を評価して離れていくグリフォン隊を車内で見送った。
夕方、今日の宿舎になる貴族の屋敷に到着、歓待を受けていた国王一行に討伐に派遣したグリフォン隊から連絡が入った。派遣隊は隊員の使い魔に手紙を括り付けて送ってきたのだ。
『報告よりも数倍の敵が潜んでいて時間がかかったが掃討に成功、このまま帰還すれば深夜には到着するが、夜間行軍は危険なので砦で一夜を明かし、日の出前に出発し途中で合流したい』
と、いう旨の連絡が入った。
父さんは少し考えたものの結局、承諾した。
「陛下、グリフォン隊が半数しかいないのでは屋敷の警備に支障が出るのでは?」
母さんが不安を口にするが。
「なに心配は無い、この屋敷や周辺の農村からも警備にいくらかの人員を出すそうだ」
と、のんきに構えている。
『まぁ、少々不安だが大丈夫だろう』
オレを含め多くの人たちが楽観的になっていた。
真夜中。
父さんと母さんの間に挟まれるような形で寝ていたオレは尿意を覚えて目を覚ました。どうやら昼間にジュースを飲みすぎたらしい。
ベッドから降りる為にもぞもぞしていた事で父上が目を覚ました。
「マクシミリアン、どうかしたのか?」
「ちょっとトイレに」
「そうか、廊下に出るとグリフォン隊が警備をしているから、その人に言ってトイレまで案内してもらうように頼みなさい」
「はい」
そう言い終わると再び寝息を立てる。
廊下に出ようとして、杖を忘れていることに気付き取りに戻った。なぜ杖が必要かというとトイレ使用後、後に使う人のために水魔法で軽く掃除するのが癖になってしまったのだ。
汚いトイレが我慢ならない元現代日本人の悲しい性である。・・・潔癖症ともいうが。
それはともかく、杖を持ったオレは廊下に出ると警備をしていたグリフォン隊隊員に声を掛けられた。
「殿下、いかがなさいましたか?」
「トイレに行きたいから誰かに案内して欲しいんだ」
「かしこまりました。少々お待ちください」
隊員は軽く一礼するとオレ達が寝ていた部屋から二部屋ほど隣の部屋へ入っていった。どうもグリフォン隊の出直室らしい。
隊員は入って一分も経たないうちに、もう一人別の隊員を伴って現れた。
「お待たせいたしました。この者に案内をさせますのでご安心を」
『ご安心を』ってどういう意味だよ。一人でトイレも行けないと思われたんだろうか? ・・・まぁ、いいけどさ。
「初めまして殿下、ミランと申します」
歳は見た感じだと二十代後半から三十代前半で筋肉モリモリマッチョマンの隊員がにっこりと微笑んで敬礼した。
別に名前なんか聞いてないんだけど・・・まぁ、いいか。
「それよりも早く案内して欲しいんだけど」
「これは失礼しました。ささ、こちらへ」
とにかく彼についていく事にした。
このミランという隊員は見た目はゴツイが話の上手い男で、トイレまで魔法のランプぐらいしか明かりの無い薄暗い廊下も明るく感じる。
「それにしても遠いな」
「この屋敷はトイレにそれほど金を掛けてないそうで。貴族用のトイレが一つしかないそうです」
「平民はどうするんだい?」
「外で用を足すのではないでしょうか」
「・・・」
改めて感じる、このハルケギニアは魔法を使えるものと使えないものの格差が酷い。
格差を無くすと言っても具体的にどうすれば良いか、思案はしているものの魔法を持つ者と持たざる者、両者の隔たりは大きすぎて良い案が浮かばない。
「はぁ・・・」
思わず、ため息が出た。
「殿下、退屈な話でしたか?」
「あ、いや、なんでもない」
「そうですか」
「うん」
妙な方向へ思考が飛んでいた。気を取り直しミランにいろいろ質問してみる。
「ミランは家族とかはいるの?」
「家族ですか? そうですね妻と養女が一人います」
「結婚してたのか、それでその奥さんはどういう人なの?」
「その・・・ですね、その妻というのは実は平民でして」
「平民を!? それはまた珍しい」
「ハハハ・・・おかげで部隊内では鼻つまみ者ですが」
驚いた、というか貴族はみんなが平民を差別していると思っていた。
『貴族の中にもこういう人がいる!』貴族と平民との関係改善に悩んでいたオレは少し救われた気がした。
「で、次の養女を言うのは?」
「妻の遠縁の娘でして、1~2年前にどこかの村で大火事がありまして、村は壊滅して命からがら遠縁の妻を頼って来たっていう娘なんです」
「それは気の毒に」
「その娘・・・ああ、アニエスって言うんですが、どういう訳かメイジを嫌っていて中々私に懐いてくれないんです」
見た目はゴツイがいい感じの好青年が悲しみに歪む。
「メイジ嫌いね」
そうしている内にトイレに到着した。昔の田舎の家みたいに野外に設置してあるタイプだった。
「では殿下、ごゆっくり」
「うん」
さっさと済ましてしまおう。
・・・ふう。
水魔法で手を洗いついでにで掃除を始める。
『殿下、よろしいでしょうか』
ドアの外から声が聞こえた待たせたかな。
「もう少しで終わるから」
『いえ、先ほどから人の気配を感じないので』
「え?」
オレは驚いてトイレから出た。
「どういう事?」
「他にも見回りが要るはずなのです・・・殿下っ!?」
「どうしたの!? うわっ!」
突然ミランに突き飛ばされた。すると無数の影がミランに降りかかりミランの姿が見えなくなった。
この時の奇襲で軍杖を落としたらしく、地面に落ちていた。
突然の事でオレは気が動転していたらしく、ろくに動くこともできなかった。
それにしても・・・何だこの黒いヤツは。
「え・・・犬?」
ミランに覆いかぶさった無数の黒い犬。するとミランは咆哮を上げながら立ち上がり、トイレの壁に覆いかぶさった無数の犬ごと自らを叩き付けた。
「ミラン!」
壁に硬化を掛けてあったのかを突き破りこそしなかったが大きくひびが入った。ミランに覆いかぶさっていた犬たちは叩きつけられた衝撃でほとんどが死ぬか地面でノビていた。
「殿下、屋外は危険そうですから屋敷内に避難しましょう」
言い終わるや足元でノビている黒犬の首を思い切り踏みつけると乾いた音が辺りに広がった。
なんとか立ち直ろうと振る舞い、ようやく『分かった』と声を絞り出すことしか出来なかった。
ミランは落とした軍杖を拾おうと手を伸ばすと、その隙を突いてノビていた黒犬たちが次々に息を吹き返し、腕や肩、両足に食らい付いて転倒させた。
「うっ!? く、殿下、早くお逃げください!」」
「う・・・」
ミランを見捨てて逃げるのか?
でも、オレだって水と風のラインだ上手くやれば撃退できるかも。
「ミラン、僕もたたか・・・」
「馬鹿なこと言わないでください!!」
ミランに一喝される。
「犬どもが私に食らいついている間に早く!」
「で、でも!」
「早く!!」
凄まじい眼力をぶつけられる。
「わ、分かった、分かったよミラン。すぐに助けを呼んでくるから!」
そう言ってオレは屋敷内へと駆け出した。
人のいる場所を探しながら廊下を走る。
突然の襲撃と死の恐怖で少しパニック状態になっていたが徐々に冷静になっていく。
「あ、フライで飛んだほうが速いだろ」
うう、なんという大ポカを。
すかさずフライのスペルを唱えようとすると、後ろから無数の床を蹴る音が聞こえる、風メイジでもある為か音や気配に敏感なのだ。
「イル・フル・デラ・ソル・ウィンデ」
フライを唱え空中を走った。しかし速度はそれほど速くない、地面を走るよりまし・・・な程度であるが。
(これじゃ追いつかれるな)
後ろから聞こえる無数の足音は少しづつ近づいてくる。
(何かいい作戦は無いものか)
ちなみに屋敷内は異変を察知したのか、あちこちで笛や鐘の音が聞こえる。
(後ろのやつらをやり過ごせば助けを呼べる)
ミランは助かるかもしれない。そう信じて鐘の鳴る方向へ飛び続けるとそこは突き当たり・・・つまりは行き止まりだった。
「へ?」
着地すると思わず体中の力が抜けた。
「なな、何で? 冗談だろ?」
呆然としながらも鐘の鳴る方を見るとそこには鐘を打ち鳴らすガーゴイル人形の姿があるだけだった。
「ちくしょう、ちくしょう。どうしてこうも・・・ついてないんだ」
半泣きになりながらも辺りを見渡す。外へ脱出するための窓も身を隠すための場所すらない。
「退路も絶たれた。身を隠す場所も無い」
徐々に近づいてくる無数の足音に恐怖でガチガチと歯が鳴るが、『やるしかない』と心に決めると、歯を食いしばり恐怖を力ずくでねじ伏せる。
「・・・ラナ・デル・ウィンデ」
エアハンマーのスペルを唱えながら敵の襲来を待つ。すると三頭の黒犬が姿を表した。
『エアハンマー!』
先手必勝! 少し遠いがエアハンマーと放つ、たっぷりと精神力を加味した不可視の大槌が黒犬たちに襲い掛かり巨大な破砕音とともに大量の瓦礫と土煙が舞い上がる。
巨大な破砕音を出すことで、周囲に人が居ることを知らせる事も目的の一つだったけど・・・
「やっぱり魔法ってすごいな」
土煙がもうもうと立ち込め、魔法のランプもいくつかが破壊さた為に暗く感じる。
瞬間、一頭の黒犬が煙の中から飛び出してオレに襲い掛かってきた。
「うわわっ!?」
オレは飛び掛ってくる黒犬を避けようと、思わず持っていた杖を盾代わりに突き出すと黒犬は杖にがっちり食らいつき、そのままオレを押し倒した。
「は、離せよ!」
馬乗りにされたオレは黒犬から杖を取り戻そうと思い切り杖を引っ張るが、所詮は五歳児の腕力か瞬く間に黒犬の力に負け思わず杖を手から離してしまった。
勢いよく飛んだ杖はどこかの壁に当たって軽く音を立て床に落ちた。・・・万事休す。
(と、言いたいところだけど)
奥の手を使う覚悟を決める。『魔力無限』と後一つ、『目から破壊光線』・・・誰かにばれたら間違いなく異端確定だ。
辺りに人の気配がないか調べたいところだがそんな暇は無い、能力を使うべく黒犬を見ると目が合った。ん? こいつ口を歪ませだぞ!
「・・・喰らえ」
その時、オレの目から『金田ビーム』のエフェクトで二条の光線が発射され黒犬の顔面に命中した。
黒犬はもんどり打って倒れるもすぐに起き上がったが様子がおかしい。すると頭部が煮崩れしたかのようにボロリと崩れ落ち、次に崩れ落ちた頭部がパチパチと音を立てながら線香花火のような火花を立てて灰になった。頭部を失った黒犬はピクリとも動かなくなった・・・死んだみたいだ。
「初めて撃ってみたけど・・・」
レーザーみたいに貫通するタイプじゃなくて、照射した部分を破壊して最終的に灰にする謎の光線? それにしてもどういった原理の光線なのか・・・いや、あまり考えないようにしよう。
いろいろと破壊光線の考察をしていると、がやがやと騒がしくなってきた。どうやら救援がきたらしい。
「おお~い!」
『子供の声が聞こえたぞ! 殿下ではないのか?』
オレの声に気づいたらしく足音がだんだん近づいてくる。グリフォン隊の隊員が三人、駆け足でやって来た。
「殿下、ご無事でしたか」
「おかげ様で。それよりもトイレの近くでミランがまだ戦っているはずだ」
「はっ、ミランでしたら、先ほど重症のところを発見、治療を施しているところかと」
「生きてるんだね」
「はい、命には別状は無いかと思われます」
「よかった、彼がいなかったら今の僕はなかったよ」
「殿下、陛下が心配しておられます。こちらへどうぞ」
「うん」
こうして悪夢のような夜は終わりを告げた。
その後、父さんに心配され母さんに大いに泣きつかれた、心配させてごめんなさい。
それと襲ってきた黒犬だが数はそれほど多く無くて襲われたのはトイレ付近を警備していた数人とオレ達だけだったそうだ。
うすうす感ずいてはいたが数日前に見た黒い影って多分こいつ等のことだ、あの時からずっと付いて来ていて、それで昨夜護衛の数が少ないのと目をつけていた子供が『群れ』を離れた、このチャンスを逃すことは無い・・・って事が昨夜の真相かもな。
翌早朝、使い魔を通じて国王一家襲撃を知った討伐隊は救援に向かうべく野営を中止して夜間行軍を決行、一人の脱落者もなく国王一家が滞在する屋敷に到着して、がっちりと国王一家をガードしている。
国王一家襲撃で予定されていたスケジュールは全部キャンセルになり、トリスタニアから来た竜籠に乗って帰ることになった。その後、近くの諸侯が集まって大規模な山狩りが行われることになっている。
「マクシミリアン」
「何? 父上」
帰りの竜籠内で父さんが話しかけてきた。
「ヴァリエール公爵家のカトレアの事だが」
「カトレアが何?」
「病人を婚約者にしてしまって、お前には申し訳なく思っている」
「病人といっても治らない訳じゃ無いんでしょ?」
「うん、その事なんだがな。お前が十二歳の誕生日までにカトレアが治らなければ、この婚約は無かった事になっているんだ」
ああ、ここで話しちゃうんだ。
「婚約が無くなれば次はどうなるの?」
「姉のエレオノールはすでに他の婚約者がいるからな、今のところ候補はいないが・・・」
「父上、そんな先の事で頭を悩ませることも無いですし、カトレアだって病気が治らないわけではないでしょう?」
「フム・・・それもそうだな」
他に候補がいなければ次期トリステイン王妃のイスをめぐって様々な暗闘が繰り広げられる事になるんだろう。とはいえ当分先の話だ。
「子供のお前に諭されるとはな、マクシミリアン」
「『ものごとは、なるようになる』・・・と、王立図書館の本にも書いてありましたしね、父上」
「本ばかり読むのもよいが、頭でっかちになってもらっては困るぞ」
「・・・たまには外で遊ぶようにします」
「フフフ・・・それがよかろう」
『なるようになる』といっても、何もせずに結果を受け止めるという意味ではないけどね。そう、いつ何が起こってもすぐに対処できるように努力は続けよう。
・・・ひょっとしたら、オレがカトレアを治すはめになるかもしれないから。
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